シュウの決意から数日。 漸くシュウの顔にも笑顔が見えてきた。 けれど彼は無理をしすぎている気がする。 私の気のせいなら良いけど…… 4〜休息〜 「おっはよー!!」 その日、ポケモンセンター一帯は快晴。その天気のような晴れやかさでハルカはシュウの病室を訪れた。 まだ記憶が戻ってシュウに油断は禁物。帰る場所も無いのだからと運ばれたこの一室が彼の家。 「元気だね。ハルカ。」 「そりゃそうよ。久々に雲ひとつ無い空。テンション上がって当然かも。」 いつものシュウなら嫌味の一つでも言っただろう。しかし彼は笑って話し掛けてくる。彼は彼であって種ではない。その現実がこんな一言でさえハルカの胸に突き刺さる。だが、そんな苦しい表情など見せることなくハルカは明るく振舞う。 「シュウ、今日は調子良いの?」 「うん。大分ね。記憶が無いことに少し戸惑ってたけど、ジョーイさんも良くしてくれてるし、ルリカもいるから。」 本当に今日は調子がいいらしい。その笑顔で状態が分る。 いつだったかシュウの満面の笑みを見てみたいと思ったことがある。そしてそれは今の目の前にある。しかし、それは本当の笑顔なんかじゃない。いや、本当のものに間違いはないのだが…自分が見たかったシュウの笑みではない事は確かだ。 「そっか。あ!ルリカさんおはようございます!」 「おはようございます。」 シュウの病室の扉が開き、ルリカが花瓶を片手に入ってきた。花瓶にはガーベラが生けてある。 ルリカは朝早くから就寝ギリギリまで常にシュウの部屋にいる。見ず知らずの彼女がどうしてそこまでシュウを気にするのかわからない。ファンの下心?とも思ったがルリカにそんな気は全く無い。誰でにでも優しい性格なのはここ数日で簡単に把握できた。そして何よりシュウがルリカを信頼している事もあり、ハルカ達はシュウの面倒を彼女に頼んでいる。 「ハルカさん、何か飲まれますか?」 「あ、私良い物持ってきたんだった。」 ハルカは持参した小さな紙袋から試験管のような入れ物を三つ取り出した。 「これ、良かったら飲みませんか?」 「これ…は…?」 小さくて茶色いハート型のような物が試験管に入っている。大きさは薬の錠剤程度。 「紅茶なんです。街の雑貨屋さんにあって、可愛くてつい。」 「へぇ…紅茶って葉っぱだけかと思ってました。」 「私もです。コレが三粒で一人前だってお店の人が言ってました。どれが良いか分らなくて適当に三種類買ってきたんですけど…ルリカさんどれか要れてもらえますか?私はこう言うの点で駄目で、きっと駄目にしちゃいますから。」 「…わかりました。どうせなら三種類全部入れて見ますね。皆で味見しましょう。」 ルリカはハルカから紅茶の入れ物を受け取ると給湯室へと足を運ばせていった。 「ルリカさん本当いい人だよね。なんか清楚って感じで優しくて女の子として憧れちゃうかも。」 「そうだね。見ず知らずの僕にも優しいし…本当彼女には感謝してる。いつか御礼が出来れば良いけど。」 「出来るわよ。いつか記憶を取り戻して落ち着いたらいくらでもすれば良いじゃない。」 「そうだね。その時は相談に乗ってくれる?」 「もちろんかも!」 任せなさいと言わんばかりに胸を叩くハルカ。しかし心の中は少し複雑。 考えてみればシュウの口からこんなにも特定の女性の名前が出てきただろうか?いや、自分の知る限りない。シュウの口から他の女性の名前が出ることがこんなにも心を複雑にさせるなんて思いもよらなかった。 「本当…シュウとこんな風に話せるなんて思わなかったかも。」 「え?…君と僕はライバルだったんだろう?それとも会話すら無いほど悪い関係のライバルだったとか?」 「ううん。そう言う意味じゃない。唯…シュウって自分の事話さなかったから。」 その瞳はどこか遠くを見ていた。そしてそれが何故か申し訳なく思えて、 「ごめん…」 思わず謝罪の言葉が出てしまった。 「如何して謝るの?!」 「いや…なんとなく。君の表情見てたら…話さなかったことが君にとって苦痛だったのかなって。」 鋭い。記憶が消えてもそういう所はクセとして残っているのだろう。人の顔色をうかがったり、表情から考えを見てるとるところなどやはりシュウの面影を感じる。 「そんな風にとらないでよ。逆にこうして話せるって事が嬉しいのよ。だから…ね?悪いほうにとらないで。」 忘れていた。今のシュウは比較的後ろ向きな考えの持ち主。いつものようなのりでシュウに言ってしまったらきっと彼は頭を下げ続ける。それは勘弁願いたいし、此方としても後味が悪い。 重々しい空気が二人の周辺に漂う。しかし、それは少しの香りで解放された。 「あの…開けてもらえますか?」 それと同時に扉の向こうから少し高めの心地良い声。それに反応してハルカが扉を開ける。 「ご、ごめんなさい。扉開けとけばよかったですね。」 「良いんですよ。さぁ、とりあえずお好きなカップとって下さい。」 シュウのベットに備え付けられた白い机の上にティーカップがのったソーサーが置かれる。色は全て一緒に見えるが、微妙に香りが違う。そして三人は一番手時かなカップを手にとる。 「それじゃ、頂きます。」 「ハルカさんいただきます。」 「どうぞどうぞ。」 まずは香りを楽しんで、そして口元へと運ぶ。 「これ…僕好きかも知れません。」 「私もです。」 「私もコレ好きかも。」 言葉は違えど反応は皆一緒。どうやら自分の好みのお茶が当たったらしい。 「ルリカさん、良かった一口もらえますか?」 「どうぞ。私も貰って良いですか?」 「どうぞどうぞ。」 お互いスプーンで一口味見。 「うん…コレもおいしいです。」 「本当…こっちも美味しいかも。シュウのも良かったら味見させてもらえる?」 「いいよ。」 今度はシュウのを一口。 「うん。コレ香りが良いね。」 「そうだね。それは僕も思った。二人とも少し味見させてもらっていい?」 「いいよ。はい。」 「どうぞ。私もシュウさんの貰って良いですか?」 今度はシュウの味見の番。 「あ…香りが凄く良い。二人の紅茶。」 「でも、シュウさんのが一番香りが良いですね。」 三人で紅茶に舌鼓。 「それで…ハルカは何の紅茶買ってきたの?」 「えーとね、私が一番最初に飲んだのがキャラメルティー、ルリカさんが最初に飲んだのがハーブティー、シュウのがローズヒップ。どれが一番美味しかった?」 「「一番最初のが。」」 二人声をそろえて解答。それにハルカはにこっと笑う。 「やっぱりね。ルリカさん森に住んでたからハーブとか好きかと思ったんです。シュウはまぁ、考えるまでも無かったけど。」 「考えるまでもなかった?僕のは?」 「うん。シュウは…薔薇が好きだったから。だからローズヒップを選んだの。だから考えなくても分ったのよ。」 それはハルカにとってごく当たり前の事。シュウなら薔薇と言う考えは。それは彼が記憶を無くてしも変わらない考え方。 「好きなもので喜んでもらえるってやっぱり嬉しい事だと思う。だから記憶取り戻して好きなものでまた喜んでもらいたいのよ。でも無理は駄目よ?ロゼリアたちに私が怒られちゃうかも。二人ともここ数日がんばりすぎなんだもん。少し息抜きしよう?」 それハルカの本心。記憶を取り戻して欲しいけど無理はして欲しくない。塞ぎこんでいた二人に少しの休息をして欲しかった。だから紅茶を買って来た。彼女はつい買ってきてしまったと言っているが、話の途中でそれが嘘な事を自分でばらしてしまっている。二人の為に紅茶を選んだ事。けして適当に選んだのではない。それに気づいた二人は 「ありがとう。」 「ありがとうございますハルカさん。」 感謝の気持ちをこめた最上級のお礼の言葉。 「なんか照れちゃうな…それじゃ、私そろそろ行きますね。ポケモン達の事心配なので。」 「はい。いってらっしゃい。」 「あの…」 「ん?」 立ち上がったハルカをシュウの声が呼び止る。 「必ず…必ずポケモンたち迎えに行きますから…記憶が戻らなくても必ず。だからそれまでお願いします。」 「了解かも。」 紅茶がもたらした効果はリラックスだけは無く、彼の決断をももたらしたのかもしれない。 作者より 記憶全く関係の無いお話。一息入れましょうって事で。 2006.4 竹中歩 ←BACK NEXT→ |