2〜改めて知る恐怖〜





「それじゃ…本当に何も?」
「ええ…残念ですが…。」
 何度聞いてもドクターの答えは一緒だった。
 シュウはハルカの事はおろか、自分のポケモンたちのことも自分の生い立ちも、そしてコンテストの事すら覚えていないという。今の彼はハルカ達の知っているシュウではなかった。
「なんで?どうして?」
「落ち着いてよお姉ちゃん。」
 ハルカは困惑に満ち、大きな声を出す。ほんの数ヶ月前まで嫌味を言ってバトルをしたばかりなのに…一体何がこんな結果を生んだというのだろう?それを受け入れるにはハルカではまだ幼すぎる。こうなるのは当たり前だろう。
「私が見つけたとき…彼はハルカさんたちと同じことを言いました。『僕を知っていますか?』と。あまりに落ちつき過ぎているので…少し驚いたことを覚えています。」
 ポツリポツリと喋ったのはハルカと似ている少女ルリカ。彼女の話によればシュウは彼女の家のそばのがけの上で唯遠くを見ていたという。不思議に思い声をかけたのが切欠で数日間シュウを保護していたらしい。
「何かきっかけがなければこう言うことにはならないんですが…切欠がわかる人が誰もいない。下手な方法では彼を壊しかねませんから…今の私たちにはお手上げです。」
 ドクターは申し訳なさそうに言う。ハルカたちは今先の見えない洞窟に入ってしまったのだ。
「とりあえず、本人のところに行こうぜ。」
「そうだな…。」
 サトシの呼びかけにドクターを除いたシュウを知っているメンバーが重い足取りでシュウの病室へと向かった。





 入った病室の中はまるで絵画のように見えた。
 白い部屋、白いベット…個室という事でシュウしかいない。そのシュウは窓をあけ、外から入ってくる風を心地よさそうに感じていた。その風景を一つの絵として見間違えるのは無理ない。ハルカは改めてシュウの顔立ちのよさに感心する。
「…どうでした?」
「…理由がわからないと…なんともいえないそうです。」
 シュウに説明をしたのはハルカではなく、ルリカ。
 本当のことは全て伝えて欲しいとシュウに言われていた彼女は病室で聞いたことを全て話す。何故こう言うポジションがハルカではなくルリカなのか。それはシュウが今のところ一番心を許している存在がルリカ。その状況こそ、本当にシュウが記憶を失っている証拠。本来ならハルカの役割のはずなのだから…
「そう…ですか…。皆さんもすみません。僕を知っていてくれてるのに。」
「いや、オレたちは良いさ。ところでシュウ、お前どうするんだ?これから…」
「そうですね…一応僕は何らかの手がかりが得られるまでここにいるつもりです。」
 サトシの問いかけにシュウは普通に答える。どうして先の見えないことが起きてもシュウは冷静でいられるのかサトシは不思議でならないらしい。
「家に…連絡するの?」
「それは…暫くはしないつもりです。」
「どうして?」
「幸い、僕は旅をしているようですから…ある程度は連絡しなくても大丈夫だと思うんです。下手な心配は家族の人たちかけられないですし…それに…会ってもどうすれば言いかわかりません。」
 問い掛けるマサトにシュウは笑って答えを返す。それはもう別人としか言いようがなかった。
「…私…ここに残る。」
「え?」
 行き成りの声と、ハルカの発言でシュウは驚いた顔をしている。
「私も残ってシュウの記憶取り戻す手伝いがしたい。」
「そんな…貴女だって旅の途中でしょう?それに…聞いた話だとコンテストが貴女には…」
「シュウがいなきゃ意味ないの。私のコンテストの目標はシュウを倒すこと。だからあんたがいなくちゃ意味ないかも。」
 シュウは…ハルカのことを貴女と呼んだ。本当はそれが凄く寂しくて…悲しくて…とてもこの場にはいられない位辛いこと。記憶を探すということはそれに耐えなければいけない。それにコンテストのリボンだって足りなくて出場できないかもしれない。だけど…今のハルカはそれを全て投げ出してもシュウの記憶を戻したかった。
「…サトシ達に迷惑がかかるようなら…私をここにおいていって。足手まといは嫌だもん。」
「…何言ってるんだよ。シュウの記憶オレたちも取り戻す手伝いするぜ。なぁ?タケシにマサト。」
「もちろんだ。それにここにいればずっとジョーイさんと…」
「はいはい、その話後でね。」
 いつものマサトとタケシに其の場のメンバーは笑わさせられる。
「と言うことで、私たちは残るわ。嫌なんていわせないんだから。」
「止めたところで…貴女は残るような人がらみたいですしね。」
「そうよ。…あとさ、その貴女って止めてくれない?凄くむず痒い。」
「でも……」
「貴女以外で呼んでよ。貴女って言うのは私をさしている言葉じゃないわ。」
「…それじゃ…ハルカ…でいいですか?」
「呼び捨てね。良いわよ。後敬語もなし!」
「ふふ……」
 二人のやり取りにルリカが笑いを零す。
「どこか可笑しかった?」
「いえ、ハルカさんが可笑しかったんじゃないんです。ただ…この場面が似てるなって。」
「似てる?」
「ああ…そう言えばルリカさんの時も同じやり取りしましたね。」
「そうなの?じゃぁ、私たち気があうかもしれないわね。よろしくねルリカさん。」
「宜しく…ハルカさん。」
 漸く、其の場は和やかな雰囲気に包まれる。洞窟は始まったばかり。でも、終わりのない洞窟なんてない。
「いいかしら?」
 コンコンとドアを叩く音が皆の耳に入る。この声はきっとジョーイだろう。
「はい。良いですよ。」
 そのシュウの返事と共にジョーイと一緒に入ってきたのは…
「ロゼリア達じゃない!」
 シュウの持ちポケモン達だった。ハルカは懐かしさを感じ思わず駆け寄る。
「大変だったね。でも大丈夫。必ずシュウの記憶は取り戻させるから。」
 心配そうな顔のロゼリアはハルカの言葉に嬉しそうに頷く。だが…そのときに悲劇は起きた。
「…だ…ぃやだ…」
「……シュウ?」
「だ…いやだ…いやだ…」
 それはハルカの見たことない行動をとるシュウの姿。全てに恐怖を感じ慄き、震える小鹿のように脅えていた。
「ちょっと…シュウ?」
「シュウさん?」
「いやだぁぁぁぁぁぁ!」
 このとき…メンバーは記憶よりもっと厄介な事件がおきていたことを知る。
 シュウが…ポケモンを恐れるという事実に……。










作者より
驚く事実ばっかり。こんなに見せ場を早くもってきてよいのだろうか?
2006.1 竹中歩

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