普段は走ってはいけない病院の廊下。 しかしそんなことは言っていられない。 いつもは静かでおとなしいルリカかが病院を振るわせるほどの悲鳴をあげたのだ。 シュウとハルカは必死でその声の元へと向かった。 そこにいたのは…… 12〜黒い影の正体〜 声は病院の裏庭からだった。 漸くルリカの姿を確認すると、シュウとハルカの二人はあらかじめ打ち合わせをしていたように台詞が重なる。 「「ルリカさん! 大丈夫ですか!?」 息が上がって方が大きく上下する。でも何があったのか自体を確認しないといけいない。 何とか気力を振り絞り、ルリカの元へ駆け寄る。 「何があったんですか?」 ちょっと怒った口調のシュウが大きな声を張り上げる。余程心配しているらしい。 「い、行き成りその方たちが目の前に出てこられて……」 震えるルリカの人差し指は彼女を怖がらせた『人間』へと向けられる。 そこには人影はなく、代わりにそばにある茂みが動いていた。 「誰なの?! 正体を現しなさい!」 「誰なの、と声がする」 「地平線上の彼方から」 ………ちょっと待て。 聞き覚えがあるよ? この女性の声と男性の声は。 何かまだごそごそ言っているが最後まで言わなくてもわかる。ほら最終的には…… 「にゃーんてな!」 喋るニャースとソーナンスとマネネまで出てきた。そうだ、ルリカの悲鳴の正体は…… 「ロケット団!!」 ハルカが今度は叫んだ。 漸く姿をあらわしたのはこれまたハルカにもシュウにもゆかりのある人物。サトシに至っては、もう腐れ縁と言ってもいいかもしれない。ムサシにコジロウ、そして喋るニャースのトリオ。その人たちだった。 「はーい、お久しぶりね。ジャリガール……って、ジャリガールが二人?!」 ルリカとハルカの顔を見合わせて驚くムサシ。そう思われてもしょうがない。二人が似すぎているのは事実なのだから。 「もしかして双子か?」 また、コジロウのような意見を持つのも分かる。普通は双子かと思うだろう。しかし、ルリカとハルカには血のつながりは無いに等しい。 「ニャー……見れば見るほどそっくりニャ。どっちがどっちニャ?」 「そんなことはどうでもいいかも! なんであんたたちがここにいるかって事!」 ずっと驚かれっぱなしと言うのは割に合わない。それに今はそれよりもなぜロケット団がここにいるかということの方が大事。 「ふん! そんなこというわけないでしょ? 言ったら私たちのここ数日間の苦労が水の泡じゃない」 「そうだそうだ! 珍しい光の玉を持ったケーシィをジャリガールが見つけたとか聞いて対策を練ってたわけじゃないぞ!」 「コ、コジロウ……全部喋ってるニャ」 「え? あー!!」 気づいたときには既に遅く、その事実を受け止めるときには既にニャースの乱れ引っ掻きとムサシの四字固めを食らうコジロウ。 「そういうことね……」 聞き出すと言う苦労をしなくてすんだ。とりあえず、彼らの目的はシュウのものと言う可能性がある思い出小玉を持ったケーシィ。 「どうした?! ハルカ! 凄い悲鳴が……」 ルリカの悲鳴を聞きつけたサトシにタケシ、そしてマサトが漸く到着。これで役者は揃った。 「どうも、あのケーシィを狙ってきたらしいの」 「なんだって?! また盗みに来たのか! ロケット団!」 「まぁ、知られちゃしょうがないわね。つまりはそういうこと」 サトシの問い詰めにもひるむことなく、いつものように開き直るロケット団。 「というわけで、ジャリガールは貰っていくわよ!」 「ぽちっとニャ!」 ニャースはどこからとも無く取り出したスイッチのような突起がついたリモコンを取り出すとそのボタンを押す。 そしてそれと同時に裏山の森から見覚えのあるニャース型の気球が姿をあらわした。 ロケット団はそれにすばやく乗り込み、ハルカの位置を確認すると、気球を空へと向かわせる。 「え? 何で何もしてこない……?!」 その少しの油断が禁物だった。 気球の人が乗るかごの様なところからネットが飛び出し、ハルカとルリカを器用に捕まえて、更に上昇する。 「ちょ、ちょっと! 私はともかく、何でルリカさんまで!!」 「どっちがジャリガールか分からないからよ! 芝居でも打たれてたらかなわないからね!」 「一応念には念をってことで!」 「これでケーシィは手に入ったも同然ニャ!」 ネットの中で窮屈そうなルリカとハルカを尻目にかごの中で踊り始める三人。しかしそうは問屋がおろさない。 「ピカチュウ! 十万ボルト!」 ハルカやルリカには心強い味方がいるのだ! 案の定、サトシやタケシが地上で何とかしてくれようとして応戦している。 しかし気球の上昇が早く、ここまで技が届かない。 更なるポケモンをサトシが出そうとしたとき、ネットからハルカが叫んだ。 「サトシ、それ以上ポケモン出しちゃ駄目−!!」 その思わぬ言葉にサトシの動きが止まる。ハルカは救出を拒んでいるのだろうか? 「な、何で?!」 「それ以上出すと……シュウが!」 言われてサトシとタケシははっとした。 そうだ……シュウは今、ポケモン恐怖症だった。 シュウのほうに目線をやると……やはり汗だくで息は上がっている。顔色なんて真っ青だ。 声がしないと思ったら……ポケモンに怯えていたらしい。 「でも、そうだとするとハルカ達が!」 どんどんとサトシたちとの距離は離れていく。 「私は大丈夫だから!」 何が? どう大丈夫だと言うのだ? 今つかまっているのはハルカ自身なのに! 「ハルカさん……」 「大丈夫よ、ルリカさん。私はこれでも一応ポケモンコーディネーター」 ルリカを心配させないように強気に笑ってみせる。しかし内心は怖くて不安でしょうがない。 落ち着いて考えるのよ。 今ここで安易にポケモンを出したら網が重くなって切れて落下するかもしれない。 それに今自分の手持ちには空を飛べるポケモンはいない。 どうすれば…… その時だった。 緑の翼を持った竜が目に入ったのは。 それはものすごい速さでもちらへと向かってくる。あれは…… 「シュウの……フライゴン!」 間違いない。自分が数日前に無断で連れ出して、更には背中にまで乗せてもらったフライゴンだ。 そのフライゴンがこちらへと向かっている。そしてその背中にいるのは、 「ルリカさん、ロゼリアもいる!」 緑の美しい体に包まれた二匹が今ハルカ達二人の目の前にいた。 そしてついには気球へと追いつくと 「な、なによ? あんたたち、今パートナーがあんなんだから何していいか分からないでしょ?」 「そうだぞ!」 あくまで強気の二人だが、ニャースだけ様子が可笑しい。 「ニャニャニャ!?」 「どうしたの? ニャース?」 「『パートナーの命令が無くても、パートナーの大切な人を守る』『この人は自分たちを大切にしてくれる人だから助ける』と言ってるニャ!」 「つまりはそれって……」 「俺たちは……」 「攻撃されるニャ」 その瞬間、ロゼリアのマジカルリーフが気球とネットを分裂させ、更には気球に無数の穴をあけた。 そして案の定…… 「落ちるのニャー!」 三人で硬く抱きしめあうロケット団。しかし、それはハルカ達も一緒。一緒に落下していく。 このままでは自分たちの方が先に地面へと落下してしまう。ロゼリア達はどう思って…… 怖さを我慢して目をあけた。すると、 ふわりっ。 落下を感じさせる下からの空気圧が無くなる。 「え?」 事態が飲み込めず、暫く考えてしまったが自分たちの足元を見てわかった。 フライゴンが背中に二人を乗せている。 「助けてくれたの……?」 二人が背中に乗ることで、ロゼリアはフライゴンの頭の上にのっている。 その二匹を見つめると……笑っていた。 「貴方たち……」 結局自分はまたシュウのポケモンに助けられた。これで何度目だろう? 「あ、そうだ! ルリカさん!」 ふと目をやると彼女は気を失っていた。無理も無い。あんな怖い思いをしたのだから。 あと少しで地上だ。このままにしておいた方がいいと思ったのだが、 グラッ 「え?!」 気を失ったルリカの体勢が崩れ、フライゴンから落ちる。それをつかもうとしたハルカもまた、フライゴンの背中から外れた。 「あ!!」 気づいたときにはもう遅く、どうやってもフライゴンの背中へと戻ることは無理で、視界には空ばかりが広がる。そしてどんどんと小さくなっていくフライゴン。 この距離ではいくらフライゴンでも地面に落ちるまでに助けには来れない。 命に関わるような距離ではないが、怪我は絶対にする! 「(ヤバイ……!)」 覚悟を決めた。 そして背中にぶつかる地面のやわらかい感触。 ん? やわらかい感触? 「な? はい?」 理解できない。どうして地面がやわらかい? そして自分は意識がある? 「どうして……」 「大丈夫? ハルカ?」 「しゅ、シュウ?!」 辺りには砂煙が上がっていて視界は悪いが間違いなく、これはシュウ。 どうやらスライディングしてきたシュウがクッションの代わりを果してくれたらしい。 「大丈夫?! 私、結構な距離から落ちてきたけど怪我とかしてない?!」 一体どっちが怪我人なのやら。ハルカはシュウの顔を不安そうな顔で見つめる。 「大丈夫だよ。そんなにやばかったら助けてないから」 「ま、大丈夫でしょう。それだけ話せるんだから。でも、もう少しあたしみたいにかっこよく助けなさい」 つかつかと二人に近づいてきたのは、気を失ったルリカを抱えたハーリーの姿。 さっきまではどこにも姿は確認できなかったのに。 「は、ハーリーさん? どうしてここに?」 「別にぃ。たまたまポケモンセンターのフロントの近くを通ったら、処置したばかりのモンスターボールが動き出して行き成りフライゴンとロゼリア方飛び出して、そのまま外に向かったもんだから何事かと思って追いかけてきただけよ」 「あの子たち、また一人で飛び出したんですか?」 「まぁ、自分の意思で飛び出したことは事実ね。余程……あんたを助けたかったんでしょう」 その台詞でさっきのニャースが言っていた言葉を思い出す。 『パートナーの命令が無くても、パートナーの大切な人を守る』 『この人は自分たちを大切にしてくれる人だから助ける』 「そっか……ありがとう。二人とも」 地面に降り立った二人に漸くお礼を言うハルカ。しかしそんな時間もつかの間。 「まだまだこれからよ!」 「ロケット団! まだやる気か!」 服は多少なりともぼろぼろながらも人間そのものはぴんぴんしているロケット団。もうここまで来ると凄いとしか言いようが無い。 「当たり前よ! 何があっても光の玉を持ったケーシィは頂くわ!」 こうなってしまってはポケモンバトルより他は無い。しかし、今はシュウが傍にいる。どうすれば…… 「はぁ〜ん。ハルカがこう言う事態に巻き込まれたのは全てそのケーシィが欲しかったからかしら?」 「そ、その声は……」 ムサシだけでなく、コジロウやニャースまで固まる。 「「「先生−!」」」 「あんたたち……ハルカをいじめていいのはあたしだけよ?」 笑ってはいるが、どう見てもその笑みは怖すぎだ。絶対後ろにヤミラミを携えているに違いない。 「あたしの機嫌がいいうちにここから立ち去りなさい。さもなくば……」 「ご、ごめんなさい−!」 流石ロケット団。逃げ足が速い。 そしてハーリーもその威圧は流石と言うもの。 「全く! 本当どうしようもないんだから」 「あはは。……と、そう言えばシュウ、ポケモン大丈夫なの?」 「え?」 「いや、だって普通に助けてくれてるから、判断するだけ脳が回って立ってことでしょう」 「あ……忘れてた」 「はぁ?」 いつものシュウならありえない台詞だと思った。忘れてたなんて。 「だから言ったじゃない。ポケモンもそうだけど、そいつ自身もあんたを助けたかったんでしょう」 ハーリーは面白くなさそうにそっぽを向く。 「シュウ君はあたしが言う前に動いてたわよ。少なくともルリカちゃんじゃなくて、ハルカの方にね」 「そうなんだ……ありがとう」 「こんな形じゃないと君を助けられない。ポケモンともっと親しくなれてたらもっと早く助けられたとは思う」 「そんなことないよ。助けてくれたことには変わりないんだからさ」 満面の笑みで笑うハルカに釣られてシュウも微笑む。 助けてくれたこと、助けることができたこと、本当にそれで十分なのだから。 「取り込み中悪いが、ルリカさんのこともあるしポケモンセンターへ戻ろう」 「僕もそう思う。お姉ちゃんもシュウも一応怪我してるし」 「そうだね。戻ろうか」 こうして、彼らに忍び寄っていた黒い影はハーリーの微笑によって撃退された。 そしてルリカが目を覚ましたとき、漸くそれが伝えられる…… 作者より ロケット団はやはり出さなくてはと思いました。 多分、ポケモンの声が入ったのって私の小説ではこれが初めてですね。 2006.12 竹中歩 ←BACK NEXT→ |