「あのね……」 さっきから何度も言い出して……そして口篭る自分。 言わなきゃ。シュウに謝って記憶を取り戻して欲しいって。 「あの……」 言いたくても言葉に出来ない。なんだか恥ずかしくて…… 記憶を取り戻すことを決めたってことを言わなければいけないのに。 11〜願い、そして決意〜 シュウの病室に備え付けているテーブルをはさんで椅子に座る二人。 ハルカはハーリーとの話し合いの後シュウを説得するため病室を訪れた。 ルリカは不在なためこの場所にはいない。しかしそれが余計にいけないのだろうか? 話が上手く進まず。先ほどから不可解な行動を十五分ほど繰り返している。 言葉を言っては詰まる。 お互い求めていることは一緒だが言葉にするのは難しい。 「あー! もう!」 頭をぐしゃぐしゃとかいてハルカが立ち上がる。 いつものシュウなら『落ち着きが足りないね』などと言っただろうが、今のシュウはそれに驚くことで精一杯。案の定ハルカを見上げて唖然としている。 「どうか……した?」 「あ……いや、なんと言うか沈黙が重いというか、進まないこの状況がむずがゆいと言うか……」 我を取り戻したハルカは再び席につく。こんなことしても意味はないのに。 「はぁ……」 大きなため息がハルカの口から漏れた。 いつもなら言いたいことは言うのに……何故かシュウを目の前にすると上手く出てこない。 言いたい事と反対のことを言ってしまったり、頭に血が上って何か変なことは行ってしまうし……それは記憶をなくしたシュウは目の前にしても変わらない。 「ごめん……」 「ど、どうしたの? いきなり?」 いきなりの謝罪にハルカは驚く。何をシュウは謝っているのだろう? 「なんか、悩ませてるみたいで……僕の所為だろう?」 「違う違う! ……あーでも、微妙にあってると言うか……いや、やっぱり違うような……」 悩んでいるのは言いたい事を言えないから。でも、その言いたい内容はシュウのこと。半分当たりで半分ハズレ。 そんなどっちつかずな状況をハルカが上手く言葉に出来るはずがない。 「あ、あのね、シュウを困らせたくて悩んでるわけじゃないから、謝らなくて良いかも」 「でも……」 「本当、謝らなくて良いから。……私がさっきからハッキリしないのがいけないんだよね。よし!」 思い表情を吹っ切るようにハルカは頭を大きく横に振り、両手で両頬を二回ほど叩く。 そして真剣な眼差しでシュウの目、一点を見つめた。 「私ね、シュウに謝らなくちゃいけないことがあるの」 「僕に……?」 「うん……。飛び出してみんなに迷惑をかけたこともそうだし、ロゼリア達を勝手に連れて行っちゃったこともそう。今日は謝ることが凄くある……」 「それは……謝ることじゃないと思う。ハルカは当然の事をしただけだ。僕のために必死になってくれていたのに、僕がそれを踏みにじろうとしたから……」 シュウのフォローなんて初めて聞いた気がするハルカ。しかし珍しがることはなく、淡々と話を続ける。 「でも……それでもやっぱり謝らなくちゃいけない。今日の私の行動は……我侭入ってたから……」 「ハルカの我侭?」 「そう。私、シュウが記憶を取り戻さなくて良いって言ったときに……私も忘れてしまうんだって思ったの。それが悔しくて、悲しくて……そして気が付いたらあんなことに」 「………」 そのハルカの言葉はシュウの心にズキズキとリアルな痛みを生んだ。それはハルカの言葉が続くにつれ大きく、そしてさらに痛くなっていく。 「ロゼリアたちのことを忘れて欲しくないって事も本当。でも、私のことも忘れられたくないって思ったことも本当。結局、私も自分のこと考えてた……だから、シュウにあんなふうに言う権利なかったの。ごめんなさい」 「それは違う!」 勢いよくシュウは立ち上がった。その証拠に椅子が床へと一瞬で倒れる。 「ハルカは……いつも自分のことだけじゃなくて、僕のこともポケモン達のことも考えてくれた。でも、僕は本当に自分のことしか考えてなくて……僕の方こそ謝らなくちゃいけないんだ……」 「シュウ……」 彼の辛さが痛いほど伝わる。 いつもは苦しみを顔に何て出さないのに…… 今彼はとても苦しそうな表情で、握りこぶしまで作って……ハルカの目の前にいる。 「ハルカにはまだ言ってなかったけど、もしかしたら記憶が戻ったとき、今の……記憶を無くしてからの記憶がなくなるかもしれないんだ」 「え! それってルリカさんのことも?」 「……もしかしたら忘れてしまうかもしれない。彼女と出会ったのは記憶を無くしてからだから」 思いがけない事実にハルカの動きは止まる。記憶がまた……なくなる? 「どうして……?」 「ドクターの話では、人間の記憶って限りがあるらしい。その上限を超したとき、人は要らない記憶や古い記憶を無意識のうちに忘れてしまうって。もし記憶を取り戻したら……その上限は確実に超えてしまうから、何か記憶を消すだろうって」 「つまり……その消してしまう記憶がもしかしたら……」 「この二週間の記憶である可能性が高い。だから僕は記憶を取り戻すことを拒んだ。ルリカさんを忘れてしまうかもしれないから」 シュウがそうもらした瞬間。何故かハルカの目から涙がこぼれた。 「ハルカ?!」 「わ、私……」 シュウのほうは見ているが、明らかに目線が定まってはいない。かなりの混乱状態だ。 「どうしたんだ?」 「私……そんなこと知らなくて……シュウはポケモン達に触りたくないからあんなこと言ってるんだと思って……。でも、でも! 本当はそういうことで……私、私!」 何て酷いこと言ってしまったんだろう シュウとあの人へなんてひどい事を…… 罪悪感が一気に生まれたハルカの涙は止まらない……。 「そりゃ嫌だよね……知り合った人の記憶を忘れてしまうってことって……。ルリカさんも嫌だよね。今まで知り合いだった人に忘れらるって……二人とも嫌だよね」 涙はまるで昔からずっと流れ続けていたかのようにとめどなく流れる。 それはシュウの葛藤に気づかなかった謝罪。 知りに会い忘れられると言う寂しさ。 それを二人は抱えていたのに…… 「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」 謝っても過去は変わらない。でも、口から出てくるのはこの言葉だけ。 ごめんなさい…… 「落ち着いて、ハルカ!」 「ごめんね……シュウ! ごめんなさい、ルリカさん」 「いや、本当に悪いのは僕だから……君がそこまで謝らなくても良いんだ」 彼女は知らなかっただけ。ただそれだけなのに……どうしてそこまで泣くの? お願いだから泣かないで。 お願いだから笑って。 お願いだからそんな顔しないで。 お願いだから…… 君が苦しいと僕も何故か苦しいから…… 「ハルカ……」 「どうしよう……どうしよう……」 「安心して。それはもう話し合ったから……」 その言葉にハルカの言葉が一瞬だが止まる。それを察知するとシュウはハルカがいなくなってからのことを話し始めた。 「僕が記憶を取り戻すのは止めるといった後……ルリカさんに怒られたよ。そんなことしてもちっとも嬉しくないって。人の不幸の上に成り立つ幸せなんて喜べないって。それに……サトシ君にも言われた。僕がしようとしたことは逃げだって」 「に……げ……?」 「本当にルリカさんのことを忘れたくなかったら、きっとこの記憶はなくならない。無くなるとしたら……前の記憶から要らない記憶がなくなるはずだって。本当にその通りだよ。でも僕はその自信が無くて……記憶を取り戻すこと拒んだ。逃げだって言われてもしょうがない」 「でも、でも、それは当たり前の行動だよ……私が言うことが間違ってる……私、第三者だもん」 再びハルカの目から苦しみの涙がこぼれる。 このままでは彼女は苦しみにおぼれるばかり。 でもそれは……絶対に回避したい。 「ううん。僕の方がやっぱり間違ってる。それに気が付いたから僕はやっぱり記憶を取り戻そうと思う。なにより、みんながそれを望んでいてくれるから」 「だけど、それじゃルリカさんを……」 「絶対に今の記憶はなくさない。だから彼女のことは絶対に覚えてる。そうすれば誰も悲しまず済むから」 ハルカに向けられた綺麗な翡翠色の瞳が強く決意している。 彼は本気だ。 前に見たことがある、バトルのときと同じ本気の瞳。 「本当に……なくさない?」 「絶対に」 「私と同じ悲しみをルリカさんには絶対に与えないって約束できる?」 こちらの瞳も本気。こんな悲しさ、自分ひとりで十分だ。ルリカにまでさせたくない。 「うん……約束する。だから……もう一度協力してくれるかい?」 彼女に差し出した右手。どうか…どうか受け取ってと願う。 そして……右手に人のあたたかさが触れた。 「シュウが決めたことなら。それに……私もそれを望んでいる人間だから」 涙をぬぐった彼女の瞳は赤い。でも、表情はとても嬉しそうに微笑んでいる。 シュウが望んだその表情で彼女は再び協力することを選んだ。 「絶対に……絶対に取り戻そうね。みんなが望んだことだから」 「ああ!」 決心がついた。 絶対に記憶をとり戻すと。 もう、あんな表情、彼女にはして欲しくないから…… 笑った彼女の顔を思い出したいから…… 絶対に、絶対に取り戻す。 しかし、二人が決意を新たにしたときルリカの悲鳴が病院に響き渡った。 ついに彼らの前にもう一つの影が姿をあらわす。 作者より 前回から引きずっていた謎の影が潜伏期間を経てのいよいよ登場します。 2006.11 竹中歩 ←BACK NEXT→ |