雨の日に遊ぼう!! 中等部一年三組の段 四限目開始時刻。 綾部達高校一年組を後にして、は再び中等部の校舎へと戻っていた。 幸いにも今は立花の姿も、綾部の姿も見えずゆっくりと歩く。 綾部はすでに写真を撮らせたからもう追ってくる事はないだろう。よほどの理由がなければだが。 問題は生徒の殆どが恐れ、女子が憧れを抱く風紀委員長立花仙蔵。 あの人の手からどうやって放課後まで逃げ切るか。それが今のに与えられた課題である。 「……そう言えば、立花先輩は自習をしなくてよいのだろうか?」 雨がぽつぽつと降る空を見上げてつぶやく。 自分は元々Cクラスな上に、自習と言うものを真面目にするタイプではない。多分、高等部のC組はみんなそんな感じであろう。だから学校内をうろうろしている。 でも、あの人は別だ。 A組である上にその中でも非常に頭が良いらしい。そんな人が何故自習をさぼるのだろうか? 「よほど頭が良いか、よほど暇なのかどちらかだな。うん」 自己解決することによって、この疑問は終止符を打つ。 とりあえず、今は逃げる事を考えよう。 授業はすでに始まっているので、できればどこかの教室に入って姿を忍ぶのは遠慮願いたい。今までにそんな風にして結構迷惑をかけているからだ。 なので、今は一階の校舎のベランダに当たる部分の廊下を歩いている。 高等部の校舎は地面より一メートルとまでは行かないが少し高めに造られている。 そのおかげで高等部の一階、つまり高等部一年生たちの教室にあるベランダは腰をかけて座れるようになっている。地面に向けて足をぶら下げられるのだ。ちょうど民家で言う縁側のような感じで。 変わって中等部はそんなベランダすらない。 普通のベランダに当たる部分は外付け廊下となっており、生徒の通り道となっている。 なので、今はその部分を歩いていた。 「どこかいい場所があれば良いけど」 昼休みにもなれば、流石に立花も昼食をとる為一旦は手を引くだろう。 そう予想を立て、は暫くの間、身をひそめる場所を探す。 周りを見渡しながらてくてくと歩いていると、ある声が耳に入った。 「だから、ここの答えは3だ。分かったかー?」 明らかに男性の声。その上どう聞いても先生の様なしゃべり方だ。 おかしい。今はどこのクラスも授業をしていない筈なのに。 は気になり、そのクラスの中をのぞく。 そこにいたのは、 「……土井先生?」 かなり小さく呟く。声が聞こえて迷惑にならないためだ。 背伸びしても見えなかったので、少し後ろに下がって姿を確認したが間違いないと思う。 どうしてこのクラスだけ授業を? 今度は土井先生から目をはずして教室の中を見渡す。 そこにいたのは何とも見覚えのある生徒達。 「……ん? あれはもしかして共通委員所属の一年三組の子どもたちではないか?」 そんなの姿にいち早く気づいたのは虎若だった。 「先輩だー! こんにちはー!!」 「虎若君、こんにちは。挨拶はありがたいけど、授業中に大声を出していいのかい?」 「あ……そうでした! 痛っ!!」 「虎若ー!! 席に付け!!」 「お、噂のチョーク投げ。良いものが見れた」 ぱちぱちと小さな拍手をしたに、どうやら一年三組のほぼ全員が気づいたらしく、窓から顔を出す。 それを土井先生が慌てて制止するが時すでに遅し。 窓枠はすし詰め状態だ。 「先輩だー!!」 「先輩こんにちわー!!」 「どうしてこんな所にいるんですか? 先輩」 「あ、先輩中等部の服だー!!」 「本当だー!! 可愛い!!」 「凄く似合ってるー!!」 「僕らと同じ歳くらいに見えるー!!」 「同級生くらいに見えるー」 わちゃわちゃと騒ぎ、誉めたたえる三組の後輩達には若干汗が出た。 誉められているのは分かるし嬉しいのだが、何を言っているのかわからない。 だがしかし。その光景はあまりにも可愛く思わず顔が綻んだ。 「みんな元気だねー。そして、土井先生。三組のご指導、お疲れ様です」 やれやれとした顔をした土井先生に功労の言葉をかける。 この賑やかで元気な少年達と毎日戦ったいるのかと思うと凄い。 いつもは単体で会う一年三組。その時は何も感じなかったが、こうやって纏めて会ってみるとその元気の良さに自分も圧倒される。 「分かってくれるか!? 」 「多少なら……。元気良いですもんね、みんな。私にはこの若さはないです」 「えー! 先輩だって若いですよ」 「ありがとうね、三治郎君」 「そうですよ! だって高校生じゃないですか!!」 「伊助君。高校生は四捨五入すると二十代。君らはまだ十代だもの。やはりかなわないよ」 「またまた。そんなこと言って〜! そうしたら土井先生は三十代になるんすよ? それ比べたら先輩全然若いっすよ」 「きーりーまーるー!!」 「うわ!! 土井先生すいません!!」 「こら待て!!」 教室の中できり丸と土井先生の追いかけっこが始まる。 この光景を見て、大抵の人がきっとの様に呟くだろう。 「平和だなー」 等身大と言うには少し幼いが、そんな空気が流れている教室を見ると心が和んだ。 自分が立花先輩から逃げていることすら忘れそうになるくらい。 「先輩。どうして今日は中等部の制服なんですかー?」 必死に背伸びをしながら話しかけてくれる存在がいた事に今気が付いた。 しんべヱだ。 「えーっとだね、それは……」 「立花先輩の策略にはまったんです。そうですよね? 先輩」 「……正解。そうか、兵太夫君はその場にいたもんね。まぁ、そう言うわけだよ。しんべヱ君」 「先輩可哀相……」 ぐすんと態々涙を流してまで同情をしてくれている喜三太には思わず胸ときめかせた。 なんて良い子なんだろうと。 だが、それは喜三太だけはなく三組の子供達が皆似たような状態だった。 「先輩、他に着替えはないんですか?」 「残念ながらこれしかないんだ、金吾君。ジャージとかは放課後に立花先輩が返してくれると言う事で」 「お友達に借りるとかはだめなんですか?」 「サイズが合わないんだよ。はは、こう言う時は身長の低い自分が恨めしい……」 「団蔵! 先輩落ち込ませてどうするんだよ。大体それが出来てたら先輩はこんな恰好してないと思うよ」 「庄ちゃんたら相変わらず冷静ねー」 「もう、茶化さないでよ虎若。……と言う事は、本当にその姿のままなんですか?」 「その通り。で、この姿を面白半分でカメラに写そうとする立花先輩から逃げているのです」 「それじゃ、こんな所で立ち話とか危険じゃないですか!!」 眼鏡をかけなおしながら乱太郎が心配そうにを見ていた。 「土井先生、匿ってあげましょう? 私だって、自分の着たくない服の写真なんて取られたくないです」 必死に土井先生の服を掴んで、彼女の安全を確保してくれようとする乱太郎。 言わずもがな、その状況には心打たれる。 そしてその人数はどんどんと増えて行き、いつの間にか土井先生は三組のみんなにもみくちゃにされていた。 「お前ら、少しは状況をわきまえろ!! 襟をつかむな!! 苦しい……」 「あの、みんなその気持ちだけで嬉しいから。早く土井先生を離してあげた方が良いと思われる……」 「あーもう、分かったから!! しんべヱはさり気なく鼻水をつけようとしない!! 喜三太もナメクジはしまう!! 金吾も教科書を丸めて叩くな!! 兵太夫、お前は変な機械を使おうとするな!! 虎若ー!! 狙いを定めて何かを投げるのはやめなさい!!」 もう、その光景は見ているしかなかった。 例えるなら大家族と大黒柱のお父さん。そんなテレビ番組を持ている様な感じ。 あー、微笑ましいけど流石に中一十一人はきついだろうな〜とは只管に傍観する。 「はぁはぁはぁ……」 「土井先生、ご無事ですか?」 「な、なんとかな。それで? お前はこれからどうする?」 「昼休みまでどこかに身をひそめておこうかと思っております。少しは自習をしたいのですが、立花先輩がそうはさせてくれないでしょう」 「確かにな。あの立花仙蔵が自ら手を下したおもちゃをそう易々と手放すようには見えん」 「もう私、確実におもちゃ扱いなんですね」 ふっと、遠い目をするに土井先生はまぁ待てと声をかける。 「。お前、数学は出来るか?」 「好きではありません。出来れば関わり合いになりたくないです」 「ははは。やっぱりお前もか。でも、流石に中等部に入ったばかりの頃の数学は出来るだろう?」 「忘れてなければ、なんとか……多分」 「忘れていたら復習も兼ねてやらないか? こいつらと」 「と、言いますと?」 「こいつらの補習を見てやってほしい。全体的に勉強は得意ではないんだが、特に数学が酷くてな。全教員が招集された今日でも特例で授業をしているんだ」 「なーるほど。だから、先生がいたんですね」 納得。ここだけ先生がいたのはそう言う理由だったのか。 と言うか、そこまで勉強が酷いのか。 自分もけっして頭が良いとは言えないが、こんな風に特例で勉強をするまでではない。 心中お察ししますとは土井先生に向けて心で呟いた。 この先生、絶対に胃に穴があく。 「どうだ? 木を隠すなら森の中だ。それに、万が一立花に捕まっても教師である私がいるのだから止められる」 「はっ!! そうか!! 先生に止めてもらえばよかったんだ!!」 友人がいたのなら今気付いたのかよと突っ込みを食らいそうだ。 何故そんな当たり前な事に気が付かなかったのだろう。 ま、気が付いたとしても今の今まで先生には誰一人として出会っていなので無理な話だったろうが。 「先輩ー! 一緒にお勉強しましょうー」 すでに窓越しで乱太郎と伊助に腕を掴まれている。 もうこうなれば答えはただ一つ。 「参加させていただきます!!」 この時の笑顔はきっと真夏の太陽の様に眩しかっただろう。 「とりあえず、お前はここに座れ」 行き成り参加したに土井先生は教員用の机と椅子を与える。 日ごろ土井先生が使っているものであろう。両方とも灰色で統一されたシンプルなデザイン。 机の上には書類や辞書。それに出席簿などが置かれていた。 「いいかー? 今からテキスト三十五ページにある問題を解くんだ。さっき教えた通りにやれば出来るぞー。分からなかったら私か。もしくは先にとけている人に聞くように」 はーいと元気のいい返事だけして三組の少年たちは机に向かう。 そう、向かうだけだった。 「……土井先生? ペンが動いてる気配がないです」 「驚いたか。これが三組なんだ」 只管に悩んでる。もうこれでもかと言うくらいに。 大抵の者が一番最初の問題でつまずいていた。なんとかペンを動かしているのは庄左ヱ門と兵太夫と団蔵くらいなもの。 もう、しんべヱに至っては突っ伏している。 「……あー! 駄目だ!! 先輩教えてください!!」 の真正面に座っていた三治郎が声を張り上げて、ノートと教科書。そしてシャーペンを片手に駆け寄ってくる。 「どれどれ? ……あー、なんとか行けるか」 中学に入って一番最初に習う数学の問題。例題も付いているし簡単そうだ。 はよしっと踏ん張って三治郎にシャーペンを借りてノートの片隅に簡単な式を書く。 「この2は、この例題の4と一緒なんだよ。てことは、そこと入れ替えるだけ。で、後の方に出てくる3も例題の1と一緒だから入れ替えるだけ。つまりは?」 「あ、そっか! 元々は一緒の物なんですね?」 「当たりー。この例題さえ覚えちゃって、入れ替える数字さえ分かれば、ここから三つ目の問題までは出来るよ。ほら、行っておいで」 「はい!! ありがとうございます!!」 自分で分からなかった問題が解けた時の喜びは誰でも大きい。 それは三治郎も一緒らしく、彼は嬉しそうな顔で席へと戻った。 これを見ていた他のクラスメイト達。 気付けば土井先生そっちのけでへと集まる。 「先輩!! この問四のカッコなんですけど、これは例題のこの部分ですか?」 「どれ? あ、これね。確かに場所は一緒なんだけど、ちと違うんだ。先ずは例題とどこが違うか探してみよう」 兵太夫はすでに最初の三つを終えたらしく、少し違う問題を聞いてくる。 後の生徒達は三治郎と似たような状態で、何がどう分からないかは基本一緒だった。 なので、三治郎に教えたように一人一人に同じことを繰り返し教えて行く。 どうやら何となくは皆理解できたらしい。 「おい!! 何故誰も私の所へ来ない!? 庄左ヱ門が一度聞きに来ただけだぞ!?」 「そりゃ、誰でも年の若い女の人の方が良いに決まってるじゃないっすか」 「きり丸。お前はいつも一言多い!!」 ガツンっと今では珍しい拳骨がきり丸の頭に落ちる。 その光景にはチョーク投げを目撃した時の様に拍手を送った。 「大変貴重な物をありがとうございます、土井先生」 「ん? ああ。私こそ礼を言おう。こんな風に全員が理解できたのは久しぶりだ」 「ほう、そうなんですか。じゃぁ、基本的には皆勉強する気はあるんですね。良い子たちじゃないですか」 「と、……おま、お前ってやつは!!」 「ど、どうされました? 土井先生。行き成り泣かれるとは」 「土井先生は私達の事を褒めてくれる数少ないに人に出会ったことに感激していると思われますー」 「解説ありがとう、乱太郎君。土井先生、今の世の中こんな風に純粋な生徒ばかり集まるって貴重です。だから、確かに物覚えは悪い生徒かもしれませんが、性格の良い生徒に当たったのは運が良い事なんだと思います」 「先輩ってさり気なくひどい時あるよね」 「まぁ、少し変わってるのが先輩だと思う」 団蔵と虎若がお互いに目を見て笑う。 自分達の知っているはやはりどこか変わっていなければと。 「ううう……まさか私の苦労を分かってくれるとは。他の先生達にも馬鹿にされるようなクラスなのに」 「どんなクラスでも良いところはありますよ。私、このクラスの子たちは元気で素直だと思ってますから。まぁ、ここまで成績が酷いとは思いませんでしたけど」 「!! 今度また時間があったらこいつらの勉強を!!」 「もうその頃には難しい範囲に入っていると思いますので、謹んでお断りします」 本当の所、実は庄左ヱ門が土井先生に聞いていた問題は危うかった。 きっと教えられなったと思う。 だから、今が本当ににとって限界なのだ。 「じゃ、違う科目でも良い!! 本当に暇なときで良いから」 「それでは土井先生の可愛い生徒をとってしまうことになります。だから辞退しますよ。それにめんどくさいんで」 「先輩、本音が漏れてませんか?」 「気のせいだよ、金吾君。さて、そろそろ時間ですね」 時計に目をやると気付けば昼休み直前の時刻。 教室に帰るには良い時間だろう。 「私は教室に戻ります。土井先生。立花先輩は来ませんでしたが、ご協力ありがとうございました」 「いや、私もなんだかんだで世話になった。やはり違う空気を取り入れるのは良い事らしい。が来た事で、みんなが勉強に勤しんだ。良い気分転換になったよ」 「そう言っていただけて恐縮です。それでは、みんな勉強頑張っておくれ」 「先輩!! そう言いながらどこから出ようとしてるんですか!?」 「え? 窓ですよ。伊助君、そこまで驚かなくても大丈夫。ここなら直ぐ下が外付け廊下だからね。ではまたね! 愛しいベイベー達!!」 窓枠を飛び越え、外付け廊下と着地。三組の少年達がぱちぱちと拍手を送る。 「また来てくださいねー、先輩ー!!」 「今度は高等部の制服で来てくださいー!!」 「でも、その制服姿可愛かったですよー!!」 「似合ってましたー!!」 「立花先輩には気を付けてくださいねー!!」 「今度、また何か食べさせてくださいー!!」 走り去るの後ろ姿に向かって叫ぶ少年達。 しかし、これも誰が何を言っているか分からずを困惑させた。 そして、一言思う。 「捕まらない様に応援してくれるなら大声を出さないで欲しいな……」 その声はきっと三組の少年達にも、はたまたこれから昼食を取ろうとする生徒にも聞こえなかっただろう。 作者より 一年生をフルに頑張って出してみました。と言いつつも土井先生が出張っていた気が(汗) 一年生は素直なので書いててかわいらしくて楽しかったです。ちなみに一年生は クラスごとの出番となっておりますので、次は残りのどちらかのクラスです。 2010.6 竹中歩 ←戻 進→ |