雨の日に遊ぼう!! 中等部二年生の段



 一限目開始時刻。
 二年一組の生徒は開始と共に殆どの生徒が机に向かい、ペンを執った。
 他のクラスや学年は騒いでいるのだろうか?
 少し耳障りな雑音が耳に届く。でも、気にはしていない。これくらいで気にしているようでは、良い成績は取れない。
 一組名の恥じぬくらい、まじめな生徒の集団だ。
 それでも、やはり雑談をする生徒はいる。もっぱらその大半はうわさ好きな少女達。
 だから、彼らはあえて耳を貸さなかった。しかしそれでも不意に耳には入る。
 なんでも、今日は素敵な人に出会えただとか。白馬の王子様を一番待っている年齢の少女達らしい会話だ。
 それでも、彼らはシャーペンを手に持ち、ノートへ文字を記入する。
 それがきっと今後の役に立つと思っているから。
 でも、それがふと止まったのだ。
 廊下であまりにも騒がしい足音が聞こえたから。
「…………先輩?」
 久作の独り言に、そばの席に座っていた三郎次と左近は顔をあげる。
 確かに廊下を走りぬけて行ったのは三人の知る高等部の先輩だった。
 何で先輩が中等部の校舎に?
 一番最初に浮かんだ疑問。でも、それ以上に驚いたのはの服装。……中等部の制服だった。
「なんで、先輩あんなに勢いよく走ってるんだろう?」
 口元に使い慣れたシャーペンをあて、呟く久作。
「いや、それ以前に制服の方が問題だろう? あの人高等部じゃないか」
 出来るだけ集中力を欠かない様に、ペンを走らせる左近だが、明らかに意識は勉学に向いていない。
「両方問題だよ。凄い必死な形相だったけど。まぁ、僕らには関係ないよ」
 本当は物凄く気になるが、素直には言えなかった。
 勉強の事がおろそかになるのも嫌だったが、なにより三郎次の性格がそうさせる。
 何事も天邪鬼。それが彼。
 それを聞いて、残りの二人もまぁ、そうかと頷き再び教科書に目をやった。
 でも、また聞こえてきたのだ。あの、足音が。しかも二つ。
「四郎兵衛君よ、この先で良いのかい?」
「はい。そこ曲がったら、掃除道具の入った小さな部屋があるので」
 と肩を並べて走っていたのは自分達の友。時友四郎兵衛。
 会話が割と大きめだったので、クラス全体の人間がそれに気づいたらしい。
 お陰で、いつも静かに自習をしている一組でもひそひそと言う話が大きくなった。
 一体、あの人は本気で何から逃げているのだろう?
 クラス全体、思う事は一つだ。しかし、その謎はあっけなく解ける。
せんぱーい。どこですかー?」
 一瞬で女子を中心に教室がざわついた。
 女子の間でも人気のある綾部がを探して廊下を歩いていたから。
 女子は綾部を見れたことに対してきゃぁと言うときめきの声をあげる。しかし、三人にとってそれはどうでもいい事実。
 今気になるのはどうして綾部がを追いかけているかだ。
先輩、綾部先輩から逃げてたんだ」
「でも、どんな理由で?」
「僕が知るかよ」
 左近、久作、三次郎の三人は顔を寄せ合い眉をひそめる。
 自分達がお世話になっている先輩が綾部から逃げている。その事だけで、を助けるには十分な理由だった。
 幸いにも先生は今いないし、クラスメイトもこの事を面白そうに観察している。
 動くなら今だ。
「あ、来たよ!」
 久作が廊下へと体を乗り出し、急いで走ってくると四郎兵衛を確認。まだ後ろに綾部の姿はまだ見えていない。
 その事を確認すると、左近と三郎次は教室の後ろ扉から飛び出し、二人に手を伸ばした。
 そして、そのまま腕を引いてすぐさま教室へと戻り、綾部が過ぎ去るのを持つ。
 案の定、少し駆け足の綾部がの名前を口にしながら駆けて行った。
「……あれ? 三人ともどうしたの?」
 四郎兵衛は何が起きたか分からず、キョトンとした顔をしている。
 に至っては疲れているのか、息をするので精一杯らし、四つん這いになって肩を上下させていた。
「どうしたのは、こっちの台詞だよ。なんで二人で逃げてるのさ?」
 三郎次が少し威圧的に四郎兵衛に問いかける。残念ながら、四郎兵衛に威圧は伝わっていないようだが。
「えっとね、綾部先輩が先輩のこの姿写真に撮るって追いかけてるらしくって。でも、先輩は嫌だって逃げてて。で、助けようと思ったら一緒に逃げてて……」
「なんで、一緒に逃げるんだよ? どこかに隠れれば良い物を」
 はぁ、と呆れて左近はの顔色をうかがう。
 保健委員会として、苦しそうな人は見捨てておけなかった。たとえ、普段は素直になれずとも。
「か、隠れようとはしたんだよ? でも、ほら階段の所にある掃除道具入れ。開けたら綾部先輩が入ってたの」
「先回りか……流石綾部先輩」
 ちっと舌打ちをして三郎次は口元に手を当てる。
 人驚かせたりすることには長けている風紀委員。名に恥じぬ行為だ。
「で、先輩。大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫……。休ませてもらったら少し楽になった。本当、勉強中にすまんね。クラスの人たちもすまない」
 ざわざわと相変わらず騒がしい教室。それもそうだ。
 クラスメイトが見た事のない中等部の女子をかくまっているのだから。でも、誰も綾部に告げ口に行こうとはしなかった。
 だって、メリットはない上に、何より『巻き込まれたくない』と思ったから。
 それに、これだけ息切れのする人を差し出すなんて可哀相過ぎる。
 まだ幼い生徒達は自ずとこの事を見守ることにした。
「ま、まぁ僕らも事が終らないとうるさくて勉強できませんからね。さっさとどこか
良い場所見つけて逃げてください」
「そうです。さっきからどたばたどたばたと品のない足音は耳障りなんですから」
 本当は四郎兵衛や久作のように優しい言葉の一つでもかけてやりたい三郎次と左近。
 でも、それが出来ない。だって、自分達は天邪鬼。それをクラスメイトが見守る中で崩せるはずなかった。
「そうだね。ある程度したら出て行くよ。にしても、中等部の服は丈が長くて動きにくい!」
「あ、いまさらですが何故先輩は中等部の制服を来ているのですか?」
「良い所に気が付いた、久作君。実は風紀委員の策略にはまってね。気付いたら自分の制服とジャージをクリーニングに出され、これを着るしかないと言う状態にされたのだよ」
 どこか遠い空を見るようには説明をする。
 それを聞いて、クラス全体がああ、なんて不幸な人なんだろうと思ったに違いない。
 何人かの女子は羨ましいと叫んでいた気はするが、男子生徒の多いこの学校。大半の生徒はああはなりたくはないとを見ただろう。
 風紀委員のおもちゃになるなど、真っ平だ御免だ。
「さて、体力も回復した事だしそろそろ違う場所へ逃げるよ。見つかったら大変だからね」
 うーんと背伸びをしては立ち上がる。そして、四人にありがとうと言って手を合わせた。
 言っておくが、彼らは決して観音や身仏ではない。
 だが、にとっては変わりなくこの四人はありがたい存在だった。
「次はどこに隠れるか……やっぱり中等部かな?」
「……あの!」
 共通委員会とだけ会話をしていのもとへ一人の少女が駆け寄る。
 その顔を見て、ははっとした顔をした。
「もしかして……今朝の?」
「はい! 朝はお世話になりました! でも、まさか先輩の制服が濡れた所為でこんな事態になってるなんて……」
 話の意図が読めない四人。しかし、は分かっているらしく笑ってクラスの女子を慰めていた。
「良いのだよ。私の自己満足なんだから。それに、追いかけられるようになったのは私の不注意。だからね、そんなに落ち込まないで? 可愛い顔がもったいないよ?」
 はしょんぼりとする女子の頭を優しく撫でる。なんと男前な態度なのだろうか。
 そして、こう言うところを見るとやっぱり先輩なんだなと思い知らされるが、残念ながら中等部の制服が似合っているため、なんとも違和感のある光景だ。頭と見ている事の情報が一致しない。
「えっと、差し出がましいと思ってのですが先輩が中等部に隠れるならリボンをした方が良いと思います」
「え? あ、そっか。何か足りないと思ったらリボンがなかったのか」
 胸元に手を当て、ある筈の物がない事に気付く。
 中等部女子の制服はスカーフ状のリボンが胸元に付いているのだが、の制服にはそれがない。
「えーと、リボン、リボン……あ、あった!」
 ポケットに手を突っ込むとそれらしいものが指に触り、それを引きずりだす。
 そしてそれを巻こうと思ったのだが、如何せん、巻いた事のない中等部のリボンには四苦八苦する。
 それに見かねたのか、その女子生徒は手を差し伸べてくれた。
「これはこうして、こうやって、ここを通せば……はい! 出来上がりです!」
「器用だねー。ありがとう! これで中等部に身を隠しやすくなるよ!」
 女子生徒の手を取り握手を交わす。どことなく、女子生徒の顔が赤かった様な気はする。
「それでは、迷惑をかけたね。二年一組の諸君! 本当に感謝します! では!」
 廊下を確認して、は教室を後にした。
 その後、綾部が教室に顔を出したのだが久作達はもちろん全く違う方向を教える。
 多分、これで逃げ切れたと思うのだが。
 そうしているうちに、一限目終了。
 二年一組の生徒達は慌ただしかった空気を静寂に戻すべく、一旦休憩へと入る。



「それにしても、先輩も災難だよね。風紀委員会に遊ばれるなんて」
「だけど、逃げ切れてる先輩も凄いと思う」
 廊下で久作は窓へもたれかかり、四郎兵衛はその真正面で相槌をするように会話をつなげる。
「でも、先輩の不注意で追いかけられたのかと思ったんだけど、まさかうちのクラスの女子を助けた所為とはねー」
 今朝女子が話していた『今日は素敵な人に出会えた』と言う会話はどうやらの事だったらしい。
 水たまりでこけかけた女子をが助け、代わりに水浸しになったのだとあの女子が教えてくれた。
 相変わらず、ボランティア精神の強い人だと左近は一人で頷く。
「あの人は基本的にお節介なんだよ。全く、こっちはいい迷惑だ!」
 ふんと、腕を組んで自分には関係ないと言う意志を示す三郎次。
 でも、三人は知っていた。迷惑だと言いつつも悪い方に彼が考えていない事を。
先輩、逃げ切れてると良いね。今日一日は逃げ切るって言ってたから……」
 四郎兵衛が空を向いてぽつりと呟く。それにつられて他の三人も空を見上げた。
 雨はまだやまない。
「……なんか、先輩こけてそうなんだけど」
「あーわかる。あの人、どっか抜けてそうだから」
 苦笑する久作の言葉に三郎次は頷く。
 朝から降る雨で学校内は滑りやすくなっている。走っていなくても転びそうなのに。
 あれだけ全力で走っていれば必ずこける筈だ。
「まぁ、その時は僕が保健室で手当てするよ。不本意だけど保健委員だからね」
「本当に〜? 実は来てほしいとか思ってるんじゃないのか?」
「何言ってるんだよ、久作!」
 左近は分かりやすい反応を示す。それが面白いのか久作は笑っていた。
「えっと……少し良いかな?」
 それをずっと見ていたのか、が助けたと言うクラスメイトの女子が話しかけてきた。
「どうしたの?」
 首を傾げて久作が少女の目を見る。
「えっと……あのね、あの先輩の名前とクラスを知りたいんだ。お礼とかもちゃんとしたいし」
先輩? えーと、クラスは確か」
「二年C組。って名前。保健室で良く見るよ」
 左近が良いかけた言葉を三郎次が持って行く。
 それを見ていて驚いたのは少女ではなく、他の三人だった。
「……凄いね。そこまで知ってるんだ」
「別に大したことじゃないだろう? お前たちだって知ってる筈だし」
「そうだけど、僕は保健室で見るの知らなかったもん」
 羨望のまなざしを送る四郎兵衛に三郎次は目を合わせられなかった。
 どこか恥ずかしい気がして。
先輩ね。わかった! ありがとう! ……ねぇ、聞いて! 私の王子様の名前がわかったよー!」
「「「「!?」」」」
 友人のもとへ嬉しそうに駆け寄る少女の言葉に四人は絶句する。
「今、王子様って言ってたよね。僕の聞き間違いかな?」
「いや、久作。お前だけじゃなく僕も聞こえた。三郎次は?」
「右に同じく。どうやったら王子様になるんだか」
先輩、女の子なのに……」
 恋に恋するお年頃の女子の前では性別も意味をなさないらしい。
「本当、人に好かれる先輩だな」
 左近は前に保健委員会で数馬が言っていた事を思い出す。
 あの先輩は人を引き寄せるんだって。今、その言葉を改めて思い知る。
「そう言えば今さらだけど、先輩。本当に中等部みたいだった。違和感無かったもん」
「それだけ子どもっぽいってことだろ? あの人、単純だし」
「でも、似合ってて可愛かったと思うの」
 久作の言葉に嫌みで返した三郎次。しかし、それと反対に誉める四郎兵衛。
 純粋な彼だから言える言葉に三郎次はイライラを募らせた。
「四郎兵衛、ちょっと殴らせろ」
「え!? なんで!?」
 仲の良い四人組。
 その光景を遠いところから見ていた彼らにはどう映ったのだろうか?






作者より
最初は二年生たちのところへ逃げました。逃げたというか、多分気づいたらそこにいたんでしょう(笑)
三郎次と左近はツンデレ前面にだしました! なんだかんだ言って協力的な彼らです。
久作と四郎兵衛は先輩だから助けなきゃって感じが伝わればな〜と。次はどこへ逃げるのやら。
2010.6 竹中歩

←戻    進→