絶賛梅雨前線到来。 気温が不安定な所為で、今日も今日とて雨日和。 そんな日の登校は憂鬱である。 足元は自然とびしょびしょになるし、カバンも濡れて気付けば中の方まで染みている始末。 そして、一番厄介なのが制服。 ぐっしょりと水分を吸って、もう脱ぎたくてしょうがない。 本当、憂鬱だ。 特に今日は本当の、本当に。 私は項垂れて、その教室の扉を開けた。 「失礼します!」 雨の日に遊ぼう!! 始まりの段 「朝から珍しい客だな」 いつもと何ら変わりなく、その方は教室一番上座に当たる席に座っておられました。 朝早くから、委員会活動ご苦労様です。 「えぇ、ちょっと野暮用で」 「……洗濯機か」 「そうです。洗濯機です」 ここはあの立花委員長率いる風紀委員会の教室。別名作法室。 なぜ作法室なのかと言うと、ここが風紀室になる前は畳なんかが敷いてあり、女生徒を中心に作法を教えていたらしい。 今は見る影もないが。その時の名残から作法室と呼ばれている。 ちなみに作法室の頭文字と風紀委員会をかけて『S法委員会』とも呼ばれている。 まぁ、この風紀委員にはぴったりだ。 なので、私も時折S法委員会と呼ぶ。言わずもがな、これを口に出すと風紀委員長様の笑顔が怖いです。 「お前もこの雨の犠牲者か?」 「ええ。ちょっとばかり登校途中にこけかけたお嬢さんを庇い、水たまりにざぶんと」 「何気に男前な理由だな」 「ははは。私もそう思います。しかし、立花先輩は濡れると言う事とは無縁ぽいですね。いつもお綺麗で」 「私を誰だと思っている? 風紀を正し、美を重んじる立花仙……」 「お、兵太夫君。おはよう」 「おはようございます、先輩! あ、タオル使いますか?」 「貸していただけるなら貸してほしい」 思い切り、立花先輩の話をぶった切った。 だって、言われなくても分かるし。本当に完ぺきな人なんだって。 「〜!!」 「立花先輩。綺麗なお顔が台無しですよ? 私から見たら、羨ましいんですから。お、伝七君もおはよう」 「おはようございます。先輩もよろしかったらコーヒー飲みますか?」 「是非いただきます!」 立花先輩をさて置き、事は進む。 うむ。良く出来た後輩たちだ。 「お前は本当に、変わったやつだな!」 「先輩。怒りながらアイアンクローしないでください。頭が痛いです」 「お前にはこれくらいせんとわからんだろうが!」 「痛い、痛いです! てか、洗濯機と、なんかジャージ貸して下さい!」 「は? ジャージ?」 頭の皮膚に食い込んでいた指を離すと、立花先輩はぽかんとした顔をする。 「なぜ、ジャージを持っていないのだ?」 「言ったじゃないですか。水たまりに『ざぶん』って。カバンの中身もご愁傷様です」 一応学校に入る前に振ったりして水気を切ったのだが、まだぽたぽたと垂れている。 「そうか。そう言う事ならしょうがないな。しかし……」 「? どうかしましたか?」 「すいません、今洗濯機修理中なんです」 てへへと苦笑をしている兵太夫君が洗濯機の前でなにやら、工具を取り出し四苦八苦していた。 「ここの所綾部の落とし穴の犠牲者が多くてな。フル稼働していたら昨日の放課後に動かなくなってしまった」 「なんと!?」 綾部君、また穴を掘っていたのか。 てか、犠牲者が出るなら流石にやめた方が良いと思うんだが。 「雨も多かったので、高等部を中心に多くの方が借りに来てましたからね。その所為もあると思います」 「おや、藤内君。おはよう」 「おはようございます」 ぺこりと頭を下げて、入口から入ってきた藤内君。 彼も少し濡れていた。 「君も濡れたか……」 「うわっ!? 先輩!?」 入ってきた瞬間に、兵太夫君から借りたタオルで彼の頭を拭く。 うわー、この委員会の子って全体的に髪質が綺麗だ。 「せ、先輩の方が濡れてますよ。私なんかより先輩が使った方が、」 「いや、ある程度は拭いたから気にしなくて良い」 「どこがある程度なんですか! そんなに水浸しで!」 後輩に本気で怒られた。 まぁ、制服から水が滴ってたらそう言うよね。 「立花先輩。先輩に何か貸してあげましょう? このままじゃ、先輩濡れたままで教室行かなくちゃいけません」 「伝七……そうだな。制服でも貸してやるか。、お前女子と男子の制服どちらが良い?」 「女子に決まってるじゃないですか!」 「そうか。藤内!」 「はい!」 「風紀資料室の棚に入ってあるNの1Cを持って来い」 「分かりました!」 おぉ……ありがとう後輩達よ。 伝七君の申し入れがすごくありがたかったし、直ぐに動いてくれた藤内君にも感謝。 「風紀資料室に制服があるんですか?」 「外部の生徒に見本として見せたり、何らかの理由で制服が必要な生徒の為にな。あとは、お前のように制服の替えがない生徒とか」 「はは、すみません」 少し呆れた様子だった先輩に思わず苦笑。 こっちだって好きで濡れたんじゃない。でも、一応立花先輩にもお礼を言っておこう。 「先輩、ありがとうございます」 「いや、気にはするな。……」 えー、気のせいでしょうか? 立花先輩が含み笑いをしていたような気がするんですが。 「た、立花先輩! 本当にこれで良いんですか!?」 風紀室横の風紀資料室から帰って来た藤内君はどこか慌てている。 「あぁ、お前が番号を間違わずに持ってきていたならそれで良い」 「良いって、良くないですよ! これって!」 「藤内。それをに渡せ。兵太夫、タオルをもう一枚持ってこい。それもそいつに渡せ」 わっかりましたーと言って、兵太夫君はさっき貸してくれたものより少し大きめのタオルを貸してくれた。 「えっと、先輩?」 「ん? どうしたのかね、藤内君」 「ご……」 「ご?」 「ごめんなさいぃぃぃ!!」 なぜか制服を渡してくれた藤内君は泣きながら部屋から去ってしまった。 なんで? 「。そろそろ朝のHRの時間だ。さっさと着がえろ」 「あ、はい」 私は洗濯機の横にある仕切りカーテンをつかって、簡易試着室を作る。 そして、水浸しになった制服を手早く畳み、タオルで体を拭いて、お借りした制服を身に纏った。 ……なぜ、全部着がえるまで気が付かなかったのだろうか? 「……立花先輩?」 「なんだ、着替え終わったか?」 仕切りカーテンを半分だけ開けた状態で、先輩を睨んだ。 優雅にコーヒーなんてすすりやがって! 「何で、中等部の制服なんですかー!?」 私が来ている高等部のものではない。明らかに中等部女子の制服だった。 いつもはカーディガンやセーターを着ているせいで高等部の制服を着ていると気づかれない私。 でも、今は違う。セーターもなければ上に羽織るものは何もない。 おかげで、ばっちり中等部と言う事がわかってしまう。 なんで、よりにもよってこれを!! 「やはり、お前はそちらの方が似合うな」 「いやがらせ、いやがらせなんですね? 立花先輩」 「私はお前に似合うよう制服を選んだだけだ」 「だったら高等部の制服貸して下さいよ!」 「生憎、高等部制服はすべて貸し出し中だ」 絶対に嘘だ。 これ着せるために嘘ついたんだ! 藤内君もこの事を知っていて謝ったんだろう。なんてひどい。唯一の常識人を困らせるとは! 「私は確かに言ったぞ? 女子と男子、どちらの制服が良いかと」 「中等部のなんて聞いてないです」 「高等部の物だとも言っておらん」 くすくすと只管に笑っているこの委員長が憎い。 本気で立花『S』蔵だ! 世の中のお嬢さん方、本当にこの方で良いんですか? そりゃ、女の私から見ても美人だとは思うし、頭もAクラスだから良いとは思いますよ? でもね、性格凄いですよ!? 完全に遊ばれている……。 「濡れた制服着た方がマシです。なので、着替えます」 「それは無理な話だな。ついさっき私がお前の為を思って、伝七に頼みクリーニング業者へと手渡してもらった。もちろんジャージもだ」 「先輩ー! ごめんなさいー!」 ぼろぼろと涙を零す伝七君を目の前にしたら言うに言えなくなってしまった。 この子はにも悪くない。 勝手に人の制服や、カバン開けてジャージを持って行くよう言ったこの人が悪い。 「立花先輩……本気で恨みますよ?」 「ほほう。お前に恨まれたらどうなるのか、是非体験したいものだ」 「ははは。お望み通り、体験させてあげますよ」 今は無理だとしても、そのうち絶対に何かしてやる! 「さて、そろそろ教室に行かねば不味いな」 「そ、素知らぬ顔で……」 「まぁ、そう言うな。その服は似合っている。私が保証しよう。さぁ、鍵を閉めるぞ」 本格的にこの学校で移動しなければならなくなった私。 もうどこかに行ってサボろうかとも思ったが、出席日数がもったいない。 それに、今日は教室の授業だけだ。教室内にいれば問題ないだろう。 結局私は腹を括った。 「私の制服はいつ帰ってくるのでしょうか?」 「放課後には届く。まぁ、それまでの辛抱だ」 「わかりました。その時間にまた来ます」 着なれない真新しい制服は、少し湿気を含みごわりとした。 スカートの丈だっていつもより長くて、少し違和感だ。 「それじゃ、放課っ」 「おはよございまーす」 挨拶をして開けようとした扉がようようのない言葉と共に勝手に開く。 そして、鉢合わせしてしまったその人物。 「…………おはよう」 「……先輩、中等部に編入ですか?」 廊下側から扉を開けた自分物に体が固まった。 なぜならこの格好を見たら絶対に遊びそうな人物だから。 Sの委員会に所属しているんだ。 時期立花仙蔵とも謳われている。 その人物を目の前にして平然としていられようか? 「立花先輩、なぜ先輩は中等部になったんですか?」 「別に中等部になった訳ではない。今日一日、この制服で過ごすだけだ」 マイペースに立花先輩と話をしながら私の制服姿を見る綾部君。 い、生きた心地がしないぜよ。 「似合ってますね、先輩」 「ははは。ありがとう、綾部君」 珍しく少し笑ってほめてくれるもんだから、普通にお礼を言ってしまった。 「この制服の方が違和感ないですね」 「やはり君も風紀委員だな」 嫌みにしか聞こえない台詞を吐く後輩に少しいらっとした。 人が気にしている事を。 「と言うわけだ。もうお前も今日は教室に行け。そろそろHRが始まる」 「できれば、この姿の先輩を写真撮りたいんですが」 「後にしろ、後に。ゆっくりとした方が遊べるだろう? 人の弱みと言うものはじっくり観察せねばなるまい。それに、嫌がっている奴の表情を見るのもやはり時間をかけた方が良い」 立花先輩と綾部君の会話に背筋が凍る。 私、今弱みを握られようとしてるんですね? そうなんですね? だったら、全力で今日一日あなた達から逃げますよ。 「わかりました、じゃぁHRが終わったあ」 「今日はこれで失礼いたします、雨がやんで晴天になる事を心より祈りつつ、皆さまの健康をご祈願して、微力ではありますが、二年C組はこの場を後にさせていただきます。それでは皆さま御機嫌よう。失礼しまーす!」 矢継ぎ早に喋った後、私は韋駄天のごとく自分の教室へと向かった。 「、いくら制服が似合わないからって何も中等部のを着なくても」 「いや、これには訳があってだな」 HR開始ぎりぎりに教室に滑り込んだ私は友人達の良いおもちゃ。 悔しいが笑うものはいても、似合わないという言葉は出てこなかった。 それくらいぴったりなんだ。この制服。 「でも、ちゃん可愛いー! 本当に後輩みたいー」 「あんまり言うと、ボディーブローするぞ、友よ」 「その態度は可愛くない!」 「まぁまぁ。今機嫌が悪いんだからには触りなさんなって」 あーだこーだしているうちに担任登場。 何か言われるかと思ったが、立花先輩が間を介してくれたらしく、何も聞かれなかった。 ただ、大変だなお前もと憐れまれたが。 「えーと、じゃぁ、の件はこれで終了と。でだ。今日は皆に重大なお知らせがある」 その一言で教室は一気にざわついた。何だろう? 「学園長先生の緊急招集がかかったので、今日一日先生達は会議だ。で、生徒は基本自習!」 その瞬間、教室にうわー!という歓声が巻き起こった。 時々起る『学園長先生の思いつき』。 生徒にとっていやな物もあれば、嬉しいものもある。 因みに今日のは生徒にとって嬉しい思い付きだ。 しかし、私は全く嬉しくない。 「、顔色悪いよ?」 横の席に座る友人が声をかけてくれた。 「あのさ、今日の自習もやっぱりいつも通りだよね?」 「多分そうじゃない? 先生達もプリントとか用意してないから、自分で勉強見つけてするってやつ。先生全員が出るってことは監視もつかないだろうし」 私はその瞬間突っ伏した。 だって、それはこのあたりが無法地帯になる事を言っているのだから。 好きな時間にクラスを行き来したり、図書室へ行ったりできる。 それに学園長先生の思いつきだ。そっちの方へ頭が行って、先生達も多少五月蠅くしても何も言わないだろう。 つまりは、 「他学年への生徒の往来も許可って事だよね」 「だとおもうよ。分からない内容があったら私たちだって三年の所へ行くじゃない」 あぁ、全く何でこんな日に。 「それじゃ、朝のHR終わり……て、どこへ行く!?」 席を立って、私は先生が終了の号令をかける前に廊下側の窓へと足をかけた。 物凄く良い笑顔をして。 「先生、は人生の為、旅立ちます!」 アディオス! 窓から飛び出し、廊下へと着地。 すでに廊下へ出ていた他のクラスは少し驚いた様子だったが、今はそんなこと気にしていられない。 ほら、もう見えてきた。 「ちっ。早いな」 女子の黄色い声が少し聞こえたのが何よりの証拠。 私は走り始めた。 携帯電話片手の一つ下の後輩から逃げるように。 デジカメ片手の一つ上の先輩から逃げるように。 私の戦いが今始まる。 (私追いかけても、なんの得にもならないだろうに。 よほど暇なんだな、あの二人) 作者より いよいよ始まりました、雨の日の合戦です!ことの始まりは誰かを赤面させたくて考えました。 本当は四年生だけの話だったんですが、いつの間にかシリーズになるくらい構成されてました。(笑) これから、主人公は各学年へ逃げる予定です。少しだけでも浮いた話が出せればいいなと目論んでいます。 2010.6 竹中歩 進→ |