人は人を選ぶ。
好きな人、嫌いな人。
生き物は何でも選ぶと言う行為を当然のようにする。
それに例外はない。
だから彼も選ばれたのだ。
森と言う生命の魂に。





序章〜始まりの名〜





 耳に入ってきたのはザワザワと言う音。それは木の葉と木の葉がこすれあう、自然界の音。
 しかしその音は人工的な音でかき消された。そして、人の声。
「…おはようございます。」
「おはよう…ございます。」
 思わず返事をしてしまった。人間と言うのは挨拶をされると不思議と返事をしてしまうクセがあるらしい。
 寝室とリビング。それがこの家の全ての部屋。小さくもなく大きくもない家。リビングの中にはキッチンが備え付けられ、端の方にはトイレとバスルームがついていた。ログハウス風の内装。一人暮らしをするには十分だろう。その家の寝室のベッドから起き上がる自分。
「今日はいいお天気ですよ。昨日と一昨日は雨でしたから。」
 その人は外の天気を説明しながら開けたばかりのカーテンを束ねている。さっきの人工的な音はカーテンを開ける音。この音で木の葉の音が消えたのかと今理解できた。
「それは良かったです。さすがに今日にはこの森から出たいと思っていたので。」
 自分はその人に答えを返した。そう思っていたのは事実。この森に既に三日ほど足止めを食らっていた。なんとしてでも今日には街に行きたい。
「でも大丈夫ですか?体のほうは…」
「もう平気ですよ。心配かけてしまってすいません。」
 心のそこから心配していたと言う表情が見て取れた。それだけ優しい人なのだと。
 天気の所為もあるが、体調も壊していた。というか、変な頭痛に襲われて中々眠れず、殆ど布団にもぐっていた状態。そんな状態にある自分をこの人は必死で看病してくれた。本当に感謝しても仕切れない。
「ところで、今日は街に行ってどうする気なんですか?」
「情報収集…と言った所でしょうか?分らない事が多すぎるので。」
「そうですね…確かにこの森に居るよりは街に行った方が情報は集まりやすいと思います。」
 微笑みながらその人は自分に返事をくれた。
 陽だまりみたいで優しいその微笑みはどうしてかホッとする。
「アナタも一緒に行ってくれませんか?」
「え?」
 微笑ではなく、驚愕の表情へと変わったその人。本当に純粋なんだ。表情の移り変わりが激しい。
「すいません、我侭だとは思うんですけど、どうしてもアナタと一緒に行きたいんです。」
「でも…迷惑になると思いますよ。歩くの遅いですし…」
「だけど、アナタが居なければこの森からは出れない。違いますか?」
「確かにそうですけど…。」
 この森はかなり複雑らしい。それはベッドの脇にあった窓からも見て取れるほど。道らしい道なんてないし、目印になるようなものもない。だとしたら、この家の住人であるこの人に連れて行ってもらったほうが確実に抜け出せる。
「それにお世話になった御礼もしたいんです。このままだと僕の気が引けます。」
 三日間も寝室を貸してくれたこの人。その間、この人はリビングで寝ていた。なのに御礼もしないなんてそれは人間として余りにも失礼だ。
「…お邪魔じゃないですか?」
「こちらの方が邪魔していたんですから気にしないで下さい。」
「じゃぁ…連れて行ってください。」
「こちらの方こそお願いします。」
 そう言うとその人はまた微笑んだ。また温かくなる心。よほどこの微笑には癒しの力があるらしい。
 出発が決まった。その人と準備を始める。
「そうだ…名前まだ聞いてませんでしたね。」
 迂闊だった。三日間もお世話になっていたのに名前を聞いていなかっただなんて。失礼にも程がある。
「そう言えば名乗ってませんでしたね。ずっと寝てらっしゃいましたから…」
「すいません。」
「気にしないで下さい。これから名乗ればいいんですから。私の名前は…」
 胡桃色の髪のその人は名前を名乗る。
 そして僕も名前を名乗った。
「僕の名前は…シュウ…でしたね。」
「そう。間違いないです。初めての自己紹介ですね。シュウさん。」
「さん付けは止めてください。僕のほうがどう見ても年下なんですから。」
「そんな事ないですよ。私はシュウさんと同じ年ぐらいです。」
「でも…。」
「良いんですよ。さ、行きましょうか。」
 どんな時でも微笑むその人。まぁ、さん付けなんて何時でも直せるかな。
「そうですね。それじゃ、行きましょう。ルリカさん。」










瑠璃色の瞳のその人の名前はルリカ。
翡翠の髪の自分の名はシュウ。

それが今の僕にとっての全て記憶だ。










作者語り
始まりました。終わりは何時になることやら。気長に書いていきます。
2006.1 竹中歩

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