いっぱい話した。
 たくさん話した。
 アナタのこと、バトルのこと、コンテストのこと。
 そして、少しだけ自分の事。
 本当は『貴女』の話も聞きたかったけど、そこで夜が明けた。
 皆で毛布をかぶって話した一夜の語り部。
 またこんな風に話せるように。
 今日は三人で立ち向かおう。






14〜目の前の標〜







 いよいよシュウが記憶を記憶を取り戻す時が来た。
 午前中のそよ風が気持ちのいい時間帯。天気も晴天で、みんな健康状態も良好。言うことなしだ。
「記憶を取り戻すのは至ってシンプル。ケーシィから思い出小玉をシュウ君が受け取れば体の中に吸収されるはずだ。これで大丈夫かな?」
「はい。難しくなくて助かりました」
 シュウはドクターから説明を受けると、にこっと笑った。いつものシュウでは到底見れないような可愛らしい笑顔。これが見れなくなるのは少し残念だが、いたしかたがない。
 場所は病室かと思いきや、先日まで野生だったケーシィのことを考え屋外となった。
 病院のリハビリなどを行う芝生が敷き詰められた庭。
 そこにドクターやジョーイさん。サトシやタケシ、マサト。ケーシィをゲットしたハーリーさんに、シュウのことを捜索してくれたジュンサーさん。ある程度距離をとって、シュウのポケモンたち。
 そして、ルリカ、ハルカ、シュウの三人。
 全てがここに集っている。
「ハーリーさん、ケーシィは大丈夫なの? 思い出小玉渡したくないとか言ってない?」
「それに関してはばっちりよ。なかなか素直な子みたいでね。て言うか、確実に子どもなのよ。多分この子、まだ幼いケーシィだわ」
 ハルカに言われて、ハーリーは受け答えしながら抱えていたケーシィの頭を撫でる。何処となく嬉しそうな表情が見て取れた。
 あのハーリーさんでもやはりポケモンには優しいのだろうとハルカは彼の新しい一面を垣間見た。
「あの……」
 そろそろ始めようかとしていたとき、ふとルリカが声を上げる。
「最後の最後ですみません。少しだけ。ほんの少しだけで良いんです。シュウさんとお話させていただけないでしょうか?」
 いつになく緊張した面持ちと胸の前で握り締めている手のひらから必死さが伺える。
 考えてみれば、この治療に関して一番デメリットが高いのはルリカ。
 もしかしたら忘れられてしまうかもしれないという恐怖。
 だからこんな提案を出したのだろうと、皆が感じ取った。
 いつだってギリギリの直前が怖いに決まっている。直前になるからこそ形が見えてくるのだから。
 案の定、シュウは二人で話す事を快く承諾。
 これに関しては反対する者は誰もいなかった。




「無理を言ってしまってすみません……」
「そんなことはないです。僕だって、逆の立場に立場に立たされたら怖いですよ」
 皆から少し離れた場所で二人は空を見上げて話す。
 木々が少しだけ生い茂っている、自然の環境を感じさせてくれる気持ちの良い林だ。
「いよいよ……なんですね。シュウさんが本当のシュウさんに戻れる……」
「ええ……短かったのに、長く感じて……でも、何故か楽しかったなって今は思える期間でした」
「私もです……。こんなに充実した日々は本当に久しぶりでした。いえ、初めてですね」
 二人は歩きながらこの数週間のことを思い出す。本当に喜怒哀楽。もしくはそれ以上のたくさんの感情を感じた日々だった。
「あの……もし、シュウさんの記憶の中に私がいたら、その時は今度は私のことを聞いてもらえますか?」
「ルリカさんのことを、ですか?」
「はい。夕べはハルカさん、そしてシュウさんの事をたくさん聞かせていただきました。お二人とも本当に仲が良くて、聞いていて楽しかったです」
「僕は……楽しさ半分、ハルカに申し訳なさ半分、と言った所です。記憶を戻さない方がいいかもなんて思いましたよ、本当」
「あぁ。ハルカさん、そのシュウさんの言葉に半泣きになりながら怒ってましたもんね。『例え性格が悪くても、シュウには戻って欲しいの!』て。嫌味を言われたとしても、ハルカさんは嫌いになれないんでしょうね。シュウさんのこと」
「そうですね……。あそこまで本気になってくれて、実は嬉しかったんです。そこまで大切にしてくれる人が僕にはいるのかって」
 夕べの話の流れるを少しずつ小出しにして話す二人は、今の一時を惜しんでいるかのようにも見えた。
「ハルカさんを見ていて思いました。私も頑張らなきゃって。なので、記憶が戻って私を覚えていた暁には是非私の話を聞いてください。私も頑張るために聞いて欲しいことがあるんです」
「今じゃ駄目なんですか?」
「『今じゃ』駄目なんです」
 少し寂しそうに笑ってルリカは右の小指を差し出した。
「約束です。記憶の中に私がいたら、絶対に聞いてくださいね」
「……わかりました。絶対にこの『記憶』をもって、記憶を取り戻します。そして、聞かせてください。今度はルリカさんのことを」
「はい」
 今度こそルリカは優しく笑ってくれた。そして二人で小指の約束を交わす。
「それじゃ、今度こそ行きましょうか」
「はい! あ、そうだ。私向こうに花があったので少しそれをもって行きますね。シュウさんのロゼリアはお花が大好きだってハルカさん言ってましたから」
「あ、なら僕も……」
「先に戻っていてください。そして、今度は皆さんと少しの間だけこの期間の思い出話をしてください。お礼とかを言っておくのも良いかもしれませんね」
 確かにルリカの言うことには一理ある。
 この数週間、シュウは感謝してもしきれないほど皆に助けられた。しかし、記憶を取り戻した際にそのことを忘れているかもしれない。そう考えるとお礼は言っておくべきだろう。
 ルリカには申し訳ないが、シュウはその提案に乗ることにした。
 軽くて会釈をしたシュウの背中を見送り、ルリカは軽く引き返してロゼリアの為に花を少しだけ摘む。
「ロゼリアさん達にはかなりご迷惑をおかけしてしまいました。せめて、元気だけでも出してもらいましょう」
 咲いていたのは綺麗な花。名前も知らないけど、昔からこの辺り一帯、もちろんエスパーの森にも咲いているなじみのある花だった。
 数本摘むと、軽いブーケの様になった花を見て、ルリカはふと言葉をもらした。
「……本当に、ありがとう。そして、迷惑をかけてごめんなさい……」
 誰に言うまでもなく、ひっそりと彼女は呟く。
 出来上がったブーケを手にしてみんなの所へ戻っていった。
 



 再び気持ちの良いそよ風が吹いて、みんなの間に静寂をもたらす。
 そんなみんなの顔を見ながら、シュウは深呼吸をしてケーシィの思い出小玉へ目を見据える。
「それじゃ、行きます」
 シュウの目の前にちょこんと座るケーシィからシュウは思い出小玉を受け取った。
 何処となく、ケーシィは申し訳なさそうな顔をしている。
 何の理由があって、このケーシィがシュウの記憶を取り除いたのかは分からないが、やはり謝罪の気持ちはあるらしい。
 そんな気持ちも受け取って、シュウは笑ってケーシィの頭を撫でた。
 遠目から見えているハーリーさんも黙ってそんな光景を見つめる。
 そして、立ち上がったシュウの体は虹色の風に包まれた。
 まるで、シュウの辺りだけ虹色の楽譜が螺旋を描いている。そんな綺麗な光景だった。
「……………」
 虹色の楽譜はしばらくしてシュウに全て取り込まれ、しばらく何の動きのない時間だけが過ぎる。
 一瞬、サトシたちが声をかけようとしたのだが、ドクターやジョーイさんに止められた。
 ドクターによるとこの時間はとても大切な時間らしく、シュウは記憶の整理を必死にしているのだという。そこに第三者が入り込むと、必要な記憶まで誤って捨ててしまうかもしれないというのだ。
 だから只管周囲はシュウが動き出すのを待った。
 ……そして、孤高を見上げていたシュウが漸くこちらを向いた。
 これが合図となり、ドクターは喋りかける許可を出す。
「シュウ……?」
「シュウさん……?」



 少女二人が名前を呼んだ。
 彼が最初に名前を呼ぶのは誰ですか?










 作者より
 シュウがちゃんと記憶を取り戻したかどうかが、次回いよいよ分かります。
 2010.5 竹中歩


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