その日はまたまた雲一つない快晴の日だった。
そんな中、この世の不機嫌という不機嫌を背負ったかの様なオーラを放ち、駅から続く階段を見上げて仁王立ちしている姿は異様としか言い様がない。
その後ろで腕を組みながら溜息を吐くのは、アナアキのフクを着こなした見目の良いインクリングと、体躯の良いインクリング。
どこかで見た様な光景だが、先日とは全く違う心情でその場に立っていた。
――事の発端は、バンカラ街でバイガイ亭のラーメンを食べて帰って来たサムライの一言。
今度の休みにね! バンカラ街で知り合ったインクリングのボーイが来るの!
それを聞いた瞬間に、サムライの兄――駅の前で仁王立ちしているダイナモがこの世の不機嫌という不機嫌を背負ったのだ。
重度では無いもののそれなりにシスコンなダイナモはサムライを可愛がっており、不埒な目的で近付く野郎、もとい、サムライでは対処できない野郎、ではなくサムライの犠牲者にならないタイプの野郎はことごとくダイナモローラーで引き延ばしていた。
ハイカラシティではダイナモとサムライの兄妹はそれなりに有名で、サムライに近付くインクリングはいないのだけれど、バンカラ街となれば話は別だ。
サムライに好意を持って近付くとしても不思議は無いだろう。
けれども見目の良いインクリングであるクアッドと体躯の良いインクリングであるカモクは理解していた。
違う、そうじゃない、と。
サムライは確かに可愛い。ダイナモの兄の欲目云々を抜いても可愛いだろう。二人ともそれは分かっている。
だがしかし、バンカラ街に遊びに行ったサムライは、ダイナモのお下がりであるスクールカーデネクタを着ていた。一緒に行ったあぶりもクアッドのお下がりであるスクールカーデネクタイを着ていた。そして二人と一緒に行動したポニ坊もスクールカーデネクタイを着ていた。
何度でも言う。スクールカーデネクタイだ。バンカラ街に出掛けた三人はスクールカーデ「ネクタイ」だったのだ。
そうなると勘違いが起きている可能性が高い。
サムライは確かに可愛いけれど、ボーイッシュなフクを着るとボーイにしか見えない。それもキラキラしい王子様系のボーイだ。一緒に行ったあぶりも確かに可愛いのだがボーイッシュな以下略。運動神経抜群な上に正義感が強すぎる所為でどこに出しても恥ずかしくない、物語で言えば主人公タイプの熱血王子系にしか見えなくなるのだ。
正真正銘のボーイ、良い子の塊であるポニ坊と三人でいたなら、間違いなく「三人組のボーイ」だっただろう。
これから遊びに来るボーイも、友達に会う感覚で来るに違いない。
ダイナモが仁王立ちで待ち構える様な相手では無い事は確かだ。
とはいえ、サムライをガールと見抜き遊びに来る強者だった場合、ダイナモを止めるインクリングが必要となる。
仁王立ちで駅を見上げるダイナモとその前にいる、わくわくとやって来る相手を待っているスクールカーデ「ネクタイ」の三人を見ながら駅の様子を見やると、電車がゆっくりとホームに入って来たのが見えた。
吉と出るか凶と出るか。
様々な思惑を抱えながら固唾を飲んで見守っていると。
「サムライさん! あぶりさん! ポニ坊さん!」
満面の笑みのボーイが、それはもう漸く黄色のわかばマークTシャツ以外を着る事が出来る様になったレベルの、ジャコスカウトハマチを着たボーイが、階段を飛ぶようにして降りて来ると三人の前へとやって来た。
サムライ達より頭一つ分身長の低いボーイが、やって来た。
確かにボーイだ。バンカラ街から来たボーイだ。きらきらとした瞳でサムライを見るそれはもう可愛らしいボーイだ。どこからどう見ても初心者のボーイだ。
「…………」
仁王立ちになって駅を見上げていたダイナモが、くるりと振り返り微妙な顔でクアッドとカモクの二人を見ると、同じ様な顔で二人もこくりと頷く。
全く予想していなかった展開に三人ともどうすれば良いのか分からない。ダイナモに関しては謎の憤りをどうして良いのか分からない状態で、すいっと初心者ボーイに視線を向けた瞬間、目が合った。ばっちりと。逃れられないくらいにしっかりと目が合った。
それに気付いたサムライがくるりと振り返り満面の笑みを浮かべて。
「お兄ちゃん! この子がマッシュくんだよ!」
初心者のインクリング――マッシュの肩を叩いた。
「マッシュくん、この人がお兄ちゃん。ダイナモ使いなの」
サムライの言葉を聞いた瞬間、マッシュの顔がぱああああと明るくなり、その目にきらきらとした憧れが見えた。
ハイカラシティの初心者インクリング達がダイナモに対して向ける視線だ。
どうやら初心者、特にボーイにとってはダイナモローラーは憧れのブキらしく、ダイナモに憧れる事が多い。
マッシュもその一人で、ダイナモをきらきらとした目で見上げているのだろう。
「……ダイナモだ」
この世の不機嫌という不機嫌を背負っていたダイナモは、その不機嫌を勢い良く遠くのお山、ショッツル鉱山の向こう辺りに投げると、マッシュに近付いてしゃがみ込み、その頭を撫でた。
「マッシュです!」
そうするとマッシュは緊張しているのか高い声でそう言って、ぺこりと頭を下げる。
「あのね、マッシュくんは使いたいブキが分からないから、ハイカラシティに誘ったの」
「使いたいブキが分からない?」
サムライの言葉にマッシュを見れば、しっかりと頷いて。
「ハイカラシティに色々なブキを使ってるインクリングがいるよって。ね、あぶりちゃん」
「うん! わたしの黒ザップもサムライちゃんのノーチラスもポニ坊のボールドマーカーも、使ってるインクリングが周りにいなかったって」
「エナジースタンドをぶん回して相手を殴ろうとするインクリングも、アメフラシを自陣から敵陣に投げるインクリングもいなかったって」
「理由は分かった。あとポニ坊。エナジースタンドをぶん回すインクリングは他にいないし、アメフラシを遠投するインクリングも他にいない」
「そうなんですか?」
「そうだぞー? エナジースタンドの缶をこじ開けてから相手を閉じ込めてブキチにしこたま怒られるインクリングもいないし、アメフラシを相手のイカスポーンの中に詰め込んで相手を出られなくするインクリングもいないからな?」
相も変わらず話が明後日の方向に行きかけて、クアッドが苦笑しながら出て来るとポニ坊の頭をぽんぽんと叩いて笑う。
「話してないのに何で知ってるんですか、クアッドさん!!」
「……うん、予想通り!」
クアッドは既に明後日に行っていたと全てを振り切って笑うと、後ろからカモクがポンとその肩を叩いた。
「諦めるな……クアッド」
「大丈夫、まだ予想内だから。予想外は初心者くんだけだから」
「そうだな……」
そう言いながらダイナモをきらきらした目で見ているマッシュを見ると、あぶりが二人を指差し、マッシュがこちらを見る。
その目はきらきらとしていて、これもまたハイカラシティの初心者インクリング達が二人に向ける目と同じだった。
クアッドのブキはクアッドホッパーブラックで、カモクのブキはエクスプロッシャー。使い方の難しいクアッドホッパーとランクが上がらなければ手に入らないエクスプロッシャーは初心者達に人気がある。
ダイナモローラーと同じく憧れのブキに入っているらしい。
そんな二人を見る目は、それはもう眩しいくらいにキラキラしている。
バンカラ街からやって来たインクリングは吉凶で言えば「吉」。ただただ可愛い初心者ボーイだ。
けれど。
それはクアッドとカモクが肩の力を抜き、ダイナモも安心してマッシュの頭を無意識に撫でくり回していた時だった。
「ったく、走るなって言ったでしょ」
マッシュから遅れる事少し、同じ様にバンカラ街からやって来たのであろうレイヤードットシャツを着たインクリングが、階段を降りて姿を現したのだ。
その瞬間を後のインクリング、例えば天を見上げたクアッドの思い出やカモクの日記等によりこう語られる。
――出会ってはならぬものが出会ってしまった、と。
馬が合わないそりが合わない水と油ヘビとマングース不倶戴天。
ヘビとマングースは絶滅している為分からないが、ともかくありとあらゆる相性の悪さを体現した二人が出会ってしまったのだ、と。
階段を降りて来たのは美少女と言うに相応しいインクリングで、一見するとただの可愛いインクリングだ。
だが。
「……そこのガールモドキ」
水と油のどちらかは分からないが、その片方を担うダイナモが地を這う様な声で言う。
それに対してすっと目を細めた美少女――に見えるインクリングが。
「何よ、筋肉ダルマ」
同じ様に地を這う様な声でそう言った。
「ダイナモさん、ぱっつんさんはガールもどきじゃなくてボーイだよ」
「そうだよ、お兄ちゃん。マッシュくんのお兄さんなんだよ」
ダイナモは、いつでも事実を口にするポニ坊とサムライの言葉で目を見開いてガールモドキ――ぱっつんを見れば。
「……兄ちゃんです」
死んだ魚の目をしたマッシュがツートーン程低い声でそう言った。
「アンタ、何か不服でもあんの?」
「……、」
「何か言いなさいよ」
ぱっつんはぺしり、とマッシュの頭を軽く叩いてからサムライ達三人を見ると。
「この前はありがと。アンタ達のお陰で助かったわ」
ぴかぴかの笑顔でそう言った。
「わたし達は何もしてないよ、ね、サムライちゃん」
「うん」
「あぶりちゃんとサムライちゃんが、相手チームのインクリングをエナジースタンドの缶の中に入れて、相手のイカスポーンにアメフラシを詰めて出られなくなる様にしただけだよ!」
「うん、アンタ達の言っている事が分からないんだけど。ちょっと、保護者」
三人の明後日の行動に戸惑ったぱっつんがちらりとダイナモを見てそう言えば、ダイナモが大きく息を吐いて。
「良いか、サムライ。イカスポーンにはインクリング以外を入れちゃ駄目だからな。あぶりもエナジースタンドの中は冷えてるからインクリングを入れたら駄目だからな。ポニ坊は今度から日記を書いてオレ達に見せる事。良いな?」
毎回の如く言い聞かせている言葉を口にした。
「ちょっと待って、何で相手に訳の分からない報復してんのよ。殴れば終わりでしょ」
「手を出すのは問題だろうが」
「手を出すより問題でしょ!! ちょっと、誰か! 話が出来るヤツはいないの!」
早々にダイナモとの対話を諦めたぱっつんが辺りを見れば、そっと手を挙げてクアッドが前へとやって来た。
「えーっと、ハイカラシティ来たかったマッシュくんに付いてきたお兄さんのぱっつんで間違いない?」
「そうよ。って……、」
「あ、言いたい事はそれなりに分かるから、それについては後で。とりあえず、オレはクアッド。そんでこいつがダイナモ。奥にいるのはカモク。ダイナモはサムライの兄。サムライ達三人が仲が良いからまとめて面倒見てる感じ」
「簡潔な自己紹介有難う。って、そうじゃなくて」
「三人は純粋で真っすぐで天然な良い子だから、オレ達の教えを明後日の方向に解釈して忠実に守ろうとするから、その時々で訂正してるんだよ。その結果がこれです」
「……アンタ達が教えたのは?」
「初心者いじめをする相手は、バトルでフルボッコにしても良いけど、それ以外は駄目」
「……、……」
「エナジースタンドとアメフラシはバトルで使ったから使っても良い、って解釈してるだろうから、使っちゃ駄目な理由を教えた方が早くて」
「ここハイカラシティよね?」
「残念ながら」
「バンカラもんでもそんな思考回路してないわよ」
「だよね」
真顔でクアッドを見るぱっつんに、クアッドは乾いた笑いを零す。
「まあ、そんなこんなでさっきの説教なわけなんだけど。で、今日のそちらの目的は?」
「マッシュは三人に呼ばれたから来ただけよ。アタシはマッシュの事でお礼を言おうと思ったのもあるけど、保護者ね」
「保護者?」
「そ。あの子は、まだわかばマークみたいなもんだから。ハイカラシティにはハイカラ三人衆がいるって聞いたし」
「はいからさんにんしゅう」
「有名なんでしょ? ハイカラの暴君と呼ばれるダイナモ使いと、ハイカラの特攻隊長と呼ばれるクアッド使い。そしてハイカラの守護神と呼ばれるエクスプロッシャー使い」
「……、」
そう、ぱっつんがマッシュに付いてきたのはこの三人がいる話を聞いたからだ。
もちろんマッシュがわかばマークである事も関係しているが、バンカラ街から来た事を知られたら難癖を付けられるかもしれない。
そう思ったら心配になって付いて来てしまったのだ。
「どうしたの」
ぱっつんの言葉にクアッドは黙ったまますいっと視線を流すと、そこには三人とマッシュ、そうして幼体のインクリングがダイナモの側にいて。
「ちょっと親を探して来る」
そう言ってダイナモは幼体のインクリングを頭の上に置くと、そのまま走り出した。
その側で転んだのであろうわかばマークのTシャツのインクリングの膝に絆創膏を貼っているカモクの姿。
「……サムライの兄はダイナモ使いかしら?」
「うん」
「そんであれは……体型からエクスプロッシャー使い?」
「そう」
「そんで」
「クアッド使いです」
その瞬間、ぱっつんは理解した。
脈々と受け継がれるハイカラ三人衆の存在の意味を。
「成程つまりハイカラ三人衆……」
「理解してくれて助かる」
「何かもう、色々分かったわ。とりあえずハイカラシティが平和で良い子が多いって事は間違いないって事でしょ」
ぱっつんが肩を竦めると、クアッドは少しはにかむ様に笑った。
「ところでアンタ」
「ん?」
「相当モテるでしょ」
「否定はしない」
「そんで、あぶりとサムライにイケメン要素を吹き込んだのはアンタね?」
「ご名答。ダイナモが心配性なんだよ。ボーイに見えるなら遊びに行っても良いって」
「確かに顔は綺麗よね、あの二人」
「そう。だから……」
そんな会話をしていると、どこからともなく「ドラワッショォォォォイ!!」という録音されたのであろう雄たけびが聞こえた。
クアッドが驚いて振り返ると、そこには死んだ目をしたままタブレットでバトルメモリーを再生しているマッシュと、キラキラした目のスクールカーデの三人がタブレットを覗き込んでいて。
「だからノヴァは嫌です……」
そうしてマッシュのこの世の終わりの様な声が聞こえて来た。
「アンタね! ノヴァの何が悪いのよ!」
「……兄ちゃんのブキだからです」
「アタシのブキだと問題あるの!?」
ぷんすこと怒りながら四人に近付くぱっつんの後ろからクアッドも付いて行き、迷子を送り届けたダイナモとわかばマークのインクリングを見送ったカモクも、何事かと四人に近付いていく。
そうしてマッシュが持っているタブレットを覗き込むと。
どうやら戦った相手の視点らしいバトルメモリーを見ているらしい。少し離れた場所に制服姿の美少女、美少女に見えるぱっつんが立っていて、その手にはノヴァブラスターが握られている。そんなぱっつんの体がスペシャルが溜まったと光った瞬間。
『ドラワッショォォォォイ!!』
『うわあああああああ!! お゛があ゛ざーん゛!!!』
美少女がショクワンダーの姿になり、野太い声を上げながら眼前に向かってくる。それに重なる様に断末魔の叫びが聞こえて、バトルメモリーは終わっていた。
「……ノヴァは嫌です」
マッシュの平坦な声が、対戦したであろう相手の悲壮感を誘う。
さっきまで美少女だと思っていたインクリングが野太い叫びを上げながら眼前に迫って来るのだ。断末魔の叫びも上げるだろうし、お母さんに助けを求めたくもなる。
「兄ちゃんと一緒に戦うと、絶対にこの声が聞こえます」
『ドラワッショォォォォイ!!』『ドラワッショォォォォイ!!』『ドラワッショォォォォイ!!』
機械的に何度も野太い雄たけびを再生し、「ノヴァは嫌です」と繰り返すマッシュの姿は怖い。
だがしかし、そんな対戦相手の断末魔を聞き続ければ、死んだ魚の目にもなるだろうし、何の感情も籠っていない声で「ノヴァは嫌です」と繰り返すのも分かる気がした。
そんなマッシュとバトルメモリーを見た面々、キラキラお目目の三人を覗いた面々はすい、と憐憫の目でぱっつんを見ると、こっくりと静かに頷く。
「な、何なのよ!」
「……ノヴァは嫌です」
「え、でもショクワンダーってカッコいいよね! 相手を殴れるし!」
「僕も変身したい!」
「私も変身したい!」
「アンタ達……」
ノヴァブラスターを、否、ぱっつんを全否定するインクリングの中で、キラキラとした目で見てくれる三人の何と尊い事か。
ぱっつんが三人をぎゅっと抱き締めると、つかつかと近付いてきたダイナモが、突然にぱっつんの首根っこを掴み、ぶらりんしゃんとその場にぶら下げた。
「何すんのよ筋肉ダルマ!」
「うるせえガールモドキ! うちのサムライに抱き着くな!」
「喜びの抱擁くらいで目くじら立てないでよ!」
「あ゛?」
「余裕の無い男は嫌われるわよ」
「お前程じゃねえよ」
「んですって! やられたいのかこの筋肉ダルマ!」
「やれるもんならやってみろよ、ガールモドキ!」
「ムキーっ!! バンカラもんを舐めんなよハイカラ野郎!」
「てめえこそハイカラもんを舐めんなよ! バンカラ野郎!」
ぶらりんしゃんとぶら下げられたぱっつんが前後で振り子の要領で勢いを付けると、その足でダイナモにケリを入れる。それにかは、と謎のうめき声を出した後、ダイナモが勢い良く後頭部に頭突きをした。それに、かは、と謎の呻きを出した後、ぱっつんが以下エンドレス。
そんな二人を「お兄ちゃん楽しそう!」と嬉しそうにいうサムライと「すごい! ダイナモさんと対等にやり合えてる!」とぱっつんに尊敬の眼差しを向けるあぶりと「二人とも駄目だよ! 殴り合うならわかばシューターだけにして!」と謎のお願いをするポニ坊をマッシュの視界から消す様に立つと。
「マッシュはどんなブキが使ってみたい?」
にっこりと笑ってマッシュに語り掛けた。
「え?」
「シューターも良いけど、ダイナモみたいなローラーも良いし、カモクみたいなスロッシャーも良いよ。マニューバーならオレが教えられるから」
「マニューバー、ですか?」
「そう。マッシュくんなら、そうだな、デュアルスイパーとかどう? 射程も長いし、転がらなくても行けるから。それで使える様になったらオレと一緒に戦って欲しいな」
そう言ってぱちん、とウインクをするクアッドを見て、マッシュは少し顔を赤くした。
それを見てカモクが「流石ハイカラの初恋泥棒……」と呟き、マッシュの視界から遠ざけられていたスクールカーデの三人もうんうんと頷く。
声を掛けられたら誰もが一度は好きになってしまうインクリング。そんなクアッドが「ハイカラの初恋泥棒」と呼ばれているのは誰もが知っている事だ。
バンカラ地方のインクリングの初恋まで奪ってしまいそうだとカモクが訳の分からない心配をしていると。
「あの、ノヴァとジムワイパーとラクト以外ならどれでも良いです」
「は?」
「ノヴァとジムとラクト以外なら何でも」
一瞬顔を赤くしたマッシュが、すん、と表情を無くしてそう言った。
ノヴァの理由は分かるけれど、ジムワイパーとLACT-450が嫌な訳が分からない。けれども、使っているインクリングに問題、ぱっつんの様な問題がある事だけは十分理解出来た。
「そっかー……あ、じゃあ、もみじシューターはどうかな?」
「え?」
「サムライの得意ブキだよ」
「え、でもサムライさんはノーチラスじゃ……」
マッシュがちらりとサムライを見れば、サムライはにこーっと笑って。
「ノーチラスも使うけど、もみじシューターをずっと使ってるんだ」
えっへんとばかりに胸を張った。
「そうなんですか?」
「うん! わかばと同じで使いやすいし、角があるから!」
「角……?」
「そう、角!」
嬉しそうに角を連呼するサムライにマッシュは首を傾げ、ハイカラの特攻隊長とハイカラの守護神は大きく溜息を吐く。
そんな二人など気にしないとばかりに、サムライとあぶりが訳の分からないプレゼンをマッシュにし始めた。
「そうそう! もみじの角でも行けるもんね!」
「もみじの角も強いから!」
「駄目だよ! 角はわかばだけにしろってダイナモパイセンが!」
「えー? でも、もみじだからね、あぶりちゃん」
「うん! もみじだから!」
「あのな、サムライ、あぶり。角はダイナモに禁止されただろう?」
クアッドは二人の肩を叩くと、イカ状態になりぱっつんとゲソで殴り合うという平和な喧嘩をしているダイナモ、ハイカラの暴君をちらりと見て静かに頷く。
「大丈夫クアッドさん! わかばの角は間違いなく強いから使わないし! もみじの角の話だから!」
「うん! もみじの角はわかばの角と違うから!」
「あー、うん、違う、かなあ……カモク、パス」
クアッドが助けを求めてカモクを見れば、無理だと言わんばかりに首を横に振る姿。
「あの、クアッドさん。角って……?」
「うん、角は、角かな……」
マッシュの言葉に、クアッドは遠くを見て辺りを見回す。
首を傾げるマッシュに、ゲソをぶん回しながら野太い声を上げて相手を殴る愉快な二人。そして角は強いと繰り返す良い子の三人と悲し気な顔をするカモク。
混沌と書いてカオスと読むのはバンカラ街の売りだった筈なんだけどなあ。
そんな事を思いながらクアッドは手が付けられなくなった状況から目を逸らして。
「今日の空も青いなあ」
と、一人で現実逃避を始めるしかなかった。
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