気づけば薬は抑える効果を失って、
唯、永遠に侵していくだけだった。
ねぇ?元の抑える効果に戻ってよ。
僕はこんな薬が欲しかったんじゃないんだから。







抑えきれない激情を癒して







「なんでいるの…?」
「さぁ?」
 その日、導師イオンの執務室には不似合いな来客者がアニスを待ち受けていた。
 黒と深い緑色の衣装に身を包み、顔に仮面をした少年?もしかしたら青年かもしれない。それぐらい身辺のわからない男性がイオンの机に腰掛けていた。あくまで言っておくが、椅子ではない『机』だ。
「『さぁ?』じゃない!六神将がなんでここにいるかって聞いてるの!」
「六神将だからいるんだよ。」
「いや、そうじゃなくて…」
 確かに六神将の一人である彼がイオンに用があってもおかしくはない。だが、問題はそこではなく、どうして誰もいないのに机に座っているかと言う事。執務室に用があるとすればイオンにだ。だが、その部屋の主は今不在。居ないと分れば普通退散する物ではないだろうか?
「イオン様に用があるなら今は居ないよ。モース様たちとの会議に出席されてるから。」
「なら、如何して四六時中一緒に居る筈のあんたがここにいるの?」
 その言葉にアニスの動きが止まる。鋭い。
 導師守護役は常に導師と一緒に行動し、導師の身辺警護兼話し相手になるのが仕事。だからアニスが此処に居るのは誰が見てもおかしい。シンクが今気がつかなくても、数分後にはやはり同じ問いをしていただろう。
「さぁね。私はイオン様に席を外す様頼まれただけから。幹部しか知っちゃいけない預言でも詠んでるんだと思う。まぁ、その間、時間が勿体無いから私はこうやって今度の預言会議に必要な書類を作りに来たわけ。わかった?」
 少し不服そうな顔をしながらも部屋の中できびきびと動くアニス。前導師守護役のアリエッタとは働くスピードがかなり違う。多分、アニスのほうがこう言う仕事は向いているだろう。そういう事ではアニスは導師守護役適任者である。
「それでさ、私はあんたの問いかけ話したんだけど。」
「『ど。』何さ?」
「あんたがここにいる理由教えてもらってない。」
「言わなきゃいけないの?」
「当たり前でしょ。いくら六神将とは言え、知られちゃヤバイ書類だってあるんだから。」
「ふーん。そんな書類あるんだ。」
 面白そうと言わんばかりの喋り方。だけど、そんな喋り方をしたところでアニスは慌てず騒がす穏やかに、
「一応言っておくけど探しても無駄だよ。」
「どうして?」
「絶対に見つからない場所にあるから。」
 彼女は自信満々に言う。それがシンクの興味をさらに掻き立てた。
「なら、探しても良い?」
「駄目。」
「見つからない自信があるならいんじゃないの?」
「例えその書類が見つからなくても他の書類が見つかっちゃ意味ない。」
「どうでも良い書類でも?」
「どうでも良い書類でも。」
 会話と会話の平行線。かなり出来た導師守護役。導師が抜けているから丁度いいかもしれないとシンクは思った。
「さぁ、そんな会話はどうでもいいの。如何して此処にいたの?」
 アニスは何があっても聞き出す様子。「まぁ、別に喋ってもいいよ」とシンクは語る。
「イオン様とやらを拝みに来た。」
「へ?」
「導師様を拝みに来たんだよ。」
「は?」
 会話が上手く飲み込めません。烈風のシンクさん。アニスは頭上にまるではてなが存在するかのように首をかしげる。
「どうして?」
「ローレライである僕が導師を見に来ちゃいけないわけ?」
「いや、悪くはないんだけど。どう言う風の吹き回しかと。」
 言っちゃ悪いが、導師守護役にアニスが就任してからシンクは一度もイオンを拝んだ事なんてない。何時もぶっきらぼうな会話か、必要最低限の会話。そんな最小限の話しかしないシンクがイオンを拝みに来た?ありえないとアニスは驚く。
「ちょっと色々あってね。」
「色々?」
「そう。」
 その顔…仮面で口元しか見えないが確かにシンクは笑った。が、そのあと直ぐに悲しそうな顔をする。
「悲しいことでもあったの?」
「…なんで?」
「だって、顔がそう言ってるもん。」
「仮面つけて表情なんて分らないでしょ?」
 そう。確実には分らない。もしかしたら口元だけが悲しそうなのかもしれない。でも、雰囲気がそう物語っている。
「表情見なくても分るよ。唯、あんたがイオン様の所為で悲しいことにあったか、あっているのは確かだと思う。」
「如何して導師の所為だと思うの?」
「此処に居たから。違う?」
 案外彼女も鋭かった。それはけして間違いじゃない。でもね、少しだけ間違いが含まれてるんだ。
「当たりと言いたいけど、三割間違い。」
「何処のあたりが?」
 今の問いで当たりなんでしょう?何処をどうやったら三割も間違えるの?
 その問いにシンクは再び口元だけの笑みを見せる。
「悲しい事でって言うところ。そこだけが間違い。」
「は?」
「確かにどうにかする為に来た。それが負の感情であることも確か。でもね、悲しんじゃない。」
「悲しくない負の感情…?例えば?」
「…言ってどうするの?」
 自分の用があるのは導師守護役じゃない。導師イオン。だから彼女じゃどうにも出来ない。
 無駄な事、面倒くさい事が嫌いな彼の答え。
「どう言う感情を導師に持っているかあんたに言った所でなにも変わらないでしょう?」
「まぁ、確かに。なにも変わらない。」
 ほらね。だから無駄なんですよ。貴女に話しても。
「だけど私はそれ以前に、そんな感情があるのに此処に来た事が気になるの。何をしに来たか。普通なら見になんて来ないでしょう?」
 ご尤も。確かに拝みに来たというのは大嘘です。それにさっきも言ったしね。どうにしかしに来たと。彼女はそこが気になった様子。当たり前か。導師守護役だから。
「そうだよ。拝みに来たんじゃない。罵声を浴びせに来た。」
 本当はそれが目的。でなければ導師の顔なんて拝みたくありません。
「罵声?」
「そう。悲しいんじゃないよ。むかついたから罵声を浴びせに来たんだよ。」
 いつものようにせせら笑った。そして嫌味っぽく言う。それがシンクの喋り方。
 きっとアリエッタなら泣いていた。まぁ、泣きながらも反抗はしていただろう。愛しいイオン様の悪口は聞きたくないと。でも、アリエッタとアニスは違う。泣かない。だけど、反抗もしなかった。ただ、
「まぁ、あんたがイオン様の悪口を言いたいという真実が此処に存在してるんならしょうがないね。」
 肯定をした。反抗よりたちが悪い。本当に彼女は導師守護役なのですか?
「あんた…意外に酷い奴だね。」
 親不孝…いや、導師不幸か。
「上司が馬鹿にされるんだよ?怒るでしょう?普通。」
 そうだねと彼女は頷く。やはり何があっても反抗はしないようだ。
「確かにイオン様の悪口はむかつく。でもね、それと同時に言われてもしょうがないと思ってる。」
 彼女はさらりと言ってのけた。それが恰も当たり前のように。
「しょうがない?」
「そう。だってそうでしょう?人間生きている以上は誰かに恨まれる。苛まれる。それはイオン様だって例外じゃない。人間だもん。やっぱり誰かの嫌いな存在にもなる。だから言われてもしょうがない。それに私だって時々いいそうになるもん。『馬鹿ですか?』て。」
 アニスはぺらぺらと言葉を並べた。確かに導師は抜けているところがあるから馬鹿だと思うときもあり、それを言葉に出したくなる。でも、それはあんたが一番言ってはいけないのでは?導師守護役さん。
「私も近い感情を持っているから…だから…虐げられる言葉でも聞けるのよ。」
 自分だって同じ気持ちを持っているから導師の悪口でも聞ける。
「だからさ、教えてくんない?イオン様の何にむかついてイオン様を待っているのか。」
 如何して此処にいるのかは分りました。イオン様がむかつくから鬱憤を晴らす為に罵声を浴びせに来たのでしょう?だとしたら教えてくださいませんか?せめてイオン様の何にむかついたのですか?六神将さま。
「さっきも言ってるけどあんたに話したところで…」
「どうしょうも出来ないよ。でもね、軽くは出来るんだよ。」
「…は?」
「人は心のもやもや…恨みがましい激情を曝け出すと楽になれる。それが本人なら尚更ね。でもね、他人に言う事で同じ気持ちを持ってると分ると結構楽になれるんだよ。これが。」
 つまりアニスはこう言いたかったのだ。本人にぶつける前に他の人に話してみないか?もしかしたら導師に言わなくてすむかもしれないと。
「どうして導師に言わせまいとするんだ?やっぱり導師の悪口を言われるのを聞きたくないとか?」
 やはりアニスも導師が大事なんだろうとシンクは再び悲しい口元を見せる。だが、
「違うよ。私に言いたいだけ言って発散できなければどうぞご自由にイオン様に喋っちゃって下さい。ただ、あんただって一応ローレライなんだし。導師の悪口なんて下手したら解任ものだよ。」
 そう。一応イオンはアニスの上司でもありシンクの上司。上司の悪口は自分の首を飛ばしかねない。彼女はそれを言っていた。
「そうならないように、私が受け皿になってやるって言ってるの。」
「あんた…馬鹿?」
「んだと?!」
 冷静だったアニスが激怒する。馬鹿と言う言葉は禁句らしい。
「だって、大好きな人の悪口を聞けるって相当な馬鹿だよ?」
「それが真実ならね。真実の事でむかついてるならしょうがない。でもね…逆恨みとかでむかついてるなら…」
 そこで間を置いた彼女は真剣な瞳で笑い、そして
「その時は全身全霊を込めて私がキレる。どうでも良いことでイオン様の悪口言っていいのはこの世で私だけだから。」
 真実の怒りや悲しみは受け止められる。
 でも、捏造や思い込みの怒りは許さない。
 それがイオンを守って言う彼女から出された最低条件。
「なるほどね…。」
 漸く本気でシンクの口元が笑った。
「それに…あんたがイオン様をむかついてる事結構嬉しかったりして。」
「は?」
 今確実に言える。アニスは変だ。導師にむかついてる人間が居る事が嬉しい?
「なんで?」
「イオン様をむかつくと思う存在が居る事を。馬鹿に出来る存在が居るという事。私の周りってイオン様を崇め奉る人ばっかりなんだもん。だからこうやって言い合える人がいるのって言うのは嬉しい。愚痴を言える場所?それが出来た感じだから。」
 けららとアニスは笑う。そう言えば自分以外に導師を馬鹿にしている人間は居なかった。それは彼女にとっても同じこと。
「だけど共感できないむかつきは…殴るのみ。」
 彼女は本気です。証拠にトクナガを巨大化させました。それは遠まわしに彼女がそれだけ導師を愛している証拠。
 しかし愛の力ぐらいで危害を受けるシンクではない。攻撃をよけると同時に再び彼は嫌味っぽく、
「だったら確実に殴られるね。」
 そう言った。
「共感できないむかつき?おっちょこちょいとか素直すぎるとか天然ボケだとかじゃなくて?」
「違うよ。」
「なら…もしかして逆恨み…?」
「だと思う。」
 数秒後、巨大化したトクナガの左上でがシンクの真横にふられる。

「殴らせろ。」
「嫌だ。」
「蹴らせろ。」
「嫌だ。」
「死ね。」
「あんたこそ。」

 再び言葉と言葉の平行線。このやり取りにアニスが遂に切れた。
「さっきの言葉撤回!イオン様を馬鹿にしていいのは私だけ!」
 アニスは物凄い形相でシンクに攻撃。しかし、さすが六神将。さらりとよけて窓の外。
「殴らせろー!」
「無理。」
 気が付けば地面で笑うシンクの姿。
「いつか絶対にぶっ殺す!」













 自分一人じゃないと知ったから激情が消えた。
 同じレプリカでものうのうと生きているあいつが、
 むかついてしょうがなくて殺そうと思って待ってたのに
 そんな気持ちは何処へやら。
 あいつが来てしまったのがいけない。
 消えうせてたんだよ。いや…癒されたのかもしれない。
 それに何より面白かったよ。
 導師イオンをむかつくと思う人間が居た事が。
 でもね、この頃まだ知らなかったんだ。
 迷惑だけど激情を癒してたあんたが、
 今度は激情を生み出すなんて。
 皮肉なことにあんたがレプリカを気に掛ける度に激情が生まれる。













「確か、激情を人に曝け出すと楽になるんだったよね?」
「はぁ?まぁ、言ったかもしれない。」
 今は敵同士の自分たち。もう戻れない。知ってる。あんたが癒してくれない事も。













「しかもあんた言ったよね?真実なら許すって。」
「許すとは言ってないけどしょうがないとは言った。」
 なら言わせてよ。激情を曝け出させる為の真実。













「じゃ、曝け出すから聞いてよ。」
「最後の足掻き?いいよ。聞いてやろうじゃん。」
 その言葉に二言はないね?なら言わせて貰うよ。



















「            」



















彼女はその言葉とともに唖然と立ち尽くす。
如何していいか分らず涙を零した。
それは嬉しいの?悲しいの?
どっちにしろ真実って時に残酷でしょ?
あんたが気がつかなかったための激情
あんたの為に生まれた激情
あんたが生ませた激情
あんたしか癒せないんだよ。この激情は。
もう一度繰り返そうか?
この世で一番憎くて
この世で一番切なさをくれたあんたに。
きっとあんたにしか出来ないから。


















―抑えきれない激情を癒して―










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作者より…
皮肉をモットーにかいてみました。
しかも、アニスが真実に気がつかないものだから
シンクが目茶苦茶可哀想な人になってる。
きっとそれだけ、アニスはイオン様で一杯だったのでしょう。
シンクにも幸せな一面作ってあげたいな。
2006.4 竹中歩