すれ違い
苦しみ
切なさ
愛しさ
全てはユリアの悪戯か。







心此処ニ在ラズ









 ローレライ教団の食堂。お昼時ともなればその混雑した人ごみは半端ではない。案の定席もドンドンと埋まって行く。しかしそんな食堂でも人が疎らな席があった。そこは教団の中でもあぶれものと呼ばれる人々が座る場所。早く言えば人との交流を好まない者や、嫌われている人々が座る場所だった。その中に1人の少女の姿を見つけ、アニスはすかさず声をかける。
「まぁたこんな端っこで食べてる。」
「アニス…」
 声をかけたのは教団の中でも一際美しい桃色の長い髪をたなびかせる少女アリエッタ。人見知りが激しい上に、獣を扱うと言う特有の能力な為にローレライ教団でも近寄る物は少ない。それを分ってか、アニスは声をかけていた。
「どうしてあんたは自分から人の多い席に行かないかな…」
「だって、アリエッタは嫌われ者だから…」
「その後ろめたい考えどうにかしなさいよね。全くこれだから根暗ッタは…」
「根暗じゃないもん!」
 アリエッタの正面の席に座り食事を始めたかと思うと、アニスは直ぐにアリエッタの行動を注意する。しかし、けしていじめてるわけじゃない。意地悪だけど、これがアニスの優しさなのだ。でなければ、態々こんな所に食事にくるはずないのだから。





「…イオン様…どう?」
「元気だよ。見てて分るっしょ?」
「分るけど……もっとイオン様の話しききたい。」
「アリエッタは本当、イオン様好きだね。」
 思春期の女子のような会話。戦場で男性顔負けに戦う少女たちでも中身は年相応。休憩時間は素に戻る。
「だって、イオン様はアリエッタの恩人だもん。アニスはイオン様嫌いなの?」
 この言葉にアニスは止まってしまう。
 確かにここ1年、導師イオンに心を惹かれているような気がする。しかし、自分のその気持ちの好きと、アリエッタがイオンに持つ好きは多分違う。アリエッタの持つ感情は恋愛感以上に家族と言う好きもこめられている。もし、ここでアニスが好きと言ってしまったら、ちょっと抜けているアリエッタのことだ。恋愛と言う感情ではなく、家族で好きと言う意味に捉え間違えない可能性があった。ある意味この答えは大きく結果を左右する。アニスが固まるのも当然と言えよう。
「…嫌いではないよ。嫌いだったら導師護衛役は勤まらないもん。」
 うまく逃げ切った。好きとも言わずに確定付ける。その言葉に安心したのかアリエッタは嬉しそうに微笑む。
「イオン様嫌いな人っていないよね。」
 その笑顔は本当に可愛らしかった。見ただけで男性を虜にしそうなほどの笑顔。その笑顔にアニスもつられて笑うが、内心は全く違う事を考えていた。
「(アリエッタが思うほど…イオン様は好かれてないのに…純粋って本当に幸せかも)」
 彼女は水のように透き通った心の持ち主。本当に純粋なのだ。世の中の汚い部分を知るアニスにはそれがとても腹立たしかった…。
「でも…」
「ん?」
「イオン様って確か恋しちゃ駄目なんだって。」
「…え?」
「譜言に影響が出るから駄目だってこの前モースに言われた。アリエッタはイオン様がいればそれでいいから…アニス?」
 アリエッタの言葉にアニスの瞳が光を失う。
「嘘でしょ?」
「嘘なんてつかないもん。だけどそう言ってたよ?」
 アリエッタは何事もないかのように語る。イオンがいればそれでいいというアリエッタには関係ないかもしれない。でも…心惹かれているアニスには大問題だった。
「ごめん根暗ッタ…アニスちゃん仕事あるから行くね。」
「あ…うん。」
 殆ど手をつけなかった食事をその場に残し、アニスは食堂を後にした。















「(早く…早く……)」
 食堂を飛び出したアニスは…安息の地を求めていた。自分の気持ちを曝け出し涙できる場所を。
 どうして…着任して直ぐに言ってくれなかったのだろう?もっと早くに言ってくれたら最初から好きならなかったのに。気づいた後ではもう遅いのに…好きと言う感情は殺そうとして殺せる物ではない。




自分は…好きになってはいけない人を好きになったしまった。




 この悔しくて不安で悲痛な気持ちはアニスの中で涙と言う形に変わっていた。それはもう人目に触れる直前で…せめてどうにかして人に知られない場所で生まれて欲しくて…人のいない場所を探して教団内を走り続ける。
 走っていたときにアニスは思い出した。誰かが言っていた言葉。人は知らず知らずのうちに安心できる場所で泣くと。しかし、教団内であるとすればそれは自分の部屋。だが、心配性な両親の事だ。行き成り部屋に飛び込んで涙していたらこれでもかと言うくらいに心配して自分の心を探る。そんなことはして欲しくないし、心配もかけたくない。だったら何処で泣けばいいの?
「(もう!人がいない場所!じゃないと…)」




















「アニス?」




















 ユリアは…どうして味方してくれなかったのだろう?
 どうして今一番会いたくない人にめぐり合わせるの?




















「イオン…様?」
「どうかしましたか?そんなに急いで。また何かしでかしたんですか?」
 導師イオンはいつものように優しい言葉をかける。今一番欲しい場所であって、今一番欲しくない言葉をくれる人。そして何があっても涙を見せたくない人…。
「な、なんでもないですよ。ちょっと急ぎの用があるんです。」
 嘘をつくのは得意だ。何時だってそうやって感情を殺してきたんだから。今回もきっと大丈夫。
「だから心配しないで下さい。」





精一杯の強気な言葉とは正反対に
少女の目からは涙が零れ落ちた…。





「それじゃ、失礼します。」
 涙を流したことに気づいたのか、気づかないのか。アニスは必死でその場から離れた。
「アニス!!」
 イオンの言葉は聞こえていた。きっと涙はどうしたのかと言う優しい言葉だろう。だけどそんな言葉をかけられてしまってはきっと涙が止まらなくなる。だから、心の中で謝り続けながら彼に背を向け…彼の視界から消えた。
 












「(お願い…人のいない場所…お願いだから…)」
 イオンの姿を無理やり消してからも彼女はこの広い教団で自分の場所を求める。すれ違う人には何とか笑顔を振り撒き、平然を装っていた。でもはっきり言ってそろそろ限界だ。
「(ユリア様…お願いです!)」
 そしてアニスが辿り着いたのは教団の中でも人がいないということで有名な小さな広場。教団からは近いが、直接外へと繋がっている森がある為、魔物が出る確率が高く人は滅多に寄らない。それをかすかに覚えていた体が自ずと彼女をここへ導いたらしい。
「(でも…もうちょっと奥!)」
 教団が直ぐそばにあったのでは人に見つかる可能性があった。もう少し外に近いほう…森に体を走らせる。そして勢いよく障害物にぶつかった。
「っっ!」
 声を出したら息が出来ないくらい泣きそうだった。だから痛くても声が出ないように我慢した。前を向いていなかった自分が悪い。覆いきりぶつけた額を抑えて、自分のぶつかった障害物をみあげる。
「…邪魔なんだけど。」
「!!」
 金色の仮面…黒みがかった緑の髪に札を装飾品として身につけた服。そしてこの藪から棒な態度。見覚えがある。…六神将のシンクだ。
 自分の記憶にあるのは嫌な態度しか取れないやつと言うことだけ。あとはアリエッタから貰った少しの情報のみ。だが、今はそんなこと関係ない。どうしてこんな人気のないところにこいつが?
「聞こえない?邪魔なんだけど。」
 ため息交じりで見下した態度に腹が立ち、アニスはシンクの服を掴んで怒りの表情で見上げる。下から見ても表情はうかがえない。きっとせせら笑っているには違いなかった。
「全く…導師イオンのお付は礼儀も弁えられないんだね。ま、謝られたところでどうしようもないからいいけど。」
 その人の名前はアニスにとって禁句だった。

















「…ぅあぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
















 
 遂に張り上げてしまった。アリエッタに真実を告げられてから我慢していた分も含めて全部を言葉にして張り上げてしまった。『わ』と『あ』の間の濁音の混じった叫び声とも取れる泣き声。しかも…どうでもいい奴の目の前で。
「おい…」
「ぃやぁぁぁぁぁ!!」
 生まれたての赤子のように手をつけられないほどに大声を張り上げる。幸いここは森の中。木々のざわめきと離れているお陰で誰もこない様子。
「五月蝿い…」
「あああああ!!」
「五月蝿い…」
「いやぁぁぁぁ!!」
「…黙れ!」
 何処から張り上げたのか、シンクはアニス以上の大声でアニスの声を掻き消す。
「何でいきなり泣くんだ。人の迷惑も考えろ!」
 最もな言葉に泣き声だけをかき消し、涙をこらえる独特の嗚咽だけが響く。
「泣くならほかで泣け。」
「……ぃ…」
「は?」
「ほ、ほ…かの……とこ…が……な…い。」
 必死で生み出す言葉を漸く聞き取る。
「泣くなら、気を許す相手のところで…導師のところで…」
「うわぁぁぁぁぁぁ!」
 再びの禁句にアニスはまた、声を張り上げる。そして漸くシンクも理解できた。
 何でこんな人気の少ないところに来たのか…どうして泣いたのか…全ての原因が導師イオンにあるということに。
「………」
「あぁぁぁぁぁぁ!」
 泣きやまないアニスに本当は罵声でも言ってやろうと思った。しかし…どうしてか口が動かず、自分にしがみつき泣き続ける少女をただただ見つめるしか出来ず…それと同時に悔しさと苦痛がこみ上げていた。
 そして…それと同じ感情を持つもう一人の少年の存在に二人はまだ気づいていなかった。
 遅い足で必死にアニスを追いかけてきていた…白い装束の最高指揮官の少年の姿に………。

















「ぅわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
あたしは唯泣き続けるしかなかった。
悔しくて…悲しくて…どうにも出来なくて…
嫌な奴だと思うこいつの胸の中で泣き続けるしかなかった。
そして…どうにも出来ない自分が嫌いで…
その腹立たしさを消す為に声を張り上げるしかなかった……











「………」
始末してしまいたいほどうざくてしょうがない。
導師のお付と言うだけで腹立たしい存在のはず。
だけど…それ以前に導師の所為で泣いてるって事実が
それ以上の腹立たしさを生んで…
こいつを…始末できない自分がいた…。
なんなんだよ…こいつは……。
ムカツイテしょうがないはずなのに…。










「どうして…シンクが?」
泣いている理由がわからなかった。
それより、どうして理由を打ち明けてくれなかったのか…
そしてどうして、シンクの前でなら泣けたのか…
でも…それよりも…
彼女がシンクを選んだ事実を否定してしまう
自分が一番許せなかった…。



















すれ違う三人の感情。
己の心、全て此処に在らず。










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作者より…
すれ違い恋愛です。
アニスはイオン様好きだとは思ってるんですが、
スパイ行為してる途中ですから、引け目があって感情押し殺して、
シンクはまだ恋愛って気づいてなくて、
イオンもまだ気づいてないって言うすごい状況。
切なさ目指してみました。
こう言う関係好きなんですが…駄目ですか?
2006.2 竹中歩