その日アニスは教団に帰ってきた。
何時までも一緒にいられるのかと思ったらまた行っちゃうって。
アニスだけじゃなくてルークたちもなんだかそわそわしてた。
きっと、僕みたいな人たちを救うんだってなんとなくわかった。
そんな僕に気づいたのかな。
アニスが今日は一緒にご飯を食べて一緒に寝ようって言ってくれた。
だから今日は凄く嬉しかった。




だから、ぼくは、きみがすき。





「アニス。」
「ん?どうしたの?フローリアン。」
 フローリアンとの約束どおり夕飯を済ませ後は寝るだけとなったのだが、後片付けがあるということでアニスは両親とフローリアンの4人で台所で皿洗いなどをしていた。両親はアニスも疲れているのだから手伝わなくていいといったのだが、どうしてもしたいというアニスの願いを断る事も出来ずに今にいたる。
 それは今度何時帰って来れるかわからない両親への感謝の気持ち。そして、フローリアンとの少しでも長く一緒にいてあげたいという優しさゆえの事。 
「あのね、僕がこの格好をしてると時々言われるんだ。『預言を詠んでください』これってどういう事なの?」
 その言葉にアニス…いや、タトリン夫妻の手までもが止まった。
 フローリアンは早く言えばレプリカ。しかも導師イオンのレプリカである。
 まだ、スコアを信じている人々にとって預言は絶対的存在。しかもその預言を司っていた導師と瓜二つの人間が存在するとすればこの次世代、縋りたいと思うのが普通ではないだろうか。
「フローリアン、夜の散歩行こうか!」
「え?もう遅いよ?」
「良いから良いから!安心しなさい。何が出てきてもこのアニスちゃんが守ってあげるから!そういう事でパパ、ママ!後お願いね!」
 元気が一番といわんばかりにアニスは右手でピースサインを作りそれをおでこに掲げた。丸でそれが何かのサインであるかのように。
「アニスちゃん…」
「いいの。近からず遠からず言わなきゃいけない事なんだから。アリエッタみたいに今度は黙ってるわけには行かない。だって、この子が生きていく為には絶対に通り抜けなければいけない事なんだから…」
 フローリアンに聞こえない程度の小さなははと娘の会話。その会話が終わると寂しくパタンと言う音を立ててアニスは台所を後にした。
「アニスちゃん…何でいつもあの子ばかりこんな残酷な目に…」
「…大丈夫。私たちの娘なんだから…あの子には何か考えがあるんだよ。」
 過保護…親ばか…天然といわれてもやはり親は親。アニスを信じる心に揺らぎは無かった。







「フローリアン、月が綺麗だね。でもエルドラントが浮かんでるからちょっと変な風景だけど。」
 教壇の入り口付近の庭。そこから見える景色はエルドラントを除けばなんらイオンが生きていたころとなんら変わりはない。その夜空を背にしてアニスは語り始める。
「此処の生活には慣れた?」
「うん。アニスのパパとママも優しいし…でも、僕のこと変な目で見る人たちがいる。後さっきみたいに預言を詠んでくださいとか言われるし。」
「もう、パパとママから聞いたと思ってたけど…あの優しすぎる二人がそんなことできるはずないもんね。あのねフローリアン…あたしの話すことを良く聞いて欲しいの。物凄く大切なお話。」
「うん。」
 無邪気…『無垢なる者』と言う名前をもつだけあって何の疑いも無くアニスの話しに聞き入る。
「イオン様って分る?」
「導師イオン様?うん。劇もやったし、教団の人とかが教えてくれた。」
「フローリアン…あたしはねフローリアンが生まれる前にイオン様の付き人をやってたの。」
「そうなの?凄いね!」
 生まれた子どものように笑う。いや、間違いは無い。生まれてまだ間もない命。普通はそう言う行動をとるが、その尊敬の眼差しがアニスの胸を痛めつける。
「でも…今はその仕事を離れてルークたちと一緒にこの世界を守る戦いをしてるの。」
「どうして?どうして付き人を辞めちゃったの?」
「それはね…あたしがイオン様を守れなかったから…。イオン様を死なせちゃったの。」
「ア…ニスが?」
 驚愕の表情を浮かべたままフローリアンは凍る。
 大抵のこの世界の摂理は両親が教えたのだろう。それ以前に生まれたときからある程度の基礎知識は身に付けているようだった。ちゃんと死と言う言葉も受け入れている様子。ただ、行動が若干幼いだけ。それだけの事。
「イオン様はこの世界においていなければならない存在だった。フローリアンがモースに無理やりスコアを読まされたでしょう?あれがイオン様には出来たの。だから…預言を詠みすぎて…死んじゃった。あたしがちゃんと止めなかったから…死んじゃったの。」
「アニス…。」
 悲しそうな表情でアニスの顔を見入るフローリアン。その表情は何処と無くイオン様に似ていた。
「でも…なんでイオン様にしか詠めない預言が僕に詠めたの?」
「それは………」
 喉元まで出た言葉。本当は言いたくない。この子を傷つかせたくない。出来ればこのままで…。しかし、この子がフローリアンであるという存在を認識させる為には通らなければならない道だから。
「貴方が…イオン様と一緒だから…」
「?」
 フローリアンは首をかしげて眉間にしわを寄せる。やはり理解は出来ていないようだ。
「あたしの使えていたイオン様は…レプリカだったの。」
「レプリカ?」
「そう…本当に存在する人から情報を読み取ってその人のコピーを作るの。つまりは人のコピー人間。それがレプリカ。」
「じゃぁ、僕は…」
「二年前に病気で亡くなったオリジナルイオン様のデータから生まれたコピー。私の使えていたイオン様もそのオリジナルから生まれた。」
 その言葉がフローリアンを停止させた。と、同時に恐怖と不安も与える。
「それじゃぁ…僕は……………誰?」
 言葉を生み出したと同時に肩ががたがたと震えだし、顔が恐怖へと満ち溢れてゆく。
 少し話すのが早かったと思ったアニス。だが、変えられない事実。後悔はしていない。
「フローリアン!」
 自分より身長の高いフローリアンをアニスはぎゅっと抱きしめる。きつく。きつく。
「でも、例えコピーでもフローリアンは一人しかいないの!」
「……アニス?」
「イオン様はイオン様!フローリアンはフローリアン!性格も考え方も生き方も言葉づかいも全部違うの!同じじゃないの!だから誰じゃない!貴方はフローリアンなの!」
「フローリアン?」
「そう…貴方は貴方。だから…事実は知っていて欲しかった。でも、その事実を貴方は覆せる。だって、貴方はちゃんとこうやって生きてるもん!」











僕は…生きてる?
レプリカ…だけど…
入れ物はレプリカだけど…
中身は僕?











「見た目は一緒でも。中身は違うもん。それに…見た目だって生き方で変わる。」
「アニス…」
 その時漸く知った。震えているのが自分だけじゃないというということに。アニスも震えてるということに。
「ねぇアニス…」
「ごめんねフローリアン…。」
「どうして謝るの?アニスなにも悪くないのに。」
「でも、こんな辛い思いさせて苦しませてるのは事実だもん…」
「アニス…。」
 自分より身長が小さくても年上で…でも、考えは年齢以上に大人びてて…こんなに心配してくれてる。
 フローリアンは自分に必死で抱きついているアニスの頭を優しくなでた。
「フローリアン……?」
「僕のほうこそごめんね……」
「どうして?」
「こんなに…僕のこと心配してくれてるのに…自分が誰か分らなくなっちゃった事。」
「それは…当たり前だよ…みんなそう思うよ…きっと。だから謝らないで。」
「僕が預言を詠むように言われてたのは…イオン様と瓜二つだったから?」
「そう…しかも能力まで一緒だから…でも、安心して。」
 自分の体に顔を埋めこんで語っていたアニスが顔をあげた。泣いていたのだろう。目が真っ赤で涙の筋が見える。
「預言なんて詠まなくていい世界にするから…自分の生き方を自分で決める世界に必ずするから。だから…それまで待ってて。」
「うん…約束。」
 そう言ってフローリアンは自分の右手の小指を差し出した。それを合図にアニスも右手の小指を差し、お互いの指同士を絡ませた。
「今、無理に受け入れなくて良い。寂しくなった時、不安な時辛い時は必ず帰ってくるから。無茶はしないで。」
「うん…。」













「それじゃ、言ってくるねフローリアン!」
「待ってるから。必ず帰ってきてね。」
 次の日、アニスたちは再び教団を離れていった。見送りする両親とフローリアンは皆の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
「フローリアン…大丈夫?」
「どうして?」
「昨夜アニスちゃんから…」
「それなら大丈夫。アニスと約束したから……」
 アニスの母親が心配そうに声をかけたが、フローリアンは満面の笑みで安心感を両親に与えた。






僕は信じてるから。
僕らレプリカがちゃんと生きられる世界をアニスたちが作ってくれるって。
だから、今は平気。平気じゃないときはアニスがそばにいてくれるって言ってくれたから…。
それだけで、僕は大丈夫。
でもアニスが大丈夫じゃない時は僕がそばに居たいって思った。
もう、あんな泣き顔見たくないから。






「そう…約束したのね。フローリアンは…アニスちゃん好き?」
「うん。大好き!」














例え僕がイオン様のレプリカでもこの気持ちはレプリカじゃない。
だから、ぼくは、きみがすき。










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作者より…
フローリアン×アニス。
純真無垢という言葉がぴったりに育って欲しいです。
アニスは母親とかお姉さんの気持ちなのですが、
フローリアンの中では確実に恋愛に発展してます。
今までのレプリカから見るときっと育ち早いと思われます。
そして追い越されたアニスが見てみたい。
発展途上な恋は可愛いです。
2006.1 竹中歩