普段は言えないその言葉



 その日ヴァンに仕事を頼まれたがやる気がせず、事実上のサボタージュを教団内にある草原で過ごしていた。
「………」
 別に何か目的があったわけでもない。単に草原が気持ち良さそうだと思っただけ。
 教団内は寒い。かといって厚着をすれば緊急の呼び出しのときに執務がしにくい。だとしたら普通の普段の服で快適に過ごさせる場所を探すのみ。そして選ばれたのがこの原っぱ。幸運な事に人はいない。いや、入れないようにした。
 例え人が今いなくとも、自分が気を許したときにはいってこられたはごめんだ。それこそこの心地じゃ寝てしまう可能性もある。そんな時に人に見つかって運悪く仮面を剥がされてはたまった物じゃない。だからこうやって人が入れないように少しだけが結界を施した。一応劣化していても導師イオンのレプリカ。だから彼にとって一般人が入らないくらいの結界なら朝飯前。なのに…
「何でいるの…。」
 姿は確認していない。自分はただ仰向けになって空を見ているのだから。姿なんてその人物が自分の視界に入らない限り無理である。でも気配で分った。すぐ傍にその人物がいる事に。
 いつ入ってきた?もしかしてさっき転寝をした時に?
 少しだけ記憶が途切れた時がある。きっと軽い眠りに入ったのだろう。気のせいだと思っていたが人が傍にいるということは気のせいじゃない。一瞬でも自分は寝ていたのだと。そう確信がもてる。しかし肝心なのは自分が寝ていたかどうかではない。何故人が入れたかと言う事。
 一応結界は軽めにしておいた。強めに張っても良かったのだが、いざ急ぎの用事の時に六神将が入れなければそれだけ時間をロスする。そんな事になっては後々めんどくさいので六神将レベルは入れるようにしておいた。でも、この傍にいる人物はどうやっても六神将レベルじゃない。だとしたらどうやって入ったのだ?
 体を起こしてその姿を確認する。
「………はぁ。」
 やっぱり。間違いない。気配でもわかったのだ。どうやって間違える事が出来る?
 現導師のお付。五月蝿くて、小さいのでちょこまかと動く。まるで小動物。アニス・タトリンその人。
 傍にいるだけかと思ったら寝ていた。自分の相棒トクナガを枕に。普通こう言うときって抱きしめて寝る物じゃないかと思う。しかし彼女にとって今枕。案外無意識のうちに枕にしたのかも。
 そして当初の目的を思い出す。観察したいわけじゃない。ただ、どうやって結界を破ったか。
 立ち上がって結界を確認しに行って見た。
 この草原は四方八方に入り口がある。しかし彼が結界を張ったのは入り口じゃない。この草原全体をドーム上の覆う結界。別に見えなくなるとか透明な壁に遮られるとかそんな不思議な物にはしていない。単に結界に触れると行く気を失うような精神操作。それだけを施した。レベルの高い人間なら結界だと気づいて解くことも可能。だけど…
「破られてない…?」
 変だ。結界は破られてない。ということは真正面を切って突き進んできたと言う事。そんなまさか。行く気を消失させるだけと言ってもかなりの虚脱感。こんな導師守護役程度じゃ無理だ。だとしたらどうやって?
 謎を抱えつつ、もう一度アニスの寝ている場所まで戻ってみる事にした。
「…まだ寝てる。」
 寝返りをうったのだろう。最初見たときとは違う方向に体を向けている。だけどトクナガが枕であることに変わりない。
「本当どうやってこいつ入ったんだよ…」
 起こして聞いてもいい。でも、もし結界を知らずに入ってきたのだとしたら?『何でそんな物張ったの?』好奇心旺盛な彼女の事。絶対に聞いてくる。それはもう深く深く。そんなめんどくさいことになるなら自分で原因を探しほうがまだ良い。アニスを起こす事諦めてもう一度原因を探してみよう。








 ……10分後
「見つからない…。」
 どうやっても見つからない。
 一箇所だけ結界が破れているのかと思ったがやはりどこにもない。それはつまり本人があの虚脱感を押し切って入ってきたことを示す。ありえない。そんなの人間じゃない。
「人の気も知らないで…」
 頭を抱える自分を尻目に心地よさそうな寝顔。悪戯書きでもしてやろうかと思うくらい今は憎らしい。
「やっぱり起こすか…」
 一番回避したかった。起こしてしまった瞬間物凄く後悔しそう。いっそこのまま何も聞かない方が良いんじゃないか。自分がこの謎を飲み込めばすむ事。でも謎をそのままにしておくのはもっと自分の意に反する。
「はぁ…。」
 大きくため息をついて、アニスを起こす事に決めた。
「ちょっと…。」
 声をかけてみる。起きる気配ゼロ。
「あのさ、」
 大きな声にしてみる。またもや起きる気ゼロ。
「あーのーさー!」
 大声と語尾を伸ばしてみる。全く起きる気ゼロ。
「……ちょっと!」
 体を揺さぶってみた。漸く起きる気配………
「…てめーぶっ殺す。」
 今のは寝言?それとも本気?
 曖昧な返事が返ってきた。そして再びアニスは夢の中。
「導師守護役がこれで良いのか…」
 導師を守るのが務めの彼女。ここまで寝起きが悪ければいざ何かあったとき間に合わない気がする。
「こいついつもどうやって起きてるんだよ…。」
 母親に起こされる?いや、導師に付き合って各地を飛んでいるのだから両親は無理。どこに行っても常に一緒の物…
「…導師か……」
 導師イオンならいつも一緒だ。彼に起こされているかもしれない。それに彼の悲鳴だったらそれこそ起きるだろう。
「ならこうすれば起きるか。」
 自分は導師のレプリカ。だから全部一緒。顔も声もね………。
「アニス…起きてください。アニス。」
 自分とは正反対な性格を演じる。優しそうに。
 人とは面白いもので性格が違えば声の質感も違ってくるのだと実感。だから誰も自分の存在に気づかない。
「…イオン様?」
 ほらね。やっぱり………起きない。
 おいおい。どうやったら起きるんだよ。
 結界の謎もあるのに、起きないアニスをどうやって起こすのかと言う謎まで加えられそうだ。
「諦めろってことか…。」
 本当は物凄く嫌だ。謎が謎のままなのは。だけど当の本人が起きなければどうしようもない。
 しょうがないのでアニスをその場へと残す事を決意し、立ち上がった。その時、
「………」
 仮面越しの小さな視界に、不自然な光りを放つ物体がある。一体なんだ?
 アニスの小脇に落ちていたそれを拾い上げてみた。
「…確か……」
 確か自分の服の装飾品。
 この服はやたらと装飾品が多い。自分でも把握するのがやっとなのだから。どうしてこんな着難い服を教団は支給するのかと思う。でも今はそれ所ではない。これが落ちているという事が問題なのだ。
 この装飾品は昨日なくなっていた。だからここで落としているはずがない。ここには一週間以上近づいていないのだから。だとしたら…
「持ってきた?」
 アニスが?これを?寝ていた場所からするにその可能性は十分にある。
「あ………」
 その装飾品で今まさに自分の中の謎が解けた。
 結界は自分が通れるようにはしてある。ということは自分の装飾品も通れるという事。つまりそれを持参している人間もだ。多分これを使ってアニスはこの中に進入したのだろう。そしてもう一つの謎。アニスが起きないというこの事態。
 結界を難なく突破した彼女。
 でももしこの装飾品をここで落としたのだとしたら?
 装飾がアニスの手から離れた事でアニスを除外人物として結界がそこで把握したら?。
 阻まなければいけないものを侵入させたという予想外の出来事に結界が暴走をしたら?
「暴走の副作用…」
 結界は予想外の出来事に弱い。そして生まれた結果が…
「強い催眠作用か…」
 全ては憶測に過ぎない。もしかしたら他の人間が前々から持っていた装飾品をここで落としたのかもしれない。それに本当に彼女の寝起きが悪いのかもしれない。
 でも、もうそれでも良いと頭は言っていた。何とか納まった謎をこれ以上抉るなと。
「結局は僕が原因か。」
 むやみに結界を張った為に起こった事件。それは自分が犯人というなんとも予想外な結果で幕を閉じた。
「でもこれ…いつ起きるんだろう?」
 結界の副作用だとしたら起きる予測がつかない。運ぶ?運んでも良いけど何処へ?彼女の部屋には両親がいるし、このまま寝かせていてもいいがそろそろ日が傾き始めている。
「しょうがないか……」
 ため息をついた自分は覚悟を決めてアニスを肩に抱えると烈風の名に恥じない速さである所へと運んで行った…。








「ん……?」
 目を覚ました。視界には広い天井。体を起こしてみてもその殺風景さは変わらない。でも見え覚えはある。
「ぎゃ!」
 分った。ここは導師の部屋だ。如何してここで寝ているのだろう?
「起きましたか?」
「イオン様?!」
「気持ち良さそうに寝ていたのでそのままにして置いたんですよ。すみません。疲れがたまっているんですね。」
「いやいや!疲れはたまってないんですけど…如何して私はここにいるんですか?」
「え?僕がこの部屋に来た時にはもうアニスは寝ていましたよ?」
「ええぇ?!」
 どうも頭の中で辻褄が合わない。自分は眠る前ここには来ていなかった。確か自分がいたのは……
「草原…」
「え?」
「私、草原にいたんです。休憩で草原に行ってそこで気持ちよくなって寝たはずなんです。ここじゃなかった。」
「アニス…現実と夢が混合するほど疲れてるんですね…。」
 そんな申し訳なさそうな顔しないで下さい。ああ…もう本当に夢に思えてきた。
 だけど、夢じゃない確信が一つだけある。
「イオン様…やっぱり私は草原に寝てたんだと思います。」
「如何してそう思うのですか?」
「あるものを届けにいったんですけど…手の中に無いんです。草原に寝る前には絶対に手の中にあったのに。それが今はこうしてない。だからその届け主が運んだんだと。」
「確信はあるのですか?」
「確信と言う確信は無いんですけど…何となくです。」
 アニスはベットの上で笑った。












 数日後、教団内でアニスとシンクはすれ違った。
 その時に明日は見たのである。彼の装飾品がもとに戻っている事に。
 そしてほんの少しのすれ違う間に一言だけ。
「ありがとう。」
 聞こえたか聞こえないかは分らない。
 でも、今更抉る事ないと思った。
 彼が言って来ないというのにはそれなりのわけがあるのだと。
 だからこのままでいい。
 普段は言えないその言葉が言えたのだから…。










------------------------------------------------------------END--- 作者より…
弐拾萬感謝企画リクエスト第一位シンアニ(公式)です。
暗い話が多かったのでたまには明るく書いてみようと。
結界の話とか結構捏造ですが、ほんわかしたシンアニがかけたので良しとしよう。
つくづく苦労性だな…シンク。
2006.6 竹中歩