その子は丸でのこの世の終わりを見たかのように泣いていた。
何かに取り付かれ狂ったようにただただ同じ言葉を連呼しながら。
それが僕ではなく、本物の僕へと向けた言葉だったから、
どうにも出来なかった……。






君が君で。僕が僕で。






 綺麗なピンク色の髪をした少女。ずっとずっと叫んでいた
「どうしてぇぇ!!イオン様ぁぁ!」
 無論その言葉は自分に向かって叫んでいた言葉だと知っている。しかし、それは自分であって自分ではない人への言葉。
「イオン様は…彼女に大切に思われていたんですね。」
「そうです…だから外したんです。」
 彼女…アリエッタは本日付で導師守護役を解任された。それは導師イオンの意志ではなくモースの命令。解任された理由はとても簡単でとても残酷な物。既に彼女の愛した導師イオンはこの世に存在していない。ならば、このモースと話している導師イオンと瓜二つな少年は誰なのか?彼も導師イオンには間違いない。但し…レプリカとしての存在の導師イオン。
 導師イオンはそれほど先が長くなかった。普通ならば追悼式でも開いただろう。しかし、それでは預言を詠める者が居なくなる。大詠史モースはフォミクリーと言う人のレプリカを作る技術で導師イオンのレプリカを複数作り、その中で一番本物に近かった彼を導師イオンとしてそのまま鎮座させる事になった。そう…導師イオンという預言を読める存在を消さない為に。
「彼女には大変悪いことをしましたね…」
 レプリカイオンには生まれてからの記憶しかない。つまりほんの1ヶ月程度の記憶。しかし、周りの人々はオリジナルイオンのことを覚えている。少なからず記憶の無いレプリカイオンと誤差が生じるのは目に見えていた。それを防ぐ為、モースは側近を全て入れ替えることにしたのである。つまりアリエッタが解任された理由は…オリジナルを知りすぎているためだった。
「アリエッタはきっと理由をまた聞きにくるでしょうが…良いですか?絶対に口にしては駄目ですよ?このことが公になればローレライ教団すら危ういのです。それに彼女は本当にオリジナルを好いていました。死んでしまったと聞いたら命を絶ちかねません。」
「分っています。すいません、暫く一人にしてもらえますか?」
「承知いたしました。」
 大きな扉の音を立ててモースはイオンの私室を後にした。







 一人きりの空間で思い出すのはこの一ヶ月のこと、オリジナルの事、他のレプリカの事。
 生まれてすぐに自分はオリジナルイオンの性格や預言の詠み方等を叩き込まれた。本当にレプリカになる為に。だからこの性格が自身のものかといわれると断言は出来ない。その一ヶ月の中でもオリジナルのイオンには複数面会した。といっても会話が出来たのはほんの少し。それでもその人の偉大さは見て取れた。本当に自分がこの人に成り代われるのかと思ったくらい。そして…いつも思うのは自分と同じくして生まれた兄弟…レプリカたち…。モースに聞いてもこればかりは教えてくれなかった。
「僕にイオン様の代わりが出来るんでしょうか…」
 重く圧し掛かるオリジナルの存在。あれほどまでに神々しい人のレプリカなんて…。
「でも、僕が生まれた意味はそこにしか見出せない…」
 例え否定しても自分はレプリカでしかない。それに縋る事しか出来ないのもまた事実。自分の存在を否定してしまいそうな毎日に脅える日々。きっと死ぬまでこうなのだとイオンは確信し、そして脅えていた。
「…イオン様?」
「はい。」
 いつも言われていた言葉。イオン様は平常心を保っておられた方。何事にも動じることなく冷静で居ること。それが役に立ったのか、行き成りの呼び声にも驚くことは無い。
「モースですか?」
「はい。ドア越しで失礼いたします。先ほど新しい導師守護役がつきましたので面会をお願いいたします。」
「わかりました。」
「私は少々会議がございますので此処で失礼いたします。いいか、アニス。失礼のないように。」
「はい。」
 そう言うとモース独特の足音は遠ざかっていった。そして、それと同時に扉が開く。
「失礼します。」
「……」
 冷静を保てといわれたがこればかりは少し動揺してしまった。
 アリエッタは確かに容姿は幼いが年齢はイオンより上。しかも戦いに関してもかなりのものだったと聞く。まぁ、それには魔物に育てられ、魔物が操れるという特殊な存在だったからであるが。だが、自分の今目の前にいる少女はどうだろう?明らかに自分より年下な上に女の子。どう見ても自分が守らなければならないくらい弱そうに見えた。
「えーっと…導師イオン様?」
「え?あ、はい。」
「アニス・タトリン、本日付で導師守護役に着任いたしました。」
 声を聞いてもやはり年相応の幼い喋り方。本当に大丈夫なのだろうかと思ってしまう。
「そうですか…これからよろしくお願いします。」
 冷静に…平常心それだけを心がけ喋り始める。それが自分の役目などだと言い聞かせて。
「はい。………?」
 少女アニスはイオンの顔をなんだか不思議そうに見つめていた。
「どうかしましたか?」
「いえ…やっぱり遠くから見るのと近くから見るのって違うんですね。」
「え?」
「私、イオン様をこんなにそばで見るのは初めてで…いつもは兵士に守られていて遠い存在みたいな感じしてたんです。だからですかね?」
「近くで見てどう思いましたか?」
「…可愛い方だと。」
「え?…可愛い?」
「はい。男の人には失礼かもしれないんですけど…遠くから見るのはいつも難しそうな顔だったから…そばで見ると可愛い方だと思いました。丸で別人みたいで。」
「別人に見えますか?」
「はい。でも気にしないで下さい。私の思い込みなんで。」
















その言葉にイオンの顔が…初めて微笑んだ。














「それなら、別人と思って接してもらって結構ですよ。僕も堅苦しい人とも思われるのは苦手なので。」
「え?良いんですか?」
「ええ。僕もそちらの方が気が楽です。お互い無理するのは止めましょう。」
「無理?」
「堅苦しい喋り方…苦手でしょう?僕すら苦手なんです。僕より小さい貴女は余計に苦手なはずだと思うんですが…」
「あうぅ…ばれてましたか。アニスちゃん初日で失敗。」
「それじゃぁ、これからお願いしますよアニス。」
「はい!」









その笑顔が僕の居場所を与えてくれた。
君は僕を僕としてみてくれる人。
僕を僕で居させてくれる人。
安心させてくれる人。
だから…思ったんだ。
何とかこれか先やって行けそうだって。
本当にありがとう…アニス。










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作者より…
きっとこんな感じ。私の中のイオン×アニスです。
なんとかオリジナルなりきろうとするのですが、
多分アニスは違うんじゃないかと見抜いてる。
愛の力あればこそというものでしょうか?
だからお互いが居る時が息抜きできる場所なんですよ。
二人にはそんな感じであって欲しいなぁ…。
ほんわかしたとした二人が大好きです!
2006.1 竹中歩