その日は余程『それ』に縁があったのか…
ある意味しくまれた状況だったのかもしれません。





…解れよ、バカ





「彼の本性はどっちかって?」
「うん。」
 真剣なまなざしでハルカはテーブルを挟んで対面に座るシュウを見つめる。
 ここはのどかな都市部。都市と言う名前が付くわりには穏やかな雰囲気に包まれた不思議な町。
 そんな不思議な町の不思議な力にに導かれたのか…再びシュウとハルカはこの町で再会した。
 再会した時、ハルカはサトシ達と別行動。シュウも特に用事はないらしく、二人は少しピークを過ぎた喫茶店へと足を運ばせ今にいたる。そしてそんな二人のただいまの議題は…
「彼って…ハーリーさんのこと?」
「そうよ。あの人っていまいちつかめないかも…。」
 大き目のコップに入ったオレンジジュース。半分まで飲んでいるらしく中には略同量の氷。時折氷が溶けてカランと言う音が耳に届く。そんな風景を見ながらハルカは項垂れた。
「私ってば…ハーリーさんには幾度も嫌な目に合わせられてるんだけど…どうしても再会した時に怒れないし、嫌がれないのよね。」
「なんでまた…」
「あの人、再会した時と別れ際に性格違うんだもん。」
 はっきりと言い放つ。これだけは間違いない。
 シュウ自身、ハーリーに正確の裏表があるのは知っているがどっちが本性かと聞かれれば確実に嫌がらせをする方と答えるだろう。余りかかわりのないシュウでさえこの答えを選ぶ。だが、ハルカはそうではない。この話題が出ると言う事は少なからず迷っていると言う事。いや、絶対に迷っている。そう表情が物語っているのだから。どうして嫌がらせを受けた本人がここまで迷うのか…シュウにはわからなかった。
「違うと言っても…どっちが本性かなんて歴然だと思うけど…」
「うーん…多分嫌がらせする方だとは思うのよね。でもね、再会した時のテンションが違うからどうしていいものやら…」
 ハルカがここまで言うのだ。その再会した時の性格と言うのは目を白黒させるほどのものなのだろう。
「どっちか本性がわかれば接し方も決まるから、いざと言う時どう接して良いか判断できるのよね。あーあ…緑の服の人とか見たのがいけなかったのかも。」
 元々二人はこんな話をずっとしていたのではない。偶然お店に入って窓越しからハーリーの服装に似ている人物を見た所為。それだけではない。ノクタスとオクタンが一緒にいるのを見たり…紫のウェーブのかかった髪をした人を見たりと今日はハーリーの関連尽くめ。ある意味仕組まれた会話なのかもしれない。
「過ぎた事を悔やんでもしょうがない。それに僕が彼の本性を助言したところで結局答えを出すのは君自身。だから僕には何も出来ないよ。」
「はぁ…そうだね。シュウの意見はシュウの意見。私のは私。聞くほうが間違ってるのかも。いっそ本人に聞いて見るという手はあるけど、それは勘弁したいかも。」





「ハ・ル・カ・ちゃん♪」





 外は初夏。ここもお店にしてみれば少し暑い。なのに一気に押し寄せた寒気。これは…
「ハーリーさん?!」
「ピンポンピンポン!大正解よー!」
 思わぬ人物の登場にハルカは立ち上がった。間違いない。噂をすればなんとやらだ。
「どうして?!……タイミングが良すぎる…。」
「あら!ハルカってば!私の話をしててくれたの?ハーリー超嬉しい!!」
 そしてこのときシュウはハルカがさっき言っていた言葉を思い出す。再会の時と別れ際のテンションが違う。まさにその通りだ。とても姑息な手段を使ってハルカを落としいれようとする人間のする行動には見えない。普通そこまで憎い相手なら関わりさえ持ちたくないと言うのが本音ではないだろうか?しかし、この人は全く違う。自分からかかわりを求めてきたのだから。
「そしてお相手は…あらあら!シュウ君じゃない!なーに?二人でこっそりデ・ぇ・ト?かもー!!」
「ち、違いますよ!シュウとは偶々再会しただけで…ハーリーさんこそなんで…」
「私はこの街に知り合いがいるから寄ったのよ。でもこんな所で再会できるなんて本当に嬉しい!相席良いかしら?」
 ここまで大声で会話されたのだ。周りの人目もあるため断れるわけがない。ハルカとシュウは嫌々ながらも相席を承諾した。そして何事もないようにハーリーはハルカの横に座る。
「なーにを話してたの?ハーリーのことなんでしょう?」
「まぁ、そうなんですけど…」
「なになに?聞きたいことがあったら言って!ハーリーなんでも答えちゃうから…出身地でも、誕生日でも!」
 これだけを見ているととても悪い人には見えない。確かにハルカが困るのもわかる。しかしバトルの時の行動を知っている人間の目からすれば逆に胡散臭くて余計に信用できない。どうして彼女はそれに気づかないのかとシュウは心の中でため息をついた。
「いや、出身地とかは…どうでも…」
「出身地ね!私の出身地はカイナよ!」
 そこの言葉にシュウとハルカの動きが止まる。
「ハーリーさん…カイナなんですか?」
「そうよ?海が綺麗なカイナ!」
「確かカイナって…私とシュウが…」
「初めて出会った場所だよ。」
 忘れもしない…初めてのコンテスト会場のあった場所。そしてシュウと最悪の出会いをした場所。
 ハルカがシュウの泊まっているホテルのプライベートビーチと知らずに、その浜辺でコンテストの練習をしていたのが切欠。シュウからの注意…と言うか嫌味があっという間に口論に発展し次の再会の時にはバトル。そしてコンテストでのバトル…そしていろんな会場ので再会があって今にいたる。考えてみれば本当にあれがが始まりだったのだ。
「懐かしいね…もう大分前みたいな感じがするかも。」
「あのときの君は見るに耐えなかったからね。」
「だけどあのときに比べたら成長したでしょ?」
「幾分かはね…」
「もうちょっと褒められないかな…」
「僕は正直だからね。嘘がつけないんだよ。」
「何処が正直よ。シュウの嫌味こそ幾分か成長したかも。」
 悪口を言いつつ、貶しあいながらもその表情は嬉しそうだった。あのときを懐かしむかのように。
 しかし忘れてはいけない。もう一人人間がいることを。
「へぇー…二人ってカイナで知り合ったの?」
「うん。でもハーリーさんがカイナって聞いてビックリした。変なところにこの三人縁があるのね。」
 屈託のない表情で笑うハルカ。しかし、この笑顔逆効果だった。
「そうだ…ねぇ、ハルカ…あれ、見える?」
「あれ…あのトラックがどうかしたの?」
 ハーリーが指差したのは向かいの路地に止まっているトラック。荷台は雑貨などを取り扱った露店になっている。
「あのトラック…露店になってて雑貨なんかを売ってるのよ。あの中にね黒っぽいバラのブローチあがあったの。ハーリーとっても欲しかったんだけど、それは女の子にじゃなきゃ売れないらしいのよ。良かったら買って来て貰えないかしら?」
「私が?別に構わないけど…」
「本当?!ありがとう!じゃぁ、これお金ね!」
 ちゃりんと言う小銭独特の音がハーリーの手からハルカの手に渡る。それをハルカは握り締めると足早に露店へと向かって行った。



「…単純ね。漸く本気で話が出来るわ。あの子が居るとこっちの喋り方であんたと話せないんだもん。」
 ハルカの姿が窓の向こうになるるとハーリーはふんと笑ってみせる。どうやらハーリーはシュウと話がしたかったらしい。
「…何故彼女の前でそんな風に性格を変える必要があるんですか?嫌な人間だって言うのはばれてるのに…」
「しいて言えば面白いからかしらね。」
「面白い?」
 二人だけになったテーブルは重々しいというか毒々しい雰囲気に包まれる。
「普通の人間は騙されたら騙されないように警戒するのよ。でもね、あの子にはそれがない。一度嫌な目にあわされた人でも簡単に信じてしまう。滅多に居ないのよ、ああ言う子は。だからからかいがいがって面白い。罵って、今度は天使の顔して裏切る。そしてまた友達のような面をして嫌がらせをする。その顔を見るのが楽しいのよ。」
 平然と酷く残酷な言葉を並べていく。やはりこの人はこれが本性の筈なんだ。なのに彼女は気づきもしない。それにまた腹が立つ。
「…貴方の本性が此方だという事は分りました。でも…それが理由だとは思いません。」
「何ですって?」
「いつも彼女をからかって楽しいとおっしゃいましたが…どれも貴方の満足の行く結果に終わっていない筈。違いますか?」
 シュウの言葉にハーリーの目つきがきつくなる。それは本当のこと。
 彼は幾度もハルカを陥れようとした。しかし略不発に終わっている。それはとても面白いという結果には辿り着かない。だからシュウはこれが理由ではないと言い切ったのだろう。
「じゃぁ、他に理由があるって言うの?あたしを納得させる理由が。」
「…彼女が純粋すぎるから…じゃないですか?」
 一瞬だがハーリーの表情が引きつる。強ち間違っていないらしい。
「彼女は貴方の言うように人を疑うと言う行為をしません。本当に純粋です。だから…貴方のような性格の人はああ言う『良い子』タイプはむかつくんじゃないですか?」
「…あんたも経験ありってとこかしら?そう言う行動にその年で気付くってことは。」
「さぁ?どうでしょうね。」
 そう言ってシュウは声だけで笑った。
「ふん。精々そうやってあの子のナイト気取りでいれば?いつか痛い目にあうわよ。」
「その前に貴方が痛い目にあうと分っていますから…貴方が痛い目に合ってから気持ちの準備をさせてもらいますよ。」
「つくづくムカツクガキね…。まぁ、その威勢に免じて今日はあのこの前だけこの天使の顔で済ませてあげる。…そう言えば…あんたさっきの私がどうしてあの子に裏表を見せるかってこと答えたわよね?…あの答えだと当たりは3割よ。後の七割は当たってないわ。」
「………」
 無言の反論。その表情にハーリーは嫌味たらしく笑ってみせる。
「まぁ、気付いたところであんたにはどうしようも出来ないでしょうけどね。それにここまで私の心中教えてあげたんだから…この代償は大きいわよ。」
 その時小さな紙袋を携えたハルカの帰還。この状況下に居なかったのは本当に羨ましい限りである。
「お待たせー!はい。ハーリーさん。ブローチ。」
「ありがとー!何て優しいの!ハーリー感激!」
「そこまで…感激しなくても…」
「いいえ。本当に嬉しいもの!…と、ハーリー待ち合わせの時間があるからそろそろ行くわね!」
「え?全然話してないのに…。」
「本当にごめんなさい!また次の機会に!本当にありがとう!」
「ちょ、ちょっと!苦しい!ハーリーさん!」
 シュウは目を疑った。感謝の気持ちを抑えられないと言わんばかりにハルカを抱きしめるハーリーに。そしてそのざまーみろと言う表情に。きっと彼の大きい代償とはこの事なのだろう。
「じゃぁね!」
 紙袋片手にハーリーは突風の如く姿を消した。
「結局ハーリーさん何しに来たんだろう?」
「さぁね。」
「シュウ…私思うんだけどさ…」
「ん?」
「ハーリーさんてバトル抜きにしたら良い人なのかもしれない。」
 出た…。彼女の単純バカ。さっきのざまーみろの表情とあいまってシュウの中では呆れと腹立たしさが込み上げる。そして最後それは言葉となった。
「…いい加減彼の策略を解ったらどうだい。…このまま彼の考えに流されていったら本当のバカだよ。」
「ば、バカって言ったわね?!バカって言う方が本当にバカなんだから!」
 そんな言い争いをしながら…シュウの中では違う考えと答えがうごめいていた。





彼が彼女に裏表を見せるのは…
嫌味な方は彼女への嫌がらせ。
天使のほうは僕への嫌がらせ。
僕にはそう取れて仕方ない。
天使のほうの彼は僕が嫉妬するくらい彼女と仲が良いから。
本当…僕がわかったところでしょうがない。
でも…もしこの仮定が本当だったら…彼は…彼女の事が……?
 
 



「どうにも出来ないから…するんじゃない。本当…解れよ、バカって感じかも!」
 喫茶店を後にした彼の手には彼女が代理で買ってくれたブローチが握り締められていた。





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作者より…
ハーリーさん本格的に乱入。書いててどんどん凄い性格になっていく(笑)
彼こそ本当に素直じゃない人だと思われる。典型的な好きな子を苛めるタイプ。
だけど度が過ぎてるよ…。でも自分が入れないとわかってるからこそ、
凄くなってしまうのかもしれない。
えー…そしてなんだかんだ言いながらシュウが美味しいポジションに居ますね。
ある意味今回シュウとハーリーの直接対決ってことでしょうか?
そんな状況に気付かないのは当のハルカだけ。
本当、今回のお題は彼女の為にあるような言葉ですね。

PS:おまけでこんなものかいてみました。宜しければどうぞ。
お前こそ…解れよ、バカ。
2006.6 竹中歩