嫌いじゃないという言葉。 それは恋愛において気持ちを悟られずに口に出せる最強の曖昧な言葉。 だから彼女も彼も… 使っているのかもしれない。 嫌いじゃない。 「タケシ、今日のおやつは何?」 「今日は前回好評だったリンゴのタルトだ。」 「やったー!楽しみかも!」 本日の昼食が漸く終わる頃。ハルカの頭は既に三時のおやつへと向けられていた。昼ご飯を食べながら他の食べ物の事を考えるなんてつくづくハルカは食い意地が張っていると思う。 今日の旅の始まりは良好。何の問題も無く予定通り進んでいる。後数日もすれば目的地にもつくだろう。それが皆を安心させるのか今日の食事は一段とにぎやかだった。 「もう少しすれば街につくのよね?久々にふかふかのベットで寝たいかも。」 「俺はポケモンフードの材料を買いに行きたい。」 「オレは腕試しのできる相手がいるかどうかが楽しみだぜ!」 「僕は珍しいポケモンがいるか今からドキドキだよ!」 和気藹々とした会話が飛び交う。しかし、その会話も次の人間のと言葉で中断された。 「こんな野原がどうしてにぎやかなのかと思ったら…君たちの所為か。」 「え…?」 「久しぶりだね。ハルカ。」 一般的な言葉を言いつつ、人を皮肉るのが上手い言葉使い。聞き覚えのあるハスキーボイス…これって… 「「「「シュウ!?」」」」 珍しく四人の口調がそろう。振り向かなくても何となく予想はしていた。彼だろうと。でもこんなコンテストとは無縁そうな場所にいることにやはり驚かずにはいられない。 「そこまで驚かなくても…それになんで全員揃うんだ?」 「だって、シュウがいるなんて思わないもん!ここはコンテストとは無縁の道筋…誰だって驚くわよ。」 「コンテストに関係無い場所に僕がいちゃ悪いのかい?」 「悪くは無いけど…目的が無いなんてシュウらしくないと思うわ。無意味な事は嫌いでしょ?」 「無意味ね…確かにコンテストに関してここにいるのは無意味だけど、ここはロゼリアの体調を整えるのには適した植物が多いからね。少し遠回りだけど寄ったんだ。そうしたら君たちがここに偶々いたからね。それだけのことさ。」 「なんだ。ちゃんと意味あるのね。」 今現在この場所にいる人間は五人。しかし今の会話はシュウとハルカのみで行われている。ハルカはともかくとしてやはりシュウの眼中にはサトシ等の男子組は入らないらしい。 「毎度毎度の事だが…」 「僕らのこと忘れないで欲しいよね…」 「え?オレ達って忘れられてるのか?!」 「どう見てもそうだよ。全く、サトシはこう言うことに関しては本っっっっっ……当に鈍感だよね。」 「悪かったな。でも鈍感でも人に迷惑をかけた覚えはない!」 マサトの『本当に』の言葉のため具合からサトシの鈍感さが伺える。 「シュウ…今なんて言った?」 そんな男子組みが会話を繰り広げている間にシュウとハルカの間で緊迫した空気が流れていた。そう…まるで嵐の前触れのような重い空気。冷たく目を鋭くさせたハルカの言葉がさらにその緊迫感に拍車をかける。 「少しは美しくなれたのかいと聞いたんだよ。」 「ポケモンに関しては手入れや練習を積み重ねてるわ。いつでも可愛く綺麗でいられるように。」 「へぇ…君にしては上出来だね。でもそれはコーディネーターとして当然の事だよ。だから威張れる事じゃない。」 「別に威張ってなんか無いかも。シュウが美しくなれたのかって聞いたから言っただけよ。」 「僕が聞いているのはそっちじゃない。君自身がってこと。」 「私自身…?」 「そう。君自身が美しくなれたのかってこと。見る限り進歩が無いように見えるけど?」 「つまり……?」 「今の状態は…美しくないね。」 久々に聞いた。シュウお得意の『美しくないね』。サトシ達でも忘れかけていたほどの台詞。でもハルカははっきりと覚えていた。シュウが一番最初にハルカに向かっていった言葉。そしてそれは…ハルカへ怒りを覚えさせる最強の言葉。 「そこになおれぇ!!」 いつ覚えたのだろう?そこになおれなど。案の定ハルカは興奮したサイドンのように怒りを剥き出しにしている。 「なおってどうする?」 その状況を楽しむかのようにシュウはさらに笑ってみせた。何もそこまでしなくても… 「私の何処が美しくないか述べてもらおうじゃない!はっきりと!流石に堪忍袋の緒も限界よ!どこが美しくないか言ってもらわないとこっちも直しようがないかも!」 「直す気はあるんだね。」 「当たり前よ。言われ続けてたら私のプライドが許さないわ。」 「言われ続けてるのに自分でも見当たらないってある意味凄いよ。」 間違いなくこれは嫌味。どうしてこの男はこうもハルカを怒らせるのだろう?これが俗に言う嫌よ嫌よもなんとやらか。そして結局… 「もうシュウなんて知らないかも!!」 ハルカの方が根負けしてイライラを募らせるのである。全くシュウには誰も敵わない。 「…私、川原のほう行ってくる。」 「お姉ちゃん?」 「頭冷やしてくる…今ちゃんとした判断する自信ない。だから…これ以上ここにいても私が怒るだけよ。」 「じゃ、僕も行くよ。水にでも落ちちゃったら大変だし。サトシも行こう。」 「いいぜ。」 「二人とも…ありがとう。」 感謝しつつも表情は笑っていなかった。その重い足取りをしつつサトシとマサトを引き連れて、ハルカはその地を後にしたのである。 残されたのはタケシとシュウ。椅子に座っていたタケシは徐に腰をあげた。 「シュウ…お前も手伝ってくれないか?」 「…何を……」 「料理だ。」 「え……?」 「やっぱり一人で旅してるだけはあるな。サトシ達より包丁捌きが早い。」 「まぁ、自炊しないと餓死するからね。」 キャンプ用の調理道具が並べられた簡易台所。そこで黙々と料理をする男子二人。 シュウは結局タケシの頼みで夕方のおやつ製作に取り掛かっている。タルトは時間がかかるらしくこの時間からやっておかないと間に合わないそうだ。 「でもいくら自炊が上手くても…好きな人を怒らせるのは感心しないな。」 「言いたかったのはそれですか…」 「まぁ、そんなところだ。シュウは損な性分の恋だな。」 「損な…?」 「好きな子を苛める恋って言うのは嫌われる可能性があるからな。損な恋だよ。」 タルトの生地を作りながらタケシは笑う。 「何か大きな間違いをしているようですね。僕は彼女の事は…」 「俺に恋に関しての隠し事は通らないぞ。」 ズバッと言われた最強の一言。 「こう見えても俺も恋多き男だからな。隠してもお見通しだ。」 かっこよくポーズをとって決めてみる。しかしそれをしているのはタケシ。様にならないうえに妙に物悲しい。恋多き男と言うより、失恋多き男といったところだろう。 「…お見通し…ですか…。彼女もそうやってわかってくれる人だったら良かったんですけどね。」 「ハルカはサトシと争うほどの鈍感だからな。直球は直球として受け取るし、逆に遠まわしでは絶対に伝わらない。」 「そう…だから僕の美しくないも未だ理解できてないのだと思うんです。」 リンゴを切りおえたシュウが手を止める。 「やっぱり理由があるんだろう?」 「ええ。別に彼女の見た目とか性格云々ではないんです。ただ…自分への罵声を冷静に受け取れるようになってほしいです。」 「バトルにおいて冷静を保つ事が勝ち負けを決めるといっても過言じゃないからな。」 「そうなんです。彼女の場合…それが仇になりかけたことがありましたから。」 「ハーリーさんのことか…。」 ハルカに冷静さを失わせて勝とうとしたハーリー。確かにあの時のように状況を判断する冷静さが欠けていてはバトルにおいてかなり不利だ。 「だから毎回試しているんです。美しくないと言われてかわせるようになるか。まぁ、前に比べたら進歩しましたけどね。何処が悪いのか聞こうとした所や今のように頭を冷やすといった行為は前の彼女には見受けられなかったから…。」 「そうだな。ハルカも成長はしている。だけど…ハルカが冷静な判断が出来るようになるまでお前はこれを続けていくのか?」 「…彼女の憎まれ役なら喜んで買いますよ。他の人のはごめんですけどね。」 その言葉にタケシは再び確信するのだ。ああ、本当にシュウはハルカの事が好きなんだなと。 しかし、そうすると少し残る問題点。どうして殆どが美しくないねなのだろう? 「…だけど何で美しくないねなんだ?他にも怒らせる言葉は沢山あるだろう?お前の嫌味なら大抵ハルカは怒ってる気がする。だったら他にも使えば…」 「…確かに他の嫌味で怒らせることもありますよ。でも、同じ言葉を言っていると残るんですよ。記憶に。言葉も…そして僕もね。…それに…」 「それに?」 「彼女には美しくないところが余り見当たらないので…長い間使えるんですよ。最強の嫌味としてね。」 「……」 さすがにこの言葉にテキパキとしたタケシも手を止めた。やっぱり嫌味なうえに…かなりの確信犯だ。 「参ったよ…。シュウには。」 「それはどうも。」 「そうだ…忘れてが…結局お前はハルカの事をどう思ってるんだ?」 もう隠せない。どうやってもこの人には。だったら間違いのないこの気持ちを教えよう。 「…嫌いではないですよ。」 「そうか…偶然だな。」 「え?…」 「ハルカもお前に対して同じことを言ってるよ。毎回。どんなに貶されても怒られても『嫌いじゃないのに…』て。だから余計にお前に言われるとどうして良いか分らなくなるんだろう。嫌われたくないからどう言っていいか。」 「そうですか…。僕と同じ使い方の嫌いじゃないといいんですが…」 「それは俺にもわからないからな。さ、後は焼くだけだ!」 フライパンで作るリンゴのタルト。後は焼きがありを待つだけだ。 「ただいま。」 飛び出していった時と打って変わってハルカは満面の笑みを浮かべていた。 「機嫌の直りが早いね。羨ましいよ。単純で。」 「お褒めに預かり光栄だわ。…ま、確実に直ったわけじゃないけど。でも…シュウの言う事も一理あるかなって。コンテストはポケモンを輝かす事も大事だけど、一緒に居る私も引けを取らないようにがんばる事が大事なんだと思う。頑張ってる人ってかっこ良いし、綺麗だもん。私にはその美しさって欠けてたのよ。だから…言われてもしょうがないと思ったの。」 今回シュウに言われた美しくないねはハルカの中で頑張る美しさへと形を変えた。やはりハルカはシュウとであった時よりも進歩している。 「そうだね。その美しさもあるよ。」 「え…他にもあるの?」 「当たり前だよ。…だからまだ満足しちゃいけないよ。」 「分ってるわよ。天狗にはならないって決めたんだから。」 「そう…」 「ほらほら。折角焼けたタルトが冷めるぞ?」 「はいはい!わーい!タケシお手製のりんごのタルト!」 「正確にはタルトタタンだけどな。さ、それじゃ揃って…いただきます!」 「「「「いただきます」」」」 シュウもくわえて五人でのおやつタイム。タルトの甘い香りがあたりを包む。そしてその幸せな香りは口の中にも訪れた。 「うーん!やっぱり美味しい!」 「ほんとだ…」 「タケシ!おかわりあるか?」 「もちろんだ!」 「あ!僕の分キープしといてよ?お姉ちゃんに取られちゃうから!」 「失礼ね!…あ、シュウ大丈夫だった?これ。」 「うん…匂いとは対照的にさっぱりしてるから…食べられる。嫌いじゃない。」 「だろ?このリンゴは酸味が強い物を使うのがコツなんだ。そうすると焼きあがりに丁度良い甘さになる。元々…ハルカが食べやすいように作った物だけどな。」 「え…?」 ケーキを頬張るハルカの方へと目をやる。この食べる事が何より好きな彼女が食べにくかったリンゴ? 「お姉ちゃんこのタルトに使ってる品種のリンゴがあんまり好きじゃなかったみたい。結構酸っぱいんだよね。僕もあんまり好きじゃないけど。でもタケシがこうやって食べれるように作ってくれたんだ。最初の生を食べた時お姉ちゃんはこのリンゴ嫌いって言ってたんだけど、今では好きなおやつの一つみたい。」 このケーキの裏にそんな舞台秘話があったとは。思いも寄らなかった。 「全く、ここまで食べるなら、最初タルト作った時に嫌いじゃないとか曖昧な返事出さないで欲しいよ。作ったタケシにも失礼じゃないか。」 「だって、ここまで美味しいとは思わなかったんだもん。」 「ハルカの嫌いじゃないは大抵好きな食べ物になるからな。シュウ、覚えておくといいぞ。」 「そうみたいだね。」 「あー!変な事は覚えないで!」 さり気なくタケシがシュウに教えたハルカの事。ああ、彼女の嫌いじゃないはそう言う使い方なんだ。 「あ!でもシュウもさっき嫌いじゃないって言ってたよね?」 「確かに言ったけど…」 「シュウの嫌いじゃないも大抵好きって意味じゃない。お相子よ!」 一つのタルトが招いた言葉の真意。 彼はそれに気づいたけれど、 彼女は当分気づかないでしょう。 嫌いじゃないという…最強の言葉に。 ------------------------------------------------------------END--- 作者より… 嫌いじゃない。本当に最強ですね。 曖昧だからどっちにも取れますもん。好きでも嫌いでも。 シュウの場合かなり上手く使ってると思います。ハルカは素で使ってますがね。 そして今回のキーキャラはタケシ。 恋愛において自称エキスパートの彼。為には目立たせてあげようという考えから、 今回相談役になっていただきました。だってサトシにこなせるわけないし。 因みにシュは年上に対して敬語だと思うので、 タケシとだけいるときは敬語にしております。律儀な奴だ。 他のメンバーは為口に近く。ハルカは確実な為口で。 その辺が他のメンバーと違う特別扱いなんだよ(笑) 2006.6 竹中歩 |