「君は…」 「ん?」 それはいつもと違う二人の変な出会い方でした。 日常と化した風景 「珍しいね。君が一人だなんて。」 「僕だって一人の時間くらいあるよ。」 そよ風が心地よさを運ぶ三時ごろ。二人は公園のベンチに座っていた。 一人はコーディネータのシュウ。そしてもう一人は同じくコーディネーターのハルカ…の弟マサト。 今まで幾度もシュウとはちあわせをしているが一緒に行動するのは殆どハルカ。こんな珍しい組み合わせは見たことが無い。 「で、何故君はこんなところでたそがれてたんだい?」 元々こんな状況になったのはシュウが一人きりのマサトを不思議に思い声をかけたのが始まり。いつもなら姉であるハルカやサトシやタケシと一緒にいるはずなのに。 「…言わなくちゃいけない訳?」 「別に言わなくても良いけさ。単なる好奇心だから。でも…やっぱり君たちは姉弟だね。」 「どういう事さ?」 「こう言う質問を問い掛けると大抵彼女は言うんだよ。『言わなくちゃいけない訳?』て。まさか同じ台詞がでてくるとはね。やっぱり姉弟だから似る…」 「似てないよ!」 マサトはベンチから立ち上がり大きな声で否定した。その行動に流石のシュウも驚く。 「……何か気に障った?」 「あ……ごめん。ちょっと…お姉ちゃんのこと今聞きたくないんだ。」 「もしかして…喧嘩したのかい?」 「わかる?」 「雰囲気でね。」 はぁと大きなため息をついた正人は再びベンチに座る。そして徐に空を見つめながら話し始めた。 「さっきね…ちょっとしたことで喧嘩したんだ。」 「君たちでも喧嘩をするんだね。」 「するよ。だって姉弟だもん。家にいたときはそれはもう日常のようにね。」 「今は?」 「少なくなったと思う。でも時々するよ。」 兄弟がいるものなら誰もがした覚えのある『兄弟喧嘩』それはハルカとマサトも例外ではない。 「それで…今回の原因もちょっとしたこと?」 「うん…だね。お姉ちゃんの食い意地に流石に呆れて。」 「く、食い意地?」 「シュウ…お姉ちゃんて結構スタイル良いでしょ?」 「否定はしないけどね。」 マサトの言うとおりハルカはスタイルが良い。それは誰もが口をそろえて言うほどに。 「でも、あの体の細さで…ラーメン3杯はいけるよ。」 「え…?」 「たこ焼きなら50個くらいいけるんじゃないかな?あ、もちろんケーキもホールで食べれる。」 「ちょっと待って冗談にしか聞こえない。」 「冗談じゃなくて本当のこと。大食いなんだよね。お姉ちゃん。」 今までハルカと何度か食事したことはあるが、彼女がそこまで食べれるなんて今初めて知った。シュウは案の定困惑している。 「一緒に食事した時そんなに食べてなかったと思うんだけど…」 「確かに普段の食事は普通の変わらないよ。でもね、グルメ雑誌とかに載ってる美味しそうな料理は別。本人曰く『美味しい物は別腹かも』だってさ。」 「甘い物限定じゃないんだ…」 「そう。それでさ…さっきも美味しいって評判のケーキ屋さんがあって、全部で10個くらいかな?バラで買ったんだよ。あ、もちろんその中の七個はお姉ちゃんの分。それでお店の中でも食べれるって言うから四人で席についたんだ。でも僕は手を洗いたかったから少し席を離れたんだよ。そしたら…」 「そしたら?」 「僕の分のガトーショコラまで食べてたんだよね。」 ここで漸く判明する。二人の本日の喧嘩の原因。それは『ケーキ』。食べたか食べられたか。なんとべたな喧嘩の原因だろう。 「それで一人で七個も抱えてるのに何で食べたのって言う事で喧嘩になって…それでここにいたって訳さ。」 「なるほどね…。」 「まぁ、家にいた頃はドーナツを食べたとかクッキーを多く食べたとかでよく喧嘩してたけど。ここまで酷いのは久しぶりだと思う。」 「今の話を聞くとどうやっても彼女が100%悪く聞こえるね。」 「聞こえるんじゃなくて悪いの!」 やはり彼女の弟だ。意地の強いところがそっくり。変なところで姉弟は繋がっているんだとつくづく思う。 「仲直りする気は?」 「お姉ちゃんが謝ってくればね。」 頑として自分から謝る気はないらしい。 「でも…飛び出したってことは…君がここにいるってことは分らないんだろう?なら彼女は謝りたくても謝れないんじゃ…」 「シュウ…どうにかして僕を皆のところへ戻そうとしても無駄だよ。僕はお姉ちゃんみたいに単純じゃないからね。」 こう言う所は似ていなかった。やはり姉が単純でドジなだけあって弟の方がしっかりしている。 「お姉ちゃんが悪いんだよ。食べ物のことは。」 「食べ物以外は違うのかい?」 「う……」 それまで粋がっていたマサトがいきなり黙り込む。どうやら図星を付かれたらしい。 「食べ物の事は大抵お姉ちゃんが意地汚い所為だけど…他は殆ど僕かもしれない。でも途中でお互いむきになっちゃって…ついには僕が泣いたり喚いたりとか。家ではそうすればお姉ちゃんが怒られるって心のどこかで思ってたから…。だから大抵お姉ちゃんが怒られてた。」 「喧嘩をすれば自ずと上の人間が起こられるという摂理に沿ったたわけだね。」 「そういう事。だから…そう言うときは悪いと思うから謝るようにはしてたよ。僕に原因があるのに怒られるのはおねえちゃんだから。でも今回、僕が悪いところは一つもないもん。」 「君の話ではそうだね。…でも、他の二人はどう言ってたんだい?」 「え?」 シュウの示す二人とはサトシやタケシの事。そう言えばどう言ってたっけ? 「覚えてない…」 「珍しいね。しっかりしてそうな君が。」 「だって頭に血が上ってたから…」 「本当に変なところだけ似ている姉弟だね。彼女はともかくとして、他の二人がどう言ってたのかが問題だよ。実際喧嘩は当事者より第三者の意見の方が正しい事が多い。まぁ、信じられないような人間は論外だけど、あの二人はそうじゃない。真実をきっちりと言える人間のはずだ。」 シュウの言うとおりサトシやタケシに意見を聞けばよかった。でも…食べ物を食べたつまり姉が悪いという固定観念が働き、姉を一方的に責めた自分がいる。それも相手の言い分すら聞かずに。もしかしたら… 「理由があったかもしれないってこと?」 「少なくともね。」 「根拠がないよ。」 「あるよ。」 「何処に?」 「あそこだよ。」 シュウは一方を指差した。そこにいたのは汗を流しながら必死に走り回っているハルカやサトシ、タケシ達の姿。 「どうして…場所が…」 「街を探していれば遅からず見つかるよ。余程焦ってたんだろうね。あんなに汗だくで。」 「どう言われたって…僕は謝らないよ。」 「そうだね。君が彼女を一方的に悪いと思うんだったらね。」 「え?」 「マサトー!!」 漸く二人の元に辿り付いたハルカ。苦しそうに方を上げ下げしながら息を整える。余程あがっていたのだろう。後ろの二人もまた同じような状態。しかし、そんな姉を見ながらもマサトは冷たく当たる。 「僕は謝らないよ。お姉ちゃん。」 「ちょ、ちょっと待ってね…はぁ…はぁ…よし、整った。マサト、私の話を聞いて。」 「言い訳なら聞かないけどね。」 「言い訳じゃないかも。あのね…て!シュウ!」 「漸く気づいたようだね。」 珍しく存在を忘れ去られていた。どんな所にいても目立ってしまう筈の彼。ここまで気づかれないのは本当に極稀である。 「久しぶり…じゃない!ちょっとまってね。マサト…あのね…ケーキを食べたのは悪かったと思う。」 「認めるんだね?…やっぱり今回もお姉ちゃんが悪いんだ…。」 「今回もって…それは言いすぎじゃない?!」 「だって本当のことじゃないか!」 ついに二人の言い争いが始まる。そしてオロオロするサトシとタケシ。 このままでは埒があかないと思ったのだろう。シュウは二人の真ん中に立つ。 「ストップ。」 「何するんだよ!」 「何よ!?」 「どうして君ら姉弟はそろいも揃ってそう喧嘩腰なんだ。いつまでも終わらないよ。」 「だって、お姉ちゃんが!」 「マサトが!」 「だから、少し頭を冷やせ。…原因はガトーショコラだったと聞いているけど…」 「そうだよ。」 「そうよ。」 「それはここから少し離れた山の中に存在するケーキ屋じゃなかったかい?」 「どうして…」 「それを知ってるの?」 不思議だった。甘い物が苦手な筈のシュウがケーキ屋の所在地を知っているのが。 「あのケーキ屋は有名らしいからね。ジョーイさんにも進められたんだよ。特にそこのガトーショコラが美味しいとね。」 「そう。だからぼくはそれを頼んだんだ。でもお姉ちゃんが…」 「だから、それは…」 「はいはい。そこで止まってくれ。つまり何故このガトーショコラをハルカが食べたか。七個も抱えていながらね。…ハルカ…」 「ん?」 「君の弟君はお酒のケーキ駄目なんじゃないのかい?」 「そう…マサトは香りが駄目なの。あのガトーショコラ少しだけだけどお酒が入ってて…だから私のどれかと交換すれば良いと思って…私があれを食べたのよ。」 「え…じゃ、お姉ちゃん…意地汚くて食べたんじゃ…」 「今はそこまでしないかも!」 『今は』と言う言葉が昔はやっていたと言う事実を語る。 「つまり今回は…どっちもが悪いんだよ。ハルカの言う言葉をちゃんと聞かなかった君も悪いし、弟君が席に座って交換するまで待たなかったハルカも悪い。…結局喧嘩なんてこんな物なんだよね。」 肩をすくめて笑うシュウ。その横ではマサトとハルカがきまづそうな雰囲気をかもしだしていた。 「お姉ちゃん…」 「ん?」 「ごめんなさい…」 「私も…ごめんね…」 このときシュウは二人が羨ましいと思った。すぐに謝れる関係の二人が。そう思っていると背後からサトシに肩を叩かれる。 「シュウ、助かったぜ。どうやって止めれば良いか分らなくってさ。」 「俺からも礼を言う。このメンバー始まって以来の危機だったからな。喧嘩が日常茶飯事の二人とは言えここまで酷いの初めて見たから…本当に感謝だ。」 何時の間にか姉弟の危機だけではなく、メンバーの危機も救っていたらしい。 「そう言えば…シュウ。」 「ん?」 「どうしてお姉ちゃんたちが駆けつけてくる事がケーキを食べる事に理由があった証拠になるの?」 「シュウ、そんなこと言ったの?」 確かにシュウは言っていた。ハルカたちがここに来る事が理由だと。 「ああ、その事ね。弟君の話を聞く限り、二人は喧嘩の時いつも意地を張ってたみたいだから、そんな意地を張る人間が喧嘩の相手を迎えに来る筈ないって思ったんだよ。来るなら後ろの二人。第三者だけだとね。それにガトーショコラと聞いていたときから怪しいと思ってたんだよ。それだけさ。」 「凄い推理力かも。」 「単に君ら姉弟が単純なだけだと思うけどね。」 「お姉ちゃんはともかくとして僕まで…僕は単純じゃない!」 「私だってそうよ!」 やはり似ているこの姉と弟。見た目は違えど、性格は違えど、根本的なところはやはり一緒。 「あ…そうよ。ケーキ食べに戻らなくちゃ。取ってて貰ってるのよ。マサトのは私のどれかあげる。」 「当たり前だよ。」 「それとシュウの分もね。」 「え?」 「ここであったも何かの縁よ。食べていくでしょ?」 「僕は甘い物が…」 「大丈夫大丈夫。甘くないの教えてあげるから。」 そう言ってハルカは無理やりシュウを強引に誘う。そして、 「しょうがないね。君のワガママに付き合うとするよ。」 「誰がワガママよ。」 「弟君の話を聞く限りはそれっぽかったけど。」 「もう!…ついてきてくれるならそれで良いのに…一言多いかも。」 「何か言った?」 「べーつーにー。」 どうでも良い喧嘩をしながら二人は歩き始める。そしてそれを見守るように後ろからついていく三人。 「なぁ、あの二人いっつも喧嘩してるけど飽きないのか?」 「それが楽しいんだよ。サトシ。」 「何で?」 「お前にも分る日が何れ来るさ…」 「タケシにもまだ分らないけどね。いつも第三者だから。」 「はうわ!」 タケシにとどめを打ちながらマサトは笑う。そして先を歩く二人を見ながら 「僕たちの喧嘩も日常と化してるけど…シュウのあれも日常になりかけてるね。」 皆に聞こえないように呟いた…。 僕とお姉ちゃんの喧嘩は日常と化した風景。 でもシュウとお姉ちゃんの喧嘩は日常になりかけている風景。 まだシュウにはそこまで馴れ馴れしくして欲しくないからね。 当分はなりかけてるでいてよね。 この二人の日常はまだまだ現在進行形です。 ------------------------------------------------------------END--- 作者より… 一度書いてみたかった、シュウとマサトだけのお話。 マサトはハルカをシュウから守ろうと必死になるのが可愛いと思います。 気障な奴には渡さないって感じで。 そんなこんなでシュウはマサトが時々邪魔に感じて欲しい。 だけどやっぱりこういう時はシュウの方が上手だなと。 書いててつくづくこの2人のライバル関係好きですね。弟VS彼氏の構図 そして口では文句を言いつつ、マサトはシュウのことを認めていると思う。 結局は敵わないんだなって。 2人にはハルカの知らない所でいろいろ戦って行ってほしいですね。 2006.6 竹中歩 |