それは何処かのコンテスト会場だった。
覚えているのは、その会場と…
何もかもを映す鏡だった…





見たことのない表情





「なーんだ、やっぱり居たんだ。」
「君もね。」
 赤いバンダナが特徴的なハルカと、ハルカがはじめてライバルとみなした少年、シュウはいつもの様に嫌味交じりの言葉で会話を交わす。
「大体私たちって、会場かぶっちゃうのよね。」
「仕方ないさ。似たような場所を旅しているからね。」
「そっちは?バッジ増えた?」
「君と会った時以来変化はないよ。君は?」
「私も変わってないわ。」
 最初はいつも嫌味交じりの会話だけど、それが過ぎてしまえば、同じコーディネーターを目指す若者2人の会話へと化す。
「予選…落ちるわけないわよね?」
「当たり前だよ。次に会う時は決勝だと良いのだけど。君は来れるかな?」
「ムッカー!!そんなこと言う人のほうが落ちやすいんだからね!!」



 そう…考えてみれば、この時はまだ『あの出来事』は二人の脳裏にすら浮かんでいなかった。
 『あの出来事』が起きたのは決勝戦を終えた直後だった。










「彼女の言う事は満更当たらなくもなかったね。ロゼリア。」
 シュウは準決勝で敗れた。ハルカの言っていた『そういうこと言う人のほうが落ちやすい』確かに当たっていたのかもしれない。ロゼリアをボールから出すとそばにあったベンチに腰掛る。
 もしも…この時…シュウがこの場に居なければあんなことは起きなかった…





「なぁ…見たか?さっきの決勝?」
「ああ!見た見た!」
 きっと、今回のコンテストの出場者だと思われる少年二人が決勝終了後に何やら話をしている。歳はシュウたちと大して変わらないだろう。
「あの、決勝に残ってたバンダナしてた女子…名前忘れたけど…運が良かっただけじゃないのか?」
 一人の少年の言葉にシュウは気づかれないように耳を傾ける
「どうして?」
「だって、あの女子ってギリギリ通過してたじゃん。予選。」
「そりゃそうだけど、実力があったからじゃないのか?」
「俺は…あの女子よりは実力があると思う。…それに聞いた話、あの女子ってどっかのジムリーダーの娘らしいぜ?」
「マジで?!…じゃぁ…後ろから手まわしたのかな?」
「そうじゃなきゃあんなバトルするような子が通過しないって!!」
「そうかもな…俺はてっきり…ほらあそこに居るロゼリアつかってる翠の髪の奴が行くと思ってたし…」
 目を瞑り会話を聞いていたシュウの耳にその少年たちの声は届かなくなる。それと同時に一つまた一つと足音が自分のほうへと忍び寄ってくるのがわかった。



「あんたさ、予選通過してたよな?」
 シュウに話し掛けてきたのは先ほどハルカをバカにしていた少年二人。
「そうだけど…それがどうかしたかい?」
「…訴えねえのか?」
「……何を?」
「だって…あの子ジムリーダーの娘であの子がいなかったらあんたが出てたんだろう?」
「そうだね…でも、僕が負けたのには間違いないから…訴える必要はないと思うけど?」
「…バカじゃねえの?!…あんな実力もない、運だけでのし上がって、最終的には親の地位使ったかもしれない奴に負けて悔しくないのか?!」









その一言が…事件を一つ引き起こした…





『…アンナ実力モナイ…運ダケデノシ上ッテ…』










「ロゼリア…出来るだけ僕から離れて…」
 シュウの小声、そして、シュウの顔から何かを感じ取ったロゼリアは言われたとおりシュウからできるだけ離れる。それをちゃんと黙認したシュウは次の瞬間…





『ガシャーンッ!』





 凄まじい音がコンテスト会場の受付案内所及び休憩所に響く。
 音の原因は…シュウが力いっぱい殴った等身大の鏡の音だった…。
 鏡にはあらゆる所に皹が入り、目で捕らえることも出来ない粒子が宙を舞ってキラキラと落ちてゆく。シュウの足元には破片が3桁に上るのではないかと思われる枚数が蔓延っていた。

 そして、しばらくして…シュウの薔薇の色にも似た鮮血がシュウの腕や、鏡を伝い地面に落ちていく。



「何やってんだお前…」
 今まで話し掛けていた少年二人の顔が困惑した表情になる。
 シュウは血の滴る腕で一歩…また一歩と少年に近づいていく。










「…失せろ…」









 たったその一言だったが、少年達に恐怖を覚えさせるには十分だった。
 少年たちの顔はどんどんと青ざめていき、そして…少年たちを壁に際まで追い詰めるとまた、渾身の一撃で壁を殴る。その一撃は少年の頬のほんの数ミリ横を通った。少年の頬には風を感じられるほどの勢い。



その時の視線は丸で冷たく…何かを狩るような…獣の『眼』だった…。



 シュウは離れていたロゼリアを呼び、受付でたぶん鏡の弁償代だと思われる金銭を支払うと正面玄関から出て行った。










「シュウー!!」
 血だらけの手のままシュウは道を歩いていると後方から『彼女』の声で呼び止められる。
「やっぱりこっちに居た!」
 大きく息を切らせシュウの前で立ち止まるハルカ
「どうしてココが…僕が会場を出るとき君は…僕の視界には居なかった。」
「…いたよ…私。」
 その言葉に一瞬喉が詰まる。
「本当は追いかけてる途中で一回見失っちゃたんだけど…それ…追いかけてきたの…」
 ハルカが指を指したのはまだ止めることを辞めようとしない血。それが道しるべになったのだろう。
「ねえ、そんな大怪我だとさ、皆の注目浴びちゃうし…そこの森の中にね、少し開けた場所があるの。そこに…行こう。…手当てしなきゃ。」
 そう言うとハルカはシュウの顔も見ず怪我をしてないほうの左腕を引っ張り進んでいった。



「…ロゼリアはしまったの?」
「あまり…この姿は見せたくないからね…」
「そう…ちょっと、沁みるよ。」
 会場を飛び出す時にジョーイからでも借りたのだろう、ハルカは救急セットを抱えていた。手当てをしやすいようにと自分のいつもつけている手袋を外すと治療を始める。
「ハルカ君…一つ…聞いて良いかな…」
「何?」
「君はもしかして…あの少年たちのうわさ…」
 ハルカは消毒の手を止めシュウの顔を見上げる。
「うん…聞こえてた…」
「驚いたね。君がここまで冷静さを保つなんて…。君のことだから、ムキになって飛び出すかと思ったのに…それをしなかったなんて…。」
「確かにね。怒ろうと思ったんだけど…先にシュウが事を起こしてたから…言うに言い返せなかったのよ…」
「なるほどね…僕があんな事をしなくても、君は怒ってたわけだ。」 
  「当たり前よ!私は兎も角として、私のポケモンの悪口も含められてるのよ?シュウが何かしなかったら私がしてたもん!!…でもね、シュウが鏡割った時は凄くスカッとした!…あんまりいい事じゃないとは思うけど…何ていうのかなとりあえず『ありがとう』て気持ち…かな?」
 ハルカが少し笑うとシュウも少し笑う。
「でも、代償は大きかったけどね。鏡代と手の怪我がね。これからはジムトレーナーの娘だからと言う理由で謙遜されるようなバトルはよして欲しいね。戦う僕としてもあまり良い気分はしないから。」

 そよ風気持ちよく吹く、その場所にはいつもの二人の姿があった…










あの時手が出たのは…彼たちを許せなかったのもある。
だけど一番の理由は…
彼女を分かっていない輩に彼女のことを軽軽しく言って欲しくなかっただけ。
なんにせよ、僕の彼女への思いは…一層強くなった気がする。
それに…




…君が痛い思いをするのは見たくないからね…。










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作者より…
勢いで書いてしまいました。今回もまたお題です。
しばらくお題に入ると思います。今回は見たことのない表情。
いや、新川と話していたらシュウのときめく表情って何だろう
てな話になって『赤面』とか『泣き顔』とか出たのですが、
最終的には『ハルカのためにマジ切れするシュウ』という結果に。
書いてて凄く新鮮味がありました。
感情剥き出しにするシュウってあまりないので
シュウの内面知ったなと勝手に思い込んだり(笑)とりあえず、
シュウが凄く腹黒になってしまったことを謝ります。すいません(汗)
基本的にシュウは自分の表情を表に出さないと思います。
ポーカーフェイスとは少し違いますが。
何かの糸がふっと切れたときに『喜怒哀楽』を出すのではないかと。
まだまだ子どもらしい表情の出し方して欲しいんですけど、
それをしないのがやっぱりシュウでしょうか?
2004.5 竹中歩