その日私は…とても怖い夢を見ました。





なんてこと無い道にたたずむ私
だけど、『なんてことない』と言うのは
『何もない』と言う意味…。



私がたたずむ道は何もありません。
草も木も花も水も…人も街も…
それどころか…光すらありません。

なんてこと無い道にたたずむ私。
とうとう、自分のいる場所が道なのかすらわからなくなりました。



真っ暗で…
真っ暗で…
本当に何も無い私のいる場所。
だけどその時音だけははっきりと聞こえました。



カツカツ
ザクザク
コツコツ



いろいろな音が背後から近寄ってきます。
それは様々な足音。
漸く私は自分以外の何かを見つけることが出来ました。



だけど…



その足音たちは私を通り過ぎます。
最初は音だけでしたが、姿も見えてきました。
見えているのにその人たちは通り過ぎます。





『私はここにいるよ?』





話しかけてもその人たちは振り向いてもくれません。
その中には友人や家族もいます。なのに振り向いてくれません。





『ねぇ…ここにいるってば…』





何度話し掛けても
何度呼び止めようとしても
その人たちは通り過ぎます。
私は手を伸ばしました。
けれど、その人たちはその手を避けるようにして歩きます。





『冗談やめてよ…』





私は皆が自分に悪戯をしているのだと思いました。
必死で話し掛けますが、やはり一緒です。





避ける人たちの一人を私は必死で追いかけます
だけど、歩く速さが圧倒的に違いました。
まるで皆何かの機械に乗っているように動きます
私の場所だけが機械が作動していないように止まっています
それでも私は必死に追いかけました





転んでも
例え皆が早くて私が遅くても
後から来る人を捕まえるのに失敗してもあきらめませんでした。
そして私は漸く一人を捕まえることが出来ました。





『ねぇ、どうして私を無視するの?』





捕まえたのは私にとってとても親しい人。
だけど何かが違います。
必死で捕まえたその人は言いました。










『僕は君みたいに小さな女の子知らないよ?はぐれたの?』










その人は明らかに私を見下げていました…。
私とたいして目線が変わらないはずのその人。
そして私は漸く理解したのです。
通り過ぎていく友人や家族は目線の高さが違うこと…。
皆歳をとっていると言うことに…。
そして、自分一人だけ幼いということに…。





だから相手にされなかったのです。
だから無視されたのです。
だから置いていかれたのです。





どうして私だけ小さいのですか?
こんなのいやです。
私は皆と一緒がいい。
皆のところに戻して…。
私は…私は…










………ココニイルノ…
………オ願イ…気付イテ……















恐怖










「……!!」
 日付が新しくなって暫く…ただ今の時刻は深夜2時。
 ハルカは悪夢と寝心地の悪さに目を覚ます
「……何よ…今の夢?」
 この歳になって怖い夢は見たとしても自分のきらないメノクラゲの夢やコンテストに負ける夢と現実味を帯びていた。だが、今回の夢は違う。
「ありない…」
 自分だけが取り残されると言う非現実的な夢。しかし、その恐怖は今までの夢と比べ物にならない。
「大声を出さなかったのは幸いかも…皆起きるからね…」
 こんな夜遅くにそんな悲鳴を出しては同じ部屋に寝ているマサト達はおろか、隣室の人間だって起こしかねない。その辺りは良かったと思える。
「皆が成長して…自分だけ置いていかれる?何よ全く…」
 その夢のせいで眠気は一気に失せた。けれどもこれは感謝するべきことだろう。何せ、もう一度寝てしまったら今の夢の続きを見かねない。それだけはごめんだ。
「うわー…手すごい汗…喉も渇いたし…ちょっと部屋出よう…」
 サトシたちを起こさないようにそうっとベットを抜け出し廊下へと足を運んだ…





「そっか…ここのポケモンセンターって廊下側は月明かり入ってこないんだ…」
 廊下に出て最初に気づいたのはその光の無さ。就寝時間をとっくの昔に迎えているため、明かりの付いてある部屋など自分の進路には一つも無い。お陰で廊下は脱出用の非常出口を示す緑の電気のみ。窓は先ほど言ったように月明かりを取り込むことはなく、逆にポケモンセンターの横にある森を不気味に映し出し、それに追い討ちをかけ、風の唸り声を不気味な楽器へと変化させていた…。
「早く水飲んでトイレ行って寝よう…でも寝れるかな…またあの夢見そうだし…それに…なんか此処…」
 ふと周りを見渡すとその不気味な廊下は先ほど見た夢の情景と非常に似ていた…
 誰も居ない黒い道…音しかしない空間…それはハルカを脅えさせるには十分な状態。
「だ、大丈夫よ。あの夢と違ってここには小さいけど光もあるし…いざとなれば見つけた部屋に入ればいいんだから…怖くない…怖くない…」



その時…その恐怖は夢の世界から飛び出した…










『ブンッ!』
 電気仕掛けの独特な音がハルカの耳元に届いた瞬間…唯一の光だった非常口の緑のランプが消える。
「え……」
 そこは忽ち暗黒の世界へと変貌を遂げた…
 何も無い空間…
 音だけ聞こえる…
 そして…一人きり…
「ちょ、ちょっと…何よこれ…どうして消えるのよ…」
 そう、非常口の電気が切れるなどありえないことだ。ハルカにすれば今が非常事態。こんなときこそ役に立たなくていつ役に立つと言うのだろう。
 そして…少しずつ押し寄せる恐怖…唯でさえ暗いと言うのに…先ほどの夢が鮮明に蘇る…。










「(…平気よ……ほら直ぐ近くに部屋があるはずじゃない…)」
 暗闇で手を伸ばすがドアノブがどうやって見当たらない
「(なんで?さっきまであったじゃない…)」
 混乱はハルカに更なる混乱を与えた。そして、力なくハルカはその場へと座りこむ
「………」
 恐怖のあまり声を出すことさえ忘れ…ただ…佇む事しか出来なかった…










………私は…ここにいるの…
………お願い…気づいて…















「これはまた…」
 少年は廊下に出てそのあまりのあり得ない状況に驚いた。
「部屋の電気はつくのに非常口の光が消えてるとは…」
 停電で部屋の電気も一緒に消えるならわかる。しかし、消えているのは非常口の電気のみ。本来ならこちらの電気こそ何があっても消えない仕組み。お陰で廊下は真っ暗である。
「ジョーイさんに言った方がいいかな…」
 もし、暗闇なんかでこける人間がいたら大変だ。少年はそう思って手探りに等しい形でジョーイのいる宿直室へと足を向かわせる。



 長く暗い廊下…月明かりは皆無同然。
 普通なら目が慣れてくるはずなのだが、こんな深夜まで推理小説を読みふけっていたせいなのだろうか目の機能がうまく働かない。
「…推理小説は止まらなくなるんだよね…」
 歳は10代に漸く差し掛かった頃。とてもそんな若い人間の喋る言葉ではないのは確か。
 そして、この少年…暗闇で一人だというのに全く怖がってなどいない。歳の割りには落ち着きすぎている。










…ワタシハ…ココニイルノ…










「?……」
 後ろを振り向いてみるが誰もいない。というかこんな時間にいるはずが無い。誰かに呼ばれたような気がしたのだが…気のせいなのだろうか?














…オネガイ…キヅイテ…















気のせいなんかじゃなかった…















「ハル…カ…?」
 暗闇の中壁際に座り込んでいる少女を発見した。それは…自分にとってかけがえの無い存在の少女…
「……?」
 名前を呼ばれるとハルカは少年に向かって顔をあげる…しかし、その顔はいつも元気で朗らかな彼女と違い、明らかに不安と困惑と恐怖…取り揃えの悪い表情に満ちていた…
「どうしたんだい?こんなところ珍しい…」
 ただ事じゃない。いつもなら嫌味でも交えて普段どおりの会話を繰り広げただろう。だが、今の彼女はとてもそれどころではなかった。
「返事…できる?」
 今まで彼女にここまで優しく物事を問い掛けたことがあっただろうか?
 ハルカは返事ではなく少年の頬に手を伸ばして何かを確認しようとしていた…
「本当に…シュウ?夢じゃない…?」
「…こうすればわかるかな…」
 少年は座り込むハルカと同じ目線に屈み、伸ばされた手をハルカがわかりやすいように自分の頬に持っていく。














「伝わるはずだよ…現実ならね…」









少年の手から少しの温もりが伝わる…
本物のシュウだ…
私の知ってる…本当は優しいあいつだ…














 漸く少年を認識したのか涙をこぼしながら必死にしがみつくハルカ。
「怖い夢でも見たのかい?」
 物分りのいい少年はハルカの性格をよく知っている。単純な彼女のことだ。きっと夢と現実が混ざって混乱したのだろう。だとすれば今は何もいわない方が良い。彼女のしたいようにそれに答えればいいだけ。
「すごく…怖い夢…覚めて良かった…」
 しがみつきの力の強さにかなり怖い夢だったに違いない。余計な詮索は無用だ。とりあえず、それだけ解かれば良い。彼女が落ち着き安心さえすればそれだけで…
「本当に君って人は…しょうがないね…これだから放って置けないんだよ…」
 ハルカが安堵したのと同時にシュウも安心した様子。少し顔に笑みがこぼれていた。このあと部屋に帰ってこないハルカを心配してサトシ達が駆けつける…










 次の日…
「夕べは…ありがとうかも。」
「夢と現実がわからなくなるなんて…単純なのはいいけど程々にね。」
「単純は余計よ!!でも夕べのあの電気…寿命が来て消えたなんて…タイミングよすぎだったわよ…」
 結局あのあと、混乱が解けるまで少し時間はかかったがそこまで大事には至らずお互い自分の部屋へと戻った。
「でも、本当に助かった。シュウがいてくれて。」
「運がよかったんだか、悪かったんだか………なんだい?」
 ハルカはシュウの言葉を上の空で聞きつつシュウの目を見ていた。
「やっぱり、シュウはこの高さがいいわよね。」
「え?」
「行き成り目前の高さが変わっちゃったら怖いでしょ?」
「まぁ…そうだろうね…」
「だから、私はシュウは今のままが良い。」
「褒め言葉かい?」
「一応ね。…でも…シュウなら……」
「…?」










「目線が変わってもあわせてくれるから…なんてこと無いわね…きっと。」
 それはある意味少年にとって…嬉しい言の葉の一つとなったのは表情を見れば一目瞭然だった…。









怖くてしょうがなかった夢。
だけど所詮、夢は夢。

夢の中のその人は私を知らないと言った。
だけど現実のその人は言葉にしなくても見つけてくれた。

夢の中のその人は私を見下ろすことしかしなかった。
だけど現実のその人はちゃんと同じ目線になってくれた

だから同じ夢を見ても、多分混乱はしないと思う。





だって
私のことを見つけてくれるあいつが…
本物のあいつだから……










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作者より…
最初は絵本テイストにしてみました。
書いてて自分が怖かったですよ。
そして、シュウが誰なんだよ!と手突っ込んでしまいました…
今回シュウのイメージはフルバと言う漫画の由貴君に近いかな?
自分でお題作ったときはヨマワルか何かに
脅えるハルカを助けるシュウと言うのを
書きたかったんだと思うんですが、
なんか間違ってこんな話に。
でも、実際問題こんな状況になったら怖いですね。
知人が自分の事知らないって…。
今回、泣きじゃくるハルカに目線をあわすシュウと
言う設定は自分的に気に入っています。
だって、その人の目線に合わせるって話的にも
大変だと思うんです。
それが出来るって人としてすごいと思いますね。
なんとなくシュウがかっこよく見えました。
2005.4 竹中歩