それはほんの少しだけ、本当に少しだけ前のお話。
 今ではその事実を覚えている人もあまりいないかもしれない、
 本当に少し前の『とある男の子』と『とある女の子』の物語です……





約束に隠された物語 〜Clover story〜





 学校。
 それは年齢が近い者達が集団生活を行い、荒波にもまれたり、生きていく中で必要な人間社会の基礎訓練などを行う場所。
 人によって解釈は違うが、思春期の生徒たちがいる場所とでも言っておこう。

「おはよう」
 朝の八時を過ぎた頃から、何度も繰り返される朝の挨拶。
 言葉は一つだが、幾人もの人がその言葉を使い、友人達とコミュニケーションをとる。
 ただし、彼はその言葉を友人達にではなく、単なる挨拶として使っていた。
「はい、おはようございます」
 時には、その目線は生徒に向けられ、完璧とでも言いたくなる優等生の笑顔を振りまき、
 時には、左手で抱えるようにしたプリントの束に目を通しながらその言葉を繰り返す。
 人であることには間違いなく、さらにはこの学校に通う生徒にも間違いはなかった。
 この学校の制服に身を包み、左の腕には『風紀委員』という腕章を携えている。
 他の人と違う部分をあげるとすれば、精々その程度だろう。
 だが、彼のオーラは明らかに一般の生徒たちとは違った。

 太陽に照らされ、より一層輝く、『進め』と言う名を持つシグナルグリーンの色をした髪。
 白いながらも、けっして貧弱と言う印象を持たないキレイな肌。
 一体眼鏡越しに何を映しているのか、それ自体が一つの芸術品に見える髪と同じ色の瞳。
 そして、それらを統合してもバランスは崩すことなく、強調しあう顔立ち。

 つまり、彼は世間一般と言う事で言わせてもらうならば―――『完璧な美形』。
 そういっても過言ではないほど、彼の顔立ちは整っている。
 その彼が朝から校門脇に立って、風紀チェックをしているだ。
 恋に恋する年頃の女子生徒が彼に見とれないはずがない。
 所々で聞こえる、ため息やささやき、黄色い声。
 彼の人気ぶりがよく分かる。
「……そろそろ時間だね。キミマロ、門を閉めよう」
 その声で彼のそばにいた友人は頷き、学校門に手を掛ける。
 学校内では予鈴が響き渡り始めた。
 夢幻にとらえられていた少女達も、この鐘の音を聞き、まるでシンデレラの魔法が解けたかのように、彼の前から姿を消していく。
 それを確認するかのように、彼以外の風紀委員たちも撤退の準備を始めた。
 その彼らたちを見ながら足早に滑り込んでくる生徒達。
 そして……鐘の音が終わる。
「セーフ!!」
 軽い砂埃を上げながらスライディングで学校内に進入してきた一人の生徒。
 これだけの砂埃を上げるのだ。かなりの速さで走ってきたことがよく分かる。
 そして、砂埃が消える事で漸く露になる生徒の全貌。

 内側に少しだけはねた独特の髪型は艶やかな琥珀色。
 快活なイメージを与える健康的な明るいアイボリー色の肌。
 透き通る瞳の色は咲き誇った可愛らしい露草の花の様に印象的。
 全てが可憐でありながらも、総てが活発な印象を持つ表情。

 二つの対照的な存在が共存している。
 それがこの少女と言う人間の見た目であり、そして性格だろう。
「ふー! 危なかったかも!」
 額から少し浮き上がった汗を左手でぬぐう。
 その行動を見て、クラスメイトと思しき生徒達が笑う。
 その笑いは決して嫌味や悪態と言うものではなく、友人としてのからかい。
 彼女もをそれを知っているらしく、笑顔でそれに答える。
 やはり、可愛らしく、元気な少女だ。
 だが、その少女の笑いも一人生徒の出現により消えうせる。

「……三十秒弱の遅刻です。今月に入って八回目ですよ『ハルカ』さん」
「風紀委員長……!」

 その少年を見るや否やしまったという表情を浮かべる少女。
 どうやら彼女は遅刻をしてしまったようだ。
 そんな二人の間に、まるで荒野の決闘の如く、えもいわれぬ重たい空気が走る。
 それはこの学校にしてみれば日常的な風景。
 そう。漸くこの学校の今日と言う日が始まる……。





「だぁぁ! 全く、なんなのよ? 毎朝毎朝! あの風紀委員長は!」
 昼食のお供であるカフェオレを飲みながらハルカは文句をたれる。
 遅刻した自分が悪いといえば悪いのだが、シュウの風紀管理は常識を超えている。
 何故か彼はハルカがどの経路から侵入しても、確実に捕らえてしまうのだ。
「どうどうどう。少しは落ち着きなよ、ハルカ」
 友人のカナタは怒りに身を任せる彼女の肩を叩きながら宥める。
 彼らの朝のやり取りが日常茶飯事なら、カナタがこうやってハルカを宥めるのも毎日の日課。
「これが落ち着いていられますかっての! 例え門から入っても、例え壁を乗り越えても、例え裏庭のフェンスを乗り越えても必ずあの風紀委員長に見つかっちゃうのよ!? もう、ストーカーの範囲よ!」
「それ以上言ったら、あんたファンクラブにタコ殴りにされるわよ」
「あぅ! ……それはイヤかも」
 カナタの言葉で落ち着きを取り戻したハルカはしおしおと風船のようにしぼみ、昼ごはんのクリームパンを口に運ぶ。
「シュウ様ファンクラブはいまや校外にもあるって噂だもん。気をつけないと。でも……シュウ君じゃないけど、アンタのその遅刻もそろそろ考え物よ?」
「わ、分かってるけどこれは『約束』だもん! そう簡単にどうにかできないわ!」
「それは分かる。でもね、先生に一言くらい言ってどうにかしてもらうって言うのも」
「だ、大丈夫よ! 明日からは遅刻しないから! ね、ね?」
「はぁ……だと良いけど……」
 どうやらカナタの悩みの種は尽きないらしい。





 一方、時を同じくして、シュウは職員室に姿を現す。
「これが今日の遅刻者リストです」
「あ、シュウ君! ありがとう、毎日ご苦労様!」
 風紀委員長であるシュウは今日の遅刻者の名前、及び回数、学年別のリストアップ等をして昼休みに提出している。
 コチラも毎日の作業。つまりは日課。
 そのレポート用紙に細かく書かれた名前に目を通しながら、風紀委員顧問であるグレースは一人の名前を読み上げる。
「あちゃぁ……ハルカちゃんは今日も遅刻か」
「今月で八回目です。学年主任に呼び出されるのが十回目。そろそろ時間の問題かと」
 シュウは眼鏡越しの冷静な目で分析結果をグレースへ伝える。
「そう……なんだけど、多分、ハルカちゃんはパスになるんじゃないかと思うんだよね」
「? 特例……ですか」
「んー、特例って程でもないんだけどね。ハルカちゃんの遅刻には理由があるのよ」
 苦笑いを浮かべるグレースにシュウの目が光る。
「家族に問題がある場合、もしくは身体上問題がある場合はそれが適応されるのは聞いたことがありますが、ロバート校長先生の方から彼女に関しては何も聞いておりません。だから特例と言うのはいささか問題があるのでは?」
「シュウ君、相変わらずきついね」
 グレース先生はいつも笑顔で、快活なお調子者でもある女性。その先生ですら、シュウの前ではたじたじである。
「僕はそうやって甘やかすのが嫌いなだけです。学校が良しとしない場合、僕も彼女を遅刻の常習犯として扱います」
「最もな意見だね。さすがシュウ君。風紀委員の鏡。それでいて友達にウザがられないのが不思議だわ」
「風紀の管轄以外のことは大目見てますから、それが友人関係を円滑に保ってるんでしょう。でも、今はそんな事でも良いんです。彼女は確か先生のクラスでしたね? 注意をお願いします」
「はい、一応注意はしておきます」
「本当、お願いしますよ?」
「はーい!」
 一体どちらが先生か分からない。
 シュウは多少の呆れ顔を浮かべてグレースに一礼をし、職員室を出ようとした。
 その職員室の出入り口に差し掛かったとき、彼は肩を叩かれる。
「シュウ君、ごきげんよう! 今日も一段とステキね!」
「……こんにちは、学年主任。ありがとうございます……」
 見た目とテンションがつりあわない先生、それがこの学年主任のツキコ先生。
 見た目はとても若いが、これでもシュウたちと年齢の変わらないお子さんがいるというのだから驚きだ。
 しかも若者も驚くほどのミーハー。つまりはカッコイイ男の子や、流行に少々弱い。
 普通なら嫌われそうな先生ではあるが、持ち前の明るさで、生徒とは良い関係を気づき、女子生徒とは芸能人の話で盛り上がったりするので信頼も厚い。しかも授業の教え方も良いので、悪い先生ではない。
 悪い先生ではないが、会うたび会うたび、カッコイイだの、ステキだの言われるシュウはたまったものではないだろう。
「先生、丁度いいところに。遅刻常習者のハルカさんの事ですが、もし十回目に遅刻が到達しても、呼び出しがなしと言うのは本当ですが?」
「あ、そうよ。私もそこのことがあって話しかけたんだったわ。そう、ハルカさんは今のところ確かに呼び出しパスの予定になっているの」
「どうして、特例が彼女に適応されるのか僕は知りません。理由があるなら言っていただかないと……コチラとしても取り締まりに支障が出ます」
 シュウの言うことは最もだろう。
 先生達はハルカの遅刻をスルーすると言っているのに、風紀委員がそれを取り締まっては意味がない。しかも生徒評価までこの調子では響く。そもそも先生が遅刻を黙認するのなら、いくらハルカを取り締まっても意味はない。
 そう考えるとシュウは言わずにはいられなかった。
「んー……弱ったわねぇ……。シュウ君のお願いなら聞いてあげたいんだけど。あ、そうだわ!」
 困った表情を浮かべていたツキコがぽんと、右手と左手で拍手のようなポーズをとる。
「明日、風紀委員は月に一度の校外指導だったわよね?」
「はい。風紀委員が全員参加で学校とそのほか校区内五箇所の指導する予定です」
「なら、明日シュウ君はハルカさんのいる校区を担当して御覧なさい。そうすれば彼女が特例といわれる理由が分かるはずよ」
「彼女の……ですか?」
「ええ! 本当は教えてあげたいんだけど、ハルカさん直々に口止めされてる上に、本当は特別扱いにすらしないで欲しいって言われているの。だから、私の口からはいえないけど、見る分にはいいでしょう。だけど、覚えておいて。けっしてあの子は悪い事をしていないから」
「そういう事なら……。わかりました」
 ツキコの提案をシュウは承諾し、グレースの時のように礼をして職員室を去る。
 顔は優等生の表情を浮かべているが、実際にはハルカが何を行っているか、そしてそれがどうして口止めにまで発展するのか、ただならぬ気配に彼の心は疑いに満ちていた。





 次の日の朝、シュウはツキコの指定どおり、ハルカの校区の担当になり、校外始動をしていた。
 指導と言っても、遅刻しそうな生徒に声をかけるというものなので、まだ登校時間余裕の今は何もすることはなく、同じ制服を着た生徒に声をかける程度。
 普通はそうなる予定なのだが、それはシュウを除いた風紀委員にのみ適応される。
 シュウは他校の女子に賞賛の声をささやかれ、社会人の女性に写真を求められ、同じ学校の女子には憧れのあまり硬直される始末。穏やかな朝といった感じではない。
「(だから、校外指導はイヤだったんだ……)」
 本来であれば、彼の担当場所は学校門。それはこのような事態がいやだから。
 しかしながら、昨日ツキコにああいわれた手前、来ないわけには行かない。
 彼はただただ時間が過ぎ行くのを待っていた。
 そんな状態から少し開放された少しの休息。
 シュウの目に何かおろおろとする年配の女性が目に入った。
 信号機のあたりで止まっている。多分、押しボタンだという事を知らないのだろう。
 その事を察して、シュウはその女性の元まで行き、声をかける。
「どうかされましたか?」
「あら、おはよう」
 女性は長年培った苦労や笑顔で出来た皺を顔いっぱいに増やして笑い、挨拶をしてくれた。
 とても感じの良いおばあさんだ。
 田舎なんかでお孫さんをたいそう可愛がり、息子がいるならば、お嫁さんが来た日にはそれはもう、娘のように可愛がるような人だろう。
 たった一言の挨拶だけでそんな人柄が見て取れた。
「お困りならお手伝いしますよ?」
「あら? 困っているように見えてのかしら? だとしたらごめんなさいねぇ。困っているわけじゃないのよ。ただ人を待っているだけなの」
 今の世の中お年より扱いされただけで怒る人もいるが、この女性はそんな事すら忘れさせてくれるほど優しい返事を返してくれた。
 声をかけた事を気の毒にすら思うシュウ。
「いえ、お困りじゃなければいいんです。僕が出すぎたまねをしただけですから」
「そんなことはないわぁ。おばあちゃん、声をかけてもらって嬉しかったもの。いつも待ってる、あの子みたいに。ほら、噂をすればあの子だわ」
 女性は嬉しそうに手を振り、その待ち人やらとを呼ぶ。
「おばあちゃーん! お待たせかもー!」
 シュウと同じ色のネクタイが胸に輝く。つまりはシュウと同じ学校の生徒。
 その上に語尾に『かも』をつける人物がいるとすれば、
「ハルカさん……」
「げ! 委員長がなんでここに!? はっ! 今日校外指導か! あ、おばあちゃん! おはよう!」
「おはようハルカちゃん、今日もごめんなさいねぇ」
「ううん。私は良いの。さ、今日も行こう!」
「でも、遅刻は大丈夫なの?」
「だ、大丈夫かも! あ、でも少し待って。そこのコンビニで朝ごはんだけ買ってくるから!」
 ハルカはそこにいるシュウをまるでいないかのように装い、すぐそばのコンビニへと入っていった。
「もしかして、彼女とお知り合いですか?」
「ハルカちゃん? えぇ、私のお友達よ。いつも朝途中まで一緒に行ってくれるの。最初は声をかけてもらうだけだったんだけど、今は一緒に行くのが楽しくてね。でも、おばあちゃん、足が遅いからきっとハルカちゃん遅刻してるわ。そう思うと、おばあちゃん申し訳なくてね……。貴方もハルカちゃんのお友達かしら?」
「……いえ、話したことはありません」
 そう、友達ではない。同じ学校の生徒。ただそれだけ。
「そうなの? 話してみるといいわぁ。あの子はとってもいい子よ。……だからね、もしハルカちゃんが遅刻した時、困ってる時があったら、助けてあげて欲しいの。でも、遅刻させて困らせてるおばあちゃんが言っても、説得力ないわねぇ」
 穏やかに笑う女性にシュウはただ聞くことしか出来なかった。
「おばあちゃん、今度こそお待たせ! さ、行こう!」
「ええ、行きましょう。貴方もおばあちゃんのお話し聞いてくれてありがとうね」
「いえ……僕も楽しかったので……」
 女性はシュウにお辞儀をして、ハルカと手をつなぎ、学校への道をゆっくりと歩いて行った。
 時折「おばあちゃん、あの男の子と何はなしてたの?」など、声が聞こえる。
 その声が耳に届かなくなるまで、彼はしばしの間、その方向を見ていた。
「シュウ君」
「学年主任……」
「どうしたの? 貴方らしくないほど上の空だったわよ? ハルカさんのことでも考えてた?」
 背後から現れたのは学年主任のツキコ。どうやら態々ここまで来てくれたらしい。
「ええ…… 少しだけ、考えていました。彼女がどうして特例なのか」
「……事の発端は、学校への電話だったわ。うちの学校の生徒が一緒に歩いてくれたって言うご年配の女性からの電話。感謝の電話だった。……次の日も、また次の日も。その女性は電話をかけ続けてくれた。それは今も続いてて、今じゃ、ご本人だけではなく、お知り合いやその姿を見たというかたからも電話を頂いているわ。全部感謝や尊敬の電話。時々学校の業者さんも見たって言って褒めてくださるの。その話の中心にいるのが……」
「あの二人、と言うわけですね」
「その通り。もちろん、ハルカさんには遅刻の事を一応注意はしているの。それにあの女性も遅刻するなら無理はしなくて良いって言ってくださってるわ。でも、ハルカちゃんは一緒に行くって言い張って。『道筋の信号が青ばっかりなら間に合うんです!』て無茶な理由を言ってね。しかも、特別扱いもイヤだって……だから学校としても見守るしかないの」
 ハルカたちの行った道筋を優しい目で追いかけるツキコにシュウは無言のまま。
 一体『何を』考えているのか分からない。
 でも、『何か』を考えているのは確かだ。
「あの二人はどこに向かってるんですか?」
「えーと……民間のゲートボールクラブだったかしら? ここを少し行った所にあるはずよ」
「そうですか……」
 校外指導が終わる時刻、悲しくもハルカの九回目の遅刻が担任であるグレース見つかっていた……。





 次の日。
「うわーん! 今日も遅刻かもー!」
 あの年配の女性と一緒に行動したあと、ハルカは学校への道を全力疾走していた。
 その姿はまさに一人体育祭。一人短距離走。そう言わずにはいられない状況だった。
「さすがに十回目はまずいよー!」
 遅刻はもう一人だけのものではない事をハルカは知っている。
 おばあちゃんのこと。
 家族のこと。
 先生達のこと。
 皆心配しているのだ。これ以上心配はかけられない。
 しかし、こんな時でも、時空の神は味方になってくれず、本日二つ目の赤信号。遅刻は確定だ。
「もー!! 最悪かも!」
 信号で足を止め、ハルカは落胆する。
 周りには他の生徒も居らず、どうやら今日は一人での寂しい遅刻となりそうだった。
「絶対に風紀委員長に何か言われる……」
「僕が何を言うって?」
「そりゃ、勝ち誇った笑みで『ついに十回目の遅刻ですね、ハルカさん』とか言うに決まって……えぇ!?」
 思わずシュウのマネまでして台詞を言った。よりにもよって本人の目の前で。
 恥ずかしさと驚きと怖さで、少しパニックになるハルカ。
「委員長!? 何でここに……アンタこっちの区域じゃないでしょ?」
「走れる?」
「は?」
「走れるかって聞いたんだ。それとも聞こえないのかい、その耳は。大きな餃子か何か?」
「は、走れるかも! 委員長より早くね!」
 何を言われたのか一瞬分からなかったが、馬鹿にされたことだけは分かった。
 思わず、負けん気の強い返事をしてしまったが良かったのだろうか?
「上等!」
 その返事を聞くや否や、いつもは丁寧語や尊敬語ばかり使うあの委員長から暴走族が使いそうな言葉が出てきた。
 それに驚いているのもつかの間。ハルカは行き成り引っ張られる。
「こっち!」
「へ? そっち学校じゃない……!? って腕ー!」
 ハルカの右腕を掴むと、シュウは走り出した。
 それは学校への道筋とは九十度右に違う方向。
 一体どこへ向かって走っているのか。
 何処かの角を曲がって、また何処かの角を曲がる。
 水色の軽自動車のある家の角をまた曲がる。
 そうして付いたのは、
「……え、え! うそ!? 学校!?」
 時計の針を見てみると、まだ五分くらいなら余裕があった。
 その道筋は覚えにくいものの、毎日ハルカの使っている道筋に比べたら断然、早くに学校に着けるもの。
 その衝撃にハルカはただただ立ち尽くす。
「君はこういう風に道を探さなかったのか? 地元だろう」
「地元だけど、今日の道は通った覚えがないかも! 着くのが速いのはありがたいけど、何で委員長が知ってるのよ?」
「校区内の地図なら全部入ってる。それを使っただけだ」
「使っただけって……すごい広さだよ?」
 因みに二人の通う学校の校区は小学校なら五つ分の広さを誇る。
 その校区内の、しかも裏道まで全て把握しているとなればすごいことだ。
「……でも、これならもうおばあちゃんに迷惑かけなくて済むかも。委員長、もしかして昨日おばあちゃんから何か聞いた?」
「……別に。僕は君の友達からのお願いを叶えたまでだ。『約束』みたいな物だったからね。」
 昨日のやり取りをシュウは思い出す。
 ハルカが遅刻した時や、困っている時などは助けてやってほしいというあの女性の願いを。
「そう……なんだ。おばあちゃん、やっぱり気にしてたのね」
 気づけばもうすぐで予鈴がなる時間。
 カバンを持っていないシュウは既に登校しているのだろう。つまりはその後、態々道を教えに来てくれたということ。なのでシュウはここにいても一応風紀委員の指導管轄内なので遅刻などの問題はない。
 しかし、ハルカはすぐにでも登校しなければ遅刻。
 折角のシュウの好意を無碍にしてしまう。
 今は感傷に浸っている場合ではない。
 言う事をさっさと言わなければ。
「委員長……」
「……なにか?」
 ぱんぱんと軽く制服の埃を払うシュウ。その彼に向かって。
「これで約束守れる。本当にありがとうかも!」
 それは彼が見た中で一番の笑顔。何の飾り気もない、真っ白で純粋な笑み。
「……じゃ、また学校でね『シュウ』!」
 そして、その一言を残し、彼女は学校へと走り去る。
 いつの間にか離れてしまった腕を大きく振りながら……。
「名前呼び……ね。まぁ、それも御礼として受け取っておくよ『ハルカ君』」
 風紀委員長様である『シュウ』もまた、笑ってその場を後にした。
 その笑顔は一体何によってもたらされたのか。
 それを知るのはきっと本人だけなのだろう。





 それから暦は流れ、ある日のお昼休み。
 『とある男子』と『とある女子』の姿は学校でも殆ど知る人間のいない、白詰草の咲く場所で確認される。それは二人にとって、何の邪魔もなく、リラックス出来る数少ない場所だった。
「シュウ、そう言えば貴方ってどうして、いつも朝、私のいる場所を見つけられてたの?」
「え?」
「だって、シュウに遅刻で捕まってたあの頃、私毎日のように進入口変えてたのに、絶対に見つかってたんだもん。何でかなーって」
 眼鏡をしていない彼はとても新鮮で、一瞬それが誰か分からないくらい、楽しそうな笑顔で笑う。
「君はもし、駅に沢山の人がいても弟であるマサト君を見つけられる?」
「は? なによ、いきなり?」
「まぁ、続きを聞くと良い。それで? 見つけられる?」
「……多分、見つけられると思うわ。だって家族だもん。それに見慣れてるから」
「じゃ、それと似たような物だよ」
「へ?」
「君が毎日僕につかまってた理由」
 勝ち誇った笑みで、その場所に寝そべる彼女を見下ろす彼。
 その意味は?



「一目惚れしたんだって、後で気づいた。
 それくらい愛しい君をどうして探せないって言うんだい?」



 入学当初から追いかけていた姿。
 気づけば、校門に差し掛かる前の君の姿を発見できるほどに。
 誰にも、先に見つけて欲しくなかった。
 だから、君を探して、毎日一番最初に捕まえた。
 そんな君だからこそ、助けてあげたいと思った。
 あの女性の約束がなくても、ね。



 彼女の遅刻がなくなった今。
 それでも彼女のココロは、毎日風紀委員長に捕まっています。







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 作者より……
 秋春合同学園祭5アンケート結果
 『こんな組み合わせの シュウハルDE学園物』
 シュウ(風紀委員)×ハルカ(遅刻魔)学園でも有名な仲の悪い二人

 その結果を書かせていただきました。
 お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、
 このお話はお祭で書かせていただいたもう一つのアンケートの
 設定をそのまま使っております。(もちろんこのお話単体でも楽しんでいただけます)
 最初はそんなつもりなかったんですが、気づけばこんな感じに。
 シュウがハルカに一歩を踏み出したまでのお話と、
 その二人がその後どんな関係を気づいているかと言うお話です。
 まぁ、今回も乙女モード全開でお送りしております(笑)
 このお話の頃はまだシュウと円滑な関係を保っていたはずなんですが、
 この頃から、シュウの嫌味が始まり、ハルカは彼を怖がるように。
 そしてその後に『対立(VS)関係 〜two rose and one bud〜』の方へと話が進みます。
 まぁ、シュウとすれば流石にやりすぎたと思うとは思うんですが、
 それでも感情のセーブが聞かないのが恋愛だと思うので。
 恋愛においては少しくらい不器用でいいと思います。
 因みにタイトルの約束(Cloverの花言葉)に隠された物語(story)。
 意味まんまですね(笑)つまりは『love story』です。
 えー、最後になりましたが、今まで多くの方にお祭を支えていただいて、
 大変感謝し、大変嬉しく思っております。
 お祭製作作品も全てあわせてこのお話で50個目となりました。
 本当に最後まで温かい目で見てくださってありがとうございます。
 お祭は終了しますが、これからもシュウハルと学園物が愛される事を祈り、
 この辺とさせていただきます。本当に皆様、ありがとうございました!

 2009.9 竹中歩