昼休みはご飯を食べて、ゆったり友達と過ごす。
 それが私の過ごし方。
 時々は移動授業なんかが入って、時間が削られたりするけど、
 それでもやっぱりこのほのぼのした時間は好き。
 だけどね、この頃少しだけ変わってきたの。
 それは耳に入る音。
 今までは気にしてなかったのに、いつの間にか気にし始めていた。
 その頃からかな。
 私のお昼休みにほのぼのとした時間は流れなくなってしまった。





対立VS関係 〜two rose and one bud〜





「キャァァァァァァァ!」
 一瞬、何が起きたのかと思って、机に突っ伏していた顔を上げる。
 なんだろう? 窓ガラスでも割れたのかな?
 それとも、大きな虫でもいたのかな?
 まだはっきりとしない頭を携えて、私は声の元凶である廊下へと移動した。
「キャァァァ! また入った!」
 よく聞いていると、声の主は私のいる階だけではなく、窓や廊下を伝ってあらゆる所から聞こえてくる。
 一体何事なのだろう?
 今度は目をよく凝らしてみた。
 声をあげるのは殆ど女子。
 何人かの男子も声をあげているが、驚くほどの大きな声ではない。
 そして、その男女達はある一点だけを見つめ、その声を出しているのが漸く分かった。
「バスケ……?」
 中庭で数人の男子達がバスケットをやっていた。他愛ない昼遊びの遊び程度のバスケだが、特定の男子がゴールを決めた瞬間だけ、声が大きくあがる。
「なんだ。悲鳴じゃなくて、歓喜の声だったんだ」
 驚いて損した。
 女子達は悲鳴を上げたのではなく、その男子のカッコよさに酔って声をあげていたのだろう。
 同年代の女子なら分からないわけでもない。
 トキメキを抑えられず、声を出すのも本能だろう。
 だがしかし、ある程度の人数が集まれば、それは凶器にもなる。
 私はちょっとだけ痛い耳に手を当てた。
 少しは被害と言うものを考えて声を出して欲しい。
 気持ちは分かるものの、賛同はしたくない感情だ。
「ハルカさん」
「あ、ワカナ!」
 背後から声を掛けられる。
 そこにいたのはキレイに切りそろえられた前髪がチャームポイントの後輩ワカナ。
「どうかされたんですか? 耳をずっと押さえられてますけど?」
「ちょっとね。女子の高い声が合わなかったみたい」
「あぁ。先輩達のバスケットの所為ですね。今日はサトシ先輩が出られてますから、しょうがないですよ」
 なるほど。それで納得できた。
 サトシ先輩と言うのはいわゆる学校の人気者。
 お祭騒ぎが大好きで、元気の塊のような男子の先輩。
 誰とでも分け隔てなく接するために、年齢や男女問わずに人気はかなりのもの。
 そんな先輩だ。これだけ歓声が上がるのも無理はないだろう。
「そういえばワカナはどうしてうちの階に? ワカナの学年の階は一つ下でしょ?」
「ハーリー先生を探しに来たんです。うちの美化委員の顧問なので」
「そうなんだ。でも、あの先生今日は見てないよ? 他の階じゃないかな」
「ここにもいないんですか!? はぁ。ハーリー先生本当に神出鬼没なんですよね。今日中に見つかるかな……」
「だ、大丈夫かも! 私も探すの手伝うし、見つけたら教えるから」
「ありがとうございます、ハルカさん。でも……」
 ワカナが言葉を止めた瞬間予鈴が構内全体に響き渡る。
 あぁ。そういうわけか。いわゆるタイムリミット。
「と、言うわけですので、放課後に探します。ハルカさんにはご迷惑掛けられませんし。今日はハルカさんも委員会ですよね?」
「うん。今日の放課後はどこの委員会も定例会議だから……」
 ワカナの力になれなかった自分にちょっとがっかり。
 でも、しょうがない。
「それでは、私はこれで……」
 礼儀正しくお辞儀をするワカナ。
 そして、それを合図にしたかのように再び上がる女子達の声。
 私は耐え切れず、またもや耳に手で栓をする。
 が! 今度の声は半端じゃない。どれだけ耳を押さえようとも脳天に響く。
 一体どういうことなの?
「な、何で行き成り声の高さが上がるのぉ!?」
「ハルカさん、あれですよ! あれ!」
 窓から身を乗り出しワカナが叫んでいる。
 その先にいたのは、
「シュウ……」
 私のいる校舎の反対側の校舎一階を一人の美少年が歩いていた。
 おそらく彼の友人であろう人物達と共に。
 この学校の風紀委員長様こと、シュウ。
 声の大きさで分かるように、その人気はあのサトシ先輩の上を行く。
 容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、冷静沈着、等々……つまりは完璧。
 女子が黄色い悲鳴を出すのも無理はない。
 なんて言ったって、声の大きさはさっきの応援よりハルカに上なのに、人数はさっきよりも少ないのだから。
 理由は簡単。
 反対側の校舎にいる女子はどうしてこちら側の女子が悲鳴をあげるのか分からずきょとんとしている。
 サトシ先輩のいた中庭は校舎に取り囲まれているため、いたるところから先輩が見られるが、シュウのいる位置はコチラの校舎の生徒にしか見えない。
 そのため、女子の人数は先ほどより限られるというわけだ。
「はぁ……。シュウ様今日もステキです……」
「そういえば、ワカナもシュウのファンだっけね」
「あ、べつに、けしてそんなことは!」
 真っ赤な顔をして否定するが、その顔が何よりの証拠。
 好きな人を知られたくない女の子の照れと言うのは同性から見ても可愛いと思う。
「まぁ、良いんじゃないか。誰が誰を好きになったって」
「本当にハルカさんは心が広いですね……」
「ど、どうしてそうなるの?」
「シュウ様のファンと言うことは、つまりはその辺がライバルだらけなわけなんです。ハルカさんのようにその事をよしとしてくれる生徒はほんの一握りなんですよ」
 そんなものなのだろうか?
 私は単に恋をするのは良いことだと言うつもりで言ったんだけど。
 これにあのシュウが絡むとどうやら意味が違ってくるらしい。
「一つ勉強になったかも。ありがとうね、ワカナ」
「私は何も教えてないですよ? そういうハルカさんは気になる人いないんですか?」
「私? 私は……」
 誰かいたかなそんな人?
 芸能人とかならいるけど、ワカナの聞いている人はそういう人じゃないはず。
 そんな人思い当たらない。
 中庭で予鈴がなったあともまだバスケットを続けている男子達を見ながら私は首を振った。
「ゴメン、いないかも」
「そうなんですか……。出来たら教えてくださいね! 私、ハルカさんの好きな相手がシュウ様でも話には乗りますから! もちろん他の人でもです! じゃ、今度こそこれで!」
 やはり礼儀正しくお辞儀をして、ワカナは自分の教室へと戻っていった。
「気になる人……ね」
 私は次に授業が始まるまで、ずっと中庭を見ながら黄昏ていた。





 次の日。
 昼からの授業は図書室での調べ物。
 お昼を早めに済ませ、友人達と校舎最上階にある図書室へと向かい、席を取った。
 私は今日も転寝の予定。
 友人達は滅多に来ない図書室で小説や、図鑑などを見ている。
 そんな景色を見ながらまどろむ自分。とても有意義な時間。
 …筈だったのだが……。
 今日も聞こえる女子達の黄色い悲鳴。
 それも昨日より遥に酷い超音波級の声が学校全体に轟く。
 もう寝るとか寝ないとかの騒ぎじゃない。
 音が頭が痛い!
 友人達も驚いたようで目を丸くしている。
 私は痛い頭を抱えて、昨日と同じように廊下へと出る。
 友人も続いて廊下へと出てきた。
 廊下では案の定、女子達はみんな中庭の方を見て騒いでいた。
「またサトシ先輩か……」
 野次馬の女子達と一緒に窓から少し体を乗り出し、その光景を目に入れる。
「な……んで?」
 その中庭にはサトシ先輩だけではなく、その場所に似つかわしくない人物も一緒にバスケットを楽しんでいた。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! シュウ様ぁぁぁ!」

 いつもはそこでは見ない彼がいた。
 若草色のきれいな髪がキラキラと輝き、バスケの颯爽とした動きに包まれる。
 まるで、そこは気持ちの良い風が吹く草原ではないかと思わせるほどに。
 彼はそこに風のように存在していた。

「どうしているの?」
 いつもはこんな遊ぶ姿をみせたことのない彼がバスケをやっているのだ。
 ギャップ効果と言うこともあり、その姿に一瞬見入ってしまった自分がいる。
「すてきぃぃぃぃぃ! 最高ですー!」
 一部のファンの恐ろしいほどの声援が彼に注がれる。
 あの声では逆に怖くなって、ちゃんとプレーできそうにない気がするかも。
 私ならゴメンだ。
 と言うか寧ろ聞こえた時点で、その生徒にやめるよう言う。
 恥ずかしいし、周りにも迷惑だから。
 だが、彼はそんな声諸共せず、華麗なシュートを決めていく。
 多分、彼が彼女達を注意しないのは面倒くさいとか気が効かないのではなく、きりがないのだろう。
 恐ろしい応援をする女子の数は私でも把握できないほど。
 その一人一人に注意をするのは無理な話しだし、逆に注意でもされようものなら、女子たちは有頂天になるだろう。話しかけられたと言って。
 だから、彼の対応は間違っていない。
 間違ってはいないがどうにかして欲しいものだ。
「はぁ。……今日もステキです……」
「あれ? ワカナ?」
「ハルカさん!?」
 昨日も同じような時間に会ったワカナに今日も会う。
 彼女もシュウファンの一人。彼の姿に陶酔しない訳がない。
「あなたもシュウを見てたの?」
「はい。教室の方だと窓辺はいっぱいで、見れなくて。ここまで来ちゃいました」
「そこまですごいのね、シュウの人気って。……私にはどうしてそこまで声を出すか分からないかも」
「ハルカさんはカッコイイとは思わないんですか?」
「んー、カッコイイとは思うけど……」
「思うけど?」
「性格が悪い!」
 そう。私が彼に信教しない理由はそれだ。
 性格が悪い。
 どう悪いかと言うと、嫌味が酷いのだ。
 怒るならはっきり怒って欲しいのに、遠まわしに言ってくる。
 しかも一度ならず何度も。
 何度もそういう目にあっているので、友人や知り合いにその事を伝えるのだが、誰一人として信じてくれない。
 話しを聞いてくれても『それはアンタに非があったからでしょ?』とまで言われる始末。
 いや、確かに言われるような事をした私が悪いのは分かっているが、あそこまで言わなくても良いと思う。
 だから、私は彼に声を上げる様なことはしない。
 ファンの人たちが彼に見る優しい作り笑いの笑顔も、爽やかな挨拶も、
 ……私にはきっと向けられないのだから。
「本当、ムカつく」
 白いシャツにネクタイ、眼鏡は外さず、長袖はひじの辺りまでの腕まくり。
 それ以外は他の男子どころかサトシ先輩とだって変わらないのに、女子達は彼に酔う。
 表情だって、けっして笑ったりはせず、クールなまま。
 一体何を楽しんでバスケをしているのかすら分からない。
 サトシ先輩の様に笑って、楽しんでこそのスポーツ。彼は一体何をしたいのだろう。
「あんな奴どこが良いのか分からないかも」
 そう呟いた瞬間、彼は一つのシュートを決められた。
 入れたのはもちろんサトシ先輩。一緒にいる先輩たちとハイタッチしている。
 その僅かな休息中、彼は徐に校舎を一周見渡す。そして、コチラの方で目が止まった。
 さっきの言葉が聞こえたのだろうか?
 流石にそれはない。
 一緒にいるワカナですら気づいていないのだから。
 そんな小さな声聞こえるはずがない。
 だとすれば一体なぜ?
「……あぁ。なんだ、これか」
 時計。
 図書室の窓のすぐ上には中庭から見える大きな時計が掲げられている。
 彼はきっとこれを見ているに違いない。
 だから私たちを見ているのではないのだろう。
 それは私だけではなく、ファン達も分かっているようで、私たちに非難の声を叫ばない。
 もし、特定の人物に向けられていたのだとすれば、今頃その人はものすごい視線を送られているに違いなのだから。
 だから違う。
 彼がこちらを見た瞬間、鼓動が早くなった気がしたなんて。
 それはきっとバスケットをする男子に見とれる女子の心理。
 けして彼だけが特別と言うわけではない。
 もしくはあれだ、またなにか言われるんじゃないかと言う恐怖からくるもの。
 だからきっと違うんだ……。
 私のこの思いは単なる勘違い。
 そう思って、私はその場を去る。
 その後、図書室の司書であるサオリ先生の声に呼ばれ、私は一緒にお茶をした。
 さっきの思い違いを一緒に飲み込むように……。





 その日の放課後。
 昨日の委員会で決まらなかった議題があり、私は再び委員会に参加をしていた。
 委員会の話し合いは思った以上に長引き、私の帰る頃には殆どの生徒が校舎から姿を消していた。
「もう、誰が更衣室の鍵を担当してもいいじゃない!」
 本当にどうでも良い事で今まで話し合っていたと思う。
 今となれば、なぜすぐに交代制と言う案が出なかったのかが不思議なくらいだ。
 楽だと思って所属した体育委員会が今は恨めしい。
「もう! 今日はまっすぐ帰ろう」
 どこかによっても良かったが、一人では寂しい。
 今日は泣く泣く、一人で帰ることにした。
 でもまぁ、たまにはこんな日も良いと思う。
 久々にお隣のタケシ兄ちゃんのお手製おやつでもご馳走になろう。
 そう思うと嬉しくて、駆け足になった。
「……あれ?」
 玄関へと向かっていた足がふと止まる。
 目に入ったのは中庭にぽつんと残されたバスケットボール。昼間の先輩方がしまい忘れたのだろうか?
「珍しいな……あの先輩が片づけを怠るなんて。それにシュウまでいたのに」
 借りたものは返すと言うのをモットーにしているサトシ先輩。
 そして何事も完璧にこなす風紀委員長のシュウ。
 その二人がボールをほったらかして置くだろうか?
「あ、もしかしたら一個だけ忘れたのかな? シュウはともかくとして、あのおっちょこちょいな先輩ならありえるかも」
 ボールに近づき、それを拾う。思わず笑いがこぼれた。あの先輩ならやらかしそうだ。
 シュウが帰ったあとももしかしたらまだバスケをやっていたのかもしれない。
 自分も人の事を言えた義理ではないが、あの先輩もけっこうおっちょこちょいだから。
「さて、だとしたらしまっておこうかな。……と、その前に」
 私はその場所から一本だけシュートをしてみた。
 ボールとゴールを見るとやりたくなるのが人としてのサガではないだろうか?
 ボールはキレイに曲線を描くものの、少し外れて、ゴールリングに弾き飛ばされる。
 落ちて、コロコロと転がり、結局私の元へと戻ってきた。
「うーん。上手くいく自信があったんだけどな」
 体育の成績には自信がある。つまりは運動神経にはと言うこと。
 でも、今日は上手くいかなかった。
 つまりこれ以上はもうやるなと言うことだろう。
 私は再びボールを拾い上げ、体育倉庫へと向かう。
 と、その時ボールが一瞬のうちに手の中から消えた。
「え?」
 何が起きたの?
 考えるまもなく、気づいた時にはそのボールは一人の男子によってきれいな線を描き、ゴールへと導かれていた。
 ……キレイだった。
 その男子の後姿とフォーム。
 そして、ボールの筋。
 全てが完璧といいたくなるほどに。
「……体育は出来ると聞いていたんだけど、これくらいのことも出来ないとはね」
 はっと我に返り、漸くその男子が誰であるのかを思い出す。
「シュウ……」
 風紀委員長様。
 その方が今目の前で華麗にゴールを決めた男子。
 一瞬でもムカつく相手に見とれた自分が悔しい。
 そして何よりも、嫌味を言われた上に、眼鏡越しの瞳で笑われたのが余計にムカつく。
「別にお遊びでゴールしただけかも! それで運動神経ないって言われるのは腹が立つわ!」
「遊びでも入らなかったんだね。じゃ、やっぱりないんじゃないかい? 運動神経も」
「『も』ってなによ! 『も』って! 本当にアンタムカつくわね! いつもの作り笑いはどこに行ったのよ! 女子生徒の憧れの的である微笑の貴公子は!」
「別に誰もいなければ作り笑いをする必要もないと思うけど?」
 つまりはあれ?
 私は作り笑顔をされる対象でもないってことですか?
 それが分かったら、余計に腹がたった。
「大体、行き成りボールを取っていくなんてどういうことよ!?」
「バスケットは元々いつボールが取られてもおかしくない競技だよ。流石にそれくらいは君でも知ってるだろ?」
 彼は馬鹿にしたように笑う。
 作り笑顔をしない上に人を笑うとはどういう所業だろうか。
 はらわたが煮えくり返るとはまさにこのこと。
「貴方って、本当にムカつくわね。……私何かした?」
 彼の嫌味は異常だ。
 まるで私個人が何かをしでかしたかのように私にだけぶつけてくる。
 確かに遅刻などで風紀委員のご厄介には何度かなっているが、彼事態を苦しめることは何もしていないと思う。
「何かした、とかじゃなくて、悪い所を指摘してあげてるだけだよ。寧ろ感謝して欲しいね」
「そ、そういうところが嫌味だって言うのよ!」
 もう少しこいつは物事を柔らなかくいえないのだろうか?
 意図的に言葉を酷くしている気がしてならない。
 ムカつく、ものすごくムカつく。
 私はその場にいるのさえ苦痛に感じたため、近くに転がっていたバスケットボールを拾うと早々に立ち去ることにした。
 元はといえば、ちゃんとしまわない人が悪い。
 こんな所にボールさえ転がってなかったら今頃私は家路を急いでいたに違いないだろう。
 このボールをほったらかしにした誰かに怒りさえ覚えてきた。
「これを片付けたら帰るわ。だからどいて」
「もう練習はしないのかい?」
「別に練習してたわけじゃないから。しまい忘れたボールをしまおうとしてただけだもの。一応聞いておくけど、しまい忘れたの貴方じゃないわよね?」
「僕がすると思う?」
「……しないと思うわ。でも、貴方も気をつけてほしいかも。貴方じゃなくても一緒にプレーしてた人たちが忘れるってこともあるから」
 一応彼ではないのを確認して、更に釘も刺しておく。
 用心に越したことはない。
「気をつけておくよ」
「お願いね。あ、あともう一つ。貴方のファンクラブの声、どうにかならない? 今日のバスケのときすごくうるさかったの」
「それは……どうにかできるんだったら僕もしてる。でも、限界はある」
「そう……なんだ」
 ……以外だった。
 委員長でもこんな風に困った顔をするんだなと。
 と言うことはあの声たちのことは諦めるしかない。
「分かったわ。じゃ、貴方がバスケットをするとき私は中庭から遠ざかることにする。サトシ先輩の応援レベルなら堪えられるけど、貴方の応援レベルは無理かも。明日もバスケするんでしょう?」
 最後にそれだけ聞いて私は立ち去ろうと決めていた。
 と言うか、立ち去りたい。今すぐにでも。
 このムカつく容姿端麗な顔を拝みたくない。
 その一身で返事を待った。
「……いや、明日からはもうしないよ」
「え? てっきり明日もすると思ったのに。ああいうのって続けてやる物じゃない」
 思わぬ答えに驚く。
 普通はああいう体を動かすものを始めると数日間は嵌ってしまうが、シュウは違うらしい。
「もしかして楽しくなかったの? あぁ……確かに表情は微妙だったわね」
「楽しくなかったことはない。でも、する意味がなくなったんだ」
 その言葉の理由が分からなかった。
 普通昼休みにする遊びに意味などあるだろうか?
「あ! サトシ先輩との約束だったとか? あの先輩のお願いなら断れないよね」
「いや、違うよ。先輩には頼んで入れてもらったからね」
「そうなんだ。ま、私は見ないからどっちでも良いけど」
 私は中庭で騒ぐ男子達を見るより、断然昼寝をするほうが良い。
 もしくは友達とのおしゃべり。だから本当にどうでも良かった。
 そんな気持ちで言ったのに。
「それが理由だよ」
「え?」
「君がいないから、バスケはもうしない」
 一瞬何が起きたか分からなかった。
 私がいないから?
 は?
 バスケに私は不可欠ってこと?
 いやいや、審判でもあるまいし。
 数秒のうちに色々理由を考えてみたがどれも当てはまらない。
「どういう意味……?」
「僕は……君がてっきりあの先輩を見てる、もしくはバスケを見てると思ったんだ」
 あの先輩と言うのはきっとサトシ先輩だろう。
 でも、サトシ先輩を見たのは昨日一度きり。
 しかも、外の景色を見る、その程度だ。ギャラリーの女子達にように熱心には見ていない。
 バスケも同じ。観察するほども見ていない。
「だから、バスケをしようと思った。……君の視界に写りたかったから」
「だからどうして?」
「ここまで言っても分からない?」
「……うん」
「……鈍感て言われない?」
「よく言われるかも」
「だろうね」
 坦々と続く会話。
 でも、その坦々のおかげで、何となく答えが見えてきた。
 つまりそれって、



「君が好きだから」



 世界が真っ白になった。
 パソコンとかの画面がゆっくり消えるように、私の世界がそんな風に真っ白になって、でも、すぐに目の前には風景が広がって、でもでも、その風景は止まって見えて、その真ん中に彼が居る。
 そんな光景が私の頭の中に広がった。
「シュウ、私が誰か分かってる? 遅刻魔のハルカだよ?」
「それくらい分かってる」
「ならどうして? する相手が違うと思うよ」
「あのね、君じゃないんだから告白する相手を間違ったりはしないよ」
「し、失礼かも!」
 一瞬いつものように怒ろうと思ったが、今はそれ所ではない。
 今は私はあのシュウに告白されている。
 告白されたのは初めてではないが、ここまで真剣に言われたのは初めてかもしれない。
 いや、実際には真剣だった人もいると思われるが、残念ながら記憶にない。
 相手には申し訳ないが、それが事実。
 そして、シュウの告白がそれ以上に記憶に焼きつきそうになっているのも事実だ。
「……本当は僕だってまさか今日、告白するだなんて思ってなかった」
「え? もしかして、勢いで?」
「そう……かもね。言わないつもりだった、本当は。言った所で、君に嫌われているのは分かってるし、君に迷惑をかけることもね」
「迷惑?」
「……ファンクラブ」
「あ……そういうことね」
 彼の言葉に頷く。
 確かにシュウに告白されたとなれば、ファンクラブが黙っているわけがない。
 そういう思いもあって、彼は黙っていようとしたのだろう。
「……でも、ならなんで告白なんか? 頭の良いシュウならそんなこと……」
「君が、昨日先輩を見てたから」
「私が?」
「君が楽しそうに先輩を見ながら誰かと喋ってた。それを見た瞬間、柄にもなく焦ったよ。君を誰かに取られるんじゃないかと思ってね」
「それ、もしかして昨日ワカナと喋ってた時の……でもあれは先輩を見てたわけじゃなくて……」
 そう。あれは目線こそ中庭だったが話していたのはワカナ。
 だから笑顔もワカナにしていたものだ。
「今でこそ、その事実を知ったけどね。でもその事を知らなかったから、僕はバスケットで君の目線がコチラに映そうとした。今日は僕を見てくれてるみたいだったから、嬉しくて少し笑ったのを覚えてる」
 きっとそれは彼が時計を見ていると私が勘違いした時のことだ。
 じゃ、あの鼓動の速さは……
「嘘……」
 ありえない!
 ありえなさすぎるかも!
 その若干の表情の所為で……?
「そんな……!」
 だって、昨日だって私断言した。
 気になる人はいないって。
 今日だってムカつく奴だって。
 それなのにそれなのに!



 どうして、こんなに、苦しいの……?



「はぁ……全く誤算だよ」
「え?」
「心の準備もなく、君に告白したことだよ。それにしても、全くどうして君なんかを……」
「な、なんかって失礼ね! 大体、好きな人に嫌味を言うってどうなのよ!」
「何度も言うけど、僕はただ直して欲しい所言ってるだけだよ。好きな人だから。それに……」
 今まで少し遠くに居た彼が一歩一歩とまた近づいてくる。
 そしてついには目の前。
 思わず怖くて目を閉じた。
 手の力も抜け、ボールを地面に落とす。
 ……だけど何もない。
 ボールの落ちるトントンッと言う音が終わっても何もない。
 ゆっくりと目を開けると、彼は動くことなく、私の目の前にいた。
 ただ、違うのは、眼鏡をしていないこと。
 そして左手には私の髪を携えて、軽くキスを落としていること。

「嫌味といわれる事をするのも、敬語にならないのも、目が悪くないのに眼鏡をかけている僕の素顔を知るのも全部、君だけだ」

「……っ!」
 勝ち誇った目が私の前に広がる。
 普通なら突き飛ばそうと思った。
 いや、拳で殴っても構わない。
 どこのゲームや漫画の世界の住人だなどといって暴力行為に発展しても良かった。
 いや、暴力は良くないが、でもしたいくらい恥ずかしい行為。
 でも、出来なかった。
 固まっているから。
 確かにそれも理由の一つだろう。
 しかし、それ以上に……
 彼なら許される行為だと思ったからだ。
 彼は自分と言う人間を把握している。
 把握しているからこそ出来る行為。
 どうしよう、どうしよう。
 泣きたくて、悔しくて、憎くって、感情が時計のようにぐるぐる回る。
 そうしていると、気づけば私の口は言葉を搾り出していた。



「私、やっぱり何があってもシュウのバスケ姿は応援したくない!」



 それが私の出した答え。
 今のこの場でバスケの事を言うのはお門違いだと思う。
 でも、やっぱり私とシュウの今日の告白を結びつけたのはバスケだ。
 そう考えるといつの間にか答えがバスケがらみになっていた。
 シュウはその言葉の意図を読み取ったように私から離れる。
「それはノーって言う答えでよかったのかな……」
 そう思ったからこそ、私から離れたのでしょ?
 だからそんな見たこともない寂しい笑い方をするんでしょ?
 でも、勝手に答えを決めないで。
「シュウ!」
 少し離れた場所に転がっていたボールを私は拾うと、シュウに向かって投げた。
 何が起きたのか分からず、彼は反射的にボールを受け取る。
 それを合図にしたかのように私は彼からボールを奪うよう動く。
「バスケットはいつボールが取られてもおかしくない競技よ。それくらいも知らないの?」
 私は彼に言われた台詞で挑発した。
 それが分かったのかシュウは取られまいとやはり反射的に動く。
 ……速い。
 男子とかそういういレベルじゃなくて、行き成りコチラが仕掛けたのに、対応が早すぎる。しかもフェイントまで上手いときたもんだ。
 私だけが動いているかのようなやり取りが始まる。
 ……本当はもっと続けるつもりだった。
 でも五分も経たないうちに私の息は上がってしまい、シュウからボールを取った瞬間にその場へと座り込んでしまった。 
「……君は何がしたいんだ?」
 ぜぇぜぇと息をするのすら苦しい私に向かって、全く息も上がっていない彼は困った表情で私に質問をしてくる。
「君に嫌われているのは承知の上で僕は君に思いを告げた。返事はもちろん否定的なもの。そこまでの存在とどうして一緒にいられるんだ?」
「……勝手に返事の想像をしないで欲しいかも!」
 立ち上がっている彼に物を言われるのが、なんだか見下されているようで腹が立ち、彼のシャツを引っ張って無理やり座らせた。
 そして、私は全ての答えを出す。
「今、私たち何してた?」
「……試合……と言うには一方的で短いけど、勝負だと思う」
 良かった。試合だと分かってくれたらしい。
 それでこそ、ここまで動いたかいがあるというものだ。
「うん。勝負よね。試合。バスケットはボールを取り合う競技。でも……その時応援している人はどこに居るの?」
「普通はコートの外、だね」
「だから、それがイヤなの」
 そう、それが私の本当の答え。



「私は貴方を応援するほど遠くにいたくないかも! そばで戦いたいの! それくらいの距離が良い!」



 気づかなかったんだ。私。
 どうしてこの頃女子の大きな声が気になるか?
 それはあんたがいる可能性が高いから。
 だから、いつのまにか寝られなくなっていたんだ。
 声の大きさじゃない。
 声が貴方への近道になるから反応してた。
 今日の昼休みの鼓動だって、
 シュウが笑ってたのに無意識に気づいたからなんだ。
 笑顔が見れて嬉しかったって、さっき気づいた。
 考えてみれば全部筋が通ることだらけだ。
 本当はもっと前から好きだったのかもしれない。
 でも、ムカつくことが多すぎて、それがシュウへの気持ちを隠してたんだ。



「あぁー! すっきりしたかも!」
 清清しい笑いを浮かべる私に対して、シュウは唖然としている。
 と言うか軽く赤くなっている。
 なんか変な顔。
「私はちゃんと返事したわよ? ちゃんと伝わったかどうかは別としてね」
「……いや、十分に伝わったよ。君じゃないからね、理解能力はあるつもりだから」
「……何があっても嫌味は健在なのね。……でも、嫌味の理由が分かったらそこまでイヤじゃないかな」
「言ってくれるね……。じゃ、言いたいことはこれからはっきり言わせて貰おうかな」
「こっちも言わせて貰うかも!」
 私はその時初めてシュウの作り笑いの意味を知った。
 彼の作り笑いは本当に作り笑い。
 だから、私に作り笑いは必要ないって言ったんだね。
 確かにそうかも。
 だって、私は今みたいに笑う本当の笑顔の方が絶対に良いと思うよ。
 これからよろしくね、風紀委員長様改め『シュウ』。





「シュウ、あと何分?」
「あと十五分。まったく、いつまで寝る気なんだい?」
「昼休みは眠くなるのよ! じゃ、後十分後に起こしてね」
「全く……この居眠り姫は……しょうがないね」
 そう言って、彼は読みかけの本に、二つの薔薇と一つの蕾があしらわれたしおりを挟む。
 その顔をとても嬉しそうで、とても愛しそうな優しい顔。
 その顔に見守られながら、彼女は再び眠りに着いた。
 そこは童話に出てきそうな薔薇のある秘密の花園ではないけれど、
 二人が唯一、眼鏡越しでない、作り笑いもない、
 本当の自分で会話が出来る『秘密の場所』なのです……。







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 作者より……
 秋春合同学園祭5アンケート結果
 『こんなシチュエーションの シュウハルDE学園物』
 昼休みにバスケットで本気を出したシュウに思わず見とれるハルカ

 お話を最後まで見ていただいてありがとうございます。
 えーと……とりあえずごめんなさい!(土下座)
 めちゃくちゃ乙女になりすぎました!
 書いててサブイボがたつほどでしたが、
 このお話しの一番良い方向を何度も何度も書き直して、
 たどり着いたのが、この流れです。
 学園物で、二人がちゃんと本気で告白して、
 そこまでの流れをするお話初めてなので、若干詰まりました。
 いつもとは違う気合で書きましたがどうだったでしょうか?
 途中からシュウが硬派じゃなくなって言った気がしますが、そこは恋の力云々で。
 だって、好きな人が取られちゃうって感じたら、
 いてもたってもいられないのが人ではないでしょうか。
 シュウだって、容姿端麗だの、完璧だの言われても普通の男の子です。
 そう考えるとこんなことがあっても良いと思います。
 彼は学校ではかなり大人びた印象ですが、ハルカ相手だと年相応になります。
 それが安心できる存在だと思うのです。そんな二人がくっついたお話。
 タイトルの対立関係は意味そのままですが、『〜two rose and one bud〜』は
 二つの薔薇と一つの蕾で『あのことは当然秘密』と言う意味になるそうです。
 二人が対立関係がどうなったのかは二つの薔薇の如く、二人の秘密と言う意味です。
 薔薇だし、この二人にピッタリだと思います、タイトルに含ませました。
 因みに、このお話は単体でも楽しんでいただけますが、
 ここにたどり着くまでのお話を同時期に書いた
 『約束に隠された物語 〜Clover story〜』に
 書いておりますので、よろしければお読み下さい。
 えー、長くなりましたが、読んで頂き、ときめいていただけたのなら嬉しい限りです。
 秋春合同祭5をご覧いただき、本当にありがとうございました!

 2009.9 竹中歩