甘えていたあの頃
 前に進まなかったあの頃
 我侭だったあの頃
 それは全部置いて行こう
 ここから、ゼロから、今から始める
 それが一つの道に繋がるから
 




スズラン〜lily of the valley〜





 ここはジョウト地方。
 気候はとても温暖で、人にもポケモンにも優しい地域。
 多くの人に名前を知られており、観光として訪れる人も多くいる。
 そんなジョウトの片隅の森で、一人の少女は一枚の紙と戦っていた。
「……ここ、どこ?」
 眉を八の字にひそめ、眉間にしわを寄せ、じっと地図を見つめる人物。
 それはポケモンコンテスト界においては少し有名な人物。
 『ホウエンの舞姫』と言う異名を持つ少女、ハルカだった。
「うーん。やっぱり途中で間違えたのかしら? それとも、地図が逆だったとか?」
 独り言を呟きながら地図を持ち替え、色んな角度から自分のいる場所を特定しようと必死だ。
 しかしながら、そんな事をやっているので地図をどういう状態で持っていたのかさえ忘れ、本当に自分がどの道からやってきたのかさえ分からなくなってしまったらしい。
「東西南北も分かんなくなっちゃったかも……。タケシ、いつも馬鹿にしてごめん」
 地図を見ることに疲れたハルカは少し道の端により、座るのに丁度よさそうな石に腰掛ける。
「あ、もうスズランの咲く時期なんだ」
 その石の傍らには可愛らしくスズランが咲いていた。それを見るや否や、ハルカは徐に空を見上げる。
「凄く良い天気! 確かにコレだけ気持ちよければスズランじゃなくても咲きたくなるかも」
 真っ青な空には燦燦と輝く太陽の姿と少しの雲。
 その雲は時折、暑く感じる太陽を遮断し、少しの影をもたらす。
 旅をするには丁度良い気温をこの空たちは、作り出してくれているらしい。
 それを見ているとなんだかホウエンを旅していた頃を思い出した。
「サトシにタケシにマサト。皆元気かなぁ……」
 口からこぼれたのは嘗て一緒に旅をしていた仲間と実家で両親の手伝いをしている弟の名前。彼らは今頃如何しているだろうか?
「きっとサトシはバトルに力を入れてるはず。タケシはやっぱり道に迷ってるかも。それでまた女の人をナンパしてるのかしら? だけど、ストッパーのマサトがいなくなって、誰がとめることになったんだろう?」
 次から次に浮かんでいく懐かしい友人達の顔。
「皆きっと毎日を楽しんでるんだろうな……。でも、私は……」
 友人達から今の自分の置かれている状況を見つめるハルカ。
 きっと前に、前にと進んでいるであろう友人達。
 しかし自分は出発八日目にして、地図の見方も分からず道に迷い、途方にくれている。
 確かに一人では最初のうちは何かと不便な事もあるだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く何も出来なくなるなんて思いもよらなかった。
 見えてくるのは自分の甘さや、不甲斐なさ。
 一人とはなんて辛いことなのだろうとハルカは思い知る。
「凄いな……シュウは」
 ハルカはふと、ライバルであり、目指すべき道の先にいる少年の姿を思い出す。
 ハルカが舞姫なら、彼は『ラルースの貴公子』と呼ばれるコーディネーター。
 異名を持つほどなのでそのバトルの強さやコンテストの美しさはハルカを現時点では凌いでいる。
 しかも容姿に優れており、それに憧れる女性は数知れず。
 そんな彼はハルカと大して年も変わらないのに、ずっと一人旅をしている。
 きっとハルカの言った『凄い』と言う意味は一人旅が出来るなんて凄いと言う意味だろう。
「シュウならどうやって道を探すんだろう?」
 迷った時は如何するか。
 友人は如何していたのか。
 ハルカは出来る限りの力を使って、この状況を打破しようと考える。
「アゲハントに道を探してもらう? ううん。コレは駄目ね。ここは鳥ポケモンが多いから、アゲハントじゃ標的になっちゃうかも。分かってるからやらなかったんだし。他に何か道を探すのに使えそうな技を持ったポケモンは?」
 手持ちのポケモンで考えるハルカ。
 ゴンベに匂いで道を辿ってもらう。しかしコレは駄目だ。
 出口にたどり着く前に森の食べ物につられてきっと道を逸れてしまう。
 イーブイは?
 カメールは?
 バシャーモは?
 色々考えてみるがやはり答えにはたどり着かない。
「うう……人が通るまで待てってことなのかしら? でもそんなに悠長にしてたら日が暮れちゃう」
 まだ日は高いが、こんな事をしていれば日が暮れるのは分かっている。
 一人旅の中で森に野宿する事も出てくるだろうと父であるセンリも言っていた。
 しかし、女の子なのでそれは極力避けなさいとも言っていた。
 森は野生のポケモンで溢れかえっているので、何が起きるか分からないと。
 これはセンリだけではなく、シュウもはたまた、あのハーリーさんでさえ言っていたので、野宿と言う最悪の事態は免れたい。
 その注意を思い出したとき、一瞬からが震えた。
 『野生のポケモンで溢れかえっている』
 つまりはいつ襲われるかもわからない状況と言う意味だ。
 基本的にポケモンはコチラが何かをしない限り悪さはしてこない。
 しかし、自分のことだ。気がつかずに尻尾や耳を踏んでしまうかも知れない。
 間違ってポケモンの領域に入ってしまうかもしれない。
 そうすればポケモンたちは生き抜くために必死で抵抗しようとするだろう。そんな力を使われたらハルカだってただでは済まない。
 その事を理解した途端、一気に足が震えてきた。
「一人旅って……こんなに怖い物だったんだ……」
 辛いことは絶対にあるとは思っていたが、恐怖がこんなにも大きい物だとは思っていなかったハルカ。
 自分の能天気さを今、ひしひしと感じる。
「ごめんなさい……ママ」
 家を出る時に母親が言っていた言葉が脳裏をよぎる。
『ハルカにはまだ心の準備が出来ていないわ』
 ことのときは何のことだったか分からなかったが、今漸く思い知る。
 確かに自分の心構えは甘かったと。心に余裕を生み出す準備が出来ていなかったと。
 自分のあさはかな考えを思い知るうちに、どんどんと心が悲鳴を上げだす。
 家に帰りたいと……。
「あはは……ホームシックって奴かも」
 本当は笑える状況などではない。
 しかし何かを口に出していなければ、今が怖くてたまらなかった。
 空は青いのに。
 太陽だって暖かいのに。
 雲だって心地良いはずなのに。
 自分の周りだけ真っ暗で寒くて居心地が悪い。
 どうすれば良いのだろうか。

『ガサッ』

「!?」
 ハルカの背後の茂みで何かが動く音。風の所為なんかじゃない。
 その証拠にまだ茂みは動いている。
「バシャーモ!」
 ポケモンボールを一つ手に取り、あらかじめバシャーモを出しておく。何があっても良いように。
「(落ち着いて……落ち着かなければ何も出来ないわ)」
 まるで自分に魔法をかけるように呟く。
 しかし心には余裕は生まれない。生まれてくるのは嫌な冷や汗だけだ。首筋を通り、地面に落ちていく。
 そしてそれがゴングになったかのように茂みの中の物体は姿を現した。
「ヘルガー!?」
 不味いのが出てきたとハルカは思った。あまり温厚なタイプではない上に、ある程度強い。
 何より此処はヘルガーの出没地域ではない。となればこの子ははぐれヘルガー。きっと他のヘルガーより気質は荒い。
「一匹なら何とかなるかも!」
 そしてこのときにハルカはもっと不味い事態に気がついた。
「炎攻撃が出せないんだ……」
 ヘルガーと属性がかぶっているのであまり効果がないと言う理由もあるが、それ以上に此処は森。炎技なんて出せばそれこそあっという間に火の海だ。
「(油断した……)」
 自分の事を責めるばかりで周りの事を気にしていなかった自分を更に責めたくなる。直ぐに考えれば分かることなのに、と。
 しかし考えてもいられない。ヘルガーは今にも襲ってきそうだ。
「炎が駄目なら格闘技があるわ! バシャーモ! 電光石火!」
 バシャーモは炎系でもあり、格闘系でもある。ならばこの格闘を使わない手はない。
 ハルカはヘルガーとの間合いを計りながら、バシャーモに炎を使わない技を支持していく。
 そして、漸くヘルガーはバシャーモに敵わないと悟った様子で、その場を後にした。
「な、何とかなったかも……」
 ふぅと大きくため息をつくと、ハルカはそこにへなへなと座り込む。
「びっくりしたー! なんで此処にヘルガーがいるのよ!! ……だけど、情けないかも……」
 本当ならもっと楽に勝てた相手のはずだ。
 ヘルガーも強いかもしれないが、このバシャーモだってハルカが手塩にかけて育てたポケモン。かなりレベルは上がっている。
 なのに苦戦を強いられた。その証拠にバシャーモは肩を上下さえ、息が整っていない。
「ごめんね、バシャーモ……」
 もしくは早々にポケモンを代えることも出来たはず。しかしそれは一瞬、怯んだ隙にチャンスを失った。
 もう今の自分はボロボロである。
「一人旅……私はしちゃ駄目なのかなぁ……」
 座っていてもしょうがないので立ち上がったハルカはお尻のあたりの砂や土を払う。
「あ」
 モンスターボールが一つ腰から外れてコロコロと転がり道の端での草で漸く止まる。
「あー……取れやすくなってたのかな? って、え!?」
 歩いて取りに行こうと前方をみた瞬間、ハルカの動きが止まる。
 先ほどのヘルガーがもう一度姿を現した。しかも仲間を連れて。
「嘘でしょ!?」
 今度こそポケモンを代えようと腰に手を伸ばした。
 バシャーモからカメールにしよう。しかし、モンスターボールが見当たらない。
「あれ? カメール!?」
 はっと思い、先ほど転がったモンスターボールを見つめる。
 やはりそれはカメールの入ったボール。取りに行こうにもそれは間合いを詰めてくるヘルガーの直ぐ脇。到底取りに行けそうにもない。
 そしてそうこうやっている内にポケモンを取り替えるチャンスを失う。
「(これじゃ……さっきの二の舞じゃない!)」
 バシャーモは疲れている。もうこれ以上は戦わせることが出来ない。
 他のポケモンを出そうにも、ヘルガーが許してくれない。
 絶体絶命のピンチ。
「……それでも、私に何があっても、バシャーモだけは何とかしなくちゃ!」
 気づけば勝手に体が動き、走っていた。バシャーモの前まで。
「この子にだけは手出しはさせないんだから!」
 そうだ。例えサトシやタケシやマサトが居なくても自分にはポケモンがいる。
 それに、バシャーモはずっと自分のパートナー。だから、何があっても守らなくては!
 ハルカが行き成り動いたことに一瞬、動きを止めたヘルガーだったが、直ぐにわれを取り戻し、そして……ハルカに牙を向けた。
「(私が守らなくちゃ!)」
 恐怖で目をつぶる。







「アブソル、フラッシュ! そしてカマイタチ!」







 目を開く勇気がなく、ハルカは暫く静寂が訪れるまで目をつぶっていた。
 遠くの方でヘルガーたちの鳴き声がする。すこし悲しそうな声。
 きっと何処かが痛かったのだろう。そんな声だった。
 しかし、そんな声がするということは……
「ヘルガーがやられた!?」
 状況を判断して目を見開く。
 すると耳に届いたとおりヘルガーは一目散で今度こそ遠くの方へと消えていった。
「なんで? バシャーモあなた何か……」
「命の恩人に何のお礼もなしかい? ハルカ」
「え? あ、あ」
 思わず指差す手が震える。
 そうだ、さっきの声は彼だ。
 聞きお覚えのあるムカつくけど心地良い声。
「シュウ! シュウよね!?」
「連呼しなくても僕だよ。それとも、君は人の顔も満足に覚えられないほど物覚えが悪いのかい?」
 カチンと来るこの言い方は間違いなくシュウそのもの。
「そ、そんな言い方しなくても良いんじゃない? って……命の恩人?」
「そう。ヘルガーはこの子が追い払ったんだよ」
 シュウは愛しそうにアブソルの頭を撫でる。それに嬉しそうに答えるアブソル。
 確かにこの子はカントーのグランドフェスティバルでシュウと一緒に出場したアブソルだ。
「アブソル、ありがとう。貴方のお陰で私もバシャーモも助かったわ。ロゼリアも……あれ? ロゼリアは?」
 何時もシュウの傍らにいるので、てっきり傍にいると思ったロゼリが傍にいない。
「次のコンテストに備えて力を蓄えてるんだ。見たらきっと驚くよ」
「シュウお得意のコンテストでの初披露って奴ね。楽しみにしてるかも。でも本当に助かったわ。じゃなきゃ今頃私たちヘルガーの餌になってたわよ。ありがとう、アブソル」
 ハルカはお礼にアブソルと軽く握手する。
 アブソルはどんなもんですかと軽く胸を張った後、嬉しそうに笑う。
「アブソルも助けがいがあったと思うよ。かなり見るに堪えかねる状況だったし。だけど、何時もの君ならあれくらい追い払えたはずだけど……どうかしたのかい?」

 何気なくシュウが零したその言葉に……
 ハルカの顔から笑顔が消えた……。

「そう……ね。私でもらしくないって思うわ。本当、一人旅なんて向いてないって思うほどに」
「何かあったようだね……」
 少しうつむいたハルカはまるで目を合わせたくないかのように、シュウに背を向けた。
「私、一人で旅を始めたの。それは知ってると思うわ。だけど、全然駄目。地図の見方は分からないし、道には迷うし、ホームシックにはなるし、ポケモンにまで……危ない目にあわせた。だから……駄目なの」
 顔を見なくてもシュウには分かったらしい。
 だから彼はあえてハルカには近づかず一定の距離を保ったままハルカの言葉に耳を傾ける。
 泣き声で必死に話す彼女の声に。
「私、サトシたちと旅に出るまで凄く甘えてた。マサトにもママとパパにも。だから甘えたくなくて一人で旅することに決めたの。だけど、ホームシックになって此処から動けなかった……」
 一つ、また一つとハルカの目から涙が頬を伝う。
「何かきっかけがなくちゃ前に進まない自分が嫌いだった。何時も人に任せて自分から何もしない自分が嫌だった」
 手にも力が入り、握った手のひらが痛くて、震える。
「皆と旅してる時、何時も人に任せきりで私に出来ることさえしなかった。だから簡単に人も責めた……」
 喉が苦しくて言葉が詰まる。
「だけど、だからこそそんな自分を好きになるために私は一人で此処に来た! だけど、一月もたたないうちにこんなに弱くなっちゃって、しかもシュウにまでらしくないって言われるほどバトルの強さも落ちちゃって、私は私は……」
 下を向いたとき、涙が地面に沢山の水玉模様を作った。
 見たくない。
 そう、だって自分が見たいのは、



「自分が悔しくてしょうがないの! 私は強くなりたいの!」



 大きな青空。
 もっと高くにいる自分。
 そしてもっと強い仲間たち。
 だから彼女は思い切り空を見上げた。
 下ではなく、上を見るために。



「……一つ、思った事を言って良いかな」
 自分に背を向けたままのハルカにシュウは語りかける。
「今泣いている理由が、もしも怖いとか、悲しいとかいう理由だったら僕は君の一人旅をやめさせていたと思う」
「なん……で?」
「序盤でそんなに簡単に折れるほどの意思じゃ一人旅は出来ない。一人旅は半端な意思じゃ出来ないほど辛い物だから。だけど、どうやら違ったようだね」
 涙をぬぐう仕草を背中から察してシュウは言葉を続ける。
「君はちゃんと悔しいと言った。先に進むために一番必要な涙の意味をちゃんと君は知ってる。だから、出来れば僕は君に旅を続けて欲しいと思う」
「続け……られるかなぁ?」
 泣き声で、凄く情けない言い方でハルカは自分とシュウに問いかける。
「強くなりたいと願うなら。続けられる。だけど、そう願い行動するのは君自身だよ。でも、君の場合は空腹で旅を挫折しそうだけどね」
「ふふっ……それって失礼かも」
 背中越しでもちゃんとハルカには伝わったらしい。シュウなりの励ましの嫌味が。
 何時もは嫌な嫌味ばかりを言うシュウだが、ちゃんとハルカを励ます嫌味も知っている。
「決めたわ。私、旅を続ける」
「今決めるのかい? 悩んだって良いと思うけど……」
「悩んでる暇があるなら、コンテストに備えるわ」
「なるほどね。そう来なくちゃ面白くない。ロゼリアの新しい姿も見せられないしね」
 ハルカは空を見て笑い、シュウはハルカの背を見て微笑む。
「それで、一つだけお願いがあるの?」
「なんだい?」
「あんまり顔見られたくないから、このまま先に進んでもらえると助かるかも」
 情けなく泣いてしまった自分の惨めな顔は見られたくない。
 でもそれ以上に、なんだか彼の顔を、目を見てしまったら、安心してまた泣き出してしまいそうだから。
 ハルカはそのような理由からシュウに頼み込む。
「……了解したよ。本当なら森を抜けるまで一緒に行動してもらえた方が僕は助かるんだけどね」
 地図の見方が分からない、道に迷ったと聞けば誰しもがシュウの様になるだろう。
「それなら大丈夫。さっきの戦いでバシャーモのジャンプ力が高い事を思い出したから。バシャーモにジャンプしてもらって自分の位置を把握するわ」
 それぐらいなら出来るとバシャーモがシュウに向かって頷く。
「それに、気づいたの。私は一人じゃない。ポケモンがいる。確かに道を抜けるのには向いてないかもしれないけど、一緒にいれば怖くなくなるし。心強いもの。だからお願い」
「分かったよ……。それじゃ僕は先に行く。また、コンテスト会場で」
「ええ。会場で!」
 今までシュウと幾度となく再会を誓い合ったが、背中越しというのは初めてだ。
 ハルカはシュウの足音がしなくなるまで耳を済ませた。



 そして耳には草木が織り成す心地良い自然の音しか聞こえなくなったのを確認してシュウが進んだ道をの方を振り向く。
「本当に……行っちゃったんだな」
 今までそこにいた彼に思いを馳せる。
 だが、思いを馳せるだけでは終わらなかった。
「あ………」
 ヘルガーと戦うまでハルカが座っていた道の端にあった石。
 その上には綺麗に折りたたまれたハルカの地図とカメールの入ったモンスターボール。そして……
「薔薇……」
 シュウのトレードマークの赤い薔薇。しかしその贈り主がハルカになると、それはシュウからへのメッセージとなる。
「頑張れ……か」
 シュウの薔薇の意味はきっと頑張れと言うことだとタケシが言っていた。
 今となっては確かにそう思う。
 コンテストが終わった時や始まる時、コンテストがなくても貰っていた赤い薔薇。
 きっとタケシの言っていたことは間違いではない。
「で、きっとこれは涙を拭けってことかしらね?」
 素直じゃないなと思いつつハルカは薔薇に添えられていたハンカチに手を伸ばす。
 コレは自分の物ではない。となればきっとシュウの物だ。
 きちんと折りたたまれている綺麗なエメラルドグリーンのハンカチ。
 それを見るや否やハルカはカバンから徐にいくつかの雑貨を取り出す。
 一つは安全を祈願するお守り。
 一つは皮のカバーがついた手帳。
 一つは半分になったコンテストリボン。
「また一つ増えたかも」
 マサトがお姉ちゃんは危なっかしいからと前日にくれたお守り。
 タケシが何かあったらメモをすると良いとくれた手帳。
 サトシと半分こにした思い出や気持ちや絆が沢山詰まったバッジ。
 そして……
「あいつの髪と同じ色のハンカチ」
 その一つ一つを持っていると仲間と旅している気持ちになる。
 嬉しくてまた涙が溢れそうになった。
 しかし、ハルカはそれを右手の甲で拭う。
「今度のコンテストでまとめて嬉し泣きしよう! さぁ、バシャーモ! とりあえずもう少し先ままで進むかも!」
 思い出の品と勇気をカバンに詰めてハルカは突き進む。
 まだまだハルカの旅は始まったばかりだから。





「一瞬、誰かと思ってしまったよ。赤いバンダナじゃなかったから。だけど、服装は変わっても、彼女はちゃんと自分の行くべき道を知っているらしい。その証拠に僕がここにいる事も無駄になってしまったからね。さて、僕らも遅れないように進もうかロゼリ……。ごめん、そうだったね。君は新しい君だった。これからもよろしく。じゃぁ、行こうか」






 新しくなったルビー色の上着
 変わらないままのサファイア色の瞳
 探す目印となったエメラルド色のバンダナ
 そんな彼女の姿を見て彼もまた新しくなったパートナーと歩き始める
 今度はいつどこで出会うのか
 どれだけ強く、美しくなっているか
 『幸福』と言う名の彼女の、
 『再来』を心待ちにして……








花名≪スズラン≫ 花言葉≪幸福の再来≫
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作者より…
DP編に初めてハルカとシュウが出てきたぞ記念です。
まさかこんなに早く見られるとは思っていなかったので嬉しかった。
そしてなによりハルカの衣装が変わったいたのが嬉しくて、
テレビの前で小躍りしました。
今回のお話はハルカが一人旅を始めた時のお話。
多分、シュウのことだから気が気じゃなくて時々様子は見に行ってたと。
やりすぎかなとも思ったんですが、今の彼ならやりそうだ。
変な意味ではなく、本当にハルカがそこまで大きな存在になっていると思います。
今回の花言葉の幸福の再来は、
新しいハルカに出会えた、ハルカが新しい目標を見つけた事で、
また嬉しい何かを得られたシュウと言う意味で使わせていただきました。
大切な人に会うたび、切なさや悲しさも手に入れるだろうけど、
同じくらい、嬉しいとか楽しい気持ちを貰うと思うのです。
だから、ハルカと会えることはシュウにとっては幸福の再来であると思います。
これからもシュウやハーリーさん相手に頑張るハルカを
絶賛応援していきたいと思います!
2008.5 竹中歩