舞姫〜Butterfly Valentine〜





 その日のテレビはどこも今日と言う行事で持ちきりだった。
 中でも時に熱を入れていると思われる番組でチャンネルの切り替えを止める。
 画面では金髪でメガネをかけた女性がリポーターとして何かを喋っていた。
「さて、今年も恋の季節バレンタインの時期がやってきまいりました! 女性の皆さん、チョコレートは用意しましたか? 『まだ用意してなーい!』なんて方は急いで買いに行かないと売り切れちゃいますよ!」
 女性は何処かのチョコレート売り場を中継しながら進んでいく。
 生中継ではないらしいが、当日でなくとも、バレンタイン特設売り場として移るその会場はごった返していた。
 見ていると、人の熱気でチョコレートが解けそうなくらいの密度。
 しかも画面の端に移る女性達は誰も真剣そのもので、多分店員などが必死で飾り付けしたと思われる会場の可愛らしいレイアウトなど気にも留めないだろう。
 まぁ、よく言えばそれだけ大切な人がいる証拠、かもしれない。
「……というわけで、今年は男性の姿が会場で多く見受けられます。何でも自分専用のチョコレートを買うためだとか。確かにそのほうが確実かもしれませんね!」
 バレンタインの傾向は毎年変わる。
 義理にお金をかける年。
 本命にお金をかける年。
 友達にあげるチョコにお金をかける年。
 色々あるが、今年は自分のチョコ『自チョコ』にお金をかける年なのだろうか?
 リポーターの女性は鮮やかな言葉で今年のモードを説明していく。
 その状況が五分ほど続いただろうか?
 画面はデパートらしき売り場から、何処かの有名チョコレート店へと変わった。
 この時期、チョコレート店は大忙しだ。それが例え高級で日ごろ手を出せない価格のチョコレートばかりを置く店だとしても。
「コチラはチョコレート界で有名な男性のお店です。モダンで大人の店って感じですねー」
 先ほどとは打って変わって、女性リポーターは静かにリポートをしていく。
 この店なら確かにそのほうが良いだろう。
 そうしていると、店の奥の方から店のオーナーである男性がテレビカメラの前と歩いてきた。
 四十代くらいの紳士的な男性。レストランのシェフが着るような白の制服を着ている。この人がこの店のチョコレートを全て作っているという人。
「今年も大反響ですね。コチラのお店のチョコレートは二十代の女性が買われることが多いとお聞きしましたが、」
「そうですね、会社の帰りなどに多くの女性の方に利用していただいています。今年ははバレンタインが近づくと、男性の姿も良く見ましたよ。私としては男女ともに愛されているということで大変嬉しいです」
 男性は優しく笑う。
 きっとこの人は人気のある事を鼻にかけないタイプだ。それに誇りを持ってこの仕事をやるタイプ。
 画面越しだが、きっと良い人に間違いない。そう思わせる何かを男性は漂わせていた。
「コチラのチョコレートは大人思考で落ち着いた味と言うことで人気を博しています。それは今年も一緒で、街角アンケートでも『プレゼントしたいチョコレート部門』で一位を獲得。プレゼントするならお勧めです!」
「そういっていただけると嬉しいです。そこまで言われたのなら、今年出来たばかりの一品をお見せしましょう」
「皆さん、テレビにかじりついてみてくださいね! 今年のお勧めチョコが出ますよ!」
 男性はあらかじめ用意していたと思われる白いお皿をお店の店員さんから受け取り、それをリポーターの女性や、カメラの方へと向ける。
 お皿には角がとがっていない、少し丸みを帯びた四角いチョコレートが二つのっていた。
「コチラは二つとも同じチョコレート……ですか?」
「いえ、それぞれ味が違うんですよ。上面だけ見るとわかりませんが、下の面には区別をつけるため、それぞれ模様が入っているんです」
 そう言うと男性はカメラの方に下になっていた方の面のチョコレートを向ける。
 確かにちがう模様がそれぞれ描かれていた。
「この模様細かいですねー。でも、見た目も重視ですが、やはり気になるのはその味ですね! 頂いてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ。まずはコチラから食べてみてください」
 向かって右側のチョコレートから男性は勧める。女性もその言葉に従い、それを受け取り、
「いただきまーす!」
 一口で頬張った。
「あ、市販のチョコレートよりだいぶ落ち着いた味ですね。甘くないです……あ、なにこれ!?」
 何かに驚いたのか?
 女性の瞳が丸くなる。
「気づきましたか?」
 それを見て、男性は嬉しそうに笑った。
「はい! 最初食べたときはビターなチョコレートだなって思ったんですけど、最後の方にピリっとした辛味がありました。だけど、それが妙にこのチョコレートに合うんです! これは……?」
「チョコレートに合わせて専用に作ったスパイスなんです。ポフィンの材料やポロックの材料などに使われる木の実を使った」
 その言葉に女性はより驚く。
 確かに普通は木の実などチョコレートには入れない。合わない事が目に見えているからだ。しかし、男性はそれをやってのけたという。
 驚くのは無理ないかもしれない。
「ポフィンの材料がチョコレートにあうんですか!?」 
「ええ。私もちょっとしたきっかけでやったのですが、意外に上手く出来て驚きました」
「きっかけですか?」
「ええ、一人の少女がくれたきっかけです」
「そのお話、よろしければ聞かせていただけないでしょうか?」
 女性はその話を聞いてみることにし、男性へとマイクを向けた。
 男性の話はバレンタイン二週間前にさかのぼると言う。







 それは私が今年のバレンタイン商品を店頭に売り出した頃の話です。
 一人の女の子がお店に来店しました。
 普段は二十代のお客様が中心となりますが、バレンタインは
 老若男女の方がいらっしゃるので違和感はありませんでした。
 しかし、その少女は商品を選ぶことなく、なぜか浮かない表情をしていたんです。
 理由を聞いてみると
 「あげたいというチョコレートにめぐり合わない」
 と言うのです。
 なんでもその女の子は毎年バレンタインに何を送ろうか迷う相手がいるらしいのです。
 それは彼女にとってとても大切な人らしいのですが、
 「凄く女の子にもてるから、色んなチョコを貰ってそうで……
  しかも、甘い物が駄目だから何あげて良いか分からないんです。
  それに、いっつも私に嫌味とか悪口みたいなのを言うから、
  たまには驚かすとか仕返しとかしたいなーなんて」
 彼女が言いたかったのは
 『他の物とは違う、いたずら心のある、甘くないチョコ』
 と言うとても難しいチョコレートでした。
 でも、私はその少女のチョコレートを作ってあげたいと思ったんです。
 理由としては、
 やはり私がチョコレートを作るのが好きという事もありますが、何よりも
 『悲しいバレンタイン』という物が嫌だったんです。
 誰かに告白して振られるという悲しいではなく、
 あげたいものが見つからないと言う悲しさが嫌なんですよ。
 だって、渡すと言う行為さえ出来ないんですから。コレって悲しいと私は思うんです。
 だから、私はその子を厨房に呼んでチョコレートを作ることにしました。
 なんせ、急なことだったので何も思いつきませんでしたよ。
 作っても駄目、作っても駄目の繰り返し。
 それで休憩を入れて、お茶の時間にしたんです。
 そのときその少女にその男の子との話しを色々聞いたんですよ。コレがまた面白くてね。
 私はてっきり、その女の子はその男の子のことが好きなのかと思ったら、
 彼女は顔を真っ赤にして否定した上でこういったんですよ

 「彼は私のライバルです!」

 それを聞いた時、バレンタインは本当に色んな形があるんだなと思いました。
 ライバルに塩を送るならまだしも、ライバルにチョコですからね。
 でも、それだけその子にとって、相手の子は大事なんだと思いました。
 そして、暫く話しているとその女の子と相手の男の子話の中にヒントを見つけました。
 それは『チイラの実』というポロックの材料です。
 彼女は縁があってその実を口にしたことがあるそうなんですが、
 それが甘くて辛かったらしく、それを聞いてコレを考え付いたんです。
 そうして試行錯誤して、
 木の実を使った『他の物とは違う』
 最後に辛さが不意打ちで来る『いたずら心のある』
 少し甘いけど、ビターを基本とした『甘くないチョコ』
 コレが完成したのです。
 今までと違うチョコレートが出来たので、本当にあの少女には感謝しています。

 





 文面にしてしまえば長い男性の話。
 しかし、言葉にしてしまえばほんの数分の出来事。
 なのに、それがとても心に残った。 
「私、バレンタインは大切な人にチョコレートを贈る日だと思っていましたが、そういう考え方もあるんですね」
 リポーターはテンションを抑え、柔らかく感想を述べる。
「はい。本当にバレンタインはその人によって捉え方が違うのだなと思いました。とても良い事をその子から教わった気がします」
 男性もその思い出に気持ちを馳せる。
 よほど男性にとっては良い経験だったのだろう。
「じゃぁ、私が先ほど食べたチョコレートは『ライバルの方に送るチョコ』といったところでしょうか?」
「そうですね。そのような感じです。これで、その少女のような女の子達が無事にバレンタインを迎えられたら良いなと思っています。」
「ライバルチョコ……なんて斬新なんでしょうか! しかしそうなると、もう一つの方のチョコレートが気になるところですね。では、コチラも味見を。いただきます!」
 そう言って、お皿にもう一つ残っていたチョコレートをやはり一口で頬張る。
 すると女性は一旦停止した。
 そして……
「辛い! 辛い! これ、すっごく辛いですよ!」
 慌てて、アシスタントの男性から水の入ったペットボトルを受け取りそれを口に含む女性。
 その横では男性が笑ってみていた。
「あはは、驚いていただけたようですね。でも、実はそこまで辛くないんですよ。チョコレートだと思って食べると辛くてびっくりするだけなんです」
「そうなんですか? なら、私はまさに今それですね。びっくりしました。確かに落ち着いてみるとそこまで辛くないかもしれません。しかしこのチョコは一体?」
「コレもその少女からヒントを貰ったんです。そのライバル以外にもう一人、結構毒舌な人がいるから、その人に少し優しくして欲しいなと言っていたので、作ってみました」
「優しくと言いますが、コレでは逆効果では?」
 女性をここまで驚かせるほど辛めのチョコ。普通贈られたら怒りそうなものである。
「この辛い成分は先ほどのチョコとは違う成分で、気持ちを落ち着かせてくれる成分のが入っているのです。それに、日頃『こんなチョコの辛さぐらい、実は私は辛いの』と言うメッセージをさり気なく伝えられたらなと思って作ったんです」
「うーん、伝わるのかは如何かとして、確実に仕返しには使えそうですね。テレビの前の皆さん、日頃鬱憤のたまっている上司などにどうですか?」
 リポーターはすかさずフォローを入れる。
 そして番組はいよいよクライマックスに突入。
「さてさて、そろそろお別れの時間となってしまいました。最後にコチラのライバルチョコと仕返しチョコ? もしくは優しさを頂戴チョコ? の名前をお願いします」
 女性が男性に再びマイクを向ける。
 そして男性は優しい顔をしてこう言った。
「『舞姫』です。協力してもらった女の子から貰いました。因みにライバルチョコの下面の模様は異国の言葉で『ライバル』。もう一つの方は『優しさを私に』と書いてあります」
「舞姫……なんてエレガントな名前なんでしょうか! 皆さんもよろしければコチラのお店に立ち寄ってみてください! では、また来週お会いしましょうー!」
 そう言って、番組のスタッフロールが流れ、番組は終了した。





 再びテレビのリモコンが握られたが、チャンネルが変わることはなく、そのまま電源がオフにされた。
 そして漸くテレビの前の人物は立ち上がる。
「なるほど……そういうチョコレートか。バレンタインに態々届けに来て、早々に帰るから、意味なんてわからなかったよ」
 そう語るのは綺麗な緑の髪と瞳を持った少年。
 何時もはクールで有名な彼が何故かそのときは笑っていた。
 それはきっと目の前にある舞姫と言う名のライバルから贈られた特別なチョコレートの所為なのだろう……。











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作者より……
バレンタインなのに二人の姿が皆無です。
と言うか、そのチョコレートが出来たいきさつをどうしても書きたかったんです。
切欠はあるテレビで見たチョコレート甘いのに辛いチョコ。
それを見た瞬間
甘くて辛い→チイラの実(マボロシ島)→シュウハル
と言う連立方程式が出来ておりました。
一応打ちのマイ設定でシュウは甘い物が駄目なんですが、
そういえばシュウはチイラの実はあまーいって喜んでたなー
なら、それに近い味なら大丈夫なんじゃないだろうかと思いまして、
今年はチョコレートをハルカは贈りました。
やっぱり、シュウはいっぱいチョコを貰うだろうから、
そんな中に埋もれるようなほかの人の一緒のチョコは、
ハルカも嫌なんじゃないかと思ったのです。
やっぱり、シュウの一番でありたいはずだから。
この場合の一番はライバルであると言う意味で。
因みに、優しさ頂戴チョコは私が欲しいと思ったチョコです。
単にそんなチョコが合ったら知り合いに送って、驚かして見たいと思ったので。
だが、そんなチョコレートをもっらたのはきっと紫の髪の人です。ノクタス使いさん。
きっと何処かでからーい!て叫んでますよ。
今年はチョコレートを送る方に回りたいと思います。
みなさまが楽しいバレンタインでありますように。
ハッピーバレンタイン。
2008.2 竹中歩