ある地方にグランドシティーと呼ばれる街が存在した。 都会的な面をもっていながら自然も育んでいると言う理想的な街。そしてその街にはある有名な場所があった。 『グランドスクール』 施設や生徒数は一般の学校と変わらないが、各界の著名人を多く輩出している事からその名が知れ渡っている。 そんな学校だからなのだろうか。年々留学生の人数は増える一方。そしてそれを見越して数年ほど前に学校から5分の場所に留学生専用寮が建設された。それが今の舞台である。 「何やってるんだ……?」 「えーと……木登り…かも?」 その男子生徒は寮の敷地内に生えているりんごの木を見あげた。そこにはこの寮の女生徒と思しき姿がある。そんな歳にもなって何故登っているのかが気になって仕方がなかったようだ。 「こんな夜更けに?」 「…こんな夜更けに。」 既に時計の針は夜の8時を廻っていた。木登りをするにしろ余り的確とは言えない時間。どっちにしろ女生徒が不審者であるには間違いなかった。 「研究?」 「まぁ、研究といえば研究かもね。」 グランドスクールには数多くの科がある。その多くは自分の専攻科目を研究の対象とする事が多く、時には度肝を抜かれるような事をする生徒がいる。彼は彼女もその1人かと思い淡々と話していた。 「やっぱり私って…今、変人扱い?」 「今の現状じゃそういう事になるかな。」 「はぁ…いいわ。もう降りるか…ら?!」 「あぶなっ…!」 彼女は足を踏み外した。 そして間一髪でその男子生徒は彼女を受け止めた。 だが…これが2人のある事件の始まりに過ぎなかったのだ…。 非科学的な恋愛の始まり方 〜Apple Tree〜 『ボーン…ボーン…』 寮の廊下に備え付けている大きな柱時計が9時を告げていた。 「………」 「………」 2人に会話はない。ただ時間が過ぎていくだけ。そんな時を過ごしている場所は先ほどの男子生徒の部屋。 基本的にグランドスクールでは男女の部屋を行き来する事は止められてはいない。因みに何故男子生徒の部屋なのか。単に男子生徒の部屋が玄関から近かっただけである。 この部屋の住人でもあり、女子生徒を助けた男子生徒。名をシュウと言う。シュウはグランドスクールでは有名人だ。学園内で数少ない特待生であり、その頭脳は教師をも越えると言われているほど。ルックスはかなり良く、緑の髪と同系色の瞳が印象的。その上喋れる言語は5ヶ国以上とまできており、学校で知らない生徒はいないと言われるほど光っている生徒である。専攻科目は科学。 一方、りんごの木に登っていた女子生徒。シュウと同じくこの寮に入っている留学生。名前はハルカ。成績ははっきり言って悪い。しかし持ち前の明るさは人を呼び寄せる力があるらしく、誰とでも仲良くなってしまうと言う力を持っている。ルックスもスタイル年齢にしては上々。亜麻色の髪珍しいはねっ毛と青系の瞳が健康的な印象を与える。専攻科目は特になし。 「あの…落ち着いたら?」 「普通は落ち着けないと思うよ?」 「でもさ、動いた所で今の現状は変わらないと思う。」 「確かにそうだけどね。」 「だったら落ち着いてお茶でも飲もうよ。」 漸く会話が始まったかと思えば小競り合い。でも…何か様子が変だ。 落着きがなくブツブツ言いながら部屋の中を徘徊しているのはハルカ。 落ち着く事を進めながらお茶に誘うのはシュウ。 話し方や行動が見た目に合っていない。そう…まるで… 「だーかーらー!!君はどうして『入れ替わった』事を平然と受け止められるんだ!」 ハルカが机に拳を振り下ろす。今の意見から大体把握できる。 つまり2人は…意識が入れ替わってしまったのだ…。 「落ち着いた?」 「無理に落ち着かせたよ。」 紅茶を飲みながら見た目はハルカ中身はシュウの顔色を伺うシュウ…基中身はハルカ。 「大体どうしてこんな事に…。」 1時間ほど前…ハルカがりんごの木から落ちるところをシュウが滑り込みで助けた。普通なら背中に地面があるはずなのに、シュウの背中にはそれが訪れることなく、逆に人肌が背中に当たっていた。それに不信感を覚え、目をあけるとそこにいたのは『自分』を抱えるようにして助けている『自分』の姿。そして、自分の置かれている現状を把握する為に、彼女…見た目はシュウを引っ張って自室に篭り今にいたるというわけだ。 「まぁ…運が悪かったという事で!」 余り笑う事のないシュウ。それがこれでもかという位に明るく笑っている。初めて自分の顔に気味の悪さを覚えた。 「運が悪かったじゃない!君は今後の事をどれだけ軽く思っているんだ。明日の講義や友人との付き合い方…どうしてそこまで軽く見られるんだか…。」 落ち込む自分の姿と言うのを直視した事のないハルカはその行動を面白そうに見つめていた。 「はぁ…全くうじうじと五月蝿いわね。シュウ、両手出して見なさい。」 漸くハルカが事を起こす。言われるがままにハルカ…中身はシュウは両手を差し出す。そして中身がハルカのシュウはその両手に自分の両手を重ね合わせた。すると… 「…!」 重なり合っている手が一瞬光り、シュウ…見た目はハルカは眩しさの余り目を閉じる。 「もう目を開けても大丈夫よ。」 彼女の言葉にシュウは恐る恐る目を開けた。その先にいたのは… 「やっぱり。元に戻った。」 りんごの木に登っていた彼女の姿。今の一瞬でどうやら元に戻ったらしい。 「は…はは…は…」 「しゅ…シュウ?」 「一体…一体…これはなんなんだぁぁぁ!!」 その夜…寮に1人の男子生徒の声が響いたと言う。 次の日… 「つまり…今の君は物を入れ替えてしまう装置と言うことかい?」 「まぁ早く言うとそういう事かも。昨夜もね入れ代わりの研究してたの。同じ木に生えている葉っぱも入れ替わるかってね。」 午前中の講義終了後、2人の姿は学食にあった。人数が多いせいか、2人が馴れ合っている事に気づく生徒は少ない様子。 「ことの始まりはね、今から1週間前。友達の缶コーヒーと私の缶紅茶を自販機から取り出して両手で1本ずつ持って、友達のところへ持っていったの。そしてお互い封を開けて一口飲んで…噴出したわ。ラベルはちゃんとコーヒーと紅茶なのに中身が入れ替わってるんだもん。でも…そのときはそんなに気にしてなかったわ。運が悪かっただけと思ってね。でも次の日の朝…朝食に使うマヨネーズとケチャップを両手で持ったら…一瞬光って次の瞬間には中身が入れ替わってたの。流石に私も変だと思ってもう一度今度は水の入ったコップとオレンジジュースの入ったコップを同時に持ってみたの。今度は眩しくても瞬きせずにね。そしてやっぱり中身はあっという間に入れ替わった。まるで手品みたいに。」 「そんな事が…起こるなんて信じられない。」 シュウは鼻ではんと笑って見せた。 「やっぱり非科学的だから?」 「その通りだよ。」 学校では有名だった。シュウは非科学的な物を嫌うと。地球外生命体、超能力、幽霊やお化けといった類の物。それら全部を馬鹿にしていると。彼曰く『すべてのことは化学的に証明できる。』らしい。そう言うだけあって、生徒の誰かがお化けを見たといえば、持ち前の頭脳を証明した事もある。本当に彼の前では非科学的な事は全て科学で説明されてしまうのだ。 「でも、本当よ。」 「信じられる証拠がない。」 肩をすくめてまた鼻で笑う。こう言うのを嫌味笑いと言うか人を馬鹿にするというのだろう。 その行動はハルカを怒らせるには十分だった。 「ちょっと待ってなさい!」 ハルカは席を立ち上がるとすぐ傍にあった自販機でジュースを2本購入して、席に再び戻ってきた。 「右手に紅茶、左手にイチゴミルク…見れば分るわよね?」 「ああ。」 「飲んでみなさい。」 そう言ってハルカはシュウに紅茶の缶を渡す。そしてあからさまに迷惑そうな表情でシュウは缶の封を開けた。そして、一口口に含む。 「どう?」 「…紅茶だ。」 「は?!」 「紅茶だよ。この味は。」 「嘘よ!」 ハルカはもう1つの缶。イチゴミルクの封を開けると口の中に流し込む。でもどうやっても味は… 「こっちが紅茶じゃない!そっちの缶貸して!」 無理やりシュウから缶を奪い取ると此方も口に含んでみる。そして… 「ほら、こっちはイチゴミルク…。嘘ついても事実は事実よ。」 勝ち誇った笑みでハルカは自分の起きている現状を証明して見せた。 「やはり単純でもこれは騙せないか…。」 「残念だったわね。私は食に関しては五月蝿いんだから。味を間違えるなんて事はしないかも。」 「しょうがない。不服だけど認めよう。君が今そう言う状況に置かれている事は。…じゃ。」 「へ?」 「認めたからもうそれで良いだろう?」 「ちょ、ちょっと!それってどういう事よ?」 「どういう事も何も…僕には関係無いことからね。」 「入れ替わっておいてそういう事言う?!」 「あのね、僕は被害者だ。君を問い詰めないだけ良いと思って欲しいよ。」 席を立ち上がり、教科書を携えてシュウはその場を後にしようとした。が… 「やっぱりシュウでも無理なのね。こればかりは。あーぁ。特待生のシュウでも認めてしまう非科学的な現象…ある意味凄いわね。『非科学的な事を認めなかったシュウが認めた非科学的な事』…うん。行けるかも。」 「そうやって人の闘争心に火をつけようとしても無駄だよ。その手には乗らないから。」 「ふーん……じゃ、しょうがない。」 背を向けたシュウにハルカは笑みを浮かべる。そして…例の両手をシュウの肩へと伸ばした。 「…君は!!」 「へへーん!またこうして欲しくなかったらちょっとだけでも良いから協力してほしいかも!」 そして再び見た目はシュウで中身がハルカと見た目がハルカで中身はシュウが出来上がったのだった…。 「と言うわけで…以上が結果だよ。」 元に戻った二人は講義終了後シュウの部屋でハルカの現状を調べていた。 「つまり…中身だけが入れ替わるってこと?」 「そういう事。正確には『包まれている物』の中身だ。クレープの中身は入れ替わるけどハンバーガーのようにサンドされている物の中身は入れ替わらない。外身と中身が別の物質の場合そして固体は固体、液体は液体と言う風にある程度両手に持つ物質が似ていなければ入れ替わらないというのが今の結論。」 「はぁー…1週間以上今の現状にぶち当たってたけどここまで考え付かなかったかも。出来る物と出来ない物がったのは知ってたけど。ランダムだと思ってた。後は手袋して直接手に触れなければこの力は働かないってことぐらいしか分らなかったかも。流石特待生。」 シュウの頭の良さにハルカは感心していた。しかし、シュウはかなり不満なようである。 「どうかした?」 「どうもこうも…どうして僕がこんな事を…。」 「だって、シュウなら解けると思ったのよ。非科学的な事は全て化学的証明できるって有名だったから…」 「それが仇になるとは思わなかったよ…。」 「悪いとは思ってる。でも…私もこのままはいやよ。人と握手する時手袋したままじゃ失礼だし、かといって握手するたびに入れ替わったらきりないわ。」 「握手だったら片手で良いだろう?両手でその人に触らない限りは入れ替わらない事がわかったんだから。」 そう。人間の意識が入れ替わるにはハルカが両手でその人に触らなければならない事がわかった。片手では何も反応しない。シュウが言うには片手だともう片方の手には入れ替える物質がないからこの力は働かないのだろうと。 「右手と左手で握手する時が来たらどうするのよ。確実にやばいかも。」 「そんな状況滅多にないって。」 「でも、こんな状況絶対に嫌!だって…好きな人出来た時に抱きつけないじゃない……」 この事態で初めて見せたハルカの少女的一面。確かに抱きついていたたびに恋人と入れ替わるのはごめんだ。 「好きな人を作らなければ良いんじゃ…」 「それは無理!人間は恋する生き物なんだから。」 「はぁ……もう勘弁して欲しいよ。あそこで君を助けなかったらこんな事にはならなかったのに。大体、何で僕の部屋で研究する必要が…。」 「この私の変な力を知っているのはシュウだけだからよ。私の部屋人の行き来激しくていつ誰かがくるか分らないから…。」 「…友人には?」 「言えるわけないでしょう?…気味悪いじゃない…こんな力。知られたくないかも。」 知りたくてシュウも知ったわけではない。逆に知ったことを忘れてしまいたいくらいだ。でもこの現状を一番否定したいのは中心にいるハルカ自身。 「シュウだけが頼りなの。私の力を気味悪がらないシュウだけが。だからお願い…」 彼女にとって今はシュウだけが唯一の救い。そしてシュウがついに…折れた。 「まぁ、僕も非科学的なことを証明できないのは許せいなからね。証明だけはしてあげるよ。」 「本当?!ありがとう!」 そしてこの後、嬉しさの余り張るかが抱きつき、2人にとって3度目の入れ替わりが起きるのだった。 「シュウ君、この頃ハルカちゃんと仲が良いね。」 ハルカが力を手に入れてから10日目。以前2人の研究は続いてるが、謎はまだ全然解けていない。 そして屋外での薬草調査中に親友であるキミマロがシュウに話し掛けてくる。 「そうかい?」 「うん。この頃よく話してるし。」 「ちょっとばかり非科学的な事を証明してくれと頼まれたからね。」 「そうなんだ。」 「あのー………」 そんな2人の会話に大きなリボンをしたショートカットの女子が話し掛けてきた。 「えーと確か…同じ留学生の…」 キミマロが先に思い出した。どうりで見覚えのある顔だ。寮生らしい。 「カナタです。ハルカの親友の。」 「そのカナタさんがどうかしましたか?」 「ハルカ見ませんでした?今日の講義…出てなくて…今までなかったんです。サボるにしても連絡くらいはあるはずなのに。それでこの頃よく話してるシュウ君なら知ってるかと思ったんですけど。」 「いえ…今日は会ってないですよ。」 「おかしいな…何かあったのかしら…。」 外の天気は心地よいというのに3人のあたりだけが空気が淀んでいる。 「捜すの手伝いますよ。」 「良いですか?本当あの子は人に迷惑かけるのだけは得意で…苦労するでしょう?」 「ええ。本当に。」 ハルカの事で苦労を分かち合える人間がいたことがシュウは少し嬉しかった。が、今はそれ所ではない。ハルカは早く探さねば。その時、 「カナタさーん!!」 再びショートカットの少女が走ってきた。どうして今日はこんなに人間が集まるのだろう? 「ホシカ…いた?」 「はい。ママが見つけました!」 走って来たのは親子でグランドスクールに留学中と言う珍しい生徒。娘のホシカ。 「何処にいたの?」 「学校の隅に生えてる木の上に。」 「木の上ぇ?!全くあれほど木には登るなと…いいわ。今から行く。どうもありがとう…」 「僕も行くよ。」 「え?」 「何となく木の上にいる彼女は危なそうだから。」 ふと初対面の時の記憶が蘇る。もしまた落ちかけて助けた人間と入れ替わったしまっては一大事。シュウはため息をつきながらその目的の木まで走る事となった。 「ハルカさーん!降りた方が良いわよ!!」 木の下ではホシカの母親、ツキコが必死になって説得を続けていた。が、ハルカは聞く耳持たず。 「マーマー!連れて来たよー!!」 「キャー!シュウ君!」 捜していたカナタではなく、一緒に来ていたシュウに歓喜をあげるツキコ。そう言えば入学当初この人にはナンパされた覚えがあるとシュウは思い出す。 「違うでしょ!カナタさんでしょ!」 「ああ、そうだった。全然降りてこないんですよ。ハルカさん。」 「もう!ハルカー!いい加減迷惑かけるのやめなさい!シュウ君やキミマロ君にまで迷惑かけたのよ。」 やはりカナタは怒っていた。ここまで大騒ぎにしたのだ。起こって無理はない。しかし、やはりハルカは降りてこない。それどころか木の上で背伸び、欠伸をして気持ちよさそうにしている。 「全く…猫みたいに…ハルカー!!」 「猫……?…まさか…。」 カナタの言葉にシュウはハッとする。 「あの…彼女は今日朝はちゃんとしてたかい?」 「朝ですか?ハルカさんちゃんと食堂でご飯食べてましたよ?」 どうやらホシカは朝食で同席していたらしく、朝彼女が普段どおりだったことを説明する。 「てことはその後か…」 「あ。いたいた。」 大騒ぎをしているメンバーにまた駆け寄ってくる人物。確か、体育科の教師グレースだった気がする。男勝りで食べる事が好きな元気の良い女性教師。 「あーハルカちゃん…やっぱり変になってしまったのね。私の所為かしら…」 「どういう事ですか?」 不可思議なグレースの台詞にシュウは問いをなげかける。 「今日の朝食の後だったかしら?学校に出てきたハルカちゃんが校門のところで思い切り転んでね。砂埃が付いてたから洗いに行ったらどうかって進めたのよ。それで外の手洗い場で足の砂埃とかを落としているハルカちゃんにちょっとした悪戯心で…猫を投げたみたのよね。まぁ、ハルカちゃんの反射神経から行ってもちろん猫は受け取ったけど、そのあと何かハルカちゃんの様子が変になって…新種の猫アレルギーかしら…。」 「先生…猫を投げつけないで下さい。猫がかわいそうです。」 「そうね。反省するわ。」 男勝りで楽しい事が好きな先生が考えそうな事だ。案の定カナタに指摘されている。 その言葉でシュウはある答えを頭の中で確定させた。 「入れ替わったんだ…」 周りの人間には聞こえないような声でポツリと零す。 砂埃を洗う為に彼女はおそらく手袋を外したのだろう。その時に猫を投げられて両手で受け取った時に入れ替わった。 「あの…ちょっとすいません。彼女を下ろす為に道具取ってきますから…見ててもらえますか?」 「もちろん!シュウ君のお願いだったら聞いちゃうわ!」 「ママ…その年甲斐のないテンションどうにしかして…」 ハルカを除いても五月蝿そうなメンバーに後を頼んでシュウは…手洗い場まで足って行った…。 「確かこの辺に…」 グレースが猫を投げたというその現場。もし彼女がいるのだとしたらこのあたりだ。 「いるのか?」 気配を感じて水道の下を覗き込んでみた。そこにいたのはぶるぶると震える小さな猫。 「君だろ?」 こくりと頷いて猫はシュウの足元へと近寄る。やはりハルカだ。 「全く。君は本当に運がないね。」 五月蝿いと言わんばかりに猫はシャーと威嚇の声を出す。 「はいはい。直ぐに元に戻れるから。」 猫…もといハルカを抱きかかえて皆の元へと足を伸ばそうとした時シュウが軽くため息をつく。 「どうやら来てくれたようだよ。」 四足で何かが此方へ向かっている。そしてそれを追いかける数人の人間たち。そうだ…そろそろお昼だ。きっと猫も昼食の時間なのだろう。テリトリーであるこの場所へ走って来ている。 「シュウ君!ハルカ捕まえて!」 「はいはい…と言っても擦り寄ってきてるけどね。」 猫はシュウに面識がありかなり懐いてた。その証拠に猫が入ったハルカはシュウに頬擦りをしている。 「え?2人ってそんな関係?」 「いや。違うよ…ちょっと待ってね。」 カナタの問いを簡潔に否定したシュウは猫入りハルカと、ハルカ入り猫を皆から見えないように学校の影へと連れて行くと両手を重ね合わせて入れ替わりをさせた。 「し、死ぬかと思った。」 「だろうね。」 このあと、皆に弁解をするのにハルカは一苦労したという。 その夜… シュウとハルカは今日の出来事をハルカの部屋で話し合っていた。 「まさか人間と猫が入れ代わるなんて…」 「言っただろう?似た様な物質は入れ代わるって。」 「でも猫と人間よ?似てないじゃない。」 「同じ哺乳類ではある。」 人間と入れ代わるだけでなく、猫と入れ替わる事もわかった。どうしてこうも次から次へと問題が起きるのだろう?とそのとき、ハルカの部屋をノックする音。ハルカはトテトテと歩いてドアをあける。 「ワ…カナ?」 扉の先にいたのは大人しそうなセミロングの髪をした少女。何か思いつめている様子。 「ごめんなさい。こんな時間に…ハルカさん今日…シュウ様に…擦り寄ってなかったですか…?」 見られていた。どうも猫と入れ代わった姿を彼女は見ていたらしい。ハルカは何とかして取り繕うとするが、どうもこう言うフォローはハルカに向いていない。 「あっとね…それは…」 「僕がどうかした?」 「シュウ様?!」 話の内容に自分が出てきたのでシュウは思わず顔を出してしまう。それと同時にワカナと言う少女は目に涙をためて…ハルカを睨んだ。 「どうして…黙っていたんですか?何で言ってくれなかったんですか…?ハルカさんなんて…大嫌いです!!」 「ワカナ!」 そう言うとワカナはその場から逃げるように走り去っていった…。 「出ない方が良かったみたいだね。」 「ううん。シュウの所為じゃないわ。いつかはこうなるって思ってたし…座りましょう。」 シュウはその言葉に頷いて再び座っていたハルカの部屋のソファーへと腰を下ろす。 「はぁ…どうしよう。確実に嫌われたかも。」 「いつかはこうなるって言ってたけど…。良かったら話してくれないか?少なからず僕にも関係のある話のようだし。無理にとは言わないが…」 「そうだね。話した方がいいかも。今のはね後輩のワカナ。凄く懐いてて良い子で私も可愛がってたんだけど…ちょっとやっちゃいけないことしちゃったから。」 「やっちゃいけないこと?」 「うん…。シュウ…ワカナに見覚えない?」 「…あるよ。」 シュウとワカナは面識があった。それは… 「一度…告白された事がある。」 「そう…ワカナはシュウが好き。だから言われてたの。協力してくださいって。私はもちろん協力する気だった。でも…今日さ、猫の私がシュウに擦り寄ってたでしょ?あれがどうも誤解を招いたようで…ワカナから見れば私がシュウに行為を抱いてるように見えたんだと思う。」 考えてみれば入れ替わりの能力がありながらシュウ1人にしか被害が及ばなかったのは奇跡かもしれない。でもその奇跡も今日で終わった。ワカナと言う被害者を出してしまったのだから。 「私には本当ことを言う勇気がない。それに本当のことを言ってしまったとしてもシュウと入れ替わったことも話さなくちゃいけないと思う。それこそあの子を苦しめる事になる。だからどうしていいものか分らなかった。でもどっちにしろ…協力するどころか…私は…ワカナを裏切った。」 「真実を言うか…それとも嘘をつくか…」 「え?」 「僕と君が付き合っていると言う嘘をつく。僕から君に惚れたというね。君の言う風にそれほどまでに良い子ならば僕が惚れたという事には文句は言わないと思う。好きな人の幸せを願うのが本当の良い子だと思うから。」 「多分…ワカナが怒ったのはそこじゃないと思う。あの子は大分前に私に言ってくれた。もし私がシュウを好きになっても構わないって。好きになってしまったらどうにも出来ない。人の心は変わるものだからって。」 「だったら…どうして彼女は怒ってしまったんだい?」 「どうして…シュウを好きになった事を黙っていた事に対して怒ったんだと思う。黙っていられた方が辛い。それで怒ったのよ。」 ワカナはシュウとハルカがくっ付いた事を好意を持っていたのを怒っていたのではない。ハルカが自分に黙っていた事が寂しかったらしい。だからあんな言葉を飛ばしたのだろう。 「はぁ…全く。変な力宿っちゃったね。」 シュウに曝け出して楽になったのか。ハルカの表情が少しだけ和らいでいるように見えた。 「本当に。早くどうにかしないと変な誤解が生まれかねないようだ。」 「これじゃ家にも帰れないし。こう見てみるとつくづく私って本当の事言えないな…」 「本当のこと?」 「うん。ワカナにこんな力が宿った事も言えない。それと…パパに学校のこと言えなかった。」 「この学校のことかい?」 「そう。」 ハルカは本棚から一冊アルバムを取り出した。そしてパラパラとページをめくり1つのページで手を止めそれをシュウに差し出す。 「これが前の私。」 そこに写っていたのはチアガールの集団写真。真ん中の方に今より若干幼いハルカが写っていた。 「私ね…チアガールをしてて人の応援するのが凄く楽しかった。だから応援する人とか支える人になりたくて…スポーツドクターになろうと思ったの。でも…この学校には医療がないでしょ?それをパパに言えなかった。自分が本当にやりたい事を。ここはパパとママの出身校だから…何時の間にかここに入る事が前提になってた。だから言えなかった。真実って言わなきゃいけないときに言えないんだよね。」 また無理に笑って見せるハルカ。その表情にシュウも一瞬暗くなる。 「シュウまで暗くならなくても…」 「僕は真実を言う前に…自分から真実を拒絶した。」 「え…?」 「僕にはね、ロバートと言う兄がいるんだ。聞いたことない?有名だよ。」 「ロバート…ロバート…もしかして…医療で有名なロバート医師?」 「やっぱり医療関係に進みたいだけあって知ってるみたいだね。そう。それが僕の兄だよ。」 半年ほど前、医療の世界で神に愛されたといわれる程の技量を持った若手の医師が登場したと聞いたことがある。それがシュウの兄だ何て思いもよらなかった。 「凄いかも。ロバート医師がお兄さんだなんて。」 「凄い…確かに兄さんは凄い。そんな兄を誇りに思う。でもその兄が僕を真実から拒絶させたのかもしれない。」 「良かったら聞かせてもらえない?」 シュウは笑ってなずいた。 「……僕らは数年前に両親を亡くしたんだ。それからずっと年の離れた兄さんが僕の面倒を見てくれた。両親を亡くした時に兄さんは既に医師だったから。そして兄さんはその腕のおかげで凄い有名人になったんだ。もちろん僕も鼻が高かった。そして…そんな兄さんになりたくて僕は医療の道へと進んだ。だけど…周りの環境が…ね」 「いじめられた?」 「ううん。それどころか物覚えが速いとか褒められた。いじめなんてなかったよ。でもさ…その褒められる言葉にはいつもオプションがつくんだ。『流石ロバートさんの弟だ』『この調子で行けばロバートさんの有能な助手になるな』『ロバートさん譲り』いつも…兄さんの名前が出るだ。兄さん抜きにして褒められる事ってなかった。結局僕は『ロバートの弟』でしかないんだよ。きっと医療の世界にいる限りはそうだと思って…僕は医療の世界から逃げ出した。そして科学の道へと進んだ。この道なら僕を僕としてみてもらえるから。それに意外に似てるんだよね。科学と医療って。でも…真実を拒絶したことには変わりない。」 それがシュウの過去。語られることなかった過去。どうして彼が科学の道を進んだのか。そのすべたが今の話。 「医療の世界に戻りたい?」 「え?」 「機会があれば戻りたい?やっぱり…。」 「どうだろう?さっきも言ったけど化学と医療って似てるんだよね。非科学的な事を科学的に証明するとことか、未知の病原体を追求するところとか。僕は探究心が強いから…」 「ふーん。シュウが非化学に拘るのは馬鹿にするのじゃなくて、追求したかったからなんだね。だとしたら謝らなくちゃ。私、馬鹿にするなんて最低かもって思ってたから。ごめんね。」 「いや。実際馬鹿にした事もあるし…気にしなくていいよ。」 「ありがとう。じゃぁ、ついでにもう1つ曝け出したい事があるんだけど聞いてくれる?」 「ん?」 「本当はこんな体になった理由…心当たりがあるの。」 「な!」 行き成り告げられた真実。心当たり? 「どうしてそれを早く言わなかったんだ!」 「言えなかったの…友達を疑うみたいで…。」 「疑う?」 「実は……」 次の日…シュウはワナカの部屋の前にいた。理由はハルカの昨日の話。 『ワカナからクッキーを貰ったんだけど、それを食べてからこうなったのかもしれない。』 それが彼女が打ち明けられない理由だった。確かに打ち明けにくい。これではまるでワカナが仕組んだとしか思えなかったから。でも、否定している場合ではない。彼女の体を直さなければもっと被害者が増えるのだから。シュウは意を決してワカナの部屋のドアをノックする。 「…はい。」 中からは少し目の下を腫らせたワカナが出てきた。きっと昨夜の事で泣いていたに違いない。 「朝早くからごめん。」 「シュウ様!?え!わ!どうしよう!こ、こんな顔で恥ずかしいです…」 慌てふためくワカナの行動が初々しく感じた。ハルカと来たらこんな行動見せた事がないのだから。 「あの…実は…」 「……ハルカさんのことですね。」 「まぁ、それもあるんだけど…。」 「残念ですが…昨日の事…嫌いなものは嫌いなんです。」 シュウは返す言葉を失う。ここまではっきり言う子も珍しい。こんなに嫌われている事をハルカが知ったらどうなるだろう。きっと落ち込むに違いない。しかし、 「私が『私を』ですけどね。」 「え?」 「昨日…ハルカさんの幸せを祈ってあげられなかった。確かに黙っていられた事に関しては怒ってます。でも言い難い状況を作ってしまったのは私です。知ってたんです…ハルカさんがシュウ様に気があるの。でも協力してくださいって…悪戯心ですね。敵わないならせめてくっ付かないようにって。でも…私が入り込める隙もなかったみたいで。お2人の仲は。変ですね。振られたのに…少し温かいって。やっぱりお2人には幸せになって欲しいです。それだけハルカさんに伝えてください。」 「いや…それは君が言った方が良い。」 「でも…私酷いこといいましたし…。」 「それでも彼女は君からの言葉を待ってる。だから彼女に直接言ってあげてくれないかな。」 「…分りました。シュウ様のお願いですから。お引き受けいたしますわ。」 ワカナは笑って見せた。そしてシュウは確信したのだ。原因はこの子じゃない。きっと他に理由があるはずだ。しかし念のために。 「あ…それと聞きたいことがあるんだけど…」 「はい?」 「10日ほど前、彼女にクッキーをあげたと聞いたんだ。それは…」 「あ、あのクッキーですか?ハーリー先生にいただいた物なんです。知ってるケーキ屋さんの新作だから舌の超えてるハルカさんに味見をして意見を聞かせて欲しいって。あ!そう言えば私そのこと言うの忘れてました。」 漸く繋がった…ハルカの力の原因が。 「ハーリー先生って…あの科学科の?」 「そう。はっきり言って良い性格してるよ。残念ながら生きている限り余り係わり合いになりたくない人種だね。」 2人は休日の学校を走っていた。向かうは化学研究室。ハーリー先生の部屋である。そして辿り着いた2人は勢いよく扉を開けた。 「「ハーリー先生!!」」 「WOW!何事よ〜!ハーリービックリ!」 なよなよとている行動に女言葉…確かに余り馴れ合いにはなりたくない部類だ。ハルカはシュウの言ってた意味を今理解する。しかし、それに驚いている場合ではない。 「先生…10日くらい前にワカナに託したクッキーですけど!」 ずんずんとハーリーに詰め寄るハルカ。そしてその話を聞いたとたんハーリーの表情がぱっと明るくなる。 「あ!その件ね。どうだった?何か起きた?実験の成果は?」 「やっぱり先生だったんですか…。」 がくと項垂れた。悪びれるどころか研究成果を聞くなんて本当に良い性格をしている。 「そう。素敵な発明でしょ!ちょっと人体では危ないかなと思ったから健康体で有名なハルカちゃんに頼んだって訳。」 一歩間違えば変な副作用で大事件になりかねないのにどうしてこの人はここまで明るく振舞えるのか…ある意味この自己中心的な性格は羨ましい。 「そんな怪しい物食べさせないで下さいよ!」 「もう、そんな事はいいから、何が聞かせてよ。」 「ええ、何があったかジックリ語らせてもらいます!」 そして研究室で何がおきたをハルカは説明し始めた。 「つまり…物質同士も入れ替わったと。」 「はい。」 一段落着いて、ハーリーに出された紅茶を飲むハルカ。シュウはハーリーのテンションに付いていけず、部屋の端の方でコーヒーを飲んでいた。 「治りますよね?」 「無理ね。」 悪びれもせず、ハーリーはきっぱりと言い張った。 「え!!」 「冗談よ。解毒剤は一番最初に作ってるわよ。一応安全なのはマウスで把握済み。でもまさかそんな副作用があるなんてね。びっくりだわ。」 「私が驚きましたよ。大体何の為に作ったんですかこの薬。」 そう…一番の問題はそれ。どうしてこんな物質などを入れ替える薬を作ったのか。 「うーんと…人の気持ちを分る為にかしら。」 「人の気持ち?」 「そう。例えばある人がお腹が痛いと言うでしょ?でもその人の痛みなんて分らない。それを自分でもわかるように意識を入れ替える薬を作ったの。医療にも役立つと思うわ。医者が患者の意識と入れ替わる事が出来れば診察はいらないでしょ?」 「あ…確かに。」 今回は本当に悪気はないらしい。確かにハーリーの言う薬が出来れば医療に関して大きな第一歩を踏み出す事が出来るだろう。 「それを作ってたんだけど、物質にまで影響が出るとは思わなくて。改良の余地アリね。新しいので来たらもう一度試してくれる?」 「もうお断りです!」 二度とごめんだ。猫と入れ替わったり、缶ジュースの中身が入れ替わるなんて。それに変な誤解だって生まれて友情に皹だって入りかけたのだから。 「グランドシティーセントラルパークのデザートタウンケーキ食べ放題をつけるわ。」 「う…。」 食べる事の好きなハルカの性格を良く理解している。その言葉に一瞬誘われかけたが、 「そんな事にのらないでほしい。」 「シュウ…。」 シュウに間一髪のところで止められた。 「さぁ、解毒剤を出して下さい先生。」 「分ったわよ。はい。これよ。」 ハーリーが差し出したのはココアクッキーに見える物体。これが解毒剤? 「先生クッキーに見えるんですけど…」 「クッキーよ。」 再びきっぱりと言い張る。 「先生からからかってます?」 「からかってなんてないわよ。この薬はそれはそれは不味いのよ。食べやすいようにこうやってクッキーにしてるんじゃない。因みに本当の薬はプレーンで解毒剤はココアクッキーよ。私って手が込んでる。ハーリーベリーカインド!」 「はぁ…それじゃ頂きます。」 ハルカはクッキーを口に放り込み暫くして飲み込んだ。 「……どうだい?」 シュウが顔色を伺う。 「わかんない…かも。実感ない。」 「じゃ、試してみましょう。」 ハーリーはそう言うと二つビーカーを取り出し、1つには青い液体、もう1つには赤い液体を入れた。 「これを両手で触って入れ替わらなかったら解毒が聞いてるってことでしょう?」 「そうですね…。では!」 恐る恐る手をさし伸ばして……ビーカーに触れるハルカ。結果は… 「入れ替わらない…治ったの?!」 「良かったじゃないハルカちゃん!」 その拍子にハーリーはハルカの両手を握る。が、あのけたたましいまぶしい光は訪れない。 「入れ替わらない。元に戻ったー!!」 「なら長居はむようだね。行くよ。」 「うん。先生!お世話になりました!」 「はいはい。」 そう言って二人は研究室を後にした。 数日後…。 「やっぱり良いね。普通が。」 「そうだね。」 ハルカは普通の体に戻った事を本当にかみ締めていた。 あの後ワカナが先日の謝罪をしに来た事で、今回の事件に関しての被害者はいなくなった。 「でも…この事件て結局非科学だったの?」 「いや…ハーリー先生が薬を作っているという事で科学的には証明できる。ああ見えて結構腕の立つ研究者だからね。」 「ふーん…」 「どうしたんだい?」 「いや、シュウは証明だけはしてあげるって言ってたけど、証明出来たあともこうして話してるのが不思議だなって。」 すべてはハルカの力が証明されるまでの約束。しかしこうやって2人の変な関係は続いていた。 「確かにそうかもしれないね。でもま…既に僕らの関係は切っても切れるような物じゃないし。」 「忘れたくても忘れられない人間同士だもんね。」 もしかすると今の此の世ではお互いだけかもしれない。人間と入れ替わったという面白い体験をしたのは。そう考えてみると簡単に切れるような関係ではない事は確か。 「…それに…シュウの意外な一面また見れたし…。」 「『また』?」 「あ……」 不可思議な言葉だ。またという言葉を使うという事は以前にも意外な一面を見たことがあるということ。 「何か知ってた?僕の事を…。」 「うん…大分前からね。初めてシュウを見たときなんて冷酷そうな人なんだろうって思った。でも…私が入れ替わった猫…時々餌やってたでしょ?その時にああ、実は優しい人だなって。だから…人を助ける事が出来るって言うシュウを見れたのが二回目の意外な一面。」 「ばれてたんだね。一応柄じゃないから黙っていたのに。」 「素敵な事じゃない。」 ハルカはシュウの行動を嬉しそうに笑って見せた。そして、 「実は…私科学を専攻しようと思うの。」 「またなんで…」 「医療に一番近そうだから…」 特に専門教科を専攻することなく今までやってきた彼女が1つの科を専攻しようとしている。それは彼女なりの決意。 「やっぱりスポーツドクターに?」 「うん。なりたいもの。それである程度知識を付けてこの学校を出たあと、本格的な学校に入ろうと思う。だからさ…お願い!」 嫌な予感がした…とてつもなく嫌な予感が。 「勉強手伝って!」 「…は?」 「だって、教科担当の先生が科学科に入りたければ…ハーリー先生の薬の実験になるか、いい点数取れって言うんだもん。実験だけは絶対に嫌!となれば点数取るしかないじゃない。それに私って勉強だめだから…シュウなら頭良いし。ね、お願い!」 必死になって両手を合わせるハルカ。まぁ、漸く真実の事をいえるようなったのだ。少しくらいは手伝いをしてあげてもいいかもしれない。 「厳しいよ?」 「承知の上です。」 「じゃ、早速明日からだね。」 「はーい。感謝します!…そう言えばシュウはお医者さんの夢…諦めたの?」 「え?」 「だって、元はといえば医者になりたかったんじゃないの?」 「それは確かにそうだけど…」 医者になりたかったの事実。でも自分からその道を外れたのだ。今更戻りたいなんていえるはずがない。 「どうなの…?」 「僕は…」 「あ!!」 話の途中に変な悲鳴。ドジなハルカがこけた。なんとシリアスな展開にギャグ要素を入れてしまう子なんだろう。 「あはは…ごめん。」 「全く。ほら…」 シュウは手を差し出す。解毒のおかげで入れ替わるような事はもうない。 「…え?」 「えぇ?!」 筈だったのに…視界がまぶしい光を放つ。そして目をあけると…見覚えのある御互いの視線。 「どうしてぇ?!先生と入れ替わらなかったのに!!」 悲鳴をあげるハルカの魂入りシュウ。 「あの…教師ぃ…」 青筋を立てて怒りに身を任せそうなシュウ魂入りハルカ。 どうして再び入れ替わったのか…理由はあの教師しかいない。となれば行くしかない! 「あ!ハルカさーん!」 走り出そうとした2人を後方から呼び止める声。ワカナだ。 「シュウ様!お久しぶりです!お2人とも揃っていて良かったですわ。ハーリー先生からお2人にお手紙を預かりました。はい。これです。」 タコマークのシールで風をされた横型封筒。差出人のところにハーリーと書いてある。 「それでは、私はこれで失礼します。」 用を終えるとワカナはそのばから立ち去っていった。そして残された封筒。 「なんて書いてるの?」 涙ながらに封筒を見つめるシュウ。基ハルカ。 その言葉に見た目はハルカのシュウが封筒を開ける。中から出てきたのは1枚の便箋。 『お2人さんへ ちょっとばかり手違いで、薬の調合を間違えてしまったの(ハーリーってばどじっこ!)物質の入れ替わりには問題ないのだけれど、人物の入れ替わりの力だけ残ってしまったみたい。え?何で手紙なのかって?実はハーリー半年ほど海外出張になってしまったの。だからごめんね。ハーリー帰ってくるまで待っていて。それじゃぁ、頑張ってね!』 「「半年後?!」」 2人で大きな悲鳴をあげる。こんな状態を半年も続けるなんてごめんだ。そしてこの手紙を読み上げたシュウの意識が入ったハルカは… 「僕は医者にはならない。」 「な、何を行き成り…」 「この状況を打破するまでは絶対に科学者でいる!」 「シュウ…」 またこの人は自分の為に真剣になってくれている。どうして? 「だから君の体質が治るまで、医者の夢は先送りだよ。」 「ハーリー先生待てばいいんじゃ…」 「それまで君が入れ替わらない保障は?」 「ない…です。」 「わかれば良い。」 ああ、また彼に迷惑をかけてしまうのかとハルカは申し訳なさで本当に頭が上がらない。 そんな状況下、便箋がもう1枚あることに気づく。 「シュウ、もう1枚便箋あるみたいよ?」 「え?ああ…本当だ。」 張り付いていて気が付かなかった。便箋はもう1枚確かにある。そして再び2人はそれに食い入った。 『PS えーと今回の入れ替わりの力に関しては追記があるわ。それは特定の人物と言うのはお互い信じあった2人。恋人としかくっ付かないってこと。やーん!ロマッチックかも(ハルカちゃんの真似)だからハルカちゃんに恋人がいない限りはこの力は発生しないと思うから大丈夫。と言うわけでハーリーは海外出張に行ってきます!じゃぁね! ハーリーより愛をこめて』 「…君は本当に運が悪い…。」 「…え?」 そう言ってハルカの見た目を持ったシュウは見た目が自分のハルカの両と手を合わせる。そして二人は元に戻った。 「あ…戻った。で?どう言う意味よ運が悪いって?」 「…だってそうだろう?…僕みたいに性格の悪い奴に好かれたんだからね。」 シュウは笑って見せた。初めて見たかも知れない。シュウの笑顔。 「本当ね…運が悪いかも。シュウが薬作ってくれるか、ハーリー先生戻ってくるまで好きな人に抱きつけないんだもんね。と言うわけで、頼りにしてるわよ。シュウ。」 「迷惑でない頼りなら…ね…。」 結局、第三者の手によって暴かれてしまった気持ち。でも通じあればそれはいいんだ。 それを見つめる変な人影… 「全く。あのシュウを好きな子が気味の悪い体質に変化した事で失恋に追い込み、尚且つ、憎いハルカを気味の悪い体質の所為で好きな人間から嫌われるという私の素敵な『一石二鳥!嫌いな奴共倒れ精神駄目駄目攻撃』がどうしてこうもハッピーエンドで終わるのかしら!追いかけられるのめんどくさいからトンズラしてやろうと思ったのに…今度は自分で薬を作り出すって言うし…ああ!もうやめやめ!こんな学校早く撤退してやるわ!」 この2人の切欠に2人を嫌っていた教師がいたことは誰も知らない。 それは僕が入学して一ヶ月のことだった。 学校内で猫を可愛がっている女子生徒がいた。 その子は落ちぶれで勉強なんて本当に駄目だと友人から聞いていた。 だからどうでもいいと思ったのに… 「よし、貴女の名前はエネコ!良い猫でエネコ!」 その変な美的センスに笑った。自分でもそんな事で笑うのが不思議なくらいで… それからかな?彼女の行動が面白くて目で追いかけてた。 だからあのりんごの木にいたときに話し掛けるチャンスが出来て凄く嬉しかった。 でも実際素直になれなくて…本当あの時ばかりは自分の性格を恨んだ。 だけどそんな僕でも君は頼りにしてくれた。 僕が猫に餌をやっていたのを知っていた。でも一つだけ違う真実がある。 これは君が知らない真実。 僕は猫に会いたくてあの場所にいたんじゃない。 君に会いたくてあそこにいたんだ。 だからある意味この事件には感謝してるよ。 「シュウー!この問題なんだけど…」 「ん?」 2人の周りを明るい光が包み込む。 「シュウ…早く薬欲しいかも…」 「そうだね…。今日も取り掛かるとするよ。」 2人がちゃんと付き合える日はもう少し先のようです。 -------------------------------------------------------------END--- 作者より… 弐拾萬感謝企画決定リクエスト 不思議な事は信じない科学者の卵・シュウと、不思議な力を使う少女・ハルカ そして今回はかなり多くのリクエストを頂きましたので、 少しいろんなリクエストをまぜさせていただきました。 シュウとハルカの中身入れ代わり。 ワカナとかハーリーさん絡みの三角関係。 学園もの。等々色々ですね。 結構上手く纏まってくれて助かりました。 そして結局パラレルにおさまる。つくづくパラレルが好きです。 今回舞台になったのはイメージ的には現代のニューヨーク。 留学生の多い大学と高校の一環教育施設。だから10代後半? シュウは非科学的な事を許せいない科学者の研究生徒 ハルカは勉強は出来ないけどスポーツが大好きな生徒です。 入れ替わりはやっぱり書きにくかったです。途中どっちがどっちか分らなくなりました。 シュウに纏わるコーディネータズも登場。まぁお約束ってことで。 そして赤っ恥台詞登場。 『僕みたいに性格の悪い奴に好かれたんだからね。』 言うのか?言うのか?いや、ニューヨークが舞台だからこれぐらい 言ってくれそうな気がする。 そしてハルカがスポーツドクター志望…無理がある。勉強駄目なのに。 まぁ、パラレルですからね。 今回のサブタイトルApple Treeは始まりを意味するりんごを絡めました。 これからもシュウハルを愛する人たちに幸があることを願いつつ、 この辺にさせていただきます。 本当に多くのリクエストありがとうございました。 2006.6 竹中歩 |