スグリ〜goose berry〜 「えーと、ここが今日君たちの泊まる部屋ね。」 どこに行ってもほぼ同じ顔の白衣の天使ジョーイ。ハルカたちご一行は山の中にひっそりとたたずむ、旅人の味方『ポケモンセンター』に本日は泊まることになっていた。 部屋に案内されメンバーは久しぶりの布団の感触に喜びを覚える。まぁ、タケシはいつもどおりジョーイをナンパしているが、マサトがいつものようにジョーイから遠ざけた。 「でも、何でこのポケモンセンターはこんな山奥にあるんですか?少し行ったら町があるのに…。」 そう、サトシの言うとおりこのポケモンセンターは妙な場所に存在する。大体のポケモンセンターは町の中心部に位置するのだが、このセンターは町外れの山の中に存在している。 「そういえば、説明してなかったわね。ここわね元々ジムで、そのジムを少し改装して、ポケモンセンターとして使っているの。だから、町の中心部じゃなくてここに存在してるわ。そして、ジムの設備はそのまま町の人たちに使ってもらっている。玄関から見て左側の通路を行くとスタジアムがあるはずよ。」 ジョーイはそれを説明すると、手を振って自分の職場へと戻っていった。 「そっかぁ…ねぇ、行って来てもいいかな?」 「止めたところで、ハルカは行くだろう?」 「うん。」 サトシがハルカの性格を分かっているようにため息を付く。 「行ってこいよ。俺たちはここで休んでるから。7時には食堂にいるからな。それまでには戻ってこいよ。」 「ありがとう!タケシ!!」 「僕も行くよ!!」 タケシの返事を聞くなりハルカは『僕も行く』と言ったマサトをその場において走り出す。余程、スタジアムでアゲハントのイメージトレーニングでも行いたいのだろう。 「すっごい…かも…。」 唖然とした声が立ち尽くすハルカの口からこぼれた。その言葉はスタジアムの大きさなどに対しての言葉ではなく、人々の量だった。かなりの人々そしてポケモンがスタジアムでひしめき合っている。 「これじゃ、練習できないね…お姉ちゃん。」 「うーん…。」 スタジアムの入り口で悩んでいると一人の男性とぶつかる。 「おっと、ごめんよお譲ちゃん。」 「ごめんなさい!!入り口なんかに立ってて!!」 「いや、前を見なかった俺も悪いんだ。お譲ちゃんは…ポケモンコーディネーターなのか?」 「え?」 「いや、ここに週に一回、ポケモンコーディネーターたちがここに集まって話をしたりアドバイスしたりするから、てっきりお譲ちゃんもそうかなと思って…?お譲ちゃん?」 その男性は説明し上げてハルカの方を向くが、ハルカの耳には途中からの会話は全く入っていない。 「すごい!!この人たちって皆ポケモンコーディネータなんだ!!だったら、話とかいっぱい聞けるかな?マサト、行くよ!!」 「あ!!ちょっとお姉ちゃん!!すいません!ありがとうございました。」 やはり弟のマサトのほうが礼儀正しい。マサトはその男性にお礼を言うと、人々の渦の中へと飲まれていった。 結局ハルカは時間をぎりぎりまで使い果たし、アドバイスや、会話などに話を咲かせ満足して、食堂でサトシとタケシに落ち合った。そして、余程疲れたのだろう。部屋に戻るなりまるでベットのに吸い込まれるようにして眠りに付いた それから約4時間後… 「あーぁ…のど渇いたかも…。」 既に時計の針は12時を回っていた。もう『次の日』である。のどに潤いが無いことに気づき、ハルカは部屋を出て食堂にある給水所へと向かう。 「ふわ―…眠い…。これ飲んだらもう一眠りしよう…。」 水を飲み上げた紙コップをゴミ箱へ捨てるとき、スタジアムの入り口から光が漏れていることに気づく。 「(このジムって24時間好きな時に使っていいのかな?)」 ハルカはそう思いながら、その入り口へと向かっていく。 別に堂々と入っていけばいいものを何故か、その入り口のドアの隙間から中をのぞく。 角度が悪いせいだろうか、ポケモンしか見えない。 「(うーん…あれって『ロゼリア』?)」 それは薔薇を象徴としたポケモンロゼリア。何故かそのポケモンを見るとハルカには一人の少年の姿が頭に浮かんだ。 「(あー…『シュウ』を思い出すってことはこれはやっぱり固定観念てやつかも…。)」 今のところ、ハルカがライバルだと思っているポケモンコーディネーターのシュウ。キザで薔薇を持っていて、自分に向かっての口癖が『美しくないね』。それがハルカのシュウへ対するイメージだった。 「(まさかシュウなわけ無いわよね?)」 頭に仮説を立てる。しかし、その仮説は次の言葉で『確定』へと進化する。 「その調子だ。ロゼリア。」 その声は否定しようにも否定できない相手の声。正しく『シュウ』本人だった。 「(えー!!今日ここで見てないのに何でここにいるの?!)」 驚きを隠せず、思わず体を前に出してしまった。 『ガタッ』 その音にシュウは軽くため息をつくと 「盗み見るなんて美しくないね…。」 「べ、別に盗み見てたわけじゃ!!」 「こんな形で再会するとは思わなかったよ『ハルカ君』。」 『美しくないね』という言葉に反応して、シュウの前に姿をあらわすハルカ。その姿にシュウは少し笑っている気がする。 「もしかして、気づいてたの…?」 「思いきり隙間から君のトレードマークのバンダナが見えてたからね。誰にでも分かると思うよ…。」 「早く言いなさいよぉ!!」 エネコのように威嚇するハルカだが、シュウはそれをあざ笑うかのように会話を続ける。 「で、君はどうしてこんな時間にこんな場所へ来たんだい?」 「ちょっとのどが渇いて起きたら、それこそこんな時間に明かりがついてるんだもん。気になってきたのよ。邪魔だった?」 ハルカはあいも代わらずシュウを睨んでいた。 「あぁ、邪魔だね。」 その冷たい言葉に自分のやっていた事が悪いことだとわかり、たまらずその場を去ろうとする。 「も、もう邪魔しないわよ!!帰るもん!!」 「『盗み見る』形は邪魔だね。」 「へ?」 「盗み見る形はと言ったんだよ。普通に敵情視察するのなら歓迎するけどね。」 先ほどの『邪魔』と言う言葉は盗み見られるのがという意味であり、別にハルカの存在が邪魔と言ったわけではない。 「見てて…いいの?」 「君が見たいと言うならね。」 そのシュウの台詞にハルカの顔がパァと明るくなる。 「それじゃ、ここから見てもいい?」 「邪魔しない程度にお願いするよ。」 「うわーい!」 そのハルカの笑顔は本当に嬉しそうな顔そのままだった。ライバルの戦い方やイメージトレーニングが見れるなんて滅多にあることではない。 「あのさ…シュウ。」 「なんだい?」 「今日、お昼からこのポケモンセンターにいた?」 ロゼリアとのイメージトレーニングの少しの休憩中に背中をこちらに向けているシュウにハルカが話し掛ける。 「いたよ。」 「でも私、今日お昼からずっとここにいるけど、シュウの姿確認してない…かも。」 「それはそうだろうね。」 「え?どうして?」 やはり背中を向けているシュウに返事を問う。 「僕は昼間、夜にトレーニングする為に部屋で仮眠をとっていたから。」 「何でそんなこと?」 「何でって…」 シュウにすればハルカの『何でそんなこと?』をと聞く質問の方が『何で?』であった。 「あの人の多さじゃろくに、トレーニングが出来ないからね。君はまさかあの状態でトレーニングしたのかい?」 「違うわよ!私はアドバイスとか色々聞いて今後のトレーニングに役立てようと…。」 「君しては懸命な考えだね。」 そのシュウの言葉にハルカはキョトンとする。 「…なんだい?その珍しそうな目は…?」 「だって、シュウが褒めてるんだもん!私、初めて聞いた気がするかも。」 『そんなはずは無い!』と言いたかったのだが、シュウは断言できるだけの自信を持ち合わせてはいなかった。 「そうかもしれない。結構君とは話してた気はするんだけどね…。」 「絶対そうだよ!!シュウが褒めてたら頭に残ってるはずだもん!!……?そういえば、今日は薔薇持ってないのね?」 ハルカの言う事は当たっている。ハルカのバンダナがトレードマークだと言うならシュウのトレードマークである『薔薇』が今日はシュウの手には握られていない。 「薔薇は夜…寝てしまうんだよ…。」 「ふーん…。」 少しの静寂が二人を包む。そして、その静寂を破ったのはシュウの方だった。 「ま、君がここにいると分かってたら薔薇を起こすべきだったかな…。まさか、こんな所に君がいるなんて思わなかったからね…。」 そう言葉を言ったのに返事は返ってこない。シュウは後ろを振り返りハルカの姿を確認する。そこには小さな寝息を立ててベンチで横になっているハルカが存在していた。 「『こんなところで寝ては風邪を引くよ』と言っても遅いようだけど…。」 ハルカが寝てしまうのは無理も無い。シュウのように仮眠を取っているはずが無いからだ。しかもこんな時間に起きているのだから、眠くなるのは当然である。 「全く…これだから君は目が離せないんだ…。いつもそうだ。この頃行く先々のポケモンコンテストで君を探す…。習慣になってしまったよ。僕にとって君はもう…。ただの『顔見知りの女の子』じゃないんだ。もっと…大きくて『特別な存在』になってる…。」 きっとハルカ本人は聞こえていないだろうと思われる会話。それを分かっていてシュウは寝顔のハルカに喋る。 「と、まぁ、語ったところで君にはまだ知られたくないからね。この…気持ちは…。」 「(甘い…香り…?」 ハルカは夢の中で心地よい香りがして目を覚ます。 「う…ん?ここどこ?」 ぼやける視界を取り戻そうと必死に目を擦るハルカ。そして、その視界を取り戻すのと同時に自分がどうしてこの場所にいるのか?どうして寝ているのかを思い出す。 「わ、私寝ちゃったの!?」 「やっと起きたかい?『お姫様』。」 「え?!お姫様?」 それはさておき、ハルカは視界に入ったシュウの姿を確認する。気のせいだろうか?シュウが黒い服を着ている。いや、着ているのではなく、紫の上着を着ていないのだ。 「何で上着着てないのぉ!?」 シュウはハルカの能天気に少々呆れる。 「君が着ているのがただの紫の布に見えるか?」 「え?!あ!これシュウの…かも?」 「ご名答。」 シュウは少しずつ近付いてハルカに毛布代わりでかけていた自分のシャツを回収する。 「あ、ありがとう。今何時?」 「そろそろ3時になるかな?君も、もう一度戻って寝たらいい。僕も寝ようと思う。」 「そう…ごめんね。結局邪魔しちゃったみたいで。」 「別に。寝ていた方が邪魔にはならなかったよ。」 「何よその言い草…?これ何?」 敵意剥き出しのハルカの前に差し出されたのはスグリ。木苺の仲間である。 「どうしろって言うの?」 「受け取れと言うわけではないんだが…僕の気まぐれだと思ってもらっていい。そこに丁度なっていたからね。君の眠気覚ましに丁度いいと思って摘んだんだ。」 そういえば、自分が起きる少し前に夢の中で甘い香りがした。きっとこれが原因だろう。 「一応もらっとく。」 「そう…じゃ、僕は部屋に戻るよ…おやすみ。」 「おやすみ。」 こうして、二人はそれぞれ自分の部屋へと戻っていった…。 「くしゅんっ!」 シュウの部屋でくしゃみが音として響いた。 「やっぱり上着を貸したのは間違いだったかな…。ロゼリア心配してくれるのかい?ありがとう。でも、彼女が風邪を引くよりはマシかな…。そんな彼女の苦しんでる姿は見たくないからね。それにしても、この近所に『スグリ』があるなんて…。あれは願掛けをする不思議な植物だ。それに花言葉が今の僕の彼女に対する気持ちにあうしね…。願い事?もちろんしたよ。さ、もうおやすみロゼリア…。」 ロゼリアが寝たのを確認してシュウも眠りにつく。 まだ、このままでいい…。 変わらなくていい…。 だから、この気持ちを大切にしたい。 彼女に対するこの気持ちを…。 大切にしたい…。 花名≪スグリ≫ 花言葉≪君に対する期待感≫ ------------------------------------------------------------END--- 作者より… シュウハルにどっぷりとつかっている竹中です。 シュウハルの小説で一番かいてて楽しい事はシュウの行動です。 好きな女の子をいじめるタイプの男の子って見てても書いてても楽しい(笑)。 だけど、『これ以上やったら彼女が傷つく』と言う引き際を知っているので、 そこまたそそられます。今回は書いて楽しかったです。 (シュウハルかいてるときは大抵楽しいですが) こういうありきたりな物って書くの大好きなんですが リアル性がないというのでいつも書くの我慢してたんです。 だから書けるのが嬉しくて!! これからも、こういうラブラブなの書きたいです!! 2003.12 竹中歩 |