言葉の足りない少年
 鈍感な少女
 すれ違いやすく、勘違いしやすい。
 けれど実際は…





スペアミント〜spearmint〜





「全く君は相変わらず美しくないね。」
「美しくなくて結構よ!」
 小さな出来事さえも2人にとっては喧嘩の対照となってましまう。その2人とは紛れもなく、シュウとハルカ。
 きっかけなんて既に覚えていない。単に偶然に街で再会し、二言三言言葉を交わしただけなのに何故かこうなってしまった。どうしたらここまで喧嘩が出来るのだろう?
「あのね、病気をすればその病気に対して免疫が出来るように、私だってシュウの『美しくないね』にはもう免疫が出来てるの!」
「だとしたら…どうしてそこまでムキになるんだい?」
「ムキになってなってないかも!」
そういってハルカはシュウから目線をずらすが…ムキになっているのは明らか。ことわざで言うと『一目瞭然』というもの。
「単純…」
「せめて純粋とかいえないの?」
「そうだね…良く言えば純粋という意味も当てはまる。」
「なら、良いほうで表現してよ。」
「今度覚えていたらね。」
 このようなけんか状態を何度繰り返してもハルカの言葉がシュウの言葉を上回ることはない。






 喧嘩を一時中断したハルカの口から珍しい言葉が生み出された。
「シュウ…もしかして私のこと嫌い?」
「…え?」
「だってさ、シュウってバトルとかコンテストとか…ポケモンの話し抜きにしたら、良いことあまり言ってくれないんだもん。だから嫌いなのかなって…」
 足元にあった小石を意味もなく右足で蹴るハルカ。その表情は少し暗みがかかっている。
 そして、この言葉にどう返事を返していいか困惑しているのは誰でもないシュウ。嫌いだといえばハルカから罵声と泣き顔が向けられるのはわかっているし、素直に好きだといえばそれはそれで大問題。いくらシュウとは言え、この問いかけはかなり厄介だ。暫くして出した答えは案の定いつもと同じあやふやな物。
「別に…嫌いというわけじゃないさ…」
「じゃ、何で良く言ってくれないの?」
「……」
 またもや言葉を詰まらせる。そう次から次へと言葉は生まれてこない。考える表情を浮かべるシュウ。
「あのさ…私シュウが思ってるほど強くないよ?」
 本来の順序なら次に喋るのはハルカのはず。しかし、その順序を破りハルカは自分の気持ちを言葉にした。
「シュウが美しくないって言えば傷つくし…単純とか言ってもやっぱり気にしちゃう。…言葉ってそれだけ大きな力持ってるんだよ?」
「それは…分かってる。」
 言葉が大きな力を持っているのはシュウも痛いほど知っている。それは…いつもハルカがしてくれるから…
「じゃ、シュウは分かっててやってるの…」
「え…」
 地面を向いたままで言葉を考えていた性で今漸くハルカの不安な表情に気づいた。
 ハルカの…大きな…落胆の表情に…
「何…シュウは私に何を言っても平気だと思ってたの?傷つくの平気でやってたって事?それともあれ?…私に酷い事言っても嫌われない自信とかあったの?それだけ自分のルックスとか強さに自信があるの?」
 物事は急速に速さを上げ悪い方向へと向かって行く。
「違っ……」
「確かにシュウのバトルの強さとかルックスとかは認めるわよ…でもね…私そこまで馬鹿じゃない!」
 その言葉と一緒に落胆の表情は怒りと悔しさを持ちあせた顔に豹変する。
「だから違うって。」
「何が違うのよ?」
「君が傷つかないとか思ったことはない。」
「何処が!!思ったことなかったら普通言えないわよ!」
「そこじゃない!否定したいところは…」
「……い…」
「え…?」










「シュウなんか……大…らい!」



 聞こえなかった…。
 彼女の必死に絞り出した声が小さくて…
 彼女の表情に涙があったことに驚いて…
 聞こえなかった…。










「……」
 ハルカがシュウの元を過ぎ去って早15分。追いかけては見たが…こんな時ばかりハルカの方が足が速い。取り残されたシュウは物思いに近くのベンチで考え込んでいた。
「傷つかないとか傷つくとか…そういう事じゃなくて…」
 単にハルカの前だと言葉が上手く形にならない。恥ずかしさとか照れとかそういう感じでもあるけど、でも、やっぱりそういうのとは違う感情がハルカの前だと生まれてしまって…上手く話せない。
 よく、恋愛小説などで見る『好きだから悪戯しちゃう衝動』あれにかなり擬似している。
「本当は思ってたよ…」
 いつかは言われるんじゃないかって。でも、もしかしたら言われなくてそのまま平気な関係になるんじゃないかと思ってて…自分の考えはそっちの『平気な関係』方へと行ってしまった。
「美しくないとは言うけど…それは今のことで…多分未来はその対義語になる。…だけど…このままじゃいけないよね。」
 少し不敵な笑みを浮かべるとシュウはベンチから腰を上げる。
「ま、彼女がこの街で行きそうな場所なんて分かってるけどね…」















 ポケモンセンターの裏…森と野原が併合した広場の片隅にハルカは座りこんでいた。
「アゲハント…私ってそんなに神経太そうに見える?」
 モンスターボールから出したアゲハントはハルカの頭に止まりハルカの問いかけに対して頭をかしげる。
「あは、アゲハントには分からないか。でも、良く言われるんだよね。『鈍感』て。自分ではそんなつもりないんだけどな…。やっぱりシュウにもそう見えてたのかな。だとしたら言われて当然なのかも…」
 塞ぎこむハルカの背後から足音が聞こえてくる。
「君は本当に行動がワンパターンだね…」
「………」
 シュウの声はハルカに確実に届いてはいるが、ハルカは決して顔をあげることはしない。
「そのままでもいい。聞いて欲しいことがある。」
「…」
「僕は確かに、君に対してのの表現はいつも良し悪しでいうなら悪い方で表現してきた…。でもちゃんと理由があるから…少しだけさっきの事…弁解させてくれないか?」
 その言葉にハルカは立ち上がると腰のあたりについた砂ぼこりを払い落としシュウの方へと向き直ると、話が長引くことを予想し、アゲハントをモンスターボールに戻す。
「いいわ…。私にも悪いところがあったから…聞いてあげるわよ。」
 不機嫌に等しい表情だがシュウの意見を聞くことに関しては嫌ではない様子。その表情を確認するとシュウは弁解を始めた。
「君が言った『分かっててやってる』あれは紛れもない事実。君が傷つくのは分かってたけど…それを僕は承知で続けた。そのことに関しては…すまない。」
「…」
 無言でハルカはシュウの目を見ながらシュウの口から生まれる言葉を一つ一つ理解して聞き入る。
「それで…弁解って言うのは、否定したいこと。僕が否定したかったのは傷つかないとかじゃなくて、自信があったのかって事の方。そこまで僕だって自信はないよ。」
「じゃ…なんで続けたの?美しくないとか…単純だとか。」
 漸く本題に入った今回の喧嘩の原因。その回答にシュウは…
「それが真実だと思ったから…」
 その返答にハルカが怒らないはずがない。
「な!それじゃ、本当の事だったら何でも言ってもいいの?なんでも許されるの?」
「そうじゃなくって…君だから本当のことが言えるんだよ。」
 シュウの言葉に怒りが一瞬で消えうせ、同時にハルカの頭上にはてなマークが浮かぶ。
「ん?ごめん、意味わからないかも。」
「だと思ったよ。君は自分が鈍感だと思ったことはないのかい?」
「それは……思ったことあるけど…。」
「だから本当のことを言うんだよ。鈍感な人間に遠回りで言っても通じないから。」
「だとしたら…私本当に美しくないんだ…綺麗物好きのシュウに言われちゃ決定的…」
 その瞬間ハルカの周りに黒くよどんだ空気が流れ……シュウはその姿を見て呆れる。
「直して欲しいから…」
「え?…」
「普通ね、本当に嫌いな人間にアドバイスする人なんて僕はいないと思うよ。」
「て…ことは?」
「少なくとも、嫌いじゃないから…直して欲しいと思うから真実を言ってるんだよ。」
「それじゃ、…私の事嫌ってるわけじゃ…」
「そんなこと一言も言ってない。」
 シュウのその言葉にハルカから愚痴が毀れる。
「だったら余計に逆効果じゃない。鈍感て分かってるなら…私がそこまで頭が回らないって言うのを予測できたはずでしょ?」
「…言われてみればその通りだね。」
「でしょ?だからさ…次からは何処が悪いかちゃんと言って欲しいかも。」
「分かった…次からは努力するよ。」
「本当に努力してよ?…まぁ、今回の件はもういい謝ってくれたし…それに…」
「それに?」
「シュウが私の事嫌ってないってわかっただけで十分。私のこと気遣ってくれたのも分かったし。」
 漸くハルカの顔に笑顔が戻った。それを見てシュウも安堵の表情が毀れる。そして
「そうそう。一つ今回のことに備考をつけるとなれば…」
「ん?」
「今回僕が美しくないと言ったのはバンダナがほどけ掛けてたこと。」
「え?!あ…本当だ。」
「それと単純と言ったのは…本当に直したほうがいい。単純なところは。それが命取りになりかねない。」
「そうね〜。確かに単純な人ってだまされやすいもんね。努力します。」
「決して…ルックスで『美しくない』なんて言ってないからね」
 肩をすくませて人を小ばかにしたようないつもの笑いをシュウは見せる。
「え…?じゃ…私そこまで見た目気にしなくていいの?」
「それは君次第…と言うところかな。」
「なによー!!あ!私も一つ撤回させて欲しいことがあるの。シュウのこと嫌いって言ったこと。」
その言葉にシュウは再び笑みを浮かべる。



「聞いた覚えないよ…」
「え?でも…確かに酷いこと言ったよ私。…大嫌いって…」
「さぁ?僕は覚えてないよ。だから謝る必要はない。」
 もう一度シュウに訂正を言おうとしたハルカだが、シュウの目が何かを物語っていたので、その言葉を飲み込んで首を横に振る。
「そうね…私も言った覚えないかも。」
「だから僕も聞いた覚えがないんだ。」
 お互いにその言葉がなかったような振る舞い。そして一段落しお互いの顔に勝気な表情が浮かぶ。
「色々努力する点がお互い多いみたいだけど…頑張りましょう」
「途中で挫折しないようにね」
「その言葉そっくりそのまま返すわよ。」










言葉の足りない少年は自分なりの彼女への思いを形にしきれず
鈍感な少女はその思いを異形として捕らえる。



しかし実際はすれ違うことでお互いの距離を縮めている。
だからこの2人にはこのすれ違いが欠かせない。
そしてその2人の傍では翠の花が揺れていたと言う。
まるで少年の心を表すような花言葉を持った…
その花が…









花名≪スペアミント≫ 花言葉≪思いやり≫
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作者より……
シュウの『美しくないね』の使いどころが違うと
思って生まれた小説です。
シュウの美しくないと言う言葉は彼にしてみれば
『そこは直した方がいいよ』と言う
彼のアドバイスではないかと思います。
普通こういう時は不器用と言う言葉が
当てはまるのでしょうが、シュウに関して不器用と言う
言葉はないかと。
どちらかと言うと力加減とか知ってると思います。
計算的というか計画的というか…そんな感じです。
今回はその計算すらも通じなかった結果と言う物です。
美しくないねと言う言葉を知らず知らずのうちに
使いすぎていたためこうなってしまったと言うことでしょうか?
あとはそれだけルックスに自信あるんですか?という
問いかけをしたかったんです。
普通ならここまで言われたら嫌われますよ。
でも、嫌われないのは自信があるのかなーと。
まぁ、素直になればこんなことにはなりませんが。
それはシュウが拒絶しそうです。
彼は今のこの状況楽しんでますから(笑)
そしてやはりハルカは鈍感な方がいいですね。
小説書き上げて…シュウがハルカのこと名前で
呼んでないことに気づく全部『君』だよ…。
2005.6 竹中歩