イライラした。
 別に珍しいことじゃない。
 自分がイライラしているのはいつものことだ。
 だが、今日のイライラはいつも通りじゃなかった。
 だから余計に不満が募る。


 aroma



 ベッドに体をうずめたのは夜遅く。
 既に誰もこのセンターでは起きていないのか、受付だけが声をかけるくらい。
 何の音もなく、廊下はただ只管に暗く、歩けるくらいの照明が落とされているだけ。
 それを頼りに、自分は部屋へたどり着いた。
「……弱い」
 それは誰に言ったものでもなく、自らに言ったもの。
 いや、それ以外にも言ったのだろう。
 自分に、ポケモンに、人に、目にするもの全てに。
 元々弱いのは嫌いだ。好きなやつなんてこの世にいるはずがない。
 だが、自分はそれ以上に弱いのが嫌いだ。だから、強さが全てと思っている。
 それは今も変わることなく続いていることだが、少しだけその考えが変わりつつあるきもする。
「別に……あいつの所為なんかじゃない」
 真っ暗な部屋で、服も着替えずそのまま天井を仰ぐ。
 思い浮かぶのは悔しくも、コトネという自分の敵。
 軟弱なくせに、バトルは自分より強い。
 むかつく。ただそれだけ。
 だから気になる。
 あんなになまっちろくて、ふわふわと糸の切れたタコのように世の中を舞っている奔放なやつに、どうして自分が弱いのかと。
 それがずっと続いていた。
「ぜんぶ、嫌いなんだよ」
 人と係わり合いなんて持ちたくない。
 めんどくさいだけだ。
 それに、価値観が違いすぎる。
 自分は世の中では非道や冷酷と言われる部類。
 でも、自分からすれば世の中が軟弱なだけ。
 だからそんな関係の者同士が分かり合うなんて無理な話。
 接点なんて要らない、通じ合うなんてごめんだ。
 喋りたくもないし、考えたくもない。
 なのに……
「何で引っかかるんだよ!」
 目を見開いて、大きな声で叫ぶ。
 ずっと気になる。
 ずっと、今日はずっと。
 全部、全部、コトネの所為だ。
 あいつが、このセンターにいる所為。
 あいつが、幼馴染とあってた所為。
 全てあいつが悪い。
「あほらしい……」
 一体誰がと返ってきそうだ。
 自分が? コトネが? あの幼馴染が?
 ……答え、全部だ。
「何で消えないんだよ……」
 思い出すのは、通りがかったときに聞こえた笑い声。
 そして、今日と言う日にち。
 今日はバレンタイン。
 確かに今日はそんな祭りごとの日だ。関わりたくなくても世の中の流れは耳に入る。
 しかも人の多い、このセンターでは特に。
 同い年くらいの人間が誰これかまわず浮き足立つ。
 いつもなら馬鹿馬鹿しいと鼻で笑っていた日。
 なのに、今年はその余裕がない。ただイライラするだけ。
 だから、眠りにも落ちない。
「……チッ!」
 小さく、舌打ちをして自分は部屋を出た。




 向かった先はロビー。
 部屋にいると、どうでも良いことに時間をとられる。だからここを選んだ。
 適当にテレビは流れているし、人もいない。頭を紛らわせるには充分だった。
 だが、紛らわすなんて言葉ではどうにもならない状態が目の前に広がる。
 自販機の前で佇むあいつがいた。今日、憎たらしく何度も思い出したあいつが。
「お前も起きてたのかよ……」
 一気に不機嫌な面で、側に寄った。と言うよりも、自分も何か飲み物を買うためだ。
 だから、コトネに用があったわけじゃない。
 だが、あいつはいつもと変わりなく、腑抜けた笑い顔で挨拶をする。
 ここに今日はいたんだね、久しぶり。
 その無神経さに腹が立った。
 自分はこいつの所為でペースを乱されまくっているのに、こいつは平然としている。
 だから、イライラが募る。
「別に挨拶する必要はないだろう。オレとお前の関係はそこまで深くない」
 なにやらいつもと違う雰囲気を察したのか、やつは止まる。
 無理もない。自分の機嫌はここしばらくの間で一番悪い。だから、関わらないほうが身のためだ。
 でも、そんなこと知るはずのないこいつは質問をしてくる。
 どうした? なにかあった? 私は何かした?
 明確に理由を聞かれると、言えるものは持ち合わせてない。
 単にお前がむかつくだけ。
「早く飲み物買うなら、買え。オレは買って部屋に戻りたいんだ」
 ここにいてもムカツキに拍車がかかるだけだ。だから立ち去るのが妥当。
 そういうと、漸く飲み物のボタンをコトネは押す。
 そのとき、甘い香りが漂った。
 自販機の取り出し口から缶をとった際に屈んだコトネから。
 ……チョコレートの香り。
「……ずいぶん余裕なんだな」
 え? と首をかしげるコトネに、自分は淡々と喋る。出来るだけ酷な形で。
「シロガネ山を目の前にして、幼馴染とバレンタインとは余裕綽々だな。お前も世の中と一緒で祭りごとに躍らせれるのが好きなのか?」
 知っていたの? ヒビキが来ていた事?
 缶を手に取ったコトネは漸く困惑に満ちた顔を浮かべる。
「あれだけ大きな声を出していれば、廊下にも聞こえるのは当たり前だ。ただ、それだけだ……」
 自分が苦しんだ分、お前も苦しめと思った。
 イライラの原因が分からない分、余計に。
 でも、何故か言っている自分の方が辛く、それと一緒に、何故かコトネは笑っていた。
 すると、奴はポケットからなにやらスナック菓子を取り出す。
 スティック状のチョコレート菓子を。
「……なにがしたい?」
 今用意できるバレンタイン、これくらいしかないの。
 そう言って、自分に菓子を進める。
 あいつにもやったのか? 幼馴染にも、これを?
 というか、何でそんな解釈に。
「お前何がしたいんだ?」
 え? 君にもバレンタインがしたいなって。ヒビキともやったし。
 驚いた表情で答えを返してくる。
 むしろ驚きたいのはこっちだ。
 嫌味のつもりで言ってやったのに、こいつは自分がバレンタインをしたいと勘違いしたって言うのか?
「いるか! 普通に!」
 そっか……やっぱり、臨時で用意したもの入らないよね。
 そう言ってしょぼくれる。
 少し珍しいと思った。いつもなら無理やりにでも渡すコトネが落ち込むなど。
 長年一緒にバトルをしているのだ。その程度の性格なら分かってきている。
「そういう問題じゃない。オレがそういうのが嫌いなだけだ。浮き足立つようなものがな……」
 自分は世の中の人間とは違う。
 だから、そんなものいらない。
 それに……あいつと一緒のものなんて望んでない。
 あいつと一緒って言うのが余計に腹が立つから。
「もう良い…… 俺は部屋に帰る……」
 これ以上話したって無駄だ。
 そう思ったとき、コトネは強引にさっき買った缶を握らせた。
 一瞬手を握られたことに驚いたが、それ以上にその強引さに驚いた。
 じゃぁ、せめてもの侘びに貰って。
 なんで怒ってるかわからないけど。と言って。
「……そういうことをして欲しいんじゃない……」
 じゃぁ、何をして欲しいのかと言われると困るが、けしてそう言う事ではないことなのは確か。
 でも、もう握らされたし、コトネも既にこの場を離れ始めていた。
 そろそろ私戻るからね。そんな風に笑って。
「今回だけ、貰ってやるよ」
 もう、返せない距離だ。それに、飲み物を買おうとしていたのは確かだ。
 そう言うと、コトネは笑い、そして、

 ハッピーバレンタイン! カナデ!

 それだけ言って走って行った。
 別にバレンタインを貰ったつもりもないし、欲しいと催促したわけでもない。
 でも、この仕打ちだとそうとしか見えない。自分が貰ったのは単に缶の飲み物なだけで……
「ホットチョコレート……」
 ……やられた。
 結構意固地なあいつがあの程度で引くのがおかしいと思ったんだ。
 絶対無理やり渡すと思ったのに。それを拒絶して困らせようと思ったのに。
 結局、あいつに渡されて、こっちが負けた。
 受け取らないでいようと決めていたバレンタイン。
 結局貰ってしまった自分がいる。
「……なんなんだよ、全く」
 そう言いながら、自分もその自販機の前をあとにした。
 不思議とイライラを消してくれた少しだけ苦いホットチョコレートを手にして。



 結局、イライラの原因は何だったのでしょうか?







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 作者より…
 バレンタインは、カナデにとって今まで無縁の行事でした。
 でも、コトネと出会ってから色々な事に目が行きだした彼にとって、
 バレンタインは思った以上に気になる祭りだったんだという話です。
 この時点で、イライラしてる理由は端から見えれば解るのですが、
 でも、カナデには理解が出来ません。そんな微妙なときのバレンタインです。
 バレンタインを貰わないと言う頑なな彼に一枚上手な形で
 チョコレートを渡すコトネが可愛いと思います。
 コトネにとって、カナデもそれくらい大事な存在なんです。
 因みに、このお話はヒビキの『taste』の後のお話です。
 ライバルのカナデにはまだまだいっぱいいっぱいでいて欲しいと願います。
 そこから得るものがたくさんあると思うので。
 だから今年は少し苦めのチョコレートで我慢してください。

 2010.2 竹中歩