その日は毎年、朝早くにあの子が家を訪れていた。 息を切らせて、明るい笑顔で扉の向こうで待っていてくれる。 それが嬉しくて、毎年毎年早く起きた。 でも、それは去年までの話。 その子は今、扉の向こうにはいない。 だから、今年は僕から行くよ。 taste 「コトネ? 今何処にいるの? ……へぇ! シロガネ山の近くなんだ!」 久しぶりに聞いた幼馴染の声は、少し寒そうながらも元気な声だった。良かった。特に心配なことはないらしい。 「じゃ、今日はその辺りにいるんだね? うん、僕? 僕はね39番道路辺りかな?」 そうなんだ。結構今回は離れてるね。 少し残念そうな声に申し訳ないながらも、実は嬉しさがこみ上げる。だって、寂しいと思ってくれている証拠だから。 コトネは自分にとって、妹のように大切な存在だから、そう思われて嬉しくないわけがない。だけど本当は、妹以上の存在なんだけど、それはまだ内緒。 そのあと少しのやり取りをして、通信は終わる。 「場所は分かったし……あとは調達だけ、かな?」 彼女はしばらくシロガネ山の麓に滞在していることが分かった。 だったら、この手を逃すのは勿体無い。自分は自転車で目的地へと向かい、ペダルをこぎ始めた。 辺りは少し夕闇がかり、もうすぐ夕飯の時間を迎えようとしている頃。 コトネはしばらくお世話になる予定のポケモンセンターの一室で荷物の整理をしていた。と言っても、長旅でそんな荷物は多くなく、選択の必要なものや、予備が切れそうな薬の点検といった物。十五分もあればそれらはすべて終わってしまう。 ポケモンたちもジョーイに預け、あとは夕飯を待つばかり。そんな時、扉をたたく音が部屋に響いた。 ハーイ、と返事をしながら扉を開けるコトネ。一体誰が来たのか。 「久しぶり、コトネ」 にこやかに挨拶をする人物にコトネは驚く。今日の昼間連絡を取り合っていた少年、ヒビキが訪れた。 「いやぁ、やっぱりシロガネは寒いね。今日中に来れないかと思ったよ」 コトネは快く、自分を部屋へ通してくれた。いきなりの来客に嫌な顔一つせず。 しかも、来てくれて嬉しいとまで言ってくれる始末。どうしてくれよう、この幼馴染の純粋さ。もう、良い子に尽きると思う。 「そう言えば、そろそろ晩御飯だよね? ご飯食べちゃった?」 その返事にコトネは首を振る。何とか晩御飯までには間に合ったらしい。 「良かった。もう食べてたらどうしようかと思ったよ。実はね、良い物作ってきたんだ」 鼻歌交じりに自分はカバンの中を探り、大き目のタッパーを取り出す。それは保温機能がついている優れもの。 「じゃじゃーん! あったか野菜のドリアだよ」 かぱっと蓋を開けると湯気がふわふわと中に漂い、芳しい香りを放つ。 それを見たとたん、コトネは目をきらきらとさせ、美味しそうと言ってくれた。 どうやら気に入ってくれたらしい。 「モーモーミルクの良いのが手に入ったから作ってみたんだけど、食べてもらえる?」 もちろん! 彼女は目が無くなる位微笑んでくれた。ここまで喜ばれると作ったかいがあるというもの。幼馴染冥利に尽きる。 「じゃ、食べようか。ドリアは熱いうちが良いもんね! はい、スプーン。それとあと副菜」 もって来たタッパーは一つではない。あとはちょっとした卵のサンドなんかも作ってきた。もちろん飲み物だって持ってきている。お陰で、この場はちょっとしたピクニックの会場だ。 「それでは、いただきます!」 声をそろえて、コトネもいただきますと言い、今夜の夕食が始まる。 「コトネ、本当に美味しそうに食べてくれたね」 だって、ヒビキの料理は美味しいんだもん。 肩をすくめて笑う彼女の言葉が嬉しかった。コトネは綺麗にドリアを食べてくれて、何度も感謝の言葉を口にする。その言葉聞きたかったわけじゃないけど、どんな、誰の言葉よりも自分には効力のある言葉。だから、また作ってこようと思った。 「また何か良い物が手に入ったら持ってくるよ。僕はバトルの練習相手は出来ないけど、その分サポートは一生懸命するからね」 そう。そうでもしなければ、君に会えなくなる。 前は歩いて少しの距離だったのに、今はどれくらいかわからない距離が自分たちの間にある。 君について旅に出ても良い。でも、それを君は望んでいないのを知っているから。 一人で旅をして、一人で戦って、強くなりたいと願う君。 それが今の自分に出来る、やりたい事だからと、泣きじゃくりながら決意を言葉にした。 顔と気持ちが矛盾して、悩みぬいて、葛藤してまで出した結論。 そんな想いを邪魔することなんて、出来やしないから。 だから、たまに会いに来させて。 時には、甘えて。 そして、笑顔を見せて。 それが今の僕の望むことだから。 それに、今日は特にそのことを願った。 だって、 「コトネ、まだお腹に余裕ある? 甘いものだけど……」 甘いものは別腹、だよ。 大丈夫と言うサインを出した彼女に安堵する。そうこなくちゃ! じゃないとここまで来た意味が半減してしまうから。 「モーモーミルクが少しあまちゃって。良かったらどうかなって」 コトネに差し入れをする時、良くステンレスの水筒を使う。それは今日も一緒。 そのステンレスの水筒からは時にははちみつれもんが出てきたり、いろんなドリンクが出てくるけど、今日は特別。 「はい。ホットミルク。たまには良いでしょう?」 新鮮なミルクだから、嫌な癖がなくてやわらかい味のするミルク。体を温めるにはもってこいの物。 でも、これだけじゃ甘くなくて当たり前。 既にカップに注いだミルクを飲もうとしたコトネの手を止め、もう一つおまけを取り出す。 「ストップ。今日は砂糖が入ってないんだ。だから、これを入れてみてよ」 ポケットから取り出したのは、モーモー牧場期間限定の生チョコレート。この時期だけにお目見えするバレンタイン商品だ。 「えーと、コトネは甘いもの好きだから、三つくらいかな?」 ミルクがこぼれないように一つ、また一つとカップに入れる。 するとチョコレートが溶け出して、マーブル模様の絵柄を描く。それをスプーンで混ぜれば、あっという間にホットチョコレートの出来上がり。 「こうして飲んでも美味しいって牧場のおばさんが言ってたんだ」 既にその言葉が届いているのかどうかさえ危ういほど、コトネは目を輝かせカップに見入る。 それは流れ星を見つけた小さい子のように。 そう。この顔が見たくてここまで来た。 毎年見てた扉の向こうの笑顔を、バレンタインという今日に見たくて。 「ハッピーバレンタイン、コトネ」 笑って、自分も生チョコを二つ入れたカップを掲げる。 するとコトネは小さく声を上げ、カバンの中を探り始めた。 一体どうしたのかと思えば、なにやら良く巷で見かけるスティック状のお菓子の箱を取り出した。 長細いプレッツェル生地のお菓子の真ん中が空洞になっており、そこにチョコレートが詰まっていると言う、手軽なお菓子。 「どうしたの? これ」 友達のトレーナーに貰ったとコトネは言う。 最初は男の人かと思って慌てたけど、それは友達チョコで、女の人から貰ったらしい。 正直かなり冷や汗が出たけど、ここ数年の流れならおかしくない。 でも、力の入りすぎた友達チョコも少しは考え物だ。 すると、コトネはそれを一緒に食べよう? と封を開ける。 「え? でも、それはコトネが貰ったんでしょ?」 貰えないよと手を振ると、コトネは少し沈んだ顔でこう言った。 だって、バレンタイン用意できなかったから、と。 コトネは、今年は会えないからとバレンタインを諦めていたらしく、何も用意していなかったのだと言う。 別に自分は気にしてないのに。 でも、コトネはひどく気にしている様子。相変わらず律儀で純粋な女の子だ。 「そんなことないよ、コトネ。だって、コトネは僕と一緒にご飯食べてくれたじゃない? それだけで充分だよ」 バレンタインに君の笑顔を今年も見れた。 それだけで、自分は充分。だから、バレンタインはちゃんと貰った。 でも、彼女は納得しない。 ヒビキにばかり貰って申し訳ない。 そう言って、友人に貰ったチョコレート菓子を口に運ぶ。 そこまでしょげなくてもいいのに……。 「じゃ、半分こ」 コトネのくわえていたお菓子の反対側を自分もくわえて適当なところで折る。 確かこんなゲームあった気がするけれど、自分たちにとってはなんら問題もない。 昔よくやった遊びの一つだから。 「これでバレンタイン、終了ね」 さくさくさくと食べあげて笑う。 普通なら顔を赤くしたり、怒ったりするのかもしれないけど、コトネはそうはしなかった。 ヒビキにはかなわないな。そう言ってただ笑うだけ。 うん、やっぱりコトネはこうしているほうがコトネらしい。 本当は異性として扱って、赤面したりして欲しいけど、それはコトネ次第だから。 今は望まないよ。 「それじゃ、改めて久々の再会に乾杯」 少し寒いシロガネ山の袂で、二つのホットチョコレートは幼馴染の再会を祝った。 ホットチョコを一緒に飲める幸せ。 それだけでヒビキにとっては充分なバレンタインなのです。 ------------------------------------------------------------END--- 作者より… 大変甘いバレンタインでした(汗)近年まれに見るほどに。 二人にとって、所謂ポッ○ーゲームのようなことは小さい頃からやっているので、 珍しいことではない上に、ヒビキにとって恥ずかしくもないことなんです。 と言うかむしろ、そのやり取りを楽しんでます。 赤面しても可愛いし、ありがとうと言うのも可愛いし。 拒絶されないという幼馴染の自信から出来ることだと思います。 因みに彼は料理上手です。家にこもってるときは料理してます。 まぁ、私の希望ですが(笑) そして、シロガネ山の袂まで彼がどうやっていけたのかは、 バレンタインの奇跡と言うことでご勘弁を。 いや、あいつならコトネのために不可能を可能にします。 なんだかヒビキが最強になった気がするバレンタインでした。 2010.2 竹中歩 |