彼の優しさは本能か。
 それとも自分だけにある扱いなのか。
 はたまた兄としての過保護からか。
 とりあえず、彼の行動にまた驚かされた自分がいました。



 はちみつれもん



 ドジをしたと気づいたのは久々に実家に戻って、再び旅に出てから三日目の昼。
 その前の日からどこか体に火照りを感じていたが、きっと季節の陽気だと思いスルー下のが一番の原因だろう。どうしてあそこで何らかの処置をしていなかったのか。今となっては悔やむばかりだ。
 自分は今ポケモンセンターのベッドで横になり、天井をずっと見ている。なんてことはないことはない、と言い切りたいが今の現状では無理だ。
 迂闊にも風邪を引いてしまった人間が威張れることなんて今のところないだろう。
 すこしぼっやとする視界、動かなくても痛い関節、脈打つように波を持った頭痛、素直に動かない重たい体。どこをどうとっても風邪だ。
 こうなってしまった原因。実は思い当たる節がある。
 先日、実家に戻った際、幼馴染のヒビキと一緒にマリルの水鉄砲でずぶ濡れになった。それが原因だと思う。しかし、その原因を恨む気などサラサラない。だって、濡れたとしてもその後の処置をちゃんとすれば風邪など引かない物だ。それでも引いてしまったとすれば、それは自分が健康管理を怠った所為。だから、ヒビキやマリルを責める気などないに決まっている。
 何より大切な幼馴染や、そのパートナーを責めるなど悲しいことしたくない。
 だからずっと天井を見ながら、一人で風邪と戦っている。時折、様子を見に来てくれるラッキーやジョーイさんもいるので、寂しくはないし不安もない。風邪を引いたのが街中で良かったと思う。これが洞窟の中や森の中だと考えたら本当に怖かっただろう。不幸中の幸いとは正にこの事だと思う。
 そんな考え事をしながら自分は風邪薬の作用で眠りの世界へとまどろみ、そして、確実にその世界の住人となり、眠りへついた。



 最初に視界に広がったのは真っ暗な闇。
 はて?
 この部屋はこんなに暗かっただろうかと考えてみる。いや、ここまで暗くはなかった。天井も壁も淡いアイボリーカラーだったはず。となれば、日が落ちたということだろう。
 冷静に考えが出来るようになっている。と言うことは熱が引いたか、引き始めているということだ。それに安堵して、もう一度部屋を見渡してみる。
 日が唯一は入ってくる窓はカーテンが閉められ、部屋の明かりも一番小さな明りへと切り替えられていた。きっとラッキーかジョーイさんがしてくれたのだろう。景色を見渡して自分の推測があっていた事を確認。
 まだ意識は少しはっきりしないし、食欲もあまりない。再びこのまま寝るのが良いかもしれない。しかし、薬を飲まなくては。それを思い出し、まだ本調子でない体の上半身を起こす。
 すると、自分の腕が何か柔らかい物に触れた。思わず驚き、一瞬怯む。なんだろう?
 恐る、恐るもう一度その柔らかいものに触れる。
「ん……?」
 行き成りの音、いや、声に驚いて再び手を引っ込める。最低限の明りの所為でよく見えない。これはいったい……。
「あ、起きたの? コトネ」
 自分のベッドの傍らで突っ伏していたシルエットと声。それのおかげで漸くそれが何か分かった。
 ヒビキだ。数日前に一緒に水浴びをした自分の幼馴染。彼が今、すぐ横にいる。
「大丈夫? まだどこか痛い?」
 彼は立ち上がって、部屋の明りを少しだけ大きくして視界を広げてくれた。やはり彼だ。いつも優しく自分を見守ってくれる兄のような男の子。
「一応風邪薬預かってるけど、今飲める?」
 明りをつけたあと、ベッドのサイドテーブルの上に置かれているコップの薬の説明をしてくれる。一応飲むつもりで起きたのだから飲める。その事を説明すると、彼はにこっと笑った。この笑顔は女の子である自分から見ても可愛いに属されると思う。相手が男の子なので、口にすることはないけど。言ったらきっと可哀想だから。
 自分は彼から薬と水の入ったコップを受け取り薬を飲む。カプセルなので、味がしないのがありがたい。
「よく飲めました。偉い、偉い」
 まるで彼は近所の小さな子供あやすように頭を撫でてくる。一応同い年なんだけど、こうされると自信がなくなる。そして、それと同じくらい、その頭を撫でる手にほっとしてしまう自分がいるのもまた事実。反論できる事なんて何もない。心地が良いのは確かだから。
「それじゃ、ご褒美です」
 ヒビキは笑って席を立つと、ステンレス製の水筒をリュックの中から取り出す。
 本当はどうして彼がここにいるのか不思議だった。聞こうと思ったけれど、体が上手く考え事をしてくれない。その固まったままの自分に彼は水筒の蓋を差し出す。
「はい。カップ持ってね」
 差し出された水筒の蓋を手に取ると、それに液体が注がれる。
 暖かい湯気と喉が楽になる香り。
「どうぞ。何か分かるかな?」
 蜂蜜柚子。
 飲む前にそう答えた。それこそ、マリルの水鉄砲で水浸しになったとき、ヒビキのおばさんが入れてくた飲み物。
 そしてヒビキが自分に教えてくれたレシピの一つと言うこともあり、これが大好き。
 でも、
「半分正解で、半分ハズレかな」
 思いがけない答えにびっくりする。自信があった分だけ余計に。
「うーんとね、これは蜂蜜レモンなんだよ」
 レモンなの?
 そう聞くとベッドの脇で床に座り込むようにし、ベッドに頬杖をつく彼は屈託のない笑顔で頷く。
 それを合図にしたかのように、自分はそのカップを口元に運んだ。
「柚子も良いかなって思ったんだけど、レモンも良いかなって。どう? 美味しい」
 コクリと首を縦に振って返事をする。
 蜂蜜の優しい甘さと、レモンの爽やかな香りが喉に優しい。何より両手から伝わる暖かさが体にも嬉しかった。
「良かった。気に入ってもらえたなら。実はね、この蜂蜜レモンはコトネのために考えたんだ」
 その言葉に再び驚きを覚える。
 それが顔に出たのかヒビキは少し笑って説明してくれた。
「コトネが蜂蜜柚子を好きなのは知ってたけど、あれはうちの母さんの家系にずっと伝わるものなんだ。だけど、コトネには僕の作ったものも好きになって欲しくて。だから、これは僕がコトネのためにだけ作った物。レシピは元々あるからそれをコトネ用に改良したんだ」
 嬉しそうな顔でこちらを見てくる彼に唖然とする。
 普通幼馴染相手にそこまでするだろうか?
 流石にそこまでしなくて良いよといったのだが、
「僕はね、コトネが喜ぶ顔が好きなんだ。だから、早く風邪治してまた連絡したりして、頼って欲しい」
 さらりと凄い事を言う幼馴染。だけど、これがヒビキという子。
 巷では、恋人か家族や兄弟なんか使う言葉を平気で自分に使う。
 みんなは『使ってる相手はコトネだけ』と言うけれど、真実はいまだ分からない。
 だけど、この言葉を互いに受け入れられるのが自分達の関係。自分もヒビキには平気で言える言葉があったりする。恥ずかしい台詞も、甘い台詞も、はたまたキツイ台詞も全てが言い合える。そして、受け入れることが出来る。本当に大切存在なんだ。
 その事のも含め、ありがとうと言うと、彼は嬉しそうに笑う。
「喜んでもらえて何より。じゃ、今日はもう寝ること。絶対無理しちゃだめだよ!」
 そこは一喝を入れる。はい、確かに管理不届きでこうなりました。
 それを踏まえているので小さく返事をすると、彼は頷いて、部屋の明りを落とし、この部屋から消えていった。再び真っ暗な部屋。
 でも、寂しくはない。
 ベッドのサイドテーブルには蜂蜜レモンの入った水筒がある。これがあれば、風邪の邪気も飛んでいきそうだと思ったから。
 今度あったときは必ず元気になってるから、その時は何かお礼をさせてね、ヒビキ。



「いやぁ、でも焦ったよ。コトネのおばさんからコトネが風邪引いたって聞いて。でも、大したこともなさそうだし、蜂蜜レモンも気に入ってもらえたし、良かったこと事もあるかもね。そう思う? マリル」
 彼は傍らの相棒に問いかける。マリルはルリリといって嬉しそうに飛び跳ねた。
 それを見て、彼は明日、彼女の元気の姿を確認するために今日の家路を急いだ。


 
 彼の優しさを余計に感じたのは風邪の所為?
 それとも元々自分が気づかなかっただけ?
 コトネが彼の優しさの本当の意味を知るのはまだまだ当分先のようです。







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 作者より…
 みずでっぽうのその後です。ヒビキを書くと何故か甘くなります。
 まぁ、タイトルに蜂蜜ってつかってくらいですから、甘くても良いのではないかと。
 とりあえず、ヒビキのコトネの扱いは大切な女の子+妹。
 そういうわけなので、ものすごく甘やかしてしまいます。
 なので、はたから見るといやいやそれは流石にないだろうって事も
 平気でこなしてしまうのが彼です。
 だけど、ヒビキは頭が良いので、恋愛の境目と言うのは分かっているらしく、
 いくらコトネが大切でも、恋人ととられるような行動はしません。
 妹だったら出来るという扱いまでです。
 まぁ、それを書いたら結果甘い方向になるのは仕方がないかもしれませんが、
 それと同じ位、甘い話は書いてて楽しいときがあります。
 ええ、歯止めが利かないほどに(笑)しかし、自制心で帰ってきます。
 このお話はまぁ、ハチミツミルクとも共通の多いお話ですね。
 一応この二つのお話には副題があって、
 『甘やかされるのと甘えられるのはどっちが良い?』
 カナデは甘やかされるで、ヒビキは甘えられる。
 好みは人それぞれですね。書いてて蜂蜜柚子が飲みたくなりました。

 2009.10 竹中歩