良い天気。 それ以外言いようのないくらい、青い空が頭上に広がる。 空はいつも以上に青くって、気持ちが良かった。 気持ちが良かったついでに、この数日で自分におきた物語を聞いてくれますか? ハチミツミルク 今日は良い日なのか、悪い日なのかよく分からない日だった。 自分は会うやいなや、すぐに勝負を吹っかけてくる男の子『カナデ』と本日遭遇。しかしながら、自分の不注意で川に尻餅をついてしまっため、珍しく彼とバトルが出来なかった。 実はけっこう彼とバトルをするのは楽しい。と言うのも、彼はバトル以外あまり自分に接してくれない。喋っていてもほんの二言か三言。つまり、バトルは自分達の会話に値する。 しかしそのバトルが川の一件でお釈迦。自分を助けようとして手を差し伸べてくれた彼も一緒に濡れてしまった本当の『お流れ』。やはり少しショックだ。 でも良い事はあった。彼の髪で遊んだこと。前々から彼の髪をいじりたくてしょうがなかったのでポニーテールにしてあげた。けっこうにあってたので驚き。 つまり総合的に川で濡れたけれど、カナデで遊べたので良い日か悪い日か分からないというわけ。 それでも七割は良い日だったかなと思いつつ、今日宿泊予定のポケモンセンターへとたどり着く。入り口ではいつも優しいジョーイさんが迎えてくれた。 「コトネさんね、お待ちしておりました。今ラッキーに部屋を案内させるわ」 ラッキーと言って自分のそばに担当のラッキーが来てくれた。しかし、その手には自分を案内するには不似合いな道具。 銀色のトレーに水の入ったコップと処方箋のついた錠剤にカプセル。これはいったいなんなのだろうか? 「あ、あの男の子の所へも行くのね。なら、これも一緒に持っていって頂戴」 ジョーイさんはカウンターから毛布を一枚渡して、ラッキーの頭上に載せた。可愛い姿ではあるが、大変そうなので手伝う事を申請する。 「え? 手伝ってくれるの? ……じゃぁ、お願いして良いかしら? 多分このままだとラッキーは扉を開けられないと思うから」 それくらいならお安い御用。 ラッキーに部屋を聞いてついていく。聞くところによると、自分の部屋の真正面だという。 ポケモンセンターの施設はホテルと言うよりは合宿所に近い。同じ扉が廊下にずらりと並び、プレートがなければ他の扉と見分ける方法は無いだろう。そのいくすうかの扉の前でラッキーは立ち止まり、開けるようにお願いしてきた。 キィと蝶番の音がして、扉が部屋の内側に開く。中には二つのベッドがあるが、使っているのは一つだけ。暗闇なのでよく分からないが、人が寝ているのはよく分かった。 ラッキーは持ってきた毛布をその人が着ている布団の上に更にかけて、持ってきた薬などを備え付けの机の上に置く。その時、部屋の入り口にかけてあったあの服が目に入った。見覚えのある黒い長袖。 ……あぁ、やっぱり。 その人の寝顔を見て、予想が確信変わる。 いつもは負けん気を前面に張り出している、自分のライバル。彼が寝ていた。 ラッキーが置いた薬の処方箋を見てみる。『風邪薬及び栄養剤』との明記。やはりあのあと彼は風邪を引いたのか。少しだけ罪悪感が芽生えた。 自分はラッキーに病状を聞いてみる。ラッキーはラッキーとしか言わないが、こちらの出した質問にイントネーションを代えて答えてくれる。大丈夫なのかと聞いたときに、メリハリの聞いた声でラッキーと言ったので、ほっとした。これで重病だとか言われた日には泣きながらカナデを起こしかねなかっただろう。 「っるさい!」 しゅっと自分の真横を枕が飛んで行き、壁に当たる。飛んできた方向をラッキーと同時に見てみるときつそうに息をしながら汗をかいているカナデの姿目に入った。病人ながら、枕を勢いよく投げる力があるのが凄い。その彼に自分は何事もなかったかのように、さっきぶりと言って挨拶をする。 「コトネ……!? 何でお前がここに……」 理由は偶然としかいえない。本当にたまたまだ。 こっちを睨んでいる彼は本当に辛そうで、居た堪れなくなってくる。時折、喉で息をする音がする。 「何だ? 弱った俺が珍しいか? まぁ、今ならお前でもバトルをすれば勝つかも知れないな」 減らず口はいまだ健在か。その悪態を聞いて安心するのもつかの間。ラッキーは飛んできた枕を拾い上げ、彼に無理やり薬を飲ませたあと、ベッドへ寝かせる。流石に強引過ぎるとも思ったが、彼の性格ならここまでしなければ寝ないかもしれない。 「おい、よせ! 何してるんだ!」 ラッキ、ラッキー! 怒ったような口調で無理やり彼を寝かせて、布団をかける。そのあと子守り歌を歌うかのように彼の胸の辺りをぽんぽんと撫で始めた。カナデなら怒るかもしれないと思ったけれど、思った以上に彼の体の消耗は激しいらしく、彼は少し暴言を吐いた後、うとうととし始め、あっという間に眠りに誘われ、寝息を立て始める。 ラッキーと小さな声で寝たよといっている様子。近づいてみると、少々汗をかいているながらも、さっきよりは楽そうな表情で寝ている。こう見ると普通の男の子なのだが。 その普通の男の子がどうしてあそこまで強さにこだわるのか。自分はそこまで彼を知らない。寝顔だけを見ていただけなのに、気分が沈んでくる。 立ち尽くす自分をラッキーは服の袖を引っ張り、部屋を出るように促す。そうだ、長居は出来ない。彼も辛いわけだし、自分も風邪がうつってしまうかもしれない。 何も出来ない自分は後ろ髪を引かれる気分を感じながら部屋を出るしかなかった。 「カナデ君? えぇ。たどり着いたときに少し顔が赤かったから、熱を測らせてもらったの。微熱だけど風邪を引いてたみたいだから、薬をあげて寝るようにしてもらったわ」 やはり原因はあの川の一件だろうか? と言うかそれ以外に思い当たらない。ジョーイさんの話を聞いて、余計に沈んでしまう。 その顔を悟られたのか、ジョーイさんが今度は自分の心配をしてきた。胸の蟠りをとるように、自分はカナデの風邪の原因が自分にあるかもしれないと打ち明ける。 「そう…。そんなことがあったのね。でも、あなたはやれることはちゃんとしてるし、それに行き成りあなたにバトルをしかけたカナデ君も悪いと思うわ。だからあなたが悩む必要はないと思う」 そうは言われても、やはり気になってしまう。あの天邪鬼な彼がここまでへばっていることにショックを受けているのかもしれない。 「うーん……だったら、次のお薬の時間に薬を持って行ってもらえるかしら? その頃なら多分熱も引いてるだろうし、今よりも楽になってるはずだから」 その申し出は自分には嬉しい物だった。少しはカナデの力になれる。自分はすぐに返事をした。 「じゃぁ、お願いするわね」 彼の薬の時間までまだ少しある。それまでにやりたい事をするため、自分は厨房へ向かった。 「カナデ君の顔が赤かった熱だけなのかしら? 確かに顔は赤かったけど、それだけじゃない赤さもあったような気がするのだけれど。……他にも理由がありそう。ね、ラッキー」 ラッキー。賛同する声。 ジョーイさんがそんな含みのある笑い方をしているなんて自分が知るはずもなかった。 ジョーイさんの薬の指定時間どおり、自分はカナデの部屋を訪れる。 部屋にはオレンジ色の淡い光だけが点っており、最低限のものしか見えないような状態だった。それでも彼の寝顔は確認できる。ジョーイさんの言っていた通り、彼の寝顔は苦しそうなものではなかった。普通の寝顔。改めてみてみると、同年代と言うより、かっこいいかもしれないと言うものが先に脳裏に過ぎる。男の子の寝顔を見るなんて、ヒビキ以外初めてだ。 持ってきた薬をやはりテーブルの上に置き、そのテーブルに備え付けられていた椅子に座る。彼が目覚めるまで待とうと思ったからだ。 「……っ」 時折聞こえる呻き声。苦しいのか、悪夢を見ているのかよく分からない。ただ辛いんだなと言うことは分かった。あまりにもそれが激しくなってきたため、自分はカナデを起こす。 「っ!」 起こされたことに驚いたのか、夢と間違えているのか、彼はものすごい形相で自分を見て来た。とっさに彼に差し伸べた腕を掴まれる。 「……また、お前か」 良かった。自分だと分かってくれたらしい。 「ていうか、何でお前がまたいるんだよ!」 腕を掴んでおきながら言う台詞かな? というか、そろそろ放して欲しい。 腕を放してくれないかと言うと、彼は真っ赤になって放してくれた。うん、やっぱり悪い子じゃないんだ。 持ってきた薬を飲むようにと言うと、 「お前がする必要がどこにある……ラッキーにでも頼めば良いものを……」 ぶつぶつと言って、持ってきた薬を飲む彼。漸く一人で飲めるようになるまで復活したのか。となると、ポットに淹れてきたこれも今なら飲めるかもしれない。 薬と一緒に持ってきた簡易ポットと赤いマグカップ二つ。そのマグカップに白色の飲み物を淹れてカナデに差し出してみる。 「なんだ? これ」 怪訝そうな顔。 蜂蜜ミルク。 そう言って自分の分として淹れたカップの方の蜂蜜ミルクを飲む。蜂蜜と煮沸かした牛乳に少しだけバニラの香り。 ヒビキから教えてもらった寒い時や風邪のときに飲むと温まるホットドリンクの一つ。ヒビキから教えてもらったこともあり、自分はこれが好きだ。本当は蜂蜜柚子をしたかったけれど、柚子はポケモンセンターになく、結果出来合いの材料で出来たのがこれ。 「何か魂胆があるんじゃないだろうな?」 ないよ、そんなもの。とすぐに返事を返す。 ただ、苦しそうな君を見てられなかった。何かに魘されて、一人で頑張ってる君を。 いつも一人きりで頑張ってる君がどうしようもなく悲しかった。 だから、何かをしてあげたくて君のそばにいようと思った。 風邪の辛さや寂しさは自分も分かるから。自分には家族やヒビキがいるけど、君には誰もいないのかもしれないと思ったから。 「……仕方がないから飲んでやるよ」 珍しく素直に従ってくれた彼に笑みがこぼれる。風邪ってなんだか素直になれる。だから彼もそうなんだ。 蜂蜜ミルクを口に運んだ彼の目が一瞬大きくなった気がした。そして、もう一度口に運んで、そのあとジィーっとマグカップを見つめて、少し舌なめずりをするカナデ。気に入ってくれたのかな。だとしたら嬉しいな。なんか、自分だけじゃなくて、これを教えてくれたヒビキのことも褒められてる気がするから。 「甘い、な……」 彼の顔から少しだけ優しい笑顔が見て取れた気がする。それに驚いてそばまで近寄ったのだけれど、 「なんだよ、何か珍しいのかよ」 すぐに不機嫌な顔になってしまう。気のせいだったのかな。 そばから離れた自分は飲みあげた蜂蜜柚子を一緒に持ってきたトレーの上において、彼にも飲みあげたここに置くように促す。明日、ラッキーが回収に来てくれるといっていた。これ以上長く滞在するのも彼に悪い。病み上がりはそっとしておくのが一番だ。 「さっさと行け。もう、今日はお前の顔なんて見たくないから」 減らず口だね。相変わらず。 元に戻った彼に安心を覚えて、自分は彼の部屋を出た。 明日は元気になっている彼の姿を祈って。 次の日の朝。部屋が少しうるさくなったような気がして目を覚ます。 外で子供でも遊んでいるのだろうか? カーテンを開けて外を見てみるが誰もいない。ならばいったい? 部屋を見渡してみると、扉の小脇に何かが置いてある。 白いマーガレットのような花が一輪。ただそれだけ。 それを見て思わず顔がほころぶ。彼だ。なぜか、そう思わずにはいられなかった きっと彼なりの感謝の気持ちなのだろう。その不器用さに笑ってしまう。 この調子なら元気になって、もうセンターを出てしまったのだろう。 次にあったときは思い切りバトルしようね。 ------------------------------------------------------------END--- 作者より… 水曜日の悪戯のその後です。カナデの方が風邪引いたら楽しいなって。 これもお約束ですよね。風邪って言うキーワードは。 優しくされたことに抵抗できない彼を嬉しそうに見守るコトネが可愛いと思います。 風邪の時くらいは彼には素直になって欲しい物ですが。 というか、中途半端な反論しか出来ないので、台詞が難しかったです。 カナデを書くときは絶賛反抗期を目指して書いているのですが、 どうしてもシュウっぽくなってしまい、書き直す始末。 反抗期の台詞って難しいですね。 そして、書きながら可愛いなと思ったのは、蜂蜜ミルクの舌なめずり。 セクシーではなく、可愛い目線で見てください。 弱った男の子の子供らしい表情と言う事で。 次はヒビキの後日談を書きたいです。 2009.10 竹中歩 |