それはその季節にしては珍しく暑かった日。
 マリル相手に練習がてら、小さい子の如く、上半身裸で家の周りを飛び回っていた。
 地元でもあり、田舎と言うこともあってか、みんなが微笑ましく見守ってくれる。
 そんなさなか、僕は彼女の姿を確認する。



 みずでっぽう




 久々に目に映ったその人物に自分は驚く。
 自分はここを拠点とし、あまり長くこの場を空けることはないが、幼馴染であるその人物『コトネ』はその逆。実家であるここワカバを空けている方が多い。おかげでコトネのお母さんに時々愚痴をこぼされる。いくら心配していないとは言え、やはりそこは親。気になるのは当然かもしれない。
 だから彼女がいるのが珍しかった。
「コト…」
 声をかけようとしたが、実家の前で立ち尽くしている姿に一瞬声が止まる。家に入るのがイヤだとかそういう感じではない。寧ろ慌てている様子。その行動が気になって止まってしまった声をもう一度張り出す。
「コトネ!」
 くるりと振り返る彼女の顔はこの前と全然変わっていなくってほっとした。自分の知っている可愛くてしょうがない幼馴染。過保護とか、心配性だとか言われても構わない。それくらい自分にとっては妹のように可愛い、愛しい存在。その彼女が笑えば当然の如く自分も笑ってしまう。
「今日は帰省?」
 問いかけにコトネは頷く。母親からたまには帰っておいでといわれたのだという。そして、その濡れた姿はどうしたのかと聞いてきた。
 確かに髪の毛も濡れているし、ハーフパンツも濡れている上に、上半身裸。どこかに泳ぎに言ったのではないかと思われてもしょうがない格好。質問してくるのも無理はない。
「マリルとかくれんぼ? みたいな感じ。見つかったら水鉄砲の刑。だからけっこう濡れちゃってさ」
 相変わらずマリルと仲が良いのねと笑うコトネ。しかし、すぐに困っている顔を浮かべる。
「どうかしたの?」
 困っている人は見過ごせない以前に、コトネが困っているのだから役に立ちたいと思うのは当然。だから理由を聞いてみた。
「……え? 鍵?」
 こくりと首を縦に振る。
 理由はこうだった。前回家に帰った際、家の鍵を部屋に置き忘れたのだという。その時は家には大抵母親がいるから問題ないと思ったらしいのだが、今日は生憎母親がいないという。だから家に入れないからどうしようかと思っているとのこと。
 マイペースな彼女らしいと少し思ってしまって、つい笑ってしまった。
「ご、ごめんね。相変わらず、どこかぬけてるなと思って」
 コトネはそんなことないと少し顔を膨らませるが、余計にそれが可愛くてしょうがなかった。でも、からかいはこの辺まで。とりあえず、コトネは困っているがよく分かった。
 さてさてどうしたものか。
「うーん、おばさんは確か夜遅くに帰るって言ってたよ。買い物だってさ」
 それを聞いた途端、コトネは呆れ顔になる。また貯金で何か買って来るんだよ、きっと、と言って。確かにおばさんは買い物に行くたび、大量の荷物と共に帰ってくる。その荷物の殆どがコトネの物だと言っていた。まぁ、コトネが困るのも無理ないかもしれないが、自分から見てもコトネの役にはたつ物だということが分かるので、あまりおばさんを責められない。
 でも、今はそれが問題ではなく、夜遅くと言うことはまだ時間があるので、それまでコトネは家に入れないということ方。
「どうする? 家でおばさん待ってる?」
 自分の問いかけに少し悩んだコトネだが、じゃぁ甘えても良いかな、と言ってこの意見に賛成してくれた。彼女に甘えられるのはイヤじゃない。寧ろ嬉しいことである。
「うん、じゃぁ、僕の家においでよ」
 と言っても彼女のうちの目の前が自分の家。徒歩何秒かでつく。だが、その何秒か間に自分が何をしていたのか思い出した。
「あ! マリル!」
 そうだ。マリルとかくれんぼをしていたのだった。因みにそのマリルが隠れているのは、自分の家の裏庭とか扉の近所などの死角。それを見つけるのが自分の役目。で、見つけられたら、
「コトネ、ストップ! その先にはマリルが!」 
 ……水鉄砲刑。
 しかし、思い出したときには時既に遅し。
 そもそもなぜそんなかくれんぼを始めたのか。単に今日が暑かったからだ。見つかっても自分はよけられる自信もあったし、自分の瞬発力を訓練するにも良いと思ってそんなルールをつけた。でも、結果はこの通り全身ずぶぬれ状態。その状態をマリルも楽しんでいる様子だったので、コトネが来るまでずっと続けていたが、中止を言っていなかったのが悪かった。マリルはコトネへ向けて勢いよく水鉄砲を発射。
「……」
 見るも無残な水浸し。それこそ顔から上半身までのほぼ全てが。これぞホントの濡れ鼠。つまりはマリル?
 って、そんなこといってる場合じゃない。
「ゴメンネ、コトネ。あー、本当にゴメン!」
 誰も悪くない。マリルはまさかコトネがいるとは思っていなかった筈だし、コトネもまさかこんな所にマリルがいるとは思っていなかった筈だ。どっちにも考慮しなかった自分が悪い。
「マリルもゴメンネ。中止って言えばよかったんだけど」
 しゅんとするマリルの頭を撫でる。その姿を見てか、コトネは濡れた状態でマリルを抱きかかえ、涼しくなって丁度良かった、良い水鉄砲だったよと言ってマリルに頬を寄せる。
 こういう時、本当に幼馴染やってて良かったなと思う。寧ろ誇りだ。
「とりあえず、入ると良いよ」
 おばさんを待つためにも、濡れている体を拭かせるためにもコトネを家へと招き入れた。





「風邪引かないと思うけど、一応どうぞ」
 ありがとう、とコトネは差し出した蜂蜜柚子の入ったマグカップを手に取る。
 いくら外が暑いとは言え、真夏ではないので風邪を引く可能性がないとは言い切れなかったので、体を温めるようにと自分の母親が淹れてくれたもの。ほのかに甘く、温かい。
「でも、本当にゴメンネ。濡らしちゃって。しかも、荷物まで……」
 運の悪いことに、コトネへの水の被害はコトネの黄色い肩掛けカバンにまで及んでいた。あまり濡れてはいないといいつつも、服やタオルなどが多少濡れており、替えまでが濡れるという始末。なので、コトネは今自分の物である黒地に黄色いラインの入った男性用ジャージ上下を身に着けている。
「しかもサイズ大きかったね」
 そこは男女の差と言うもの。自分には小さく感じていたものをかしたのだが、やはり袖が長いのか手が全て出てきてはいない。なんだか、着慣れていない制服を着ているような感じだ。
 大丈夫だよ、貸してくれて寧ろ感謝。笑顔で答えを返してくれた。コトネの膝の上にいるマリルも落ち着いたのか、気持ちよさそうに寝ている。
「だけど、こういうのって懐かしいよね。昔、僕はおばさんに女の子用に服着せられたことがあったよ」
 小さい頃の男子と言うのは似たような経験があるのではないだろうか?
 サイズが合うといって、女の子用の服を着せられるという、今では恥ずかしいか思い出にしかならない事が。自分もその一人。コトネの服が小さくなったといって、おばさんが自分に大きなリボンのついた服を着せたの覚えている。
 あったね、そんなこと。同じ思い出を共有する者同士が同じような笑みを浮かべる。
「そうそう。でも、あの時とはもう逆なんだよね」
 そう。あの時はコトネのほうが成長が早く、貰った男女共用の服はみんな大きかった。でも、今は自分の方が大きいのだろう。コトネは体で精一杯きている。
 戻れない過去は寂しいけれど、こうやって少しずつ彼女より早くに成長する自分が嬉しい。やはりそこは男としてのプライドなのかもしれない。だけど、彼女は少し寂しいと言った。
「え? どうして?」
 何もかもが変わっていく感じがする。
 コトネはそう言って手に持っていたマグカップを持ってきたトレーの上にゆっくりと置く。
 そうか、男の子はこういうのが嬉しいのかもしれないけど、女の子はそれと同じくらい不安なのかもしれない。でも、
「僕が変わるわけないよ、だって僕らはずっと一緒だったんだよ? それはこれから互いが願う限り、多分ずっと」
 自分が彼女を置いていくなんてありえない。
 たとえ、彼女がその場に置き去りにされる物なら、自分は一緒に立ち止まるだろう。
 彼女の歩みに自分の歩みを合わせるだろう。
「僕の中身は変わってないよ。まぁ、体はしょうがないけど」
 確かに体ばかりはしょうがない。こればかりは本当にどうしようも。
「だけど、体が大きくなった分コトネを支えられると僕は思うんだ。だから、体のことはちょっとばかり妥協して欲しいな」
 そう言うと、コトネは笑った。本当にお兄ちゃんだよね、ヒビキは、と。
 流石に本人におにいちゃんと言われるのはきついけど、今はまだそれで良いかなって思う。
「じゃぁ、久しぶりに本当にお兄ちゃんしようか。コトネ、ブラシ借りるよ」
 昔の事を思い出して、コトネの髪に触れる。
 そして、コトネの髪をいつものように結い始める。これをすると昔からコトネは喜んだ。自分自身がやるより、ヒビキである自分がやったほうがキレイだから嬉しいと。それを聞くのが嬉しくて、小さい頃は率先してやっていたの思い出す。
「コトネは髪質が変わってないね。よいしょっと……はい、出来上がり」
 きれいにまとまった髪の房を触って、コトネは喜ぶ。
 やっぱりヒビキは昔と変わってないね、安心した。
 それはあの時と一緒のように笑顔で。
 思い出に浸らせてくるマリルの水鉄砲に少し感謝した夕刻のことでした。







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 作者より…
 ヒビキの水のお話。いや、濡れてるヒビキと大きめのジャージのコトネ。
 セクシーな萌えポイントだと思うのですが、この二人がやると、
 幼馴染と言う強いキーワードで可愛い物に変化すると思います。
 二人にとっては当たり前な行動だと思うのですが。
 で、今回はコトネの髪の毛もお話も混ぜてみました。
 ヒビキ=兄と言う事で、コトネの髪を結んでてもおかしくないと思うのです。
 むしろ、彼しか結べない髪型だったとかでもよし!
 今は兄と言うポジションを好んでるヒビキが兄から脱出した時が楽しみです。
 というか、ヒビキはさり気なく言ってると思うのですが、コトネとカナデが
 気づいていないだけとかなんじゃないだろうか。
 いや、本人以外気づいていないのかもしれない。
 世渡り上手が逆手に取られたか。
 少々苦労しているけど、コトネのためなら何ともないというヒビキが好きです。
 ヒビキには甘えられるって言うか、甘えてるつもりはなくてもそうなってる
 コトネとそれが幼馴染であるために当たり前な関係な二人が大好きです。

 2009.10 竹中歩