水曜日の悪戯




 時折、小さな子どもたちが虫取り網を片手に走り去ってゆく。きっとどこかの高原にでも行くのだろう。きっとこの辺りでは日常の風景。しかし、その風景に溶け込めず、わが道を行かんとする少年が一人、道路を歩いていた。
 赤く長い髪。黒を基調としたこの辺では珍しい長袖の重ね着。それがその少年の特徴だった。名をカナデと言う。カントーでは係わり合いになりたくないという事で有名な少々気の荒いトレーナーである。その彼が歩いているのだ。草むらや道端でチャレンジャーを待ち受けるトレーナー達も思わず自ら目を逸らす。そんな状況に少々イライラしながら、彼は坦々と先を目指していた。
「……? あいつは……」
 ふと、道筋の脇にある川原へと目をやったとき、釣り人ではない人間のシルエットが目に入った。白く大きな帽子に赤く大きなリボン。彼はこの特徴の少女を知っている。
「おい、コトネ」
 いつもより若干低めの声でその後姿に声をかけ、名を呼ぶ。予想通りその名に反応し、コチラへくるりと振り返る。その表情は驚いてはいるもののカナデの知っている少女の顔だった。
「お前、こんな所で油売ってる暇あるのか? 弱いなら弱いなりにもう少しバトルでもすれば良いものを」
 上から目線のキツイ言葉。けっして彼女だけと言うわけではなく、彼が元々こういう性格。普通ならば怒ってしまいそうな台詞だが、少女は笑顔で返事を返す。久しぶりと。
「はっ。相変わらず能天気だな。そこまでのうのうと返事が返せるなら余裕ってコトか? ならオレが試してやる!」
 相手の承諾も得ないままカナデは自らのボールを取り出してバトルのスタンバイ。コトネは慌てふためくであろうと思われたが、落ち着いた様子で彼女もバトルの準備をする。きっと、彼の性格からこうなる事を知っていたのだろう。それは遠まわしにそれだけ彼と係わり合いを持っているという証拠でもある。
 しかし、今日は幾分か状況が違った。と言うかコトネ自身が忘れていたのだろう。自分が足を川の水につけていたと言う事を。
「!!」
 思い出したときには既に遅く、行き成り立ち上がったことにより川底の石で足を滑らせ体制を崩す。幸い水の深さは足首程度。倒れてもたいしたことはない。きっと脳裏そんなことがよぎったからこそ反応が遅かったのだろう。だからあえて大げさな動きはしなかったし、手を突く準備は一応した。あとは倒れる自分の重力に身を任せるだけ。
 しかし、彼はコトネのように冷静には判断できなかった。気づけば、体が動いてコトネを引っ張る形へとなっていた。

「………」
「………」

 お互い暫くの沈黙。コトネはいったい何が起きたのか分からず沈黙し、カナデはあきれて沈黙していた。
 コトネは座るようにして下半身が水につかったものの、上半身は川につかることなく無事だ。理由はとっさにカナデが腕をひっぱてくれたおかげだろう。だが、倒れた拍子に大きく水しぶき上げた所為でお互いかなり濡れてしまった。
「………早く上がれ、このバカ!」
 不服そうな顔をしてすぐに手を離すカナデ。元はといえば、バトルを吹っかけたカナデが悪いのだが、そうは素直にいえないのが彼の性格。その天邪鬼は思わず暴言として言葉の語尾につく。
 そんな悪態をつかれてもごめん、ごめんとやはり笑ってコトネは返事を返す。いい加減怒ってもよさそうなものだが、彼女はけして怒らない。
 水から上がり、コトネは自分のバッグを模索し、カナデは思った以上に濡れてしまった上着を脱ぐ。
「なんでお前のドジにオレが巻き込まれなくちゃいけないんだ……」
 ぶつぶつと文句を良いながら脱いだ上着を洗濯物を干すようにパンッと勢いよく何度か振る。幸い彼は重ね着をしているようで、下にはTシャツを着ていた。が、その時にバサリッと視界が白くなる何かが顔に覆いかぶさる。
「つっ!」
 あ、ごめん。顔にかかったとコトネは謝るが、カナデの怒りのメーターは振り切れる一歩前まで上昇する。
「なんなんだ! お前は!」
 顔にかかったものを乱暴に取り去り、コトネに詰め寄る。
 いや、それでとりあえず顔でもどこでも拭けば良いなと思って、とそれを指さすコトネ。その状態から漸く顔にかかったものが何かカナデは理解する。所々に水色のラインが入ったフェイスタオル。それを彼女は貸してくれたらしい。
「………」
 固まっているカナデに対して、コトネはどうしたのと聞いてくる。多分彼の性格上素直に礼を言うということが出来ないのだろう。
「まぁ、これくらいは当然だな。使ってやる」
 はいはいとコトネはライバルの行動を微笑む。全く素直ではない。
 コトネも濡れてしまった帽子を適当な木に引っ掛けて別のタオルを取り出し、濡れた部分を大まかに拭いていく。流石に公衆の面前では着替えられないので、出来るのは精々髪の毛の水分をぬぐうことぐらいだろう。そう思ったとき、カナデの乱暴なタオル扱いが気になった。
「全く……濡れるなんざ、ついてない……って! 今度はなんだ!」
 カナデの使っていたタオルを乱暴に奪い取る。そしてカナデの頭の水分を拭い始めた。
「勝手なことするな!」
 黙ってる! キレイな髪なのに勿体無いよ、こんな拭き方。
 押さえつけられるような形で頭を触られる。あまり気持ちよくない。そう思ったが、元はといえばこうなった発端自分。そう思うと抵抗できずにいた。と言うか、抵抗する必要がないくらい、コトネの扱いは優しかった。
「……さっさと終わらせろ」
 そう言ったものの、返事はない。その代わり、コトネは嬉しそうな顔でカナデの髪を扱う。
 大体の水分が取れたところで、漸くコトネはカナデを開放する。それを合図にしたかのようにかなではスクッと立ち上がった。
「今度から勝手なことはするな! いいか? 今日だけ付き合ってやったんだからな!」
 ふんと、相変わらずぶっきら棒な応答だが、コトネは笑いながら頷く。
「髪の毛が濡れるとうざいんだよ……」
 固まって落ちてくる自分の髪。いくら水分を拭ったといった頃で雫は落ち続ける。元々癖がある為、簡単には乾かないのはしょうがないが、鬱陶しいことこの上ない。そう文句を言っていると、コトネは何かを思い出したかのように自分の髪を結んでいた髪のゴムを一つをほどき、カナデの髪を結ぶ。ちょっとしたポニーテールのような形。こうしてみるとカナデの髪が長いことがよく分かる。そして何より似合うことに驚く。
「なっ!」
 こうすれば鬱陶しくないでしょと、言って笑う。そしてコトネはもう片方残っていた髪の纏まりをほどいて、自分もポニーテールにする。
 ほら、おそろいだと言う笑顔にカナデは困惑するばかり。左腕で顔を隠すようにしている仕草はきっとすこし赤くなった顔を隠すためだろう。
「し、知るか! オレはもう行くから!」
 ばさりと置きっぱなしになっていた自分の上着を片手にカナデは走り去っていく。
 その光景を見て、コトネは少しやりすぎたかなと言って笑って見送った。
 少し違う彼を水曜日のことでした。







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 作者より…
 書きたかった物は書いたぞー!
 水に濡れながらもコトネを気遣うカナデ ←一応自分が原因と言う罪悪感。
 ライバルの髪上げとお揃いのコトネ。絶対にライバル髪上げが似合うと思う。
 後は水も滴るなんとやら。彼の属性は水でお願いしたい。(ワニノコだけに)
 コトネはカナデをあしらうのが上手です。手のかかる弟だなってコトネ!
 カナデは人に優しくされるという行動自体に慣れていないので、こういうとき
 どうして良いか分からずパニックになる子だと思います。
 恋愛云々ではなく、優しさに困惑したってかんですね。
 水は私の中では欠かせないキーワードなので、次は是非ヒビキで!
 楽しく書かせていただきました。

 2009.10 竹中歩