コトネ。
 ワカバタウン在籍。カントーを代表する研究者ウツギ博士のたっての願いでポケモン図鑑研究の為、カントー及びジョウトを旅することになるポケモンが大好きな新人トレーナー。
 性格は何事も一生懸命だが、ゆっくりといたことが好きなのでマイペース。
 旅をするにあたり、数々の協力者がいたことは知る者も多いが、その中でも特に協力してくれていた二人の少年がいる事を知るものは少ないという。
 そして、コトネもこの二人には並々ならぬ感謝の意を表しているが、その少年らが求めていたのは本当に感謝の意だけなのか。それを知らないのは本人だけと言う話である。



ベクトル 〜 Tone of harp ver 〜



 昔から少女は喜怒哀楽が激しく、特に『哀』に関しては人一倍だった。
 否、『哀』と言うよりは『涙』といったほうが正しいかもしれない。
 感動しても涙をこぼし、哀しくても涙をこぼした。
 特に哀しい場合は自分ひとりでは泣けないという体質を持っていたため、人前で泣くことが多かったという。
 しかしながら、それは昔の話。旅に出た自分は違うと言い張りたかった。
 実際言い張ってもおかしくなったと少女は思う。理由は、旅に出て泣いたことはなかったからだ。たとえ、哀しくとも。たとえ、嬉しくとも。
 そんな日々が続いた日、彼女にとって哀しくても、嬉しくとも思える日がやってくる。
 キャタピーからトランセルへ。トランセルからバタフリーへと進化を遂げた自分の大切な仲間に旅立ちの日が訪れたのだ。
 旅立ちと言っても、バタフリーが旅の途中で訪れた花畑をいたく気に入り、どうしても離れようとしなかったのが理由。だから、その花畑に行けば今でもバタフリーは自分を見つけて擦り寄ってきてくれるが、それでも別れは悲しかった。別れではない。このバタフリーにとっては旅立ちだと言い聞かせて、コトネは漸くその花畑を離れることが出来た。
 流石にその時ばかりは本当に哀しく、その日から2日の間に二度も泣いてしまった。
 一度目はライバルであるカナデにバタフリーがメインメンバーにいないのを指摘された時。
 二度目は幼馴染のヒビキに電話越しで優しくされた時。
 この時にまだ自分は昔のままだと思い知った。旅をする前の泣き虫な自分のままだと。
 それを打破するためにコトネはバトルを積み重ね、経験をつんだ。もちろんポケモンを育て慈しむことも。そして、時折あの花畑に訪れることも忘れはしなかった。
 そんな泣き虫な自分と別離するために日々を重ねていったある日。
 その花畑で思いもよらない出来事が起きる。


「何でお前がここにいる……」
「本当だったんだね、ここにいるって」


 自分が花畑のおおよそ真ん中に立ったとき、花畑に面する道路の右側からカナデが。
 その反対である左側の道からヒビキが姿を現す。
 これには驚くばかりで、コトネ自身再会の挨拶するら忘れていたという。
「お前と違う道を選んだはずなのにな……」
 コトネ傍まで歩いて寄り、の横に並ぶカナデ。
「ここだね。コトネがバタフリーに会いに来てるって話してた花畑は」
 自転車からマリルを肩に乗せて降り、カナデとは反対側に並ぶヒビキ。
 コトネは二人に挟まれる形で花畑に立つ。
 時折、優しく吹く風が満開の花畑から花びらを宙に舞わせる。その風景はまさに圧巻。近所の人が手入れしているということもあり、花はいつ訪れても堪えることがない。白に黄色、ピンクに紫と言った色とりどりの中に自分がいるのは幸せである。
 なにより、仲間と今この場所にいるということがコトネにとって嬉しさを倍増させる要因だった。
 大好きな場所に、大切な人達と一緒にいるという事。嬉しくないはずがない。
 大きく背伸びをして、その嬉しさを体にいっぱいに浴びる。
 ふわり。
 ふわり。
 大きく掲げた両手に何か柔らかいものが触れる。花びらだろうか?触れたものを一つ手に取ってみた。いや、花びらではない『花』だ。花がきちんとした形でコトネの頭上から舞い落ちる。いったい何が起きたのか。上を見上げてみると、ここに来れば必ず会える自分の大切な仲間姿。
 バタフリーだ。あのバタフリーが、コトネと同じく仲間を引き連れて頭上を気持ちよさそうに舞っていた。しかもそれぞれ花を抱えた状態で。それを時折コトネたちに降らせている。
「すごい……こんな光景見たことがない」
 コトネ以上にポケモンを慈しむヒビキが感動するということは滅多に見られるものではないのだろう。そのすごさに彼女は一入の感動覚え、この状態をカナデも喜んでくれたらとかなでの方へも目をやる。
「……」
 降って来た花を一つ手に取り、見つめるその視線はまんざらでもない様子。
 仲間に会えた嬉しさや、凄さ、再会の感動。その全てが体に集まり、いつの間にか泣いていた自分に気づく。
「コトネ?」
「お前……またか」
 心配そうに自分の顔をうかがうヒビキと、呆れ顔をみせるカナデに何でもない、大丈夫と気丈に振舞うコトネだが、それでも涙は止まらない。
 泣き虫はやめようと思ったのに。決意が音を立てて崩れそうになる。自分ひとりでは泣き止むことすらままならない自分が情けない。



「泣かないで……」
「泣くな……」


 二つの瞳から零れ落ちる涙が、同時にすくわれる。
 左側の涙を拭うのは何度も優しくされて、涙をぬぐってくれた暖かいヒビキの指先。
 右側の涙を拭うのはぶっきら棒だけど、心配してくれていることが分かるカナデの指先。
 一瞬の事でいったい何が起きたのか分からなかったが、そのおかげで久々に本当に泣いてしまったコトネ。
 それは止まることなく、二人を暫く困惑させたほど。その自分の酷さに途中から自分の帽子で顔を覆い隠して泣き続けた。
 暫く会わない間に身長を越されてしまった二人の少年の狭間でずっと、ずっと。





「それじゃ、またね。コトネ」
「次に会った時は必ず勝つ」
 コトネが泣き止んで暫くして、三人は本来の目的地を目指すこととなった。
 つまりは再びの別離。
 一瞬泣きそうになってしまったが、これもまた旅立ちの一歩。
 コトネは再びステキな出会いがある事を信じて、一歩を踏み始めた。
 別れは出会いだと再認識をして……。





「うーん、見守るのも楽じゃないね。それに近いうちにカナデとバトルしなきゃいけないかな?」
 自転車で道をひた走るヒビキ。どうやら短気といわれる由縁を見るのが近くなりそうな予感。



「ライバル……か。どうやらそれだけじゃ無いらしいがな。近いうちにバトルをする相手が増えそうだ」
 薄暗い森を何事もないかのように歩くカナデ。彼もまた、コトネではないライバルの存在を認知。





 花畑の出来事の後に螺旋を描き始めた三つの道。
 いったいこれから先、その螺旋がどんな道を描くのか。
 この先、いったい何が待っているのか。
 どうなるかは分からない。
 しかし、少年二人のやり取りだけは、少し先の予想がつくだろう。
 きっと何かを譲れないものを胸にバトルをする日が来る事を。
 でもきっと、それを知らないのは本人だけと言う話になるのもまた予想のつく話。







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 作者より…
 コトネは二人に挟まれる関係が理想です。
 気づかないのは本人だけと言う話で。
 カナデとヒビキはそんなにしょっちゅうバトルをするのではなく、
 お互い良い機会まで待ってるといった感じが自分の中でベストです。
 それで、ヒビキは好意の気持ちをコトネには出せるが、
 カナデは出すのが下手だと思うのですが。
 なので、二人とも少女漫画的にドキッとさせる行動をしてくれます。
 ヒビキはストレートで。
 カナデは不器用に。
 恋愛面で美味しい性格と言うものを考えたのではなく、
 私の中で二人の性格を作ったらいつの間にかきれいに分かれてました(笑)
 コトネは本当に気づかないけど、二人にドキッとさせる行動を
 天然でやってのけちゃう性格です。天然は恐ろしいですね。
 そんな三人の関係にときめかずにはいられない竹中です。

 2009.10 竹中歩