ヒビキ。
 十代前半男子。ワカバタウンに籍を置き、ポケモンとのフィールドワークを楽しむトレーナー。黄色と黒のキャップがトレードマーク。
 人当たりが良く、老若男女好かれる優しい性格。だが、本人は短気な性格と力説。残念ながら信じているものは誰一人としていない。
 幼馴染が一人おり、兄妹のように育ったため、彼女に関してはやや過保護。
 その幼馴染が旅に出る事を聞き、ワカバタウンにこもりがちだった彼もカントー及びジョウトへと足を運ぶようになった。バトルの腕はなかなかと言う噂だが、これを真実と断言するだけの材料はまだ手元にはない……。



ベクトル 〜 sound ver 〜



 ヒビキのポケギアが震えたのは丁度正午。かかってきた相手の名を見て、思わず顔を綻ばせた。
「あ、コトネ? 今どこ?」
 嬉しい幼馴染からの電話。この電話や声を聞くたび、彼女に何もなかったんだと安心する。例え彼女がどこへ行こうと、ヒビキの兄ぶりは健在だ。しかしながら兄といった事で血はつながっていないので、はたから見れば過保護といわれてもしょうがないかもしれない。
「……コトネ?」
 それはあまりにも長い沈黙だった。いつもならどこにいる、誰と戦った、ここへはどう行けば良いのか、などと自分を頼ってきていたコトネが何も話さない。これは由々しき事態だ。
「どうしたの? コトネ?」
 もう一度彼女の名前を呼んでみる。すると、あの、えーと、と言う声が聞こえたがやはり途中で止まってしまい、また沈黙へと逆戻りしてしまう。
 いったい彼女になにがったのだろうか?
「……うーん……、あのね、コトネ。今僕はコガネにいるんだ。ここの地下にいる美容師さんが有名って話しを聞いて……」
 考えた末にヒビキは聞かれてもいない事を話し始める。
 実はこれは彼ならではのコトネの扱い。
 コトネと幼い頃から接しているため、彼女がこうなると如何扱って良いかと言うことが体に自然と染み付いている。
 多分今のコトネは泣き出しそうなのだろう。昔から彼女は泣きそうなことがあると、相談する一歩手前までは行くのだが、そこで止まってしまう。そして、理由にコチラが辿りついたとき、関を切って泣き始めるのだ。本人曰く、理由が言われるまで悲しすぎて分からないのだという。
 親御さんには手のかかる変わった泣き方だと言われていたが、ヒビキはそうは思わなかった。だって、自分にそういう行動をしてくれるって言うことは、自分をそれだけ頼ってくれている証拠だから。酷いかもしれないが、嬉しくなってしまう自分がいるのは間違いない事実だ。
「だからね、コトネ。辛くなったらコガネにおいで。僕はそこにいるから」
 本当は今すぐにでも場所を聞いて、慰めてあげたかったけれど、それが彼女のためにはならない事をヒビキは知っている。
 ここで甘えさせてはだめだ。向こうからくるのはまだ良い。でも、コチラから動いてしまえば、自分で何かすると言う物事の大切さを彼女は見失ってしまう。
 旅に出た以上、いつかはコトネがぶつからなければいけなかった壁。それに彼女は今ぶつかっているのだ。
「コトネ、旅って思った以上に辛くて、悲しいんだ。でも、それを乗り越えるとそれ以上の楽しいことや嬉しいことがある。僕はそれを君に知って欲しい。それを僕に話して欲しい」
 電話越しに聞こえてきたのは、少し咳き込むコトネの声と、小さな頷きの返事。
 きっと彼女は今泣いている。理由は分からないけれど、漸く泣き始めたのだろう。
 その状態にヒビキはほっとする。どうやら彼女の心の関が開いたのだと。
 そして暫く彼女の小さな声が続き、また沈黙がやってきた。でも、その沈黙は電話を貰った時とは違い、すぐに打ち破られる。
 ありがとうと言う元気そうな声で。
「……うん、……うん。それじゃ、またね」
 機会特有のピッと言う音を立てて二人のやり取りは終了した。
 ポケギアの画面からコトネの名前が消えたのを見て、ヒビキは一息つき、大きく体を伸ばす。
「うーん、やっぱり行きたかったな。でもそれじゃ妹離れできないし。そろそろしたいんだけどね。兄として見られたくないから」
 相棒のマリルに苦笑しながら本当の気持ちを言うヒビキ。
 そう。誰よりもそばに行きたかった。でも、彼女の事を思えば我慢。
 だけどその我慢をもいつまで続くか。
 本人曰く彼は短気な性格ですから。







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 作者より……
 うちのヒビキはコトネが可愛くてしょうがありません。
 うーん、何でかっていわれると理由は単純なんですが、
 女の子だからと普通に帰ってくるでしょう。
 彼はコトネに関しては短気です。
 どうして短気なのって聞くと普通に自分の気持ちを言います。
 普通に純粋な男の子です。黒くないです。
 彼には黒くならない、嫌味っぽくない、
 暴力ぽくない男性を目指して欲しいです。
 ベクトルはやはりコトネへ向けられております。

 2009.10 竹中歩