カナデ。
 後にジョウト及びカントーにまで名を馳せることとなる赤く長い髪のポケモントレーナー。年齢は目撃証言から十代前半と推測。
 性格は喧嘩っ早く、非道。難人にもバトルを挑むため、トレーナー達の間では容赦ない行動と恐れられていたが、時間の経過と共にその話しも少しずつ消えてゆくこととなる。
 その経緯に何があったかはわからないが、彼の心に何らかの変化があったことは否めない事実。
 しかし、その変化と言うものを詳しく知る者は本人以外まだ報告されていない……。



ベクトル 〜 Rival ver 〜



 最初に感じた違和感。
 それはバトル終了後のこと。バトルの相手はカナデがライバル視している少女『コトネ』。何度目のバトルだったかは記憶にはないが、初めてではないことは確か。なので、彼女がどんなポケモンでどんな技を出してくるかも、ある程度は把握していた。しかし、その把握も前例があってこそ。その前例に値する何かがなければ、把握も意味がない。
「おい」
 バトルは悔しい結果だが、コトネの勝利。悔しいことにこれは覆せない結果。
 コトネと呼ばれるカナデと同年代の少女は、自分のトレードマークである白く大きなキャスケットの帽子をかぶりなおし、カナデの方へ振り返る。
「お前、バタフリーはどうした?」
 今回のバトルはお互い手持ちのポケモンは全て出し切った。しかしのその中で、今まで全ての戦いにおいて顔を出していた彼女のバタフリーが見当たらなかったことにカナデは違和感を感じ、問いただすような口調で返答を求める。 
 メインメンバーだったはずのバタフリーがいないのはおかしい。もとい、ポケモンを代えるトレーナーなら問題はないだろう。しかし、このコトネはお気に入りはずっと持ち歩くというタイプなので、メンバーから筈ことは考えられなかった。
 秘伝技のポケモンと入れ替えたのかとも思ったが、秘伝技を経由するポケモンも見当たらなかった。だから、どう考えてもバタフリーがないのはおかしい。
 じりじりと詰め寄るようなきつい目線を送りつつ、カナデはコトネの返答を待ったが、少女は困ったような顔で笑い、今はいないと口走る。逃したのだと。
「はっ。弱いお前に飽きて逃げ出したのか? だとしたら、そのバタフリーは頭が良かったようだな」
 それはカナデにとって、何の変哲もない返事だった。彼はいつも好戦的な言葉しかいえない。もちろんバトルを積み重ね、時折会話を交わすコトネも知っているはず。だから、いつもどおり、あしらわれて終わるか、もしくは何らかの言葉が返ってくると思っていた。
 だが、何の変哲もない言葉に今日は『変化』が起きてしまう。
「………」
 ぽたぽたと、コトネの大きな瞳から大粒の涙が一粒一粒溢れ、地面を徐々にぬらしていく。
 これに焦ったのはコトネ本人より実は彼、カナデの方。
 コトネはなんでもない、目にゴミが入っただけだと力説しながら笑うが、どう見てもそんな量ではない。明らかに何かを悲しんだ時にする泣き方だ。
「な…んで、泣くんだよ」
 この時にカナデはじぶんの人生の経験地の低さに困惑する。
 今までバトルを吹っかけて、何人ものトレーナーやコーディネーターをなかせてきた彼。残念ながらそれをなんとも思わない心を彼は持っていた。……今までは。
 今の、この瞬間はどうやってもいつもの冷酷さが出てこない。
 出てくるのは一つのキーワードだけ。
 でも、それを表に出すのは自分じゃない。
 寧ろ出してしまうのが恐怖にすら感じる。
 いったい、このライバルに何が起きたというのか。
 そして、自分に何が起きたというのか。
 だけど、否定した所で何かが起きるわけでもない。



「泣くな!」



 感情なんてわずらわしいから嫌いだ。
 だからバトル以外では殆ど表に出すことはない。
 なのに、自分から出してしまった。その事実に腹が立つ。
「………」
 彼に泣くなといわれて、少女は一瞬怯んだかのようにも見えた。しかし、どうやら怯んだのではなく、目の前に彼がいた事を思い出したようで、強引にごしごしと目をこすり、あふれ出る涙を無理やり止める。そして、思い切り両手で自分の頬を叩いた。
 またもやこの行動に困惑するカナデ。
 いったい、このライバルはなんなのだろうかと。
「何で……泣くんだ……」
 イライラした感情をどこかにぶつけることも出来ず、カナデは頭へと手をやる。
 その行動を見て、コトネは一言だけ呟く。
 ……ありがとう、と。
「……」
 思いがけない感謝の言葉に固まるカナデ。実際、こういう場合どういう行動を取った方が良いか分からないといった方が正しいだろう。
 それだけ彼は人付き合いと言うものが得意ではないらしい。
「お前意味不明だな。泣き出したと思ったら、今度は礼を言うなんて……。良いか? 次に会った時、おまえを倒してやる! それまでは負けて泣くんじゃないぜ!」
 とりあえず、その場を去りたかった。
 これ以上コトネといると自分が自分じゃなくなる気がして。
 いつものような捨て台詞。
 本当はどうして泣き出したかが気になったが、事情を聞けるほど自分はコトネには近くない。それを知っていたからこそ、それ以上近寄れなかった。
 近寄れなかったから、大声で涙を静止することしか出来なかった。
「あいつは……いったい何なんだ……」
 彼の中で心境の変化が起きた瞬間。
 しかし、その変化と言うものを詳しく知る者は本人以外まだ報告されていない……。







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 作者より……
 ノリと勢いだけで書いてしまったライバル→コトネです。
 ゲームするうちにライバルがどんどんコトネに心を許すように見えてきて、
 気づけば手が勝手に動いておりました。
 うーん、素直じゃない奴にやはり弱いのでしょうか?
 しかしながら、カップリングではなく、私の中ではHGSSの人たちは、
 基本ベクトル(→)なのです。繋がってるようで繋がってない所が味噌。
 まぁ、通じたものを書きたいときがやってくれば書くかも知れませんが。
 とりあえず今はベクトルで。
 因みにライバル君はコトネより身長が低いと楽しいです。

 2009.10 竹中歩