『花の芽村』
 どこかにある農業と酪農、そして漁業などで生計を立てている村。
 小さいながらも村人達は元気で優しく、なぜかそこにふるさとを髣髴とさせてくれる不思議な村。
 そんな花の芽村に一人の青年が現れたのは数年前のこと。
 彼は初めて来た場所にもかかわらず、この村で牧場を始める。
 その腕はかなりの物で、昔からこの村で牧場を経営する村人が素晴らしいと絶賛したほどだった。
 しかし、牧場が素晴らしくても、村人は彼と一線を引いていた。
 理由は分からないが、彼は人と触れ合う事を拒絶している。
 全く接しないというわけではない。必要最低限の接触は行っている。だが、進歩は無い。
 そんな微妙な関係が続いていたある日、またこの村にも新たな牧場主がやってきた。
 確か、牧場主の彼『リオン』がやってきて一年後の出来事だっただろう。
 太陽のように笑う可愛らしい『ティナ』と言う彼女がやってきたのは……




10cm




「暑い……」
 今年で何度この村で夏を迎えただろうか?
 思い出すのも面倒くさくなるくらい、今年の夏は暑い。
 酷暑
 猛暑
 残暑
 もうどれでも良い。それくらい今年の夏は厳しい。
「……それで、あいつは何をやってるんだ?」
 午前中に家畜や農作物の世話を済ませたリオンは村に存在する滝へと向かっていた。
 真昼ともなればかなり暑い外だが、滝の当たりは別。丁度良い気温と時折肌に触れる水しぶきが心地良い。それに釣りも出来る。
 彼にとっては唯一の息抜きの時間。それを求めて歩いていたのだが、途中変な物を発見した。

「うおぉぉぉぉぉ!!」

 それは一人の女性の姿。
 女性と言うにはまだ幼く、少女と言うには落ち着いている。
 ほんの短い期間だけそんな風に言われる年頃の女性。
 そんな女性が先ほどからリオンの目の前を野太い声をあげながら走っていた。
「こんにゃろぉ!」
 彼女の名は『ティナ』と言う。
 ツインテールがトレードマークで、リオンより後にこの村に来た新米牧場主。
 そんな人間だからこそこんな所で遊んでいる暇はないと思うのだが、彼女はどう見ても遊んでいるようにしか見えない。
 寧ろ、それが行き過ぎて何か鬼気迫るようなものさえ感じる。
「ふん。僕には関係ないね」
 たとえ髪を振り乱しながら、木の棒を携え、一心不乱に駆け回ろうともそれはリオンには関係ないこと。
 その前に係わり合いになりたくない。
 それがリオンの本心。……つまるところ、彼は彼女が嫌いである。
 それはリオンがしょっちゅう口に出しているし、態度を見れば誰だって一目瞭然。
 何かのお祭で村人が優勝した時は不本意ながらも、その実力を認め賞賛をしていたリオン。
 しかし、ティナの場合は賞賛はせず、悔しそうな表情だけを浮かべ気づけば祭り会場から消えていた。
 それほどまでに彼はティナが嫌いらしい。
 だから係わり合いになりたくないと言うのも頷ける。
 リオンは遠巻きにティナから距離をとって滝へと向かっていく。
 が……どうやらこの村の女神様はリオンに味方をしてくれなかったらしい。

「うぁ!?」

 足元を気にせず走り回っていたティナが、体勢を崩しこけそうになる。
 普段ならほうっておくことなのだが、場所が悪い。
 そこは川。
 落ちれば無傷と言うことにはならないだろう。
「……バカッ」
 持っていたバケツなどの釣り道具を手から離し、ティナのほうへ駆け出す。
 嫌いな相手のはずなのに、どうしてか体が動いていた。
 助けた方が良い。
 誰が言ったのか。
 もしくは自分が思ったのか分からない。
 でも、取りあえず今はそれに従おう。
 スローモーションのように背中から川へと落ちていくティナ。
 その左手を掴むリオン。
 本来なら助かるはずだが、思った以上に人間の全体重と言うのは重い。
 リオンは空いた左手を傍の街路樹にかけ、何とか持ちこたえた。
「……え? なんで?」
 必死な形相で自分を落とさないようにしてくれているリオンにティナは目を丸くするが、実際はそれどころではない。
「っどうでも良いから……早くこっち来い……重い!……」
 その言葉に従い、ティナはリオンの手を両手で必死に掴み、それを見たりオンも必死でティナを引き戻した。
 ほんの少しの出来事なのに、二人は汗だく。息も上がっている。
 二人はその場にへたり込み途切れ途切れの言葉を交わす。
「…たぁ……助かっ……た。はぁ、はぁ……ありがとう、リオン」
「ふ、ふん……。僕の前で溺れ……はぁ……はぁ……られたら、夢見が悪いからない」
 素直にお礼を言うティナと悪態をつくリオン。
 何があってもこの二人の性格と態度は変わらない。
「いや、でも本当に助かったよ。あのままじゃどうなってたことか」
「運悪かったら頭を打ってたな」
 普通なら、まだ息が整わないはずなのだが、二人は見る見ると正常の状態に戻っていく。
 若いからか、それとも牧場のをやっているおかげで体力があるからか。
 気がつけば何時もどおり会話が出来るまでに復活していた。
「やっぱりそうか……。でも、そこにリオンが通りかかったってことは運が良かったんだね。……きっと女神様が守ってくれたんだ」
 それは何も深く考えず口からこぼれ出た言葉。
 しかし……どうやらリオンはそれが気にくわなかったらしい。
「ふん。……人間はそうやって何でも結びつける」
「リオ…ン? どうしたの? 何で怒ってるの?」
「怒ってる? ……当たり前じゃないか! 良いことが起きればあいつのおかげ。悪いことが起きてもあいつの所為。いつだって自分達の行いの所為なのに、どうして他に原因があると考えるんだ! その所為であいつは……」
「あいつは……?」
 そこでリオンは言葉を止めた。
「なんでもない……言っても無駄だからな」
 すくっと立ち上がり、ティナを助けるために手放した釣り道具を拾う。
「僕は人間が嫌いだ。特にお前みたいなやつは大嫌いだ」
 それだけを言い残すと彼は何事もなかったかのように再び歩き始めた。
 どうする事も出来ず、慌てるティナだけを残して……。 





 あの川の一件から一日が経った。
 天気は昨日のテレビが告げていた通りの雨。
 おかげで今日は目覚ましがなる前に雨音で目が覚めた。
 久しく聞いていなかった雨音。
 普段の自分ならきっと鬱とおしいと雨を睨んでいただろう。
 しかし、今日は心地が良く思えた。
 きっと夏に降る久しぶりの雨だから。
 それはさっき田畑を見て実感した。
 畑は潤い、動物達の牧草地も潤っている。
 ちょっとばかり自分は泥や雨で濡れたり汚れたりしたが、そんなの苦にならないほど牧場の状態は良好だった。
 そんな優越感に浸りながらシャワーを浴び、髪の毛をタオルで拭く。
「……あいつも……雨が嫌いだったな」
 窓の外を見ながら呟いた台詞は昔の記憶。
 彼がこの村に来る前の記憶。
 今はここにいない優しい笑顔の持ち主の記憶。
 なのに、
 
『雨ってさ、人と会う機会が減るから寂しいよね』

「?……」
 一瞬、自分は誰の記憶を掘り出したのだろうかと考え込む。
 少なくとも最初はあいつだった。
 いつでも微笑んで、この村の安泰を願った優しい女性。
 しかし、途中から新米牧場主の記憶に切り替わった気が……
「気のせいだ……。きっと。雨の所為だ、うん」
 頭を振り、その牧場主の存在を否定する。
「明日の天気を見よう」
 窓辺から離れ、テレビをつける。
 テレビはおはようございますとか何とか言って、天気を告げた。
「晴れか。雑草が伸びるな。なら明日は雑草を狩って……」
 天気で全てを左右される牧場仕事。
 彼は頭で明日の予定まで立てていく。
 しかし、行動までは止まっていない。頭を回転させながらも朝食の準備に取り掛かる。
 準備と言っても、何かを作るのではなく、冷蔵庫から取り出すだけ。
 が、取り出すのに少し時間がかかった。
「……今日は、どれにすればいいんだ?」
 朝絞ったばかりの新鮮なミルクは元からテーブルの上に。
 パンだって作り置きをしているから直ぐに取れた。
 なのに、迷っている。
 そのお供をなんにするかで。 
「よし。今日はこれにしよう」
 濡れた紫の髪から落ちる雫さえ気がつかないほど悩んだ彼は、一つのジャム瓶を手に取る。
 それは自分が作った物でも買った物でもない。
 ある人物が毎日のように届けに来る贈り物。

『好きだって聞いたから、よかったらどうぞ』

 贈り主の顔が浮かぶ。
 何時も嬉しそうに毎日手渡しに来るのだ。
 家にいないときは態々探してまで。
 しかもその季節ごとに取れたものを調理してくるので種類は豊富。
 おかげで毎日貰い続け冷蔵庫はちょっとしたジャム庫。
 その中から彼は毎朝食べたいジャムを選ぶ。
「食べるのに結構大変なんだぞ」
 今日選んだのはマーマレード。
 それをパンに付けて頬張る。
 甘酸っぱいオレンジの香りと、自分が焼いた香ばしいパンの組み合わせは絶妙。
 これがミルクに良く合う。
「……ふん。毎日毎日良く飽きもせず……」
 それは贈り主に言ったつもりなのだが、毎日食べて飽きていない自分にも言えること。
 それくらいこのジャムは美味しいのだ。
「でもこれでマーマレードが終わったか」
 冷蔵庫にあるジャムはベリーベリージャムやブルベリージャムと数種類あるが、オレンジを使ったジャムはこれで終わり。
 まぁ、贈り主から貰わなくても買いに行けば済むこと。
「実際あいつも買ってるんだろ」
 ジャム作りはかなり大変だ。
 調理はさほど難しくはないが、材料集めが困難。となると買うのが一番手っ取り早い。
 きっとこの贈り主も買っているに違いない。
 そんな事をふと考えていると家のドアを叩く音が聞こえる。
 かなり激しく叩いている音だ。
「誰だ?」
 椅子から腰を上げ扉へと向かう。
 誰だといいながらも来る相手の予想はついている。
 きっと村長のテオドールだ。
 それ以外の人物がこの家に来るなんてことありえない。
 村の人間は自分と距離をとっているし、何より自分も距離をとっているのだから。
 だからありえない……人が来るなんて……。
 来るとすれば楽天家でドジで、お節介なやつくらい。
 でもきっと今日は来ない。
 だって、昨日あんな態度をとったのだから。
 でもなぜ?
「……お前が僕の家の扉を叩いているんだ?」
「良かった! リオンが家にいたよぅ!!」
 半ば泣きながら、バスケットを持ったティナが家の前に立っていた。
 この雨降りすさむ中、傘もささずにここまできたのだろうか?
 全身びしょぬれで靴には泥跳ねがある。
 いつもピョコピョコと弾んでいるツインテールも今日はシナシナだ。
「それじゃ、僕は用がないから」
 無理に扉を閉めようとしたが扉の隙間で足を入れられ、閉める事を邪魔される。
「ちょ、ちょ、ちょ! ちょっと待ってよ! 私は用があるの!」
「お前にあっても、僕にはない!」
「お願い、本当お願い! 少しで良いの! 少しで良いから『キッチン』貸して!」
「……は……?」
 その素っ頓狂なお願いに思わずドアを閉めようとする力が緩む。
「実はさ、うちの家リフォーム中でキッチン使えないのよ。宿屋とかカフェは今から仕事で使うだろうから頼めないし」
「……お前、知り合い多いだろ。知り合いに頼め」
「平日の真昼間に家にいる人いないよ。みんな仕事場だもん。それに仕事場と家が併設している人のキッチンなんて申し訳なくて使えないよ」
 ティナの言うことは間違っていない。
 キッチンを借りるというのはそれだけでもかなり勇気がいること。
 しかも、傍で仕事中とあればよけいに使いづらい。
 まぁ、この村の人間性から言って頼めば貸してはくれるだろうがそこは甘えてはいけない気がする。
「その点、リオンなら一人暮らしだし、他に迷惑になるような家族もいないから良いかなって……。いや、決してリオンが世帯持ってないから借り易いとか言う意味じゃないよ? それにこんなこと言ってるけど、実際借りようと思って一番最初に浮かんだのはリオンの顔だし」
 最初は冷静に説明していたのだが途中から何を説明していたのか分からなくなってしまったらしく、再び泣きそうな顔に戻る。
 ……あぁ、埒があかない、諦めた方が良い。
 彼の心がそう告げていた。
 野生のカンなのか、彼女の性格を知っている所為からなのか。
 彼は大きくため息をつき彼女見据えて喋る。
「……いいか、絶対にキッチン以外の物に触れるな。キッチンは元通りにしていけ」
「いいの!?」
「良いわけあるか! だけど、そうしないとお前は諦めないだろ!」
「はい……その通りです。でも、ありがとう! リオン! お邪魔します」
 女性とはここまで表情がコロコロと変わるものなのだろうかと、リオンは思う。
 もしくはこの人間だけなのかもしれない。
 とりあえず、家に上がった彼女だが、キッチンよりなによりその家の大きさに驚く。
「凄いね、リオンの家って! 凄く大きい!」
「お前の家が小さすぎるんだ」
「う……。だから今大きくしてるんだよ。でも、キッチンも大きいね。うちのキッチンて道具二つまでしか置けないから。いいなぁ」
「リフォームしたのなら大きいのにすれば良いだろ。それじゃ、僕は出かける」
 何時も着ているカラフルなポンチョを羽織り、麦藁帽子をかぶった彼は家の扉を開ける。
「え? 雨なのに何処に行くの?」
「どうだって良いだろ。お前が家にいる以上、僕は家にいたくないんだ。終わったら鍵を掛けて帰っておけ。鍵は外にいるケルにでも渡しておけば良い。じゃぁな!」
 バタンッ。
 大きな音を立ててリオンは扉を閉めると駆け足で家の傍から消えていった。
「私とは家にいたくない……か。何でかなぁ……」
 彼の姿を窓から見ていたティナはリオンに嫌われる理由を探しながら借りたキッチンで料理を開始する。





 結局リオンはあの後、洞窟で鉱石探しに没頭した。
 雨の日は大抵そうしているようにこれもまた彼のサイクル。
 今日は出かけるのが早かったためかかなり多くの鉱石が発見できた。
 しかしながら、帰りもかなり遅くなってしまい結局家に着いたのは夜の九時。
 別に誰かを待たせているわけでもないので構わないし、それに中途半端に早く帰ってティナがまだいるなんて事態には遭遇したくない。
 となれば遅く帰るのがベストだった。
 そんな思いで家に帰ってきたのだが、
「……どういうことだ? これは?」
 家の明かりはついていた。
 最初はティナが消し忘れて帰ったんだろうと思ったが、そういう訳ではない。
 彼女はまだ家の中に存在している。
 けれど、料理はもうしていないようだ。
 キッチンは綺麗に片付いているし、泥だらけで入ってきた自分の足跡も掃除している。
 本当は料理なんてしていなかったのではないか?
 そんな考えも浮かんだが、家の中には何か良い香りが立ち込めている。
 多分しょう油とかそういうおかず系のものではなく甘い香り。
 デザートでも作っていたのだろうか? だが、嫌な香りではない。
 と、そんな考えはどうだって良い。
 料理が終わったのになぜ帰っていないのかが問題だ。
 当の本人はリオンが扉を開けて家に入ってきても寝ている。
 この前リオンが買ったばかりのソファの上ですやすやと。
「ケルが鍵を持っていないわけだ」
 帰ってきたとき、リオンは番犬であるケルベロスから鍵を受け取ろうとしたのだが、ケルベロスは持っていなかった。
 その時点で変だと思わなかった自分が悪い。
 多分ティナのことだから鍵を掛け忘れて帰ったんだと思った自分が。
「とりあえず、起こすか。……おい、起きろ」
「ん? ……ん? …………ぐぅー」
「二度寝をするなー! 僕だって明日のために早く寝たいし、シャワーを浴びたいんだ!」
「あぁ、リオンか……お帰りー! うーん!!」
 ここは私の家じゃない?
 なんてお決まりの言葉は帰っては来なかった。一応ここがリオンの家という認識はあるようだ。
 背伸びをしたティナはもう一度お帰りと呟く。
「どこ行ってたの? 帰ってくるまで待ってようと思ってたけど、中々帰ってこないし」
「行く前にも言ったが、そんなことはどうでも良い。なんで待ってたんだ?」
「えっとね。渡したい物があったから待ってたんだ」
 ソファから起き上がるとティナはリオンの腕を無理やり引っ張り、リオンの家の冷蔵庫の前まで連れて行く。
「この中に入れておいたよ」
 嬉しそうに扉を開けたティナはそれを取り出すとリオンに手渡した。
「今年最初で最後のマーマレードです」
 それは確か今朝食べあげたばかりのジャムと同じ種類のジャム。
 どこか暖かい色をしていて、オレンジの宝石のような光沢。
 所々にオレンジの皮が入っており、見た目的には凄くおいしそうなジャムだった。
「……家に立ち込めてる甘い香りはこれか」
「え?! もしかしてまだ香ってる? おかしいなぁ、換気したのに……。ごめんね、リオン」
「まぁ、この程度なら明日には抜ける。が、どうして手渡しをしようと思った」
 ジャムを確認すると、リオンはそれを冷蔵庫にしまい、ティナをリビングの方へと連れて行く。
「だって、行き成りジャムが冷蔵庫に増えてたら怖いでしょ? それに、今年はそれが最後だって伝えたかったから」
「書置きでもしておけば良いだろ」
「家のものに触れるなって言ったのリオンじゃん」
「それくらいは臨機応変に対応しろ」
「リオンが無茶言う……」
 折角作ったのにとしょぼくれるティナ。
 そんなティナをみながらリオンはとりあえず他の疑問もぶつけてみることにした。
「でも、どうしてこれが最後なんだ? 広場の向こうの店に行けばあるだろう」
 多分それはライラのお店のことだろう。
 確かにあそこはジャムが豊富だ。
 しかし、ティナは首を振る。
「今年はね、オレンジが物凄く不作なんだって。だからお店に置けないってライラさんが言ってたよ。そんでもって果樹園でも今年は採れてないんだって」
「良くそれでオレンジが採れたな……」
「そりゃぁね。私の育てたオレンジの木は違いますから。とは言っても、植えただけで一応みんなの土地のなんだけどね」
 植樹されたオレンジの木。
 そんなものがあっただろうかとリオンは考える。
 野生のオレンジの木はあったが、新たに植えられた木なんてどこに?
「そんなものなかったぞ。お前、嘘ついてないか?」
「し、失礼な! リオンも見たことあるはずだよ? えーと……ほら、昨日リオンが川で助けてくれた時に、リオンが掴んでた木! あれが私の植えたオレンジの木」
「実なんてついてないからモラの木かと」
「実をつけるのは今年が初めてだからね。植えたのが去年の秋くらい? どうしてもオレンジが欲しかったから植えたんだけど、採れるのが後一年近く先って聞いた時はショックのあまり、毒キノコを間違えて食べちゃったよ」
 あははと笑うティナに呆れ顔を隠せないリオン。
「どうしてそこまでオレンジを欲しがる必要が……。いざとなれば野生のがあるだろう」
「でも、それだと確実には収穫できないんだもん。野生のって凄く採れないんだよ? まぁ、植えても今年みたいに不作だと採れないけど。でも、二つは確保したんだ。10センチ位に育つまで毎日のカラスとの激闘大変だったよ」
「カラ…ス?」
「そう。漸く実が実ったと思ったら、カラスが狙ってきてね。毎日格闘しながら守ってたの。まぁ、それをしすぎて昨日は川に落ちかけたわけですが」
 言われて見ればティナの足や腕には幾つかの絆創膏が張ってあった。
「もしかしてその生傷たちは……」
「カラスにつつかれたり、こけたりして出来た傷です。そして勝ち取ったオレンジは今日めでたくマーマレードになりました! という訳で、大事に食べてね。それじゃ、そろそろ帰るよ」
 時計を見るとそろそろ夜の十時。
 ティナは持ってきたバスケットに道具などを詰めて、帰り支度をし、扉を開ける。
 しかし後ろから呼び止められ後ろを振り返る。
「お前はバカか?」
「え?」
 呼び止めるというにはあまりにも酷すぎる言葉。
 寧ろ悪口。
 しかしそれにティナは怒る事もなく、リオンもそれを訂正することなく、言葉を紡ぐ。
「そこまで取れないオレンジで作ったジャムならかなりの価値だ。なぜ出荷しない? なぜ僕に態々送る? 僕は別に嬉しくなんて……」
 そうだ。
 そこまでされるだけの相手でもないし、村の人間のようにありがとうとも言えない相手なのに、なぜそこまでして渡す必要がある?
「うーん……」
 ティナは一瞬考え込んだが、すぐにその顔を止め答えを見出す。
「あれは最初から最後まで、リオンの為のものだもん。出荷なんて出来ないよ」
「……どういう意味だ?」
「リオンがジャムが好きだって言うから……私はオレンジの木を植えた。オレンジは他の木に比べて凄く収穫量が少ないから。そこから出来たオレンジを必死にカラスから守り抜いてそれをジャムにした。……そこまでして、リオン以外の誰に私はあげれば良いの?」
 その言葉にリオンは……唖然とした。
 一年越しのことなのに、ずっといる分からない自分のために木を植えた。
 生傷や怪我を嫌がる年代の女性が、そんな事を気にせずカラスと格闘して、実を守り抜いた。
 出荷すれば絶対に良い値になると分かっている物を自分のためだと言い張ってくれた。
 これってもしかして……





 凄く、嬉しいことなの、か……?



 
 思わず、そんな言葉が浮かんだ。
 まるで感情を先読みしていたかのように。
「リオーン?」
 立ち尽くすリオンの顔の前で手の平をひらひらとさせるティナのおかげで、自分のいた場所を思い出す。
「どうかした? なんか行き成りだまちゃったけど?」
「な、なんでもない! 良いから早く帰るなら、帰れ!!」
 家の中に居たティナを無理やり外へと押し出す。
「わ、わわ! ちょっと落ち着いてよ!」
「いいから! もうこれ以上、僕の傍に来るな!」
 中に自分が入って扉を乱暴に閉めた後、その言葉にはっとした。
 違う。
 今のはそんな意味じゃない。
 今、自分の傍にいて欲しくないからであって、これから先ずっとって意味じゃ……
「うん……分かった」
 そのか細い声に確信をする。
 やっぱり……勘違いされた。
 しょうがないか。
 自分が今まで彼女にしてきた事を考えれば、普通はもう二度と会いたくないととるだろう。
 それで良い、それで。
 そうすればまた人間を嫌いに……
「じゃ、明日また来るね。明日はねジュースになっちゃうけど良いかな? 材料あんまり採れなかったから」
 そのティナの言葉に驚いた。
 姿こそ見えないが、きっと扉越しにいる。
「私、嫌いって言う相手から貰った物も粗末にしない人、好きだよ」
 そう言ってティナは笑って帰っていった。
 見えるはずない相手に笑って。
 ……でも、どうやら伝わってはいたらしい。
 彼女の家路が少し心配で、窓から見守っていた彼にはちゃんと。
「違うからな、絶対に違うからな!」
 もう無駄だって分かってる。
 否定した所で、気づいてしまったのだから。
 でも認めたくない。
 顔が赤いのだって、
「絶対にお前のせいなんかじゃない!」
 顔を帽子で隠しても無駄なのにね。





 昔のあいつの悪戯を思い出す。
 人と人をめぐり合わせるのが大好きだったあいつ。
 だから時折、ちょっとしたきっかけや偶然を作り、人を結ばせていた。
 だけど今回もそうなのか?
 もしかして……川辺であいつを助けようとしたあの出来事。
 そして、あの時の助けた方が良いって声。
 それもあいつが起こした悪戯なのか?



 その真実は再び花の芽村に女神の加護が戻った時、
 彼らに告げられることでしょう……。








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作者より…
お祭に投稿させていただいた作品の一つです。
リオティナは初めて書かせてもらったのですが、サイトを始める以前から、
この組み合わせは大好きでした。
今までなぜ小説に書かなかったかと言うと、ぶっちゃけ彼のEDを
見れていなかったからです(苦笑)
この小説を書くにあたり、漸くEDを見て、更に好きになりました。
ええ、彼のツンデレさぶりに。
ティナはなんか危なっかしい子ですが、自分の意識をちゃんと持っている子。
そして、人の幸せを何より先に考える元気な女の子と言うイメージがあります。
そんな二人だからこそ、是非くっついて欲しいと思ったんです。
リオンの寂しさをティナがうめてくれたら私は本望です。
これからもこの二人を是非見守って行きたいと思っております。
可愛いかられらに幸あれ!
2008.9 竹中歩