七月を目の前にしたある日。
 ハルカはサオリからある事を頼まれる。
『お礼をするから、お庭のお掃除を頼めないかしら?』
 この時期は雑草が生えやすい。それはこの城都学園寮でも一緒だ。
 サオリの部屋から見える一体はちょっとしたジャングル。
 一瞬、引き受けたくはないと思ったのだが、誰でもないサオリの頼み。
 これをハルカは二つ返事で承諾した。



本日の功労者



「ねぇ、シュウ。お礼って何だと思う?」
「さぁね。でも、サオリ先生だからきっと良いものなんじゃない?」
 サオリはこうなる事を狙っていたのだろうか。
 ハルカに頼めば、必然的にシュウが付いてくる事を。
 案の定今回もシュウは一緒に掃除を手伝ってくれている。
「今から楽しみかもー! さぁ、もうひと踏ん張りだわ!!」
「君のその元気が羨ましいね」
 ジャージを着て、暑さ対策の麦わら帽子をかぶった二人は刈り取った雑草を一か所に集めて行く。
 幸いにも頼まれた場所は日陰だった為、日焼けの心配はそこまでしなくて済みそうだ。
「だけど、本当にシュウってこういうの似合わないわよね」
 くすくすとゴミ袋を持ったハルカは笑う。
 女子生徒たち間では貴公子と言われているシュウ。
 それは成績優秀とか、性格とかだけではなくもちろん見た目もだ。
 容姿端麗。
 そんな目の保養になる人に麦わら帽子や軍手と言った野良仕事の服装は似合わない。
「この格好を似合うと言われた方が僕はどうかと思うけど?」
「まぁ、確かにそうかもしれないけど、似合わないと言われるよりは良いんじゃない?」
 人に貶されるよりは褒められる方が良い。確かにそうだ。
 そして、こう言っては何だがハルカのこの格好は似合っていると思う。
 女の子としての元は良いハルカ。なので、何を着ても基本的には似合う。
 しかし、今の恰好は違った意味で似合うのだ。
 元気で活発な彼女その物を映し出しているようで。
 なんとなく自然体と言う言葉が似合う。だからそう言う意味で似合うと思った。
「ま、言わないけどね」
「何か言った? シュウ」
「いや」
 少し自分が笑った事にハルカは多分気付いていない。
 寧ろ気付かないで欲しい。
「よし、これで完璧かも!! はー、良く働いたわ!!」
 草や枯れ葉の入ったゴミ袋をキュッと締め、使っていた掃除道具と共にそれを持つ。
「僕はごみを持って行ってくる。君はそれを片づけておいてくれ」
「了解。じゃ、玄関でね」
 二人はいつも使っている昇降口前で待ち合わせをして、二手に分かれた。



「二人とも、お疲れ様!!」
 玄関に入ると待っていたのはタオルを持ったサオリだった。
「本当にサオリ先生の窓から見える範囲だけでよかったんですか?」
 掃除と言われた時、結構な広さをするものだと思っていたのだが、頼まれたのは小範囲。
 それ以外の場所はまだ背の高い草などが生い茂っていた。
「ええ。そこだけで十分よ。残りはする生徒さんが決まっているから」
「僕ら以外にも頼まれたんですか?」
「いいえ。シュウ君達が掃除した場所以外を掃除しなくてはならない生徒がいるの。罰掃除として何人かね」
 小悪魔のように笑うサオリの言葉にに思わずハルカは驚きの声をあげる。
「えー!? あの範囲を少ない人数でやるんですか!? ……物凄く嫌かも」
「嫌がることでなければ罰にはならないでしょ? それに夏休みの補習を罰掃除で免れるなら安いと私は思うわ」
「あー……それはそうかも。私だって補習と掃除だったら掃除とると思うもん」
「でしょ? さぁ、二人とも一度シャワーでも浴びてらっしゃい。そうした後にはこれをしましょう!!」
 ずっと後ろに手をまわしていたサオリ。
 おかしいなとは思ったのだが、その理由は今見せられたもので全て解決できた。
「それって、かき氷機ですか!?」
「ぴんぽーん。思わず可愛いから買っちゃったのよ」
 水色のペンギンの様な形をしたかき氷機。
 手で回す手動タイプだが、それがまたレトロな感じがして良い雰囲気を醸し出している。
「氷みつはイチゴとメロンを用意してあるから、しばらくしたら私の部屋へ来てね」
「了解ですー!! やったね、シュウ!! お礼ってこれだったんだよ」
「らしいね。良かったじゃないか。君の好きな食べ物関係で」
「うん!! それじゃ、私部屋に行ってくるねー!!」
 靴を脱いだハルカは物凄い勢いで部屋へと走って行った。
 いくつになっても、彼女の純粋さと言うか子どもっぽさは治っていない。
「ハルカさんは相変わらずねー。さ、シュウ君も部屋に一度戻ってらっしゃい」
「はい。あ、でも少し遅れるかもしれません。二人がそろった時点で食べててくださってもかまいませんから」
「そう? 分かったわ。じゃ、後でね」
 こうして二人もそれぞれの部屋へと戻った。



 先にサオリの部屋に付いたのはやはりハルカだった。
 やはりシャワーを浴びた後すぐに来たらしく、濡れている髪と、首に巻かれたタオルがそれを物語っている。
「気持ち良かったかもー!! でも、そろそろ暑くなりましたね、サオリ先生」
「そうねー。お日様が元気な季節はもうそこ。それまでに掃除が終わってよかったわ。ありがとう、ハルカさん」
「とんでもないです!! いつも先生にはいろいろしてもらってますから。それに、かき氷貰えるならいくらでもやっちゃいます!!」
「そう? じゃぁ、今度の補習の子たちとまた一緒に、」
「あーやっぱりいくらでもは『なし』でお願いします。時々ならお手伝いします」
 一瞬で困った顔になるハルカ。
 ちょっとしゃべり過ぎたらしい。それを見てサオリは笑う。
「ふふ、ハルカさんは本当楽しい子ね。こっちまで元気をもらうわ」
「それだけが取り柄ですから。シュウには時々喋り過ぎって怒られますけど」
「注意出来るってことはそれだけ側にいるってことよ? 良い事じゃない。さてと。そろそろ始めましょうか」
「え? でもまだシュウが来てないですよ?」
「少し遅れるらしいわ。そのうち来るとは行っていたから先に始めましょう?」
「そうなんですか? ……んー、でも待ってます」
 ハルカの事なので『分かりました!!』と元気に言うかなと思ったのだが、今日は違った。
「元はと言えばシュウを誘ったの私だし、シュウの方が働いてたし、それにシュウも暑かった筈だから来るまで待ちます」
「……分かったわ。待ちましょうか」
「はい!!」
 なんだかんだ言って、ハルカもシュウの事を大切にしている。
 シュウがハルカの事を大切にしているのは周りには分かり切っているが、ハルカは少しわかりにくい。
 でも、こうしてちゃんと彼の事を思いやっている。
 持ちつ持たれつという関係がちゃんと保たれているようだ。
「そうだわ。実はもう一人来る予定なの。そろそろ来ると思うんだけど……」
 ガチャ。
 本当にタイミングよく入って来たその姿にハルカは目を見開く。
「さおりん。言われたもの持って来たわよー」
「ハーリー先生!?」
「チャオ☆ ハルカちゃん」
 いつもはふわふわにおろしている髪を一つに縛ってポニーテールしているハーリーが現れた。
 その事実を目にして、少しハルカは仰け反る。
「ハーリー君、ありがとう。急で悪かったわね」
「さおりんの頼みじゃ断れないもの。とりあえず、持って来たわ」
 手に持っていたスーパーの袋から二つのボトルを取り出す。
「はい。みぞれと宇治抹茶。家の冷蔵に入ってやつよ」
「意外に渋い趣味なのね」
「人が折角持ってきたのに、その言い方はないんじゃない? さおりん」
「くすっ。ごめんなさいね。あなたの事だから艶やかな色の方を持っていそうと思ったの。レモンとかグレープとか」
「あら? 食べ物は見た目も大事だけど、味も大事よ? そうよね、ハルカちゃん」
「は、はい!! そうです!! 私は抹茶もみぞれも美味しいと思うかも!!」
「なんで、そんなに緊張してるのよ……」
「えっと、癖です」
 ハルカの横に座ったハーリーは珍しく正座しているハルカをからかう。
 本当、この人はハルカをおもちゃにしたがる人だとサオリは思った。
「だけど、一人足りないじゃない? あんたの騎士はどこへいったの?」
「シュウ君なら少し遅れるらしいわ。本当にもうそろそろ来ると思うのだけど……」
「失礼します」
「ほらね?」
 サオリは来客のタイミングを当てるのがうまい。
 まるで予知能力でも兼ね備えているかのようにぴたりと当てる。
 それを見ていて、ハルカは只管にその事を褒めていた。
「私もサオリ先生みたいに来客当てられたらなー」
「あんたにあってどうすんのよ?」
「人が来る瞬間、おどかせるじゃないですか」
「はんっ!! 相変わらずお子様な意見ね。せめて準備が出来ると言いなさい」
「どうせ子どもっぽいです!! シュウ、立ってないでここ座りなよ」
「あ、ああ」
「はろー、シュウ君。お邪魔してるわ」
 ハルカに座るよう勧められたのは、ハーリーとハルカの間。
 この二人を横に並べず済んだのは良いが、自分の横がハーリーと言うのもあんまり良い気分ではない。
 しかし、このままでは埒が明かないと思ったので、シュウはその場所に座ることにした。
「さぁ、人数が集まったところで始めましょうか!」
「待ってましたかも!!」
 全員が囲むように座っているテーブルの真ん中にペンギンらしきかき氷機が鎮座する。
 嘴が黄色で、鼻筋の所が水色。額から顔にかけての色は青。
 何とも涼やかな色のかき氷機。
 頭のてっぺんにあるふたを外して、キューブ状の氷を入れて、がっちりとふたをする。
 そしてその蓋に付いているハンドルを回せば、丁度おなかのあたり置かれたにガラスの器に綺麗な光の粒が積み重なって行く。
 まるで小さな宝石の山のように。とてもキラキラとしていて綺麗な光景だ。
「さ、一人前完成!! 次々行くわよー」
 出来上がった最初の一つをサオリは何も言わず、ハルカの前に置いた。
 それが当たり前だと思ったから。いつもこの面子ではハルカが何事も最優先。だから周りも何も言わなかった。ハルカも慣れているらしく、何も言わず宇治抹茶の氷みつを手に取り、それを徐にかけた。
 白い山が新緑に染まる。
「あんた、そんなに少しで良いの? それじゃ甘くないわよ?」
「そうですか?」
「そうよ」
 ハルカが氷にかけたみつはそんなに多くなく、物足りないのでは思うほどの量。
 甘いのが好きな彼女がこれくらいなのはおかしいとハーリーは声をかけたようだ。
「んー、これくらいで良いと思いますよ。ね? シュウ」
「え?」
「シュウはいつもこれくらいでしょ? 一番甘くないみつがいつもこれくらい」
 そのまま食べるのかと思いきや、ハルカは氷にスプーンをさした後、シュウの目の前に宇治抹茶のかき氷を置いた。
 この光景に残りの人は目を丸くする。
「ハルカ、いつも君が一番最初だろ? 先に食べて構わないよ」
「ううん。今日一番頑張ったのシュウだもん。だからシュウが一番!」
 ニコニコとした表情でそう言われたのでは、受け取るしかないだろう。
 シュウはハルカにその氷を食べさせるのを諦めて、かき氷を受け取る。
「ありがとう」
「うん!」
「ハルカさんは優しいわね。じゃ、二番目はハルカさん。好きなのをかけなさい」
「ありがとうございます、サオリ先生」
 可愛らしい彼女の行動が嬉しかったのか、サオリは大きめの氷の山を作り、ハルカに渡した。
 ハーリーに至っては小さくマセガキと呟いていたようだが、ハルカには聞こえずシュウは無視をする。
 確かにちょっと恋人同士の様なやり取りだ。でも、二人はそんな関係じゃない。だけど、そんな関係にも近い。
 本当に妥当な言葉が見当たらない不思議な関係なのだ。
「えーと、いちごとみぞれが良いかな?」
 当の本人はさおりに微笑まれ、ハーリーに睨まれ、シュウに見守られているとは気付かず只管に甘い氷を作っていた。
 白銀の山はあっという間に夕暮れの朱に染まる。
「みぞれまでかけるって……甘いの極地でしょうが」
「でも、甘いほうがおしいですよ。あとは、」
「これがあれば完ぺき。だろう?」
 すこし上から目線の笑いをしたシュウが徐に赤いチューブを取り出す。
 大きさは洗顔フォームくらい。これは、まさしく!
「練乳ー! そうかき氷にはやっぱりこれかも!! ありがとう、シュウ!!」
 目を輝かせて、それを受け取ったハルカは朱色の山に白い雲を描いた。
 大変美味しそうでもあり、そして甘そうでもある大山完成。
「うわー! おいしそうかも! じゃ、いただきます!!」
 一番上の甘いところをすくって口に運ぶ。
 そのお味は?
「美味しいー! やっぱり暑い時はこれかもー!」
「君は食べるものなら何でもいいんじゃないのか?」
「それはそうだけど、やっぱり旬の物は旬に食べたいかも! サオリ先生、誘ってくれてありがとうございます」
「いいえ。喜んでもらえて何よりだわ。でも、シュウ君。練乳なんてよくあったわね」
 普通はイチゴでも食べない限り冷蔵庫に入っている事は少ない練乳。
 それを甘いものが苦手な彼が持っていなと言う事が驚きだ。
「料理好きな生徒がいたので言ったら貰えたんです。余っててどうしようかと思っていたと言う事で」
「あー、そうだよね。イチゴを食べるのにこのチューブ一つはあんまり使わないかも」
 しゃくしゃくと氷を口に運ぶハルカ。
 このハルカですら練乳を使い切るのは無理らしい。
「……なーんか、むかつくわ」
「あら? どうしたの、ハーリー君」
 三番目に氷を貰ったハーリーは、宇治抹茶を多めにかけた氷を食べなつつ二人を睨む。
「言わなくても、お互いでフォローしてる関係がむかつく。信頼してます、互いの事知ってますって感じで」
「あらあら。やきもちかしらねー」
「さおりん! 人聞きの悪い事言わないでちょーだい!!」
 さらに腹が立ったのか、ハーリーは一気に氷をかきこんだ。
 そうなると必然的に起きるのが変な頭痛。巷ではアイスクリーム頭痛とも呼ばれる、冷たいものを食べた時に起きる痛みだ。
「いったーい!!」
「ハーリー先生って、時々馬鹿かも」
「そうだね。その意見にはおおいに賛成するよ」
「何ですって!? あいたたた……」
「暫くはそのままの方が良いわね、ハーリー君」
 三人に呆れ笑いをされるハーリーはずっと三人を恨めしく見ていた。





 この二人がどれだけ互いを知っているか。
 それはお互いのかき氷の好みを知っている。
 それだけで結構わかると思いませんか?





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 作者より……
 部屋が只管に暑かったので出来たお話です。
 シュウが宇治抹茶と言うのは私の独断と偏見です(笑)
 ハルカは只管に甘いの好きそうだなと。
 えー、今回の話のモチーフは互いがどれだけ好みを知っているかです。
 これだけ長い時間いれば、互いに好きな物分かる筈です。
 そして、さり気なく互いのを用意してあげるのが二人だと。
 さり気なくが好きです。さり気なくが。
 今回シュウはその事隠してませんね、珍しく。
 まぁ、そんな日があっても良いのではないでしょうか?
 そして、ハーリーさんの扱いがひどい。
 サオリさんがいるとハーリーさんはいつもの調子が出せないと踏んでおります。
 本格的な夏が始まる前に、私も掃除をしようと思いました。

 2010.6 竹中歩