いつも通りに訪れる聖戦の日。 甘く、芳しい香りとともに、少女たちは群れる。 その数が増えれば増えるほど、その人の顔は憂鬱になり、荷物が増える。 これが自分の知る近年のバレンタインの光景。 でも、今年は『いつも通り』ではなかったのだ。 秘密のお茶会 「今年も……凄いかも」 「そうだね……」 まだ朝のホームルームも始まっていないと言うのに、かなりぐったりとした表情を浮かべるシュウに、それを見てあきれるしかないハルカ。 二人は痛感する。今年もバレンタインが来たのだと。 「鳳炎の時も凄かったけど、やっぱり城都も凄いわね」 「そうだね……」 「ここ数年で一気に男子に渡すチョコレートが少なくなって、友チョコや自チョコが増えたって言うのに、シュウの人気は相変わらずかも」 「そうだね……」 「そう言えば、今日の英語は小テストらしいわね」 「そうだね……」 「……シュウ、私っておしとやかよね?」 「……何を勘違いしたらそうなるんだい?」 その返答にハルカはむくれる。 「ずーっと、返事が『そうだね』ばっかりだから、そこもそうだねで返すのが基本でしょう!」 「そうだねで返せないから真実を言ったんだよ」 「もー! てっきり人の話し聞いてなくて呆然として返事返していたと思ってたのに」 「話は聞いてるよ。まぁ、多少疲れてはいるけど」 そう言って、シュウは机の横にかけられた紙袋へと目をやる。 中に入っていたのは今日と言う日に欠かせないバレンタインチョコの山。 ピンク色の包装紙で包まれた定番のものから、いかにも高いですと言っているようなシルバーのハート型の箱。そのほか手作りっぽいラッピングがされたものなどなど。説明してもきりがないほどの量。 学校について十五分ほどしか経っていないと言うのに既に二十個は貰っているであろう。 「毎年のことだけど、美少年も楽じゃないわね。それ、皆食べるの?」 「いや。返せるものは返すよ。君だって、僕が甘いもの嫌いだって知っているだろう?」 「知ってるわ。でも一応聞いてみたのよ。ここは鳳炎じゃなくて城都学園だもの」 この城都学園に来る前にも鳳炎学園で大量のチョコレートを貰っていたシュウ。 そのときもやはり返せるものは返していた。そうでもしなければ、シュウのチョコレートは永遠に減らせそうにない量になるから。それほどまでにシュウも貰うチョコレートの量は半端ない。 「いい加減、本命チョコレートも減る時代になって欲しいね……」 「うわ。嫌味な台詞かも。あ、先生が来たわ!」 漸くこれから本当の意味の学校が始まる。 昼休み。 シュウの姿は学校の何処にもなかった。きっと女子にチョコレートを貰わないために合えて姿を消しているのだろう。 ハルカも長年の付き合いから、行動の予測はついているため、今日はクラスの違う女友達とランチタイムを過ごしている。 それに、今日は友チョコの交換会だ。こんな日は女友達といるに限る。でも、その顔はどこか浮かなかった。 「ハルカちゃん、どうかした?」 「え?」 「さっきから、お菓子殆ど食べてないよ?」 一人の少女がハルカの行動に違和感を覚え声をかける。 確かにいつもならお菓子を貰ったらすぐに口に放り込むハルカが、貰ったお菓子をほぼすべてカバンの中へとしまっていた。確かにこれはおかしい。 「ちょ、ちょっとシュウの貰ったチョコレートの量を思い出したら胸焼けがね」 「あー……それは確かにするかもね」 「でしょう?」 その言葉で理解したのか、友人はそれ以上理由を突っ込まずにいてくれた。 でも、本当の理由はもちろん違う。 悩みの根源はシュウだが、彼の貰ったチョコレートではない。 彼が『持っていた』チョコだ。 ハルカは思い出す。シュウの朝の姿を。 それは学校につく前の話だ。 学校の専用の寮に所属している二人は毎朝一緒に登校をしている。それは今日も一緒。 しかし、彼は一つの荷物を持っていた。 カバンと別に持ったノートぐらいの大きさの白い紙袋。 最初はバレンタイン対策の紙袋かと思ったが、既に細長い箱が入っていた。 ピンクの包装紙で、赤いリボンが巻かれた箱が。 だから、バレンタイン対策の袋でない。しかもバレンタイン風のラッピング。 誰かに渡すために学校へ持ってきたのだろう。 一体誰に? その事が気になり、ハルカはなにやらモヤモヤとした感情を抱いていた。 「あ、そろそろ行こう!」 友人が立ち上がったのを合図に、ハルカも自分のクラスへと戻る。 そして、席に着いたときにはもう既にシュウの持っていた白い紙袋は消えていた。 カバンの横にかかっていた白い紙袋。 それは一体誰の手に? 「うーん、まだ胸焼けがするかも。やっぱり天ぷらの盛り合わせとミックスフライ二皿は食べすぎかな」 夕食を終え、ハルカは寮の自室でミルクを沸かしながら、胃をさする。 シュウの紙袋の一件がどうしても気になり、気がついたらやけ食いに等しい量を食べ上げていた。おかげで珍しく、胃がモヤモヤする。 おかしい。いつもの量ほど食べていないはずなのに。 「やっぱりシュウの所為よね……。でも、聞くに聞けないって言う内容だし」 ぶつぶつと独り言を言いながら、沸騰寸前のミルクをマグカップに移し、テーブルにおいて、自分も絨毯の上に座る。そして徐に、カバンからいくつかのチョコレートを取り出した。 小さなフォンダンショコラに、ハート型のガレット。透明なフィルムに包まれたトリュフや定番のチョコレートクッキー。これらはすべて交換の際に貰ったもの。 ちなみにハルカは市販のチョコレートマカロンを友人やお世話になっているサオリ先生、あとは授業のあったハーリー先生にも渡した。自作は危険と自分でも判断しているため、買ったものを渡すのが妥当と言うものだろう。 しかし、貰った物の中で丁寧にラッピングされた物などがある。 それは交換会ではなく、感謝の気持ちと言うことで後輩の少女たちから貰ったものであり、本命ではない。中には本命をくれようとした男子生徒もいたのだが、これらはシュウに習いすべてお断りをしている。 なので、この場にあるものはすべて義理。 だが、その中には義理でもなく、本命でもないチョコレートが存在していた。 「……結局、渡しそびれたかも」 赤い無地の包装紙で包まれた少し細ながい箱状の物。 それは、ハルカがシュウのために用意していたバレンタイン。 今年は珍しく用意していた。義理でもなく、本命でもないのなら、ライバルチョコといった所だろうか。 「感謝の意味ってつもりで買ったんだけど……意味なかったかな」 朝の顔を見てよくわかった。今日は渡してはいけないと。あんなに貰って憂鬱そうな彼にチョコレートなど渡せるわけがない。 だからこの場で食べてしまおうと思って手に取ったのだ。 「ごめんね、かっこいい人の所に行けなくて。代わりに私が全身全霊をこめて食べるわ!」 包装紙を大胆にはがすと、これまた無地の白い箱が表れる。そして、蓋を開けると出てきたのは一本のティースプーンだった。 「シュウに似合うと思ったんだけどな」 出会いは本当に偶然だった。 友人たちとのチョコレート交換会に良い物はないかとデパートのチョコレートコーナーを見たとき、これが目に入った。 今年はチョコレートドリンクが流行。そのお陰でチョコレートドリンク専用のチョコなどがあったのだが、これもその中の一つ。 スプーンのすくう部分に固形のチョコが詰まっており、暖めたホットミルクやコーヒーをこのスプーンで混ぜるとチョコレートが自然と溶け出してチョコレートドリンクになると言うもの。 物珍しさもあって興味を引かれたのだが、なんと言っても目に入ったのはそのスプーンのデザイン。もち手のところに薔薇が象られていたのだ。 女性への逆チョコとして作られたらしいのだが、そんな事は関係ない。 ただシュウに似合いそうだと思った。 綺麗な物が、美しいものが、薔薇が好きなシュウなら喜ぶだろうと。 でも、渡しそびれた。 数日たって渡しても良いと思ったのだが、シュウがチョコを見たくなくなる人はかなり遠いと予測。そんな日を待っていたら賞味期限が過ぎてしまう。 そんなこともあって、これを今夜消費しようと思った。 「飲み終わった後も使えるから、可愛いかも」 食べてしまったら終わりのチョコとは違うので、ここが楽しい。 そう思って、スプーンを手にしようとしたとき、部屋にノック音が響く。 「はーい!」 ドアののぞき窓から外を見てみると、そこには今日は授業以外殆ど姿を見なかったシュウの姿があった。 「シュウ?」 「とりあえず、先に入れてくれるとありがたい」 「え? えぇ」 かなり切羽詰ったシュウを確認して、ハルカは早々に部屋へと彼を入れる。 「ど、どうしたの? そんなに急いで……あ! もしかして避難?」 「正解、だね」 だからあんなに必死な顔だったのかと納得。確かに早く入らなければ見つかる可能性は高い。むしろ、ココまで誰にも見つからずに来れたのは奇跡だろう。 「まだ続いてたんだね、バレンタイン……」 「一応部屋には避難してたんだけど、ノック音が鳴り止まなくって……」 「えぇー? なんで? 男子寮の入室許可を今日限定で止めてもらえば……」 「ハーリー先生が面白がって許可したんだよ」 「あぁー……ハーリー先生ならやりそうかも。まぁ、女子寮なら盲点よね。でも、私の部屋にいるってバレるの時間の問題じゃない?」 「サオリ先生が計らってくれたよ。確かに入寮の際何人かの女子生徒に見つかったけれど、違う方向へ行ったって言うことにしてくれたから」 「シュウ、サオリ先生にホワイトデー返したほうが良いかも」 「そうするよ」 とりあえず、趣旨はわかった。避難と言うことは滞在時間ぎりぎりまで彼はココにいることになるだろう。となれば、お茶の用意をしなくては。 ハルカはテーブルの上に散乱したチョコレートを簡単に片付けて、ホットミルクだけが残ったテーブルの周りにシュウを座るように促す。 「えーっと、あと二時間くらいはここにいないとやばいわよね? 飲み物はコーヒーで良い?」 「君が作って、飲めるものなら何でも良いよ」 「墨汁お湯で割るわよ?」 文句を言いつつ、ハルカはお湯を沸かす。そのときふと思い出した。あの白い紙袋の行くへを。 幸い他に聞く人もいないし、さりげなく出すにももってこいの時間だ。そう思ったときには既に口から言葉が出ていた。 「そう言えばシュウ、サオリ先生にバレンタインでも渡したの?」 「え?」 「いや、朝白い紙袋持ってたでしょ? あれ誰のかなと思って」 さりげなく、本当にさりげなく聞いてみた。 でも、彼は天邪鬼。ハルカの思いを読み取る。 「……気になる?」 今日初めて見た彼の嫌味な顔。それにむかついて、つい反抗的な態度をとるハルカ。 「た、確かに気になるわ。シュウに特別に渡したい人がいるなんて、私聞いてないから」 「それは……親友として? それとも女子として?」 「……両方違うと思うかも」 ちょうどお湯が沸いたので、ハルカはインスタントコーヒーを嫌がらせで少し濃い目に作り、シュウの前に置く。 そして、彼の目の前に座り、 「私はライバルだから気になるの。私をライバルだと思ってくれる時間があるなら、その時間が減ってしまうから」 「……なるほどね」 ハルカはそう言い放ったあと、少し冷めた自分のホットミルクを飲む。もうチョコレートドリンクなどどうでも良い。ただ、シュウの特別な存在が気になった。 その事が嬉しかったのか、漸くシュウはここでからかうのを止める。 自分を考える時間が減るのが気になると想い人に言われて、嫌味を続けるほど彼も冷酷ではない。 「特別と言えば特別だけど、あれは友人へのものだ。しかも男子だよ」 「え……。何? 男子の間でも交換会流行ってるの?」 シュウは思ったとおりの反応が面白く、コーヒーを飲みながら笑う。 「そうじゃなくて、誕生日プレゼントだったんだ。でも、この時期にお店でラッピングを頼んだら、バレンタイン仕様にされてしまってね。もう包んだあとだし、それに面白いかなと思って、そのまま渡したんだよ」 「そういう事だったのね……」 ハルカはすべての物事が漸く変わり、苦笑する。 確かに、この時期プレゼント用でお店などで言うとバレンタイン用ですかと聞かれることが多い。 なんとも、ありがち話しだ。 「どう? 真相は満足いった?」 「満足って言うか、聞いてみるとありえる話に気づかなかった自分に笑いが出てくるって感じかも。シュウじゃないけど、今年のバレンタインは少し辛かったかな」 「何か嫌なことでもあったのかい?」 「ううん。少しシュウのチョコレート見て胸焼けしただけ」 そう。本当にシュウの行き場のわからないバレンタインチョコと見せかけたバースデープレゼントにモヤモヤしただけ。だから少しだけ辛かった。 「胸焼けね……。じゃ、これもいらないかな?」 そう言ってシュウは二人の間にあるテーブルの上に一つの箱を置く。包装紙に包まれ、いかにもバレンタインと主張された箱を。 「これ……もしかしてバレンタインチョコレート?」 その箱を手に取り、ハルカは声を出す。 「チョコレートと見せかけて、実は違うかもしれないけどね」 「そうね。半分ハズレで半分正解、でしょ?」 ハルカの返答にシュウは驚く。これを見てハルカは確信した。 「驚いたみたいね。これ、チョコレートドリンクのスプーンじゃない?」 間違えるわけがない。 このラッピングに、この大きさ。さっきまで自分が持っていたものと瓜二つなのだから。 そう思いながら、ハルカは先ほどとは対照的に丁寧に包装紙を剥がして箱を開ける。 そこから顔を出したのはやはりチョコレートドリンクが作れるスプーンだった。 「やっぱり。チョコレート、半分ハズレで半分当たりかも」 「よく分かったね、それがそういう物だって。どこかで見たのかい?」 「えぇ、穴が開くほど見た……あれ? でも、違うかも」 それはとてもよく似ていた。大きさも、色も、チョコレートも。 でも、持ち手の部分が薔薇じゃない。 「蝶々だ……」 「あぁ、それね。なんとなく君には蝶々イメージがあったから、だから蝶々。結構シリーズあったけどね。子ども用に熊とかウサギ、あとは王冠や鍵の形なんかも」 よほど薔薇しか目に見えていなかったのだろう。自分がどれだけ、薔薇のスプーンに集中していたか分かる。 「へー……そんなに種類あったんだ。私、一種類しか知らなかったかも」 「どの種類しか見てなかったんだい?」 「ん? これかも」 カラーンッと音をさせて、ハルカはシュウの飲みかけのコーヒーにスプーンを入れる。 「薔薇だけしか知らなかったわ。だから、蝶のスプーンに驚いたの」 笑ってホットミルクを飲むハルカを見て、呆気にとられるシュウ。 「今日渡そうと思ってたんだけど、シュウ殆ど教室にはいないし、チョコレートは見たくなさそうだったから、自分で飲んじゃおうと思ってたの。でも、間一髪で間に合ったかも。シュウがドアをノックしなかったら、今頃飲んじゃってたわ」 「もしかして……今年は用意してたのか?」 「本当はするつもりなかったの。でも、シュウに似合いそうだと思って。気づいたら買っちゃってたわ。他の種類があることも目にくれずに」 「……全く」 言葉はあきれているのに、どうしてかシュウは笑っていた。その笑顔に何故かむかつきを覚え、ハルカは少し怒る。 「な、何でそこで笑うのよ?」 「いや、毎年バレンタインをしない僕らが、漸くお互いにバレンタインチョコを用意したら同じものって言う偶然に驚いてるだけだよ。何処までおそろいが好きなんだかってね」 「そう言えばそうね。結構奇跡よね? じゃ、あらためて。バレンタインありがとう。蝶々、可愛いかも」 「僕もありがとう、だね。君にしては良いセンスだと思うよ」 「私にしてはは失礼かも!」 言い争いのような会話に花咲く二人。 そんなシュウが飲むチョコレートドリンクは、ハルカが嫌がらせで作った濃い目のコーヒーのお陰でかなり美味しい仕上がりになっていたと言う。 「全く、本当に驚いた」 ハルカの部屋で開かれたお茶会の後、シュウは漸く部屋へ帰ることが出来た。 そして、その部屋の真ん中にあるテーブルには、箱にきちっとしまわれた真新しい薔薇のティースプーンが置かれている。 「一体、いくつの偶然が起きたんだか」 少し頭を整理して考えてみた。 ハルカがバレンタインを用意していたこと。 二人が同じものを用意していたこと。 そして、友人の誕生日プレゼントにハルカがやきもちを焼いていたこと。 シュウにとって嬉しい偶然の産物だった。 今まで憂鬱でしょうがなかったバレンタインを今日ほど嬉しく思ったことはないだろう。 「危険を冒してまで彼女の部屋へ行ったかいがあった、と言った所かな」 そう、実は避難なんて建前。本当はバレンタインを渡すために行ったのだから。 それに、もし昼間にあのバレンタインを渡していたら今夜のようなゆっくりとした時間は味わえなかっただろう。 本当に有意義な時間だった。 「来年もこうであるといいけどね」 もし、またお揃いのバレンタインが起きたなら、 その時は彼女の気持ちもお揃いなのでしょうか? ------------------------------------------------------------END--- 作者より…… 今年のバレンタインは結構甘めにしてみました。 リッチなミルクチョコレートくらいにはなったでしょうか? 鳳炎に比べて、ハルカが女の子らしいのが多分城都の特徴です。 だから、毎年シュウのチョコレートが気が気じゃなくなってます。 でも、そのことに実は気づいていないのがハルカだと思うのです。 シュウの嬉しいことをしてるのに、気づいてないのが城都のハルカ。 そして、それを素直に嬉しいと言えないのがやはりシュウだと思います。 作中のスプーンのチョコレートドリンクは今年コンビニで見つけたものです。 飲んだ後も使えますって可愛いなと思って。 互いの部屋にお揃いの物があるって特別な感じがします。 しかも、はたから見たらそろいに見えないのが味噌。 知ってるのは二人だけって感じで。 見えるアクセサリーとか、置物とかも良いと思うのですが、 明らかにお揃いって言うよりは、分かりにくい方が二人らしいかなと。 友達以上恋人未満戦友並と言う特別な序列なので。 今年は飲むチョコが流行とかなので、私も飲んでみたいと思います。 皆様に、温かいバレンタインを! 2010.2 竹中歩 |