今日の六限目は数学。そしてその数学もあと五分ほどで終わる。
 昼ごはんを食べ、気温も季節的にも穏やかなこの頃、ハルカは六限目はおろか、五限目の国語辺りから睡魔と闘っていた。
 しかしその二時間近くに上る戦いもあと少しで終止符が打たれる。
 その……筈だった。
「最後になったが、今日は宿題を出す。今教えたところの次のページ……教科書の五十八ページの一番下。ここに練習問題が五個ある。これを次の時間までに遣り上げてくること。話しを聞いていれば分かるはずだぞ! それじゃ今日はここで終わり!」
 三十代後半で一児の父である男性教諭からの一言は少なくともハルカにとって、かなりの攻撃力を誇る一言だった。







机の上の落書き







 男性教諭からの一言で数学が終わり、掃除などをして帰りのHR。そのときにハルカは自分の置かれている悲劇的な状態に気づく。
 次の数学は明日の三限目。つまり宿題は今日の放課後にやるしかない。たった一日しかないのだ。
 そのことを理解したのと同時に今日は解散の体制に入り、教室からは一人、また一人と家路に向かう。その中で一人机に突っ伏すハルカ。
「無理! 絶対に無理! 解けるわけないかもー!」
 はっきり言って今日の数学は新しいところに入ったばかりで、あまり上手く理解していない。元々数学は得意な方でないから余計に不安が募る。その不安がいつの間にか言葉として次々と口から漏れていた。
「どうしようー……やっぱり誰かに写させてもらうのが一番てっとり……」
「その方法はおすすめしないよ。根本的にその場しのぎにしかないっていないからね」
 ハルカの横にいた人物はハルカのやろうとしていた行動を正論で否定する。相手は……もちろんシュウ。学校では貴公子とも呼ばれる美少年、その人である。
 彼は机の中から教書やノートを出して机の上でトントンと整えると通学カバンにしまい、さらに先ほどの言葉からこう続けた。
「あの先生は理解したかどうか、新しいところに入ると必ずと言って良いほど小テストを行う。だから、写すという行為はその場しのぎであって、後に意味を成さない。全く、考えれば直ぐに分かりそうなのに……」
 はぁ、とわざとらしくため息をついてこちらをちらりと見る。正論とは分かりつつもその小ばかにしたような目線には少々腹立たしさを覚えた。そして当たり前のようにハルカは負けじと反論。
「だって、明日だよ?! 明日?! 私はシュウみたいに要領よくないからそんなに早くは理解できないんだもん! たとえその場しのぎであっても、あとで理解すれば良いじゃない!」
「明日、テストされたらどうするだい?」
 ハルカはうっと言葉に詰まる。
 確かに明日、問題だけといたノートを提出して、明後日あたりにでも理解すれば良いかもしれない。でも、彼の言うとおり明日テストを行われたらどうしようもない。それどころかノートを写したことがばれてしまう。
「あの先生、理解ができなくても分かるまでちゃんと教えてくれる。でも、写すとかのと嘘みたいなことってかなり怒るはずだよ」
「うー……」
 万事休すとはこのことだ。先生も言っていた。『話しを聞いていれば分かるはず』と。それに授業の所々質問はないかと聞いていた。その時、ハルカだけでなくクラスの大半の人間が眠気と戦っており、分かっていなくても質問するのが面倒くさくて『ありませーん』とみんなで声を揃えて言ってしまったのだ。だから明日、ノートを出すときに分かりませんでしたは通じない。
「もう、八方塞かも」
 今からあの先生のところに行って、問題の解き方を教わってこようか? しかし、それならなぜ授業中に聞かなかったのかと聞かれ、眠かったからですとでも言えばきっと、軽くだが怒られてしまう。一体どうしたものか……と、その時ハルカの脳裏に打開策が生まれた。
「そうよ! その手があるかも!」
 そういった瞬間、シュウの瞳をじっと見るハルカ。
「その目は何か嫌な予感がするんだけど……」
 すかさずシュウは目線をそらそうとしたのだが、すでに時遅し。
「ねぇ! シュウ! 私に今日の数学教えて!」
 まさに画期的なアイディア。優等生で秀才のシュウなら今日の数学は理解しているはずだ。シュウに教えてもらえば先生に怒られると言うリスクを背負うことなく、今日の宿題もできるし、尚且つ、理解もできる。
「シュウなら今日の数学もう理解してるでしょ?」
「確かに理解はしてるけど……先生に聞いた方が良いんじゃ……」
「だって、今更聞きに行ったら多分軽くだけど怒られちゃうもの。やっぱり少しでも怒られたくないかもー!」
「だったら何で授業真面目に聞いていなかったんだ?」
「ね、眠かったんだからしょうがないじゃない! ね、お願い! 私を救うと思って!」
 目を瞑り、縋る思いでシュウに頼み込むハルカ。そのポーズはまるで何かを拝んでいるようにも見える。
 ここまでハルカに頼りにされているのだ。
 ……シュウが断れるはずない。
「はぁ……しかたないね。その代わり、最後まであきらめずに理解すること。今日のは少し難しいから」
「ありがとー! 引き受けてくれるのね!」
 つぶっていた目が開くのと同時に笑顔になるハルカ。
「このままだと、君は何しでかすか分からないからね。さ、ノート出して」
「うん!」
 ハルカはカバンからドットの入った可愛らしいオレンジの数学ノートと教科書を。
 シュウはカバンからシンプルで無地の眼鏡ケースを取り出し、中に入っていた眼鏡を手に取るとそれを目元へと持っていく。
「それじゃ、今日の例題から」
「はーい! お願いしまーす!」
 こうやって二人の居残り授業は開始される。










「で、ここのXが今度はどこに行くわけ?」
「ここの横。何でそうなるか分かる?」
「さっきのここと一緒よね? 二番の例題の……」
「そうそう」
 教科書の例題やシュウのとっていたノートを参考にしつつ、ハルカは理解していく。
 どうやらハルカはやる気を出せば飲み込みが早いらしい。そしてすらすらと問題を解いて行く。気が付いたときには開始から三十分を過ぎていた。そしてここでシュウがストップをかける。
「ごめん、一旦席外して良いかい?」
「良いけど……どこか行くの?」
「うん。この前、社会見学に行ったときのレポート提出を頼まれてるんだ。そのことでちょっとね」
 それは一週間前。
 シュウたちの学年はIT関連事業会社の社会見学に行っていた。そのときのことをその会社が後日、生徒がどんな感想を持ったか教えてほしいと言ってきたらしい。そして先生たちは各クラスから一人ずつレポートを提出する生徒を選んだ。
「てことは、うちのクラスからはシュウがレポートを出すの? なんで委員長とかじゃないのって……あー…あの委員長じゃ多分無理かも」
「うん……ある意味凄いレポートになると思うよ」
 ハルカたちのクラス委員長はクラス一のお調子者の男子。彼が中心にいた方が何かと面白いだろうという理由で満場一致で委員長に選ばれた。なので、どちらかと言うと勉強は苦手な部類。レポートなんて言う活字ばかりのものを彼が製作できるとは到底思えない。
「シュウも大変ね。秀才だからかもしれないけど。でも、そんなことがあるなら言ってくれれば良かったのに……ごめん、変なときに数学教えてなんて頼んで」
 さっきまですらすらと進んでいたペン先が止まり、しょんぼりとするハルカ。それを見たシュウはすかさずフォローを入れる。
「いや、レポートは直ぐに終わることだから。気にしなくて良いさ。じゃ、ごめん少し外す」
「うん、何とか一人で頑張ってみる。そっちもレポート頑張って」
 そう言ってハルカはシュウを送り出した。










 直ぐに終わるといって彼が席を立って二十分。いまだ彼の席は空席である。
 眼鏡ケースとペンケース、そして机の横には通学カバン。本当に彼だけが足りない。 寂しさだけを置いていってしまった彼を待ちながらハルカは最終問題で躓いていた。
「うーん……ここだけわかんないかも」
 例題やある程度はシュウから借りている数学のノートで理解できる。しかし、最終問題は数式が多い上に、プラスとマイナスやらが入り混じっていてどう応用して分からない。
 おかげで先ほどからピンクのシャーペンは字を書くことをやめ、ペン回しの道具と化している。
「シュウが帰ってくれば分かるとは思うんだけど……早く帰ってこないかな……」
 そう思ったとき、階段を駆け上がる音。この音は一段抜かしをしながら上がっている。かなり早い、きっと男子だ。そうこうしているうちに足音の主が登場。
「あ、お帰り、シュウ! あのね……? なんか凄く疲れてない?」
「た、……ただいま」
 何故か息が上がっている。肩を上下させ、肌寒いこの季節に似合わぬ少しの汗ばんだ顔。いつもきっちり着こなしているはずの制服も少し、着崩れている。一体何をしてきたのだろうか?
「どうしたの? そんなに急いで?」
「今、他のクラスの人たちのレポートを回収してるんだ」
「な、なんでシュウがそんなことしてるの?」
「いや、学年担任にいきなり頼まれて……残ってる生徒の分だけで良いからって。参ったよ。至る所ので部活動やってる生徒のところに取りに行くんだから……」
 自分の机に近寄ると、徐に机の上に出しっぱなしだった荷物を通学カバンへとつめていく。
「ごめん、回収に手間取って自分のレポートが出来てない状態なんだ。だからこれからレポート書くからいつ帰れるか分からない。途中までしか教えられなくて本当に申し訳ないけど……全部出来てる?」
 自分の宿題を心配してくれた彼に……ハルカは少しの嘘をついた。
「あ、うん! 全部出来たよ! わたしも、もう帰ろうと思ってたところかも!」
「そうか……じゃ、今日はここまでってことで。本当ごめん」
「ううん! 付き合ってくれてありがとう! 頑張ってね! レポート!」
「ああ。また明日!」
 そう言ってシュウは再び教室からいなくなった……。
 残されたのはハルカと一問だけ解けない宿題だけ。
「さてさて……どうしようかな」
 彼女はどんな行動をとるというのだろうか?










「これで肩の荷が下りた」
 すでに外は真っ暗。昼は少し暑かったが、冬に差し掛かった今は少し寒い。そんな中シュウは職員室をあとにする。
「さすがIT関連事業というか……」
 誰に言うわけでもなく、少し小さな独り言。
 今までシュウはずっとパソコンの液晶とにらめっこをしていた。
 その理由というのも、実は感想レポートはメールにて送付といわれていたらしい。それを思い出した学年担任の先生は他の生徒のレポートをパソコンの打ち込む作業に徹し、シュウはその横で自分のレポートをパソコンで作っていた。おかげで目が疲れている。
「ドライアイとかにならなければいいけど……」
 少し気分転換に廊下の窓を軽く開ける。外の空気は思いのほか冷たく、頬をなでる風が気持ち良い。開けた窓からは理科室や音楽室、教室などの明かりが見えた。
 この時間帯になると、大半の教室の電気は消えおり、カーテンがかかっている。電気がついている教室は部活やおしゃべりで生徒が残っている部屋だけ。
 あの教室に残っている人たちは何時になったら帰るんだろうなどとどうでも良いことを考えていると、疲れ目でぼやける視界でも分かる不自然な状況に目が留まる。





「…え?……」





 思わず身を乗り出した。
 自分のクラスの教室の電気がついている。
 カーテンはかかっているものの、カーテン越しの淡い光が漏れていた。
 確か今日教室に残っていたのは自分と彼女だけ。他のクラスメイトなんて誰もいなかったし、居残りしているときも誰も来なかった。
 思いもよらない事態に、シュウは疲れなど忘れて教室へと駆け足で向かう。
 彼女に『また明日』と言うために急いだあのときのように一段抜かしで階段を駆け上がる。そして、さきほどより早く教室に着くと……そこには……
「誰も……いない?」
 すでに教室はもぬけの殻。彼女は愚か人の気配すらない。
 しかし、そこには人がいた痕跡を残すものがあった。
 それはハルカの机の上と脇に。
「まだ……残ってるんだ」
 机の上に乱雑に広げられたノートやペンケースの中身。机の横には通学カバン。
 つまりそれは、まだハルカはこの校舎にいると言うことを示す。さらに言うなれば別れ際の挨拶をしてから一時間近く、彼女はここにいたと言うことにもなる。
「なぜ……こんな時間まで残ってるんだ?」 
 宿題は全部問題が解けて、今帰ろうとしていたと彼女は言っていた。残る必要なんかどこにもないはず。
 それに自分は言った筈だ。いつ帰れるか分からないと。だから自分を待っていたなどと言う理由は当てはまらない。だとすれば余計に気になる。残っている理由が。
 そして、その不自然な状況を見渡してシュウは一つの結論に至る。
 それは、





「まさか……解けてなかった?」





 自分に気を使って解けたといっただけで、実は分からないところがあって、それを解こうと今まで残っていたのではないか?
 そんな考えがよぎった瞬間、今日の最後に見た彼女の姿が思い出される。
 自分が教室に入った瞬間、お帰りと言って何かを言いたげにしていた彼女。
 自分の質問に少し戸惑って答えていた彼女。
 ちゃんと考えれば不自然な点ばかりだ。
 今、全ての疑問のつじつまが合う。
 その証拠に、出しっぱなしにされたノートには途中で止まっている数式が目に入った。
 間違いない。彼女は今の今までここで悩んでいた。
「…………気使ってたんだ……」
 彼女は意外にも人に気を使うところがある。
 しかし、大抵は見抜けてしまうのだが、今日はあからさまなその態度に気づく余裕がなかった。つまり見抜けなかったのである。いつもは見抜けるのに……それすら見抜けないほど余裕がなかった自分を悔やむ。
「……」
 とりあえず、ハルカが帰るまで待つことにしたシュウは自分の席へと座る。
 目に入るのは持ち主のいない彼女の机と、数式ばかりが並んだノート。
「出来てるのかな……」
 そういえば途中までしか確認していなかった。多分彼女のことだから出来ているとは思うが、一応確認の為に数式を見てみる
「………………」
 細かい数字を見るために眼鏡をかけて一つ一つ確認していく。
 良かった、根本的に基本は理解できている。それに四問めまではちゃんと答えも合っている。しかし、どうやら五問目で躓いたようだ。
 そこから下はただの空欄。書いた痕跡すらない。
「まさか、悩んでたんじゃなくて寝てたとか?」
 ハルカならありえる。
 普通の人ならあーでもない、こーでもない、と言いながら計算式をノートの端にでも書きそうなものだが、その後がない。
 他の問題はちゃんと消した後や計算式が残っているのに……。
「やっぱり寝てたのか……」
 ちょっと残念だ。ここまで解けているのに、五問目で挫折したのが。
 そう思いながらノートを彼女の机の上に返そうとしたとき、その光景が目に入る。
「え……」
 机の上にはいくつもの数式や筆算や掛け算などがシャーペンで書かれていた。見てみると、それは五問目の計算式。所々間違っているし、雑に描きすぎて数字すら見えない。何度も書き直したのか、刷れている数式もあった。だけど、それはハルカがここで頑張っていた証拠。
 だから……自然とシュウの顔から笑みがこぼれた。
「頑張ってるじゃないか」
 少しずつだが、間違いにも気づいている様子でそれを何度もやり直した形跡もあった。
 そして机の一番左下にはちゃんとあっている数式が見つかる。
「これをノートに書けば終わりなのに……彼女はどこへ行ったのやら」
 シュウはハルカのペンを少し借りて、ある事をするし、再び椅子に座る。
 彼女が帰ってきたらまず何から話そうかと考えながら。





 それから……しばらくして……





「あれ? どうしたの?」
 手にホットと思われる紅茶の缶を持った彼女が帰ってきた。
「お帰り」
「ただいまって……レポートは?」
「終わったよ。でも、まさか君まで残ってるとは思わなかったよ。単に君が電気でも消し忘れたのかと思って教室にきたのに……」
「なんで、消し忘れが私という人物特定なのよ?」
「今まで何回かあったからね」
 やっぱりどうやっても普通にお帰りとは言えなくて、どうやっても嫌味が出る。
 案の定と言うか、彼女は期待を裏切ることなく反発して、少しむくれて席に着いた。
 そこでシュウは聞いてみる。気になった疑問を。
「だけど、何で君はこんな時間まで残ってたんだ? もう帰るとか言ってたのに……」
「えっと……それは……」
 紅茶のプルタブ部分に差し掛かった右手が止まり、明らかに動揺するハルカ。
 やっぱり、
「僕に気を使って嘘をついたんだね?」
「…………そうよ」
 さっきよりも少しむくれて、いや、怒ったような口調と表情でハルカは返事を返す。
「だって、元々は私が先生の話しを聞いてなかったからこんな事になっちゃったから……シュウにこれ以上迷惑かけたくなかったかも」
「嘘をつかれる方がよっぽど迷惑だよ。実際、こんな時間まで君一人、悩ませたわけだから……」
 そう。それが一番気にかかっていた。一人でこんなところにおいてしまったと。
 でも、彼女はそうは思っていないらしくて……
「そんなこと気にしなくても良いのに。私が一人好きで残ってたわけだし。それにね、ここからだとシュウが帰る見えるから、どうせなら一緒に帰ろうと思って待ってただけかも」
「え? じゃぁ、数学の宿題は?」
「40分くらい前に何とか正解にたどり着いたわ」
「でも、ノートは四問目で止まってたけど?」
「ううん、余り自信なくてさ、ここの机の端に書いてたの。合ってるか見て欲しくて。計算式もばらばらに机の上に書いちゃったから、もし写して間違いだったら二度手間だし。だから……ここに……?」
 ふと机に目をやると一番自信のあった数式に何故か丸が付いており、近くには綺麗な字で一言だけ言葉が継ぎ足されていた。



『よく出来ました』



「……もしかしてこれ書いたの、シュウ?」
「さぁ? 誰だろうね」
 シュウははぐらかして見せた。でも、そんなはぐらかしたって意味無いのに。
 見慣れている字だから癖とかで分かる。
 その字を見てハルカがくすっと笑う。
「全く、素直じゃないわね」
「素直になった僕を見たいかい?」
「……あんまり見たくないかも。でも、ありがとう。それじゃ、ちょっと待ってね。書き写しちゃうから」
 ハルカはあっている数式をノートに書き写していく。そして、書き写したノートを見て、
「うん! 宿題完了かも! はい」
 そう言って宿題が全問書いてあるノートのページを開いてシュウに渡す。
「なに?」
「よく出来ましたって、ここに書いて。机じゃ過ぐに消えちゃうでしょ?」
 なんでそういう風なことをして欲しいと願うのかシュウには分からない。
 少しのいたずら心で書いた机の落書きなのに、態々ノートに新たに書いて欲しいなんて。
「なんでそんなことして欲しいの?」
「え? だって、シュウに褒められるのってやっぱり嬉しいかも。めったにしてくれないから。だから形に残ってて欲しいの」
 いつもどおりの見慣れた元気そうな表情でハルカはあっけらかんと言う。その単純さが面白いと言うか可愛らしくて、少し声をもらして笑ってしまった。
「な、なんで笑うのよー?!」
「い、いや。なんか本当単純だなって」
「酷いかも!」
 怒ってみても彼はくすくすと笑うだけ。だけど暫くして手を差し出してくれた。
「貸して。書いてあげるから」
「最初から書いてくれるなら笑わなくても良いのに」
「それだけ君が面白いってことだよ。本当に君は飽きないね」





 人から見ればそれは唯の『机の上の落書き』。
 だけど自分たちにしてみれば、それは唯の落書きじゃない。
 もちろん勉強の公式だから大切っていう理由もあるけど、
 それ以上にもっと大切で、大事にしたい、落書きなんです。










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 作者より……
 秋春祭4で自分に当たったお題です。
 落書きっていったら何が当てはまるかなーと思って、考えてたら、
 テストが終わったあとの机にそういえば数式が残ってたっけ。
 そんな感じで浮かびました。
 ハルカは結構頑張りやさんなので、分かるまで頑張ると思う。
 でも、シュウが居なかったら途中で挫折することもしばしばです(笑)
 こうやって、教室で二人で残るって言うのも、学校の醍醐味だと思います。
 またこんな風に学校の一ページを書けたら良いなぁ。
 お題を下さった方、お祭に参加していただいた方、ありがとうございました!
 2007.11 竹中歩