その年はいつもより少し早めに桜が咲いた。
そしてその桜は……
この学校に思わぬものを……春と一緒に運んできた……
これは桜と一緒に運ばれてきた少年少女たちの序章。
遅咲き桜と一緒にこの地に舞い降りた思春期のお話……







これからよろしくお願いします







 城都学園。
 それは全国有数のお金持ちの中でも上位に食い込むほどの資産を誇る『超』お金持ちの学校。
 幼等部・初等部・中等部・高等部が一環となったエスカレーター式の学校。
 所属の大学部も隣接する生徒数の多い学校である。
 都会の街中に存在してありながら、広大な面積を誇り、学校敷地内には自然公園やちょっとした商店街までつくられており、学校外に出ずともすべての事はここで事足りるといっても過言ではないほどだ。
 そんな常識はずれの学校で今年も学年即位式が開催される。
 学年即位式とは所謂『入学式』と言うものと『始業式』を合わせたような行事。
 エスカーレーター式の学校と言うことで同級生の九割五分が顔見知り。そんな状況で入学式をしてもあまり意味がないということで、入学式をするのは初等部のみとなり、中等部と高等部はこのような学年即式と呼ばれる行事へと十数年前に形を変えた。
 だからなのだろうか?
 生徒たちからはあの入学式独特の緊張感と言うものや、期待に満ちる眼差し等が感じられない。
 けしてやる気がないというわけではなく、むしろ同級生との仲が良すぎてそのような結果を生むのだろう。
 そんな状況が今年も繰り広げられるはずだった。
 だが、今年は少し様子が違う。





 即位式終了後、学校の敷地内には自由に行動する生徒たちであふれる。
 今日は体育館の行事のみとなり生徒たちは行事終了後、そのまま体育館で解散となった。
 部活を見に行くものや、新しい教室のチェックに行くもの、早くも昼ご飯をとるものどなどなど、人間観察にはもってこいの状況である。
 そんな中、校舎の玄関で靴に履き替えたばかりの少年は、友人であるもう一人の男子から声をかけられた。
「今、帰り?」
「うん。特にやることもないし。それに少し先にはテストもあるから勉強でもしようかなー…… なんてな」
「新学期早々から冗談かよ。ま、確かにテスト勉強するには越したことないけどな。いやだけど」
「そりゃそうだろ? だけどテスト勉強は冗談にしろ、やることないのは本当だし、家にでも帰ろうかと」
「なら一緒に帰ろうぜ。俺も昼飯代浮かせたいから今日はさっさと帰ろうと思ってたところ」
 人の邪魔にならないように少年たちはそのまま玄関を出て、校門の少し前でとまりしゃべり始める。
「と……そうだ、お前今年の『学校間連携』の奴見た?」
「うちの学年の?」
「そうそう。今年何人だっけ?」
「確か……三十人?」
「まぁ、例年通りの人数だわな」
 学校間連携とは、この学園と姉妹提携を結んでいる何校かの学校との間で生徒を交換する制度のこと。
 新たな地で新しいことを見つけて欲しいという、各学校の理事長達の話し合いで近年から開始された。
 そして今年も各学年三十人程度の学生が学校間連携の生徒としてこの学校にやってきたらしい。
「でもさ、大体それって何校かの生徒を集めての人数だろ? ところがさ、ひとつ上の学年は今年の割合が違うらしいよ」
「割合って……どっかが多いとか少ないとか?」
「うん。今年は鳳炎だけで九人だってさ」
「はぁ?! 何その人の多さ? 三割鳳炎の生徒?」
「らしいね。どういうわけか知らないけど」
「はぁ……まぁ、どんな奴が来たのかは少し気になるけどな。新顔だから目立つだろうけど」
「まぁね」
 鳳炎とはこの学園より南の地方にある学校の名前。
 生徒数はこの学校より少なめだが、お金持ちの学校であることには間違いない。
「じゃ、とりあえず今日は帰るか。考えてみれば帰りながらでも話は出来るわけだし」
「ちょっと待って」
「なに?」
 歩き始めようとした少年は友人にバッグをつかまれ、歩き出すのを阻止される。
「あの子、お前のタイプじゃないの? 新顔だから多分学校間連携か外部からの生徒か」
「どこ?!」
 友人は指で示すようなことはせず、目線だけでその問題の少女の場所を示す。



 そこにいたのは真新しいこの学校の制服を着ている女子。
 綺麗な栗毛色の髪が全体的には内側にはねている髪型が特徴的。
 瞳は透き通るようなマリンブルー。
 表情は愛らしく、スタイルは文句のつけようがないくらい良い。
 元気のよさそうな少々お転婆系の美少女といった所。



「……うわ。かーわいい……と言うか美人系?」
「だね。年齢にしてはスタイルもいいし。こりゃ新学期早々もてるだろうね、あの子」
 同級生は顔見知りばかりでマンネリ化している思春期の男子達にとって、新顔の女の子と言うのは新しい恋の始まりを予感させる。しかも見た目もいいとすればそれはかなりの争奪戦。厳しい戦いになるのは覚悟しておいた方がいいだろう。
「……本当俺のタイプ」
「声かけてみれば?」
「でも、なんか人待ってる感じがする」
 少女のいる場所は別名『遅咲き桜』と呼ばれるこの学校で一番遅く咲く桜の袂。
 かなり大きな木で、校舎のすぐ脇ということもあり、待ち合わせするには絶好の場所である。
「桜は今年もう散ったけどさ、あそこにいるって言うのは多分待ち合わせだと思うんだよな」
「みたいだね……ほら、手振ってる。待ち合わせの人間、来たみたいだよ」
「だろうな……って、ええ?! 何だよ?! あの男前なやつ!」
 その少年の目に入ったのは一体……










 学年即位式が終わり、その少女はこれから一年間自分の居場所となる予定の教室でうなだれていた。
「全く……こんなに早く終わってもまだ帰りの電車ないよー……」
 教室には自分ひとりの姿しかない。
 きっと他の生徒はもう帰ってしまったり、部活にでも行ってもしまったのだろう。これから電車が来るまでの約一時間、一人ということを考えると暇でしょうがない。
「こういうとき、電車通学ってふりだなー。でも寮だと好きに出歩けないし、それ考えるとこっちの方がやっぱり電車の方が……」
「独り言、大きいよ」
「あ……いたの?」
「今来たのよ」
 誰もいないと思っていた教室。そこにいたのは幼等部からの付き合いである友人の姿。いつの間にきたのだろうか?
「気配なかった……まぁ、いいか。でも、部活行くって行ってなかったっけ?」
「明日の予定聞きに行っただけだからね。そんなに時間かからないわよ。で? 何してたの?」
「別にー。窓からカッコいい人いないか探してただけ」
「また、今年も探すんだ……」
「だって、新学期といえば出会いの季節でしょ? 女の子ならやって当然だよ」
「誰しもって訳じゃないとは思うけど、大半はそうかもね」
 この時期、多くの少女は誰しも出会いを求める。
 それはこの少女だって論外ではない。やはり素敵な人との出会いを夢見ている。しかし、友人は覚めた目で見ていた。多分、この光景は毎年のことなのだろう。
「今年こそ見つけてみせる!」
「せいぜい、私の迷惑にかからないところで見つけてね?」
「いつ私が迷惑かけた?」
「『私の理想の人』とか銘打って夜中の二時にケータイ、しかも電話してきたのは誰だっけ? あんたの理想の話に付き合わされた私の身にもなって欲しいわ」
「あ……」
「で? 今年は見つかったの? カッコいい人」
「それがさ……やっぱりみつからな………」
 話の最中に少女の目と口が止まる。不審に思った友人が話しかけると、
「……? なに? 言いたい事ははっきりと……」
「いた」
「は?」
「いたよ!!」
 そんなわけあるはずがない。
 友人はそう思い、叫んでいる少女の目線を追いかける。
 その目線は窓とは正反対の方向、廊下へと向けられていた。
 そして目に入ったのは、何か必死そうな表情の男子の姿。それはまさに……
「貴公子か……。ついにに城都に参上?」



 さわやかな草原のような色を持つエメラルドグリーンの髪
 同系色の瞳はこれまたミステリアスで見つめられたら倒れることは間違いない。
 何かに夢中になっているその表情もまたどきどきさせられてしまう。
 その一つ一つのしぐさに目を奪われてしまう。それほど追いかけたくなる。
 悪いところはどこにもない。まさにパーフェクトな美少年。



「い、今いたよね?!」
 その少女の視線を奪った少年は何かを探しているようですぐさま彼女達の視界から消えてしまった。
「あんたが見せた幻だと私は思う」
「それはいくらなんでも失礼だよ! 私の想像力、そこまで凄くない!」
「じゃ、現実……? はぁ、凄い。あんな美少年、世の中にいるんだ」
 感心する友人とは対照的に少女の方は理想の王子様に出会えたということで今、感極まっている。
「こうしちゃいられない! 追いかけなくちゃ!」
「止めときなさいよ。なにか今の人必死だったわよ」
「私だって必死だよ! せっかく見つけたのに! カッコいい人!」
 友人の制止を振りほどき、少女は廊下へと飛び出していく。
「ああなると他の人に被害が……はぁ、止めさせなくちゃ」
 幼等部からの腐れ縁。行かなくてもいいのに、どうしても追いかけてしまう。
 きっと長い年月をかけて積み重ねられた絆という名の宿命。その宿命に耐えながら友人は少女を追いかけた。
 だが、その姿は案外近くで見つかる。廊下の突き当たりの窓の前で。
「どうしたのよ? 追いかけるんじゃなかったの?」
「だってぇ……あそこ……」
「え?」
 半場泣きかけの、少女が指差したのはその窓から見える遅咲き桜というこの学校の有名な桜の姿。
 そして、そこに向かうはあの『貴公子』の姿。
「早! 何あの速さ!? さっきまでここにいたのに……って、何? あの凄い可愛い人?!」
 その少女の瞳に映ったのものは……










「遅かったわね」
 遅咲き桜の下で栗毛色の少女は少し笑って少年に声をかける。
「なんか、何人かの見知らぬ女子に捕まって……」
 そしてその場所にようやくたどり着いた少年も少し笑って返事をする。
「さすがシュウね。もう何人かの女子を虜にしたのか」
「ハルカ……君もこっちに来て口が幾分か達者になったようだね」
「シュウほどじゃないかも」
 くすくすと笑う二人。
 これはどこの学校にでもありそうないたって普通の光景。
 しかし、この二人は外見からして普通ではなかった。
 ……かなりの美少年と同年代にしては見た目で秀でているような少女。
 そんな見た目が良好な二人が一緒にいれば、
 少なからずその場所はいつもと違って見える。
 このとき、何人かの生徒はこう証言していた。
『散ったはずの遅咲き桜が見えた』と。
 そんな風景画のような幻すら見せる二人。
 何人かの生徒はきっと素敵な話しをしているんだ。
 相手の見た目が良すぎて近づくに近づけない。
 というか寧ろそんなものがなくても近づけないオーラが見える。
 そんなことを話していたのだが……





「なんですって!! もう一度言ってみなさいよ!」
「君は新しい土地に来てもまたそうやって美しくない行動をとる……」
「そういわせてるのはシュウでしょ!」
「何度も言うけど、真実を言って何が悪いというんだ?」
「またそういう嫌味ばっかり言う! 本当失礼かも!」
「いい加減大声はやめたらどうだい?」





 風景画はもろくも数分で砕け散った。
 あの二人は見た目はいいが、中身は違う。
 お金持ち学校だからといって鼻も高くない。
 見た目が良いからといってナルシストでもない。
 自分たちと同じ、学生なんだ。
 何人かの生徒は煩いとか苦手そうなのが来たと思ったらしい。
 しかしそれと同じ位の生徒が親近感を持ったのも事実。
 二人は知らず知らずのうちに学校に馴染む第一歩を踏み出していた。





 そしてそんな二人に声をかけた二人の勇者がいた。
 一人は栗毛の少女のことを好みだといっていた男子。
 一人は完璧と言わざるをえない少年を追いかけてきた女子。
 そんな二人の言葉は一緒だった。



「「あの……二人はどこのどなたですか?」」



 城都学園においての新しい顔。誰しもが思った質問を二人はぶつけてみた。
 そして、喧嘩らしきものをしていた少女と少年は顔を見合わせてこう言って来た。



「私はハルカ!」
 透き通るような瞳で笑う少女、ハルカ。
「自分はシュウといいます」
 ミステリアスな向うでクールに微笑むシュウ。





「鳳炎からのきたの!」
「これから彼女ともどもよろしくお願いします」
「あ、おねがいします、かも!」
「かもはやめなって」
「なによー?」










 後にこの二人は鳳炎でも有名なライバル(ハルカが一方的にライバル視すること)だということが判明。
 そしてその判明した事実はあっという間に城都にも知れ渡った。










 四月
 天気:晴天
 いつもと一緒だったはずの四月は、怒涛の新学期を予感させた。
 少なからずそれは当たっており、
 今年から生徒たちは少しずつ、いつもとは違う学校生活を送ることとなる。
 それは一組の少女と少年が気が付かないうちに齎すこととなるだろう……










------------------------------------------------------------END---
 作者より……
 ついに始まりました。
 シュウハル学園パラレル第二段。城都学園です。
 鳳炎編の次はぜったに城都と決めておりました。
 そして彼らのお話をまた違った角度から見てみたいと思ったのです。
 それが今回試み寮生活。
 二人は寮生活という設定が鳳炎編の最後の方で出ました。あれです。
 学園物で多分一度はネタに上るであろうこの寮という舞台。
 寮ならではのお話というのも結構あるようなので、
 ならばこの際二人とも寮生活にしてみようということで、
 こういう形にしました。
 考えてみれば公式はほぼ寮生活(親の力を借りない)なんだから、
 きっと寮でもやれるさとか思ってはじめてみました。
 鳳炎のように量はかけないかもしれませんが、
 シュウハルの学園物ということで、
 生暖かい目で見ていただければ嬉しいです。
 これからシュウハル学園城都編、どうぞよろしくお願いします!

 2007.9 竹中歩