「シュウ先輩ってさ、本当にカッコイイよね〜」
「そうそう! 何やっても完璧だしさ」
「容姿端麗、文武両道てまさにこのことって感じ!」
移動教室ですれ違った後輩達の言葉。
いつもなら聞き流していた言葉のはずなのに、今日は耳から離れなかった。
不可視光
本日ニ限目の授業は理科。
科目教室ばかりが入った特別棟の理科室で生徒たちは教科書片手に勉強中。
今日は基本的に見る授業が中心。
教室の天井から吊り下げられた液晶モニターに写る植物を先生が事細かに説明をしている。
いつもなら多少めんどくさくても聞きながらノートを取るのに、今日はそれが出来ない。
きっと、さっきから耳で繰り返される後輩達の言葉の所為だ。
『シュウ先輩ってさ、本当にかっこいいよねぇ〜』
今まで幾度となく聞いたことのある言葉。
そう、それだけ聞いたことのある言葉だから気に止める必要もなかったはず。
なのに、今日は気になる。
どうしてだろう?
「うーん……」
モニターを見る振りをして悩んでは見るが、答えは見当たらない。
まるで最初から答えがない問題に挑戦しているような気にもなってきた。
でも、ここまで気になるんだ。きっと何か理由はあるはず。
「あ……、もしかして『あれ』?」
人の耳にも届かないくらいの大きさで呟く。
答えになりそうな手がかりを思い出したからだ。
それは、昨日友人が貸してくれた漫画。
いつもはカッコ良くない幼馴染が、自分をかばって大怪我をする。
そしてそれが切欠で、主人公はその幼馴染に引かれていき、本当の彼の良さを目の当たりにして好きになっていく。まぁ、結局最後は両思いでハッピーエンド。
確か大筋でそんな話だった本。
その話の初頭が自分に似ていたから、あの後輩の言葉が気になったのだと思う。
『私には、幼馴染がカッコイイなんて思えないの』
そう、自分もシュウの本当のカッコ良さが分からない。
確かに見た目はカッコイイ。
自分だって初めて見たときは思わずカッコイイと思ってしまった。
しかも勉強も運動も出来るし、自分を除けば誰にだって基本的に紳士的。
後輩達だけではなく、同級生や先輩達が騒ぐのも分かる。
でも、キャーキャー言うほど彼がカッコイイかと言われたら分からない。
寧ろ人にシュウがかっこいいよねと言われたら、自分は大抵
『どうしてあんな嫌味なやつが良いの?』
と答えるだろう。
カッコイイより先に自分の中では『嫌味』と言うキーワードが出てきてしまうのだ。
だから思った。
こんな自分でも、いつかはシュウが見た目だけではなく、心底カッコイイと思える日が来るのだろうかと。
だから後輩の言葉が耳から離れなかったのだ。
漸く、後輩の言葉が気になっていた理由を突き止めると、何か肩の荷が下りたような気がして少し上機嫌になる。
これで理科の勉強にも戻れるという物。
意気込んで、ペンケースから色ペンを取り出し、滞っていたノートに書き写す作業に取り掛かる。
が、そうしたら今度は違う疑問が生まれてきた。
それは疑問の中心にあった問題。
『シュウをカッコイイと思えるか』と言う問題だ。
ちらりとその本人の方向に目をやってみた。
移動教室の際は出席番号順等で席が離れてしまう為、彼は少し離れた席に座っている。
メガネをかけてノートを取る仕草は小説の挿絵なんかに登場しそうなくらい、一枚の絵として成り立っていた。
確かにカッコイイとは思う。
でも、叫ぶほどではない。
浮かれるほどでもない。
一般的にテレビに映った割と好きな芸能人を見たときの感想。その程度。
本来ならそれで良いのかもしれないが、シュウを見た大抵の女子はそうではない。
皆、熱にうかされたように叫ぶ、喚く、倒れる。
まるで地獄絵図のような説明だが、大抵はこんな感じだ。
つまりは『異常にカッコイイ』ということ。
なのに自分は四六時中一緒にいて、そんな状況に陥ったことはない。
クラスメイトや彼の幼馴染達ですら一度はそこまで酷くはないが似たような状況にはなったという。
でも、自分はそれすらない。
だんだんと自分だけが人という機軸からずれているような感じがして、またノートを取る手が止まってしまった。
「何でここまで悩まなくちゃいけないのよ……」
あと五分で授業が終わってしまう。
本当は必死になってノートを取らないといけないはずだ。
なのに、ペンが進まない。
「あー……もう、いや!」
小さな独り言が続く。
さっきは一度見ただけで、戻してしまったシュウへの目線。
だが、気になりもう一度彼の方向へと振り向く。
すると、シュウもコチラを見ていた。
自分も驚いたが、多分彼も驚いたのだろう。目を大きく見開いている。
だから、すぐにそらすと思っていた。
しかし、彼は目は逸らすどころかずっとこちらを見続けている。
不意に見られたのに、嫌な気はしないのだろうか?
そう思いながらも、自分も目は逸らさない。
変に通じ合う今の状況が怖い。
そう思っていたとき、不意に彼は微笑んだ。
「……え? なんで?」
何度となく見てきた嫌みったらしい笑いとかではなく、まるで赤ちゃんをあやすような優しい笑い方。
珍しい物を見たものだから、頭が余計に混乱する。
流石にコレは見続けていられない。
自分から目を逸らす。
それを合図にしたかのように授業終了のチャイムが響き渡った。
「あれはなんだったの?」
次の授業は美術。
美術室もこの特別棟の中にあるため、あらかじめ一緒に持ってきていた美術の教科書と、授業の終わった理科の教科書を持って、美術室へと向かう。
するとやはり声をかけられた。
「……ノートは取れたのかい?」
「……取れてないわ」
授業が終わったこともあり、既にシュウはメガネを外していた。
別に一緒に行こうとも言っていなかったのに、彼は横を歩いている。
「ずっと何か呟いていたね。先生でも呪ってたとかと思ったよ」
「まさか。ちょっと悩み事があっただけよ」
悩み事。それ以上は言えない。根源は流石に言葉を濁すしかない。
しかし、それが仇となった。
「何を悩んでたんだい?」
「別に? 今日のお昼は何にしようかなーって思ってただけかも」
「………」
無理があったか。無言の彼が怖い。
と言うか目が怖い。表情のない目つきが。
「……だとしたら美しくないね」
「へ?」
「昼食の事に夢中になって、ノートを取ることも出来ず、一人で呟いている。コレは流石に美しくないよ」
「う……」
確かにそうだとは思う。
でも、自分らしいごまかしと言ったらそれしか思いつかなかったんだからしょうがない。
「嘘、ついてるね」
「え? ……」
思わぬ正論に冷や汗が吹き出た。
どうしよう。
今日は嘘を聞き流してもらえてない。
大抵は聞かずに聞き流してくれるはずのシュウが、嘘を見透かそうとしている。
流石にコレはヤバイ。
「嘘なんて、ついてないかも」
「……まだ誤魔化すんだね?」
かなりやばいかも。
今度は顔が笑ってる。
コレはどうやってでも嘘を聞き出そうとしているはずだ。
シュウが何を仕掛けてくるか分からないので、余計に怖い。
「えっと、えっと……そうだ! 今日の占いが『美術室に早めに行ったほうが良い』って言ってたかも! と言うわけで、私先に行くね!」
廊下を走ったらきっと先生に怒られる。だが、そんなこと気にしていられない。
こうでもしないと逃げられないと思ったから。
……だけど、そう簡単に上手く行くわけがない。
自分も運動は得意だが、彼も得意だ。
しかも女子の得意より、男子の得意の方が何でも上回る。
それは早さもだ。
逃げ切れるはずもなく、自分は美術室のある三階を通り越し、屋上へと繋がっている四階まで上ってしまった。
つまりは行き止まり。袋のねずみだ。逃げ切れるわけがない。
「残念ながら、僕もその占いを見てたんだ。……屋上まで行けば気になっていたことが解決するでしょうって」
さっきの占いは出任せ。そんな占いあるはずがない。
だからシュウが見ているなんて事は絶対にありえない。だけど、シュウはあえてそれを逆手にとって遊んでる。
「何を悩んでるのかな?」
「シュウには言わないかも!」
言えるはずがない。
言ったらシュウは優越感に浸るから。
恥ずかしいより先に、そっちの方がシャクにさわるから言わない。
「……僕にも言えないようなことなのかい?」
「え?」
思わぬ彼の返答に困ってしまった。
あまりにも寂しそうな表情で言う物だから。
別にそういう意味で言ったわけじゃない。
けっして、シュウが嫌いだから言わないわけじゃない。
シュウが原因だから言えないんだ。
「違う。そういう意味じゃない」
「なら、どうして?」
その言葉に詰まる。
残念ながら、今の自分では説明する術を持っていない。
どうすれば良いのか。
「分からない……かも」
無意識のうちにこぼしていた。
どうやって説明したら良いのか分からなかった。
いや、分からないことだらけだから呟いたのか。
シュウにどうやって説明すれば良いのかも分からないし、シュウがどうやったらカッコよく見えるのかも分からない。
分からないことだらけだ。
「私……分からないことがあったから、理科の最中ずっと悩んでた。でも、シュウにそれをどうやって説明すれば良いかも分からない……。ゴメン」
「いや……そこまでは……」
もしかしたら自分は泣きそうな顔をしているのかもしれない。
シュウが慌てふためいている。
涙は出ないとは思うが、心が苦しい。
もうすぐ授業が始まってしまうのに、二人は固まったまま。
どうすれば良い?
「……もしかしたら、今日は踏み間違えてしまったかもしれないね」
シュウは不意にそう切り出した。
髪をかけあげて申し訳なさそうな顔で。
「踏み……間違えた?」
「そう。……君のついている嘘はどことなく、僕にとっては嬉しいような予感がしたから聞きたかったんだ。でも、どうやら違ったらしい」
鋭い。
確かに嬉しいだろう。
シュウのカッコ良さの事で悩んでいるんだ。
自分の事を良い方向へで悩んでいるといわれて、嫌になる人はいない。
でも、その勘が外れたと思っているようだ。
もしかして、自分が拒み続けた所為だろうか。
「そこまで言いたくないなら、聞かない。無理に聞こうとしてごめん。……でも、話せる日がきたとき、良ければ話してくれないか?」
「えっと、あの……」
そこまでシュウが思いつめるほどの話じゃない。
いや、馬鹿話で済む程度だ。
と言うか、ここまでシュウを悩ませるなら黙っておけばよかったと今更ながら後悔をする。
だから、言い切ってしまおう。
「あのね!」
理由を言おうとした瞬間、授業始まりのチャイムが鳴る。
「ち、遅刻かも!」
「とりあえず、行こう!」
二人で授業に遅れたら、先生に何を言われるかたまったものじゃない。
それどころか、クラスの良いからかいネタだ。
一時休戦と言う言葉が正しいのか良くは分からないが、自分達は走り出す。
「と、わぁ!」
階段を一つ抜かしで下りていたとき、最後の一つだけ踏み外した。
が、ありがたいことに先に下りていたシュウに支えられ、なんとか普通の体勢を保った。
「危ない……」
「あ、ありがとう!」
たった一段踏み外すことなのに、それが大きな事故になりそうだったため、脈拍がすごく速くなった気がする。
「いつもいつも、ごめんかも……」
「全く……君と言う人は……」
似たような事を今までしているので頭が上がらない。
だから、嫌味を言われると思ったのに、シュウはなんだか困った表情と笑った顔を足したような顔をしてこっちを見ていた。
「ごめんなさい。本当、シュウには頼りっぱなしで……」
それをいうと、今度は……優しい顔になった。
あれ?この表情ってさっき見た気がする。
あ、理科室で見た顔だ。
赤ちゃんをあやすような優しい顔。
それを理解した瞬間、何故か顔が赤くなったのが分かった。
「え?! なんで!?」
思わず、自分に突っ込みを入れる。
なんで?
ここで顔が熱くなるの?
ねぇ?
「早く行くよ、先生が来る!」
「あ、うん!」
それを気にする暇もなく、自分達は走り出した。
その日、私はシュウの顔をまともに見れなかった。
見ると顔が赤くなって、すごく恥ずかしかったから。
あんなに優しい顔をするなんて卑怯だ。
すごく優しくて、いつものシュウじゃないみたいだった。
きっとあれだ。
理科室の時も、屋上のときも光が差し込んでたからだ。
多分光の所為でシュウがいつものシュウに見えなくてドキドキしたんだ。
だから、このドキドキは一時のもの。
ずっとなんて、ムカつくから絶対にイヤかも!
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作者より……
どうもひん曲がった不可視光と言う言葉の使い方でスイマセン。
本当はちゃんと意味があるのですが、私はこう解釈しました。
『不』意に入ってくる『可』能性のある『視』界の『光』
ハルカにとも時々はシュウがカッコよく見える瞬間があるのでは
ないかと思い出来上がった作品です。
あれです、ゲレンデだと三割り増しとかそういう意味合い。
分かる日といるのかしら? この表現(笑)
何はともあれ、シュウのそんな表情を認めたくないハルカの
葛藤が可愛いと思います。
恋愛の葛藤を学生さんには存分にして欲しい今日この頃です。
2009.1 竹中歩
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