その日の自習は自習にならなかった。
 皆が席を立って、お調子者で有名なクラス委員長の周りに集まり、なにやら会議をしていたからだ。
 一応他のクラスに気遣って、小声で話していたが、人数が人数。
 声はどんどんと大きくなり、ついには隣のクラスで授業をしていた先生に怒られた。
 その顔を見て、皆は慌てて謝る。
 そして、それを合図にしたかのように、生徒達は各々の席へとついた。



つなぐもの



 自習中に怒られた日の翌日の早朝。
 まだ殆どの生徒が夢の中という時間に、二人は既に登校していた。
「こう言うのって楽しいかも」
 少し鼻歌を交えて、ハルカは不器用ながらも手を動かす。
「まぁ、普通『コレ』は楽しい催しの時にしか作らないからね」
 シュウは無駄な動きをせず、器用に手を動かしていた。
 何でもそつなつこなすのがシュウの凄い所である。
 ハルカの片手にはホッチキス。
 シュウの片手にはハサミ。
 そして二人とももう片方の手に持っているのは折り紙だった。
「そういえばこれってなんて名前だっけ? よく見るけど名前は知らないかも」
「僕もコレの名前知らない。こういう物って人によって名前が違うからね」
 シュウはハサミで折り紙を短冊状に切り、ハルカはその短冊状の折り紙を輪にして、それをホッチキスで止めていくつも繋げている。
 それは誕生日会や七夕など見られるテープロール。
 折り紙や色画用紙を無限の記号のようにつなげていく工作の一つ。
 二人は登校してからずっと、この作業を続けていた。
「でも、これってどれくらい作れば良いの?」
「やっぱり教室を飾る程度じゃないのかい?」
 パチン、パチン。
 ジャキ、ジャキ。
 話し声と交差するのは道具の音。
 まだ殆どの生徒が登校していないということもあって、その音はどこまでも響く。


 そもそもどうしてこんな物を作ることになったのか。
 それは一昨日、担任がこっそり教えてくれた吉報の所為。
 一週間前に、ハルカたちのクラスの国語の教諭の結婚が決まったと生徒に教えてくれた。
 コレを聞いて立ち上がったのは委員長。
 いつもお世話になっている先生のお祝いをしよう。
 お祭騒ぎが基本的に好きなクラス。意見は満場一致で可決。
 そしてクラス総出で結婚祝いに取り掛かった。
 そんな大げさな物は出来ない。
 そこで考えたのがサプライズで祝おうという物。
 ハルカとシュウのように教室を飾りつける係り。
 黒板を華やかに描く係り。
 クラッカーなどで盛り上げる係り。
 メッセージカードを作る係りなど。
 皆で分担をした。
 それを自習中にやっていたので、先生に怒られたわけだが気にしない。
 だって、先生の驚く顔が見たいから。
 そういう経緯があり、二人は早朝の教室にいるわけになる。
 

「今の状況を見るとまだまだ作らなくちゃ駄目ね。よし、がんばるかも!」
 今まで以上に気合を入れて、ハルカは作業に取り掛かる。
 その姿にシュウは思わず笑い声を漏らす。
「な、なによ?」
 かなり小さく笑ったつもりだったが、どうやら本人には聞こえていたらしい。
「いや、早起きが苦手な君がこうやって楽しそうに作業をしているのが珍しくてね」
「珍しくて悪かったわね。でも、楽しい作業をするときって早起きが苦にならないんだもん」
「ま、確かに」
 普通に学校に行く日の朝は辛い。
 でも、体育祭や文化祭などの朝はそうでもない。
 どうやらハルカにとって、この作業はそれと同等の意味を示すらしい。
「皆が来るまでに終わらせないと。何のために分担したんだか分からないかも」
「そうだね。あと一時間くらいで仕上げなくちゃいけない」
「了解。……だけどさ、こういう作業をすると小さい頃を思い出さない?」
「え?」
 新しい折り紙を袋から出しているシュウにハルカは笑ってそう言う。
「城都も鳳炎の皆もお金持ちだからよく分からないけど、私の知っているお誕生日会とかはよく見たの。あと自分で作ったりもしたわ。マサトの誕生日会とかにも」
「あぁ、そういう意味で小さい頃ってことね」
「そう。だからかな? 今すごくマサトが懐かしいかも」
 ホッチキスを一旦机の上において、ハルカは今まで出来ているテープロールを眺める。
 それはどこか寂しそうにも見えた。
「ホームシック?」
「そ、そんな酷い物じゃないかも! ホームシックなんてだいぶ前に終わったわよ」
 顔を赤くして強がってみせるハルカ。
 でも、その考えはあながち間違ってはいないらしい。
「ホームシックじゃない……ちょっと懐かしいなって思っただけかも。だいぶ見てないから」
 最後に会ったのはいつ位だろう?
 身長は伸びたかな?
 また生意気になったかな?
 記憶の弟は今どうなっているのかが気になる。
「電話でもしてみれば良いさ」
「え?」
 不意にシュウは声をかけてくる。
「お正月やお盆になればまたあえるし、電話をすれば声くらいは聞けるよ。それとも何かい? 君の弟君は電話にも出てくれないのかい?」
「それはないわ! 私と違ってそういう所はしっかりしてるから」
「なら、電話をすれば良いさ。携帯で写真付きメールも出来る世の中。その手を使わない手はないだろう?」
 珍しく、シュウは次々と提案を出してくれた。
 その行動にハルカは少々驚くが、今日はその意見に乗っかろう。
「そうね、そうしてみるかも。ありがとう、シュウ」
「どういたしまして。さ、続きをやらないと終わらないよ」
「うん!」
 先生が来る時間まで二人はせっせとテープロール作りに励んだ。






 それから暫くして、教室はあわただしくなり、先生を迎え入れる準備ができた。
 何も知らない先生はいつもどおり入ってくるなり、行き成り鳴ったクラッカーに驚いたが、教室の飾り付けや黒板の文字、そして生徒達の言葉でそれを漸く理解する。
 そして初めて見せた涙。
 いつも気が強くてカッコよかった女の先生が流した涙はすごく印象的だった。
 どうして泣いているのか、理由を聞いたら二つあった。
 一つはとても嬉しくて涙が溢れたと。
 もう一つは怒ってごめんなさいと謝罪の気持ちだったらしい。
 自習中に自分のお祝いの為に会議をしていた貴方達を怒ってごめんなさいと。
 この言葉にクラス全員が嬉しさを覚えたという。





「ほら、電話をするんだろう?」
「う、うん。でも、なんか緊張して……」
「どうして? 家にかけるくらいで?」
「だって、理由も無しにかけるのって勇気がいるんだもん」
 その日の夜、ハルカはシュウの提案どおり家に電話をかけることにした。
 しかし、そろそろ夜九時になろうかという今でもかけられずにいる。
 おかげでシュウは三十分近くハルカの部屋でやることもなく黄昏ている。
「僕が邪魔なら出て行くけど?」
「そ、それはないかも! 寧ろいて、勇気ないから!」
「はぁ……しょうがないね」
 そう言ってシュウはハルカの学習机に備え付けられている椅子に座る。
 ハルカは立ったまま携帯を握り締めているので、椅子は使わないらしい。
「よ、よし! 決めたかも! 今日の事を理由に電話をかけるわ!」
 液晶を穴が開くほど見つめていたハルカが漸く動く。
 携帯のアドレス帳から母親の携帯アドレスを出してそれにかける。
 シュウは何もせず、天井を見上げていた。
 その時、手に感触が伝わる。

 え?

「あ、もしもし? ママ? うん、元気かも。マサトは?」
 ハルカは何事もなかったかのように母親と話し始めた。
 それはなんら問題はない。
 ただ、ハルカの右手がシュウの左手を握っている以外は。
 心細かったのかもしれない。
 少しだけ手を握る力が強く、声は少し震えていたが、家族と話しているということもあり、それは徐々に解けていった。
 少しだけその事態に戸惑ったシュウだが、その手を振り払うことはなかった。
 もちろん、ハルカから振り払うこともなく、二人はずっと手を繋いでいた。
 ハルカの緊張がほぐれるまで、そして、結局は電話が終わるまでシュウは暖かく笑って繋いでいたという。



 家族は電話。
 彼は手。
 同じくらい大切な、繋がっていたい人たちです。






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 作者より……
 テープロールが繋ぐ物と見せかけて、実は手を繋ぐが本当の
 『つなぐもの』です。
 一応今回のお話は七割がた実話です。先生のサプライズが実話。
 まぁ、一つの実話ではなく、複数の実話を繋ぎ合わせたお話です。
 もちろんシュウの手を繋ぐあたりは違いますよ?
 だけど、人から勇気をもらうときは手を繋ぐのが一番だと思うのです。
 某漫画でも、緊張をほぐすのに自分の体温を手で分けてあげるのが
 良いと聞いたことがあるので、二人にはそれを実行してもらいました。
 家族に電話するくらいでそこまで緊張しなくてもと思うかもしれませんが、
 ハルカも微妙な年頃です。そんなときもあるでしょう。
 そして、不意にホームシックにもなりますよ。
 それをフォローするのもシュウの役目であって欲しいです。
 クラスメイトに茶化されない二人もたまには良いものですね。

 2008.11 竹中歩