絆創膏。
 それは傷を癒すための治療道具。
 例えば包丁で指を切った。
 例えば道で転んだ。
 理由は数あれど、使う機会はかなり多く、それが学生ともなればかなり高い。
 だから、あえて気にはしない。
 冬ともなればあかぎれやささくれで見る回数も多くなるから。
 だが、流石にこれは見過ごすわけにも行かなかった。
 場所が悪かったのがきっと理由。



ちょっとだけ仁義ある戦い




「……一体、君は何をしたんだ?」
「別に? ちょっと寝相が悪かっただけかも」
 朝七時半。
 寮の食堂は朝食をとるための学生でごった返していた。
 その食堂の入り口から一番遠い席で面と向かい合ってご飯を食べる二人。
 シュウとハルカ。
 友人・保護者と子ども・ライバル……色々言われているが、とりあえずは噂のたえない腐れ縁の二人。
 その二人の会話の内容はハルカの絆創膏の話。
 今日の朝食はお互い和食のAセット。魚の干物に玉子焼き、わかめと豆腐のお味噌汁に暖かい白ご飯。それにお漬物がついている、今はあまり見なくなった日本の定番とも言うべき朝ごはん。
 それを黙々と食べるハルカに対して、シュウは曖昧な返答しかしないハルカに苛立ちを覚え、箸が進まない。
「どうやったら寝相で頬と膝、それにおでこと手の甲、果ては鼻の先まで怪我をするんだ」
「だから壁に激突したのよ! ほら、私の寝相の悪さって天下一品だから、しょうがないかも。ご馳走様!」
 只管食べることに集中していたハルカはさっさと食事を済ませ、トレイ一式を持ち、席を立ち去っていた。
 残されたシュウは、そのうしろ姿を見ながらため息をつき、漸く箸を動かし始める。
「……絶対に何かあるはずだ」
 色々推理を立ててみる。
 万が一、本当に寝相が悪くてあそこまで怪我をしたのなら、ハルカのことだ。絶対に黙っている筈。
 言えば、自分に嫌味を言われるのが目に見えているからである。
 それを合えて口に出すことがおかしい。
 つまりは、真実は別にあるということ。
 更にいうなれば、朝からシュウの目を見ようとしないハルカ。
 理由はシュウがらみだという事を物語っている。
「昨日の放課後、何があったんだろう……」
 空になった目の前の席。
 そこにいた人物の過去に彼は疑問を抱き、学校へと向かった。



 昼休み。
 彼女の姿は教室にあった。しかし、一緒に昼食を取ってはいない。
 今日は女友達と一緒に食べるらしく、机を幾つかくっつけて作ったランチスペースに存在を置いていた。
 それを見て彼は早めに食事を済ませると一人、ある場所へと向かう。
「失礼します」
 少し古びた引き戸を開けて、大きめの声で自分が入り口に立っている事を示す。
「はい……? あら、シュウ君」
 返事は早かった。どうやらこの部屋にはこの人しかいないらしい。
 オレンジの髪がよく映える、白衣を着た女性。
 ここはその人の管理下である保健室だ。
「サオリさ……サオリ先生、少し良いですか?」
 彼女はシュウたちの先輩に当たる城都学園の女子校医。シュウたちのよき理解者である
「。? ……何か悩み事みたいね? 顔が少し怖いわよ?」
 サオリはそう言いながら、シュウを保健室の椅子へ座るように促す。
 保健室は学生達の使う教室と同じ位の大きさだ。
 窓辺には大きめのテーブルがあり、そこには学生用の椅子が設置されている。
 テーブルの真ん中には一輪挿しされている花がテーブルクロスの白さを引き立っていた。
 そのテーブルの周りにある椅子の一つにシュウは腰をかけると、サオリに話を切り出す。
「あの、ハルカに何があったか知りませんか?」
 遠まわしは時間の無駄だと考え、シュウは率直に聞いてみる。
「ハルカちゃんに? どうかしたの?」
「……彼女は今日、絆創膏だらけで僕の前に現れたんです。昨日はそんなものをしていなかったのに……。理由を聞いてみたら『寝相が悪かった』そう返されました」
 透明なティーポットに何かの紅茶の葉を入れて、サオリは手を止める。
 趣味の紅茶でもご馳走しようとしているらしい。
「ね、寝相?」
「はい。寝相でどこかしこを打ったと。確かに彼女ならありえなくはない話です。でも……」
「何か気がかりがあるのね? ……とりあえず、紅茶でも飲みましょうか」
 サオリはティーポットとお揃いの透明なティーカップを一緒のトレイに載せて、シュウの対面の席へと座る。
 こぽこぽと音を立てて淹れた紅茶は心地のよい香りを漂わせて、シュウへと差し出された。
「少し熱いかもしれないわ」
「……いただきます」
 手を差し伸べると確かにカップは少し熱かったが、シュウは躊躇うことなくその紅茶を口元へと運ぶ。
 少し甘いアールグレイの紅茶。
 それがほんの少しだけ、いらだっていた自分の心を落ち着かせてくれた。
「……おいしいです」
「そう、よかったわ」
 サオリはそう言って笑う。しかし、今日はこの笑顔に付き合っているだけの余裕はない。
「それで……彼女の絆創膏の理由は教えてもらえるんでしょうか」
「あ、やっぱり聞いてくるのね」
「はい。そのためにここに来たんですから」
 紅茶を飲みに来たわけではない。
 いつも見たく、おしゃべりに来たわけでもない。
 唯一つの目的があって来たのだから。
 シュウは自分の目を使って、それをサオリに伝える。
 揺らぎない、強いまなざしで。
 それを暫く見ていたサオリは、ポツリとこぼした。
「……やっぱり無理があったわね。シュウ君にばれないようにするには」
 降参といわんばかりにサオリは両手を挙げて苦笑いをする。
 やっぱり。
「理由、ご存知なんですね?」
「……ええ。知っているわ。でも、よく私が知っていると分かったわね」
 紅茶を飲みながらサオリは軽い笑顔をを浮かべる。
「『彼女の怪我の手当てをしたのは誰か?』そう考えたら、保健の先生が一番妥当な答えだったので」
「ハーリー君がいるじゃない」
 サオリはシュウとハルカが苦手とする人物の名前を挙げた。
 サオリの同級生でもある『ハーリー』。彼も一応この学校の校医だ。
「傷は深くなくとも、数が多い。そんな姿であの先生の場所へ言った場合、弱みを握られるか、馬鹿にされます。そんな事を彼女がするとは思えません」
「率直だけど、正論ね」
 とても同級生へと向ける言葉には聞こえなかったが、ハーリーの本性を知っているからこそ言える言葉だ。このあたりを聞いていると友達と言うのはやはり嘘ではないらしい。
「それに、彼女が怪我をしたのは少なくとも放課後以降です。その時間の管轄は寮母であるあなたの担当。知らないわけがないと思ったんです」
「……本当に君は頭が良いのね、シュウ君。いえ、頭が良いというよりは考えが大人すぎる。悪く言うと可愛くない……そんな感じかしら」
「すみません、それが僕なんです」
 シュウは紅茶を飲みあげて、作り笑いを浮かべる。
「……先生が理由を知っているということはわかりました。となると僕の意見は一つです」
「その理由を知りたいと言うことね?」
「ええ。それが僕がらみだというなら尚更」
「あら? そんなことまで分かったの?」
 この辺りまでは予想していなかったらしく、サオリは驚いた顔をみせる。
「彼女が僕を遠ざけている。十分すぎる理由だと思いませんか?」
「ハルカちゃん……本当に嘘が苦手なのね。でも……そこが良いところなのかもしれない」
「純粋すぎますよ」
「そこが良いと言っていた人物のいうことかしら?」
 保健室に響いたのはくすくすと言う笑い声にシュウはすこし困った表情で反論する。
「からかうのはやめてください。今は本当にその理由が知りたいんです」
「本当に知りたいの?」
「はい」
 自分の意見を曲げようとしないシュウ。
 その表情にサオリは躊躇いの表情をみせた。
「……教えても良い。でも、かなり厳しい条件を私は提示しなければいけない」
「……先に条件だけ聞いても良いですか?」
 サオリは頷くと右の人差し指をシュウの前に置いた。
「一つ、その理由を知ってもハルカさんを責めないこと。二つ、ハルカさんを含め絶対に人には言わない。三つ、関わった人物になんら行動は起こさない」
 指は最終的に三つが聳え立っていた。
 分からない時に聞く条件としてはかなり厳しい物である。
「これが守れるなら私は話しても良いと思ってる。どうかしら?」
「……一つ目とと二つ目は守れますが……三つ目は内容によりますね」
「そうね……私も三つ目が一番厳しい提案だと思うわ。でも、これを守ってくれないと私は言えない。それがハルカちゃんとの約束でもあるから」
「彼女が?」
 こくりとサオリの首が縦に動く。
「ええ。実際、貴方には絶対に言わないで欲しいといわれたのだけど。シュウ君が感づいたのならしょうがないもの。何か気持ち悪いでしょ? 自分が関わっているのに、自分が知らないって」
 その言葉にシュウは同意する。
 だから…知りたい。
「分かりました。その条件、飲みます」
「そう……。分かったわ」
 サオリはそう言って、シュウのからになったティーカップに紅茶を淹れなおす。
「重たい空気にしてごめんなさいね。でも、けして悪いことばかりじゃないわ」
「そうですか……」
 その返事を聞いて、サオリは漸く告げた。
 ハルカに何があったのかを。




「ハルカちゃんはね、喧嘩をしたの。女の子と」




 その言葉にシュウは絶句する。
 怖いとか、心配とかそういう意味ではなく、正直驚いたからだ。
「女子同士が……怪我をするほどの喧嘩ですか?」
 男子なら時々あるのは知っている。些細な事で殴りあいになって、友人が止めたりする光景を自分もみたことがあるし、経験したこともある。
 だが、女子でそんなことが起きるなんて考えたことも、想像したこともない。
「ええ。それは凄かったわよ? 昨日の放課後、場所は学園の裏庭の外れ。私はその場所にある花壇の手入れに行ったの。最初は話し声が聞こえてきて、誰かがいるのだと思った。でも途中から凄く大きな声になって、そしてそこからはあっという間に乱闘騒ぎ。ハルカちゃんは私が止めて、相手の子は友達が止めたの」
「よく大騒ぎになりませんでしたね……」
 城都学園はいわゆるお金持ちの学校だ。乱闘騒ぎなど起こせば親が出てきたり、規則で何かしらの処罰を受ける場合がある。しかし、そんな噂は昨日今日聞いていない。
「双方自分が悪いって言うのが分かってたみたいでね。謝って終わったわ。……これがハルカちゃんの怪我の真相よ」
 すべてを語りあげるとサオリは紅茶を飲み干す。
 これが合図かのようにシュウは大きくため息をついた。
「どうしたの?」
「いえ、思った以上に大騒ぎじゃなかったんでほっとしたのと、女の子が乱闘するのにあきれたんです。全く彼女は……」
 そのあと『常識から外れている』とか『頭に血が上りやすい』等と言うつもりだったのだが、一つの疑問が残って、シュウはそこで喋るのをやめた。
 なぜ、その喧嘩の原因が自分にあるのだろう?
「あの……」
「『自分がどうして関係があるのか』でしょ?」
「はい」
 先読みされた考えにシュウは頷く。それをみるとサオリは楽しそうな笑顔を浮かべた。
「『シュウのこと何も知らないくせに、理想ばかりをあいつに押し付けないで!』私が聞いたハルカちゃんの台詞」
「え?」
「最初に掴みかかったのは相手の女の子。自分の中の貴方の幻像を並べ立てて掴みかかったわ。そんなに凄い人なのに、ハルカちゃんがそばにいるのはおかしいって。でも、ハルカちゃんはそこでは怒らなかった。怒ったのはシュウ君のこと。余程ムカついたのね」
 それを聞いて、シュウは固まった。
「僕の事で……怒ってくれたんですか?」
「そうよ。掴みあいになるほどね。本当、ハルカちゃんは貴方のことが大切なのね。……だから言ったでしょ? けして悪いことばかりじゃない……でしょ?」
 サオリは茶目っ気のあるウインクをして笑った。
 それに釣られてシュウも笑みをこぼす。
「そうですね……。本当なら彼女を怒らなきゃいけないんですけど、約束ですから、今回は咎めません」
「嬉しくて咎められないんじゃないの?」
「さぁ? それはどうでしょう?」
 その時授業五分前の予鈴が響く。
「……それじゃ、僕はこれで」
 シュウは紅茶のお礼を言うと椅子から腰を上げた。
「きっと昼からは大丈夫よ」
「え?」
 淹れなおした紅茶を優雅に飲みながらサオリは呟いた。
「今日の午前中に『ライバルの顔がまともに見れない』て女の子が相談に来たの。だから、貴方がその子を気にかけてあげればいつも通りに戻るはずよ。きっかけをその子に作ってあげて」
 それを聞いて、シュウは嬉しそうに笑って礼をした。
「失礼しました」
「はい、お疲れ様でした」
 引き戸の音と共に彼は姿を消した。
「今時いるのね……。自分のためじゃなくて、人のために喧嘩をする子が。でも、喧嘩は絶対に駄目よ?」
 彼女は窓の外の学生達に問いかけるように注意を促した。





「それ、いつになったら治るの?」
「え?」
 隣の席に座る彼女に何気なく問いかけた。
 彼女はきょとんとした様子ですこし恥ずかしそうに喋る。
「い、一週間くらいかな?」
「そう……」
 それを聞いてほっとした。
 彼女も一応女の子だ。痕でも残ったらそれこそ大事である。
「絆創膏、上手く貼れるの?」
「そ、それくらいは出来るかも!」
 むくれた表情をコチラへ向ける彼女。
 どうやらいつものテンポに戻ったらしい。
「ならいいけど。無理だったらそれくらいは貼ってあげるよ」
「要らぬお世話よ! 全く、それくらいは出来るのに……」
 ぶつぶつと文句を言って彼女は授業に入った。
 その姿を見て何もできない自分に腹が立つ。
 でも、それと同じくらい嬉しかった。
 凄い酷い矛盾。
 でも、思ったのだからしょうがない。
 だけど、こんな思いは二度とゴメンだ。
 自分の所為で君がキズつくなんて。
 だから、




 次あるべきときは、それは僕が引き受けるから







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 作者より……
 仁義と言う言葉に一番苦労しました。
 最終的には『仁義てなんて読むの?』等とまでいいだして、
 本当に奥の深い言葉だと思いました。
 人づてに聞いた所、
 仁義とは人の為にうんたらかんたら〜…だそうです(かなり曖昧)。
 私もちゃんとは分からないのですが、一応自分なりの解釈で、
 『人の為に何かをすること』
 大雑把ですが、そんな感じです。
 ハルカは自分の事じゃ怒らないけど、人のことじゃ怒る子だと思ってます。
 しかも喧嘩するほどに。(確か公式の二人の出会いの時そんな風景があった)
 だから、その優しさを出してみましたが、
 やっぱりおいしい所はシュウが持っていきやがった!
 でも、この二人には仁義って言葉がよく似合うと思いました。
 ライバルで仁義ってかっこ良いと思うのです。
 これからはシュウだけではなく、ハルカもカッコいいと思われる作品を
 書いていけたらなと思います。

 2008.11 竹中歩