「そういえば、あれ返し忘れてたから今返すぞー!」
そう言ってハルカとシュウのクラスの男性担任はプリントの束を教卓の上に出す。
一人ずつ名前を呼ばれ、そのプリントを貰いに行く生徒達。
ハルカとシュウも漸くそれを手に入れ、席へとつく。
プリントには表のような物が書かれており、文字の羅列が並ぶ。
「あ、これって学期の始まりにやった身体測定の奴かも」
「みたいだね」
隣同士の席に座る二人は会話をしながら自分の測定値に目を通していく。
視力や聴力、握力に体の柔軟さ。そして身長に体重。
大抵のクラスメイトは思ったより悪い結果らしく、教室のいたるところで悲鳴を上げていた。
体重が増えた。
視力が下がってる。
反射能力が下がった。
落ち込む場所は人それぞれ。
そんな阿鼻叫喚一歩手間の教室も帰りのホームルームとあって十五分後には教室から姿を消していた。
たかが二センチ、されど…
「うーん……私は変化無しかも」
「大抵は伸びてる所があれば良いんだろうけど、こういうのは変化無しっていうものの方が良いかもしれないね」
部活が休みということもあり、二人は寮へと向かっていた。
しかしながらすぐに帰るのは勿体無いというハルカの提案と言う名の我侭で、今日は寮の近くにある新緑に囲まれた公園で暫く時間をつぶしている。
話のネタはもちろんさっき貰ったばかりの身体検査の結果。
お互いカバンからプリントを取り出し再び数字に目をやる。
「流石にそれでも多少なりとも身長には変化があるかな? ちょっとだけ伸びてるって感じ。シュウは?」
「全部上がってる……といいたい所だけど視力だけまた少し下がったね」
小さな文字を見るときなど眼鏡をかけるシュウ。
それは今も例外ではなく、眼鏡をかけていた。
「大変ね…… ん? でも、それ以外は伸びてるってことでしょう? もしかして身長も伸びたの?」
「……君ねぇ。僕がその手の話を好まないって知っているだろう?」
プリントから目を離し、あきれた顔をこちらへと向けるシュウ。
「だ、だって気になったんだもん! 伸びていたら良いじゃない。何センチ伸びたの?」
「………教えない」
「……ケチ」
「ケチでけっこう」
「ん、もう! 私の身長も教えるから、教えて欲しいかも!」
ずいっとシュウの方へ近づき何とかプリントを見ようとするハルカだが、基本集のほうが何に対しても上手。
シュウはプリントをハルカにみせることなくカバンへとしまう。
「ずるい!」
「ずるくはないさ。これは僕のプライバシーだからね。侵害される前に手を打っただけのことだよ」
当然と言う強気の笑いをうかべてシュウはハルカを見る。
メガネをかけているおかげでシュウの顔はいつもより余計に嫌味に見えてしょうがない。
おかげでハルカはご立腹の様子。
「むかつくかもー! せっかく人が良かったねって言ってあげようと思ったのに!」
シュウからはなれて、ハルカも自分のプリントをカバンへとしまう。
「本当にどれくらい伸びたのよ」
ぶつぶつと文句を良いながらハルカはついでにカバンの中を整理する。
その姿を見ながらシュウは呟いた。
「そんなに何センチか教えて欲しえてほしいかい?」
思わぬ言葉が耳に届き、固まるハルカ。
もちろん返事は決まっている。
「そんなの当たり前か……」
口癖の『かも』を言う前に口は動きを止めた。
だって、
「このくらいの距離だよ」
目の前にあったのはシュウの顔。
眼鏡越しに見えるシュウの目には自分が映っているのが分かるほどの距離。
物凄く近い。
「な、な、な!」
「それくらいしか伸びてないから良いたくなかったんだよ」
顔を真っ赤にして絶句しているハルカから顔を離したシュウはそれだけを語る。
でも、言葉とは裏腹にこの状況を楽しんでいるのは確か。
確信犯的行動。
それが余計にムカついた。
「………シュウのバカー!!」
城都学園に響いた久しぶりの言葉に、気づいた生徒はいなかったという。
シュウの成長した身長。
二人の顔の距離。
それは二つとも同じ位の約二センチ。
同じ物なのに、使い方によっては全く違う。
たかが二センチ、されど二センチ。
この二センチにハルカは暫く悩まされることになったのは言うまでもない。
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作者より……
二センチは偉大だと思います。
私本人もシュウと同じく身長が欲しいので、
二センチはけっこう大きいです。
うちのシュウは身長が低い事をかなり気にしている子ですが、
時折こうやってそれを逆手にとって遊びます。
考えてみたら、二センチの距離の所に顔があるってかなり近いですね。
鼻ならくっつくんじゃないのかな?
それはそれでまたおいしいです(笑)
シュウの身長がまた伸びたら、きっとハルカはどきまぎするんだろう。
この微妙な距離が楽しいです。
2008.11 竹中歩
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