四丁目の月




「やばいよー! もうこんな時間かも!」
 街の通りは家路に急ぐサラリーマンや夕飯の買出しから家に帰る途中の主婦などでごった返していた。
 しかし、その通りを少し外れれば静かな住宅街。
 その道をひた走る自分。
「やっぱり最後のシュークリームに時間をとられたのが原因かなー?」
 今日は休みと言うこともあり、城都学園の敷地を飛び出して隣町に冒険へと出かけた。
 あまりこの街には来たことがないので、珍しい物ばかりが目に入りとても新鮮で有意義な時間を過ごせたことは間違いない。
 それに今日は珍しく道にも迷わなかった。方向音痴を自負しているので、少し心配だったが進化した携帯電話のおかげで自分の位置を把握できたのが一番の理由だろう。
 しかし、調子に乗りすぎた。
 そろそろ帰ろうとしたとき、少し洋風な建物から伸びている行列が目に入り、気になって調べてみた。
 そこは前にテレビで見たことのある有名な洋菓子屋さん。シュークリームが目玉だといっていた。
 だから迷わず並んだのだが、思った以上に時間がかかり、気が付いてみれば乗ろうとしていた電車の時間ギリギリだったのだ。
 だから自分はシュークリームを片手に走っている。
「あぁ……早く帰らないとシュウのお小言が降ってくるー!」
 そう。今日が少し新鮮だと思った理由の一つにシュウがいないのもあるだろう。
 彼も今日は休みだから誘っても問題はなかった。
 だが、いつも自分の予定につき合わせるのは悪いと思い、今日は一人でこの街へとやってきた。彼も一人で読書をする時間や買い物をする時間も必要なはずだ。そんな思いもあり、誘わなかったのだが、この事を知れば呆れるかもしくは困るか、怒るか。
「『君は自分の方向音痴を把握しているか? だったらどうして一人で行くなんて無鉄砲なまねをするんだ? 本当、そういう所は相変わらず美しくないね』とか言われそう……」
 彼のまねをしながら嫌味っぽく言ってみた。きっとこの位は言われるだろう。
 そして、それを言われてもしょうがないくらい自分の方向音痴は酷い。
 今日の道に迷わなかったことを自慢したいくらいだ。でも、帰る時間が遅くなればきっと道に迷ったのだと思われるだろう。
 勝手に誤解されて嫌味を言われたのではたまったものではない。
 そんな事もあり、自分は走る速度を速めた。
 シュークリームにかかる負担を最低限に抑えながら。
「だけど、片手にシュークリーム、片手にトイレットペーパーって走りにくいかも!」
 因みにカバンは肩にかけているので、結構な量の荷物だ。
 トイレットペーパーはハーリー先生からのおつかい品。多分寮の備品だろう。にしても、普通生徒に頼むだろうか?
 女の子に16ロールのトイレットペーパーはやはりキツイ。
「あー! もうだめかも!」
 足をぴたっとそこで止める。
 どう考えても電車の時間には間に合わないことが分かったからだ。となれば、走るのは無意味。
 ゆっくりと自分のペースで歩むことにした。
「はぁ……あとでシュウにメール打っとこう」
 遅くなればきっと心配するはず。適当に休める場所を見つけて連絡をしよう。
 そう思いながら暮れかかった藍色の空を眺め歩く。
 少し肌寒い風が火照った体には気持ちが良い。
「また季節が変わるんだ……」
 季節が変わる。
 特に変わり目が分かりやすい春は自分にとって特別な季節だ。
 全ての始まりで、全ての出会いがその季節に集まる。だから、春は好き。
 それに、
「シュウを初めて見たのも春だっけ……」
 少し遅めに咲いた春の桜の中、彼は立っていた。
 薄いピンクの花びらが舞う木の袂、あの若草色の髪と瞳ははより一層色濃く見えたのを覚えている。
 本当はそこで終わるはずだった自分と彼。
 でも、今は一緒にいる。
 多分、人生の中で家族の次に時間を共に過ごした人物。
 それくらい彼は一緒にいる。
「人の縁って面白いかも」
 くすくすと笑って道を歩く。
 人通りが少ないおかげで白い目で見られることはない。
「あ! 公園だ!」
 小さな滑り台やブランコ、砂場に少し開けた広場。きっと日曜日には子どもたちでいっぱいになる児童公園だろう。
 入り口付近の小さなベンチに座って、自分は彼にメールを打ち始めた。
「えーと、帰るのが遅くなります……。ゴハンまでには帰るかも……。よし! 送信!」
 ピッと言う機械独特な音を立てて自分の携帯電話は彼のもとへメールを運ぶ。
 やる事をやったので、何となく肩が軽くなった気がした。
「んー! けっこうがっばったから疲れたかも!」
 大きく空へ向かっててを突き上げ背伸びをする。
 それと同時に体に入ってくる新しい空気がまたやる気を起こさせてくれる。
 あたりを見渡すと、更に空は暗くなっていた。
「日が進むのが早いなぁ……。そういえば、シュウってば今日何してたのかしら?」
 ふと、彼のことが気になった。
 こんな時間まで彼なら何をするだろうか?
 読書。
 勉強。
 ……以上。
 その他には思い浮かばなかった。
「考えてみたらシュウっていつも何してるんだろう? なんか頭の良い事しかしてないような感じがするかも」
 別に彼を知らないわけではない。
 ただ、彼個人の時間が少なすぎるのだろう。
 まぁ、それは誰でもない自分と一緒にいる所為なのは分かる。
「これからはもう少し距離を置いたほうが良いのかなぁ?」
 考えてみれば馴れ合いすぎている彼と自分。
 今日みたいな日はもう少し設けた方が良いのかもしれない。
 そんな事を誰もいない公園を見渡して考えていた。
「さてと。次の電車の時間も危なくなっちゃうかも。行こうかな」
 勢いよく立ち上がり、再びシュークリームとトイレットペーパーを携えて歩き始める。
 幸いながら、先ほどのように全力疾走しなくても時間は間に合うだろう。
 殆ど人も疎らな道を歩く。
 空には一つ、また一つと星が増えていく。
 空は夜を迎える準備で大忙しらしい。
「えーっと、現在地は……」
 少し道に不安を覚えたため、携帯を取り出し場所を確認する。
 荷物の多い腕には少々酷な事をさせているが、備えあればうれいなし。
 確実な方法を取った方が無難と言うわけだ。
「あ! 一本道間違える! ここ四丁目じゃない! 戻らなくちゃ!」
 すぐさま逆方向へと走り出す。
 その時、

「痛っ!」
「あ……」

 勢いよく人にぶつかった。
 一瞬自分はぶつかった痛さで何が起きたのか分からなかったが、多分日は自分の所為だという事はすぐさま理解できた。行き成り方向添加した自分の所為で人にぶつかったのだろう。
「ご、ごめんなさい! 大丈夫です……か? ……って、えぇ!?」
「これは……驚いた」
 いるはずのない彼がそこにはいた。
 今頃寮の部屋で本でも読んでいるであろう彼の姿が。
 それともなんだろうか?
 他人の空にと言う奴か。いや、それはさすがにない。
 こんな顔立ちの良い人間がそうそう世の中にいるはずはきっとないだろう。
 となればやはり本物。
「ど、どうしてシュウが隣町になんかいるの!?」
「それは僕が聞きたいよ。方向音痴の女王である君がなぜこの町にいるのか」
「失礼ね! 方向音痴はともかくとして、女王までつけなくてもいいと思うかも! 私は冒険に来ただけよ! そっちは?」
「僕は本屋巡りの旅。こっちには本屋が多いからね」
「へぇ。そうなんだ」
 シュウの言うことに嘘はないらしく、彼の手には茶色い雑誌などが入りそうな紙袋や、有名書店の名前が入った袋などが握られていた。
「にしても、こんな所でシュウに会うなんて思わなかったかも」
「僕もだよ。しかも城都内ではなく、隣町。偶然にしては出来すぎている」
 二人はあたかもそれが当たり前のように一緒に歩き始める。
 示し合わせなくても、何となくお互いの行動は分かるのだ。
「だよね。折角、シュウに一人の時間味わってもらおうと思って今日は一人で出てきたのに」
「え?」
「あ、いや。ほら……さ。流石に四六時中一緒だと迷惑かなっておもって。たまにはこういう日も良いんじゃないかなって」
「あぁ……だから今日は予定があるなんて言ったんだね」
「そう。隣町に出かける、なんて言ったらシュウ絶対に止めたでしょう?」
「当然」
 勝ち誇ったかのように、はたまたコアクマの様な嫌味っぽい笑いを彼は浮かべる。
 やりは彼は彼だ。どんな場所にいてもこれは変わらない。
「だけど、そうやって気を使ってもらったのに結局出会ってる。ちょっとコチラも配慮が足りなかったかもしれないね。コチラに出かけなければ良かった」
「え? それは違うかも。シュウは何も悪くないでしょ? て言うか、誰も今日は悪くないわ。二人とも好きに過ごしてたんだから。だから、謝るのは間違いよ」
「そういって貰えるとありがたいよ。でも、すごい偶然であることに間違いはない」
「そうね。示し合わせたかのようにこうやって一緒に歩いてるんだもん。なんか不思議な感じかも」
 空がもう殆ど真っ暗になった道を二つの姿がとぼとぼと歩く。
 いつか見た故郷の景色のように。
「鳳炎にいた頃、私となり街で迷子になったわよね? なんかその時の事思い出しちゃったかも」
「あぁ……。あったね、そんなこと。真夏の暑い日で、君を見つけたときには本当にほっとしたのを覚えてるよ」
「そうそう。自販機の前でたたずんでた時に、シュウが来てくれたのよね。でも、その時となんか似てるかも」
「え?」
 ニコニコと話す自分に彼はどうしてと質問してくる。
「だって、結局シュウは私のこと見つけちゃうんだもん。どこにいても。今日だって、約束なんかしてなくても出会ってる。なんか、お互い離れられない魔法がかかってるみたいかも」
 小さな子どものように彼女は笑う。
「魔法ね……。確かにそうかもしれない」
 実際、魔法は今に始まったことではない。
 今までだって色んな魔法を彼女は彼にかけ続けている。
 そして、今の言葉も彼にとってまた魔法。
 嬉しさをくれる言葉の魔法だ。
「もし、今度はシュウが迷子になったら私が探してあげる。きっと見つけられるって感じがするの」
「それは無理じゃないのかい? 君の方が結局迷子になってる気がするよ」
「そんなことないかも!」
「いや、絶対になってるよ。実際、道を間違えて行き成り回れ右をしたのは誰だっけ?」
「そ、それは……? あれ? ならどうしてシュウは私の後ろにいたの? 後ろにいたらシュウだって道を間違えてることになるかも」
「君の姿も見えたし、こっちに近道があったから。だから君の後ろにいたんだよ」
「近道? そんなものがあるの?」
「トイレットペーパー片手は少し辛いかもしれないけどね。まぁ、近道に差し掛かったら、僕が持つよ。にしても、どうしてペーパーを?」
「ハーリー先生のお使いよ」
 ほらと、ハルカはポケットに入れていたハーリーの字が書かれたメモ用紙を取り出す。
 そこには確かにトイレットペーパーをお願いねと書かれていた。
 しかしなぜだろう。
 単にその言葉だけなのに、シュウはそれを見るや否や呆れ顔を浮かべ、ハルカを可哀想な目で見つめる。
「あのさ、ハルカ」
「ん? 何?」
「……ものすごく言いにくいけど、多分それハーリー先生の嫌がらせだと思う」
「え!? なんで!?」
 シュウの言葉で、お使いがとんでもない方向へと向かう。 「昨日業者さんがペーパー持ってくるのを僕は確認してる。だからわざと頼んだんだと思うんだけど。……ハルカ?」
 一緒に歩いていた歩みを止め、ハルカはわなわなと震える。  荷物は大きい上に、人の目を浴びやすいペーパーを持って態々歩いたのに……。  何たる仕打ち。  案の定、 「あんの、オカマ教師ぃ!! 帰ったらサオリ先生に言いつけてやるかも!」
 ものすごい勢いで叫びながらメモ用紙を握りつぶしていたハルカがいたのは言うまでもない。



 いつもの二人が、いつものように再会をして、いつものように歩く。
 そんな二人の姿を夜空に浮かぶ月はいつまでも見守ることでしょう。







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 作者より……
 秋春祭5で実行したお題が全て終わりました。お待たせしてすみませ(汗)
 このお話は今まで私が書いたシュウハルの学園物の思い出話みたいな感じです。
 気づけば彼らを書き始めて五年。そりゃ、思い出話も書けるわけです。
 今回のお話のキーワードは『魔法』です。
 私の中では彼らは常にお互いがお互いに魔法をかけ続けているような感じがします。
 えー、乙女とか、ファンタジーとか言われても気にしません!
 だって、言葉の一つ一つ、動作の一つ一つ、何かの一つ一つに、
 彼らは元気付けられたり、喜びをお互いに貰っているのです。
 それは友人だからだといってしまえばそうなのかもしれませんが、
 そこには友情以上の何かがあるわけです(何かは貴方の心の中次第です(笑))
 だから、それを改めて感じてほしいなと言う気持ちで書きました。
 たまにはこんなスローテンポで進む関係もいいのでしょうはないでしょうか?
 これからもそんな関係もかけていけたらいいと思います。
 長きに渡り、お題を見てくださった方々、待ってくださった方々。
 本当にありがとうございました!

 2009.9 竹中歩