「そういえばさぁ、シュウ君の弱みってなんなのかしらねぇ」
 かちゃかちゃと薬品棚を整理しながら、ハーリーは自分の後ろで紅茶を飲んでいるハルカに話しかけた。
「へ? 行き成りなんですか? ハーリー先生?」
「いやぁ、あの子ってほら、完璧じゃない? だから弱みはあるのかしらと思って」
「そんなのこと言って、シュウにまた何か悪さつもりなんじゃ……?」
 ハルカは過去にハーリーのやってきた事を思い返し、少々懸念する。
「まぁ、その可能性は否定しないわよ。アタシは敵の研究には余念がないからね。でも、そういうアンタも知らないんでしょ? 親友のアンタすら」
 にやっと笑ってハルカの方を振り向く。
「うーん……苦手なものなら知ってるけど、確かに弱みって知らないかも」
 紅茶のカップを片手に、うーんと頭を抱えるハルカ。
 シュウの弱み。
 その単語から思い浮かぶ物は今のところない。
「もしも分かったら教えてちょうだい」
「イヤですよ! そんな怖いこと! お茶、ご馳走様でした!」
 ハーリーのそのお願いをきくや否や、ハルカは紅茶を一気に飲み干して保健室をあとにする。
「……さて、面白い展開の幕開けね……ウフフ」
 これがハーリーによって仕組まれた罠だとも知らずに……。




けっこう悪魔、略して「コアクマ」





「………」
「………」
「………あのさ、」
「うん?」
「小説、読みにくいんだけど……」
「え? 私、邪魔はしてないかも?」
 買ったばかりの文庫本を片手にシュウは眼鏡越しの瞳で、ハルカに話しかける。
 さっきからずっと無言でこちらを見ている彼女。気にならないほうがおかしい。
「そんなに監視されてたんじゃ、気になってしょうがないよ」
「あ、そんなつもりはなかったのよ。邪魔をするつもりは。でも邪魔してたのなら謝るわ」
 慌てて、頭をぺこりと下げる彼女を見て、シュウは読みかけだった本を閉じてカバンへとしまう。
「何をそんなに見てたんだい? 僕の顔がどこかおかしく見えた?」
「そんなことはないかも。シュウの顔はいつもどおりよ? 容姿端麗で、女子生徒が思わず見とれるようなカッコイイ顔」
 褒めるような事をさらりと述べるハルカ。
「君の口から普通に褒め言葉聞けるなんて思わなかったよ」
「私だってたまにはシュウを褒めるわ。だって悔しいけどシュウの顔が良いことが真実だし。でも、私が見てたのは顔じゃないかも」
「なら何を見てたんだ?」
 眼鏡をケースへとしまって、本格的に会話モードへと入るシュウ。
 余程自分を見ていた理由が気になるようだ。
「シュウの弱み探し」
「……は?」
「シュウの弱みってなんなのかって考えてたのよ」
 思わぬ言葉に絶句する。
 それはハルカの行っている行動があまり褒められたことではないからだ。
「それは思っていても口にすることじゃないよ、ハルカ。人の弱みをあらさがしするなんて」
「べ、別にそういう意味で探してたんじゃないかも! 悪さをしようとは思ってない! ただ、ハーリー先生が言ってたの」
 またあの教師が変な事を吹き込んだのかとシュウは頭を抱える。
 それ以前にハルカがなぜあの教師の元へ足を運んでいるのか。  シュウはそのことに少々腹立たしさを覚えた。
「君と言う人は……。何であんな危険な教師の元へ態々行くんだ? あの人の過去のあやまちを見れば近寄らない方が良いに決まってる」
「それは分かってるけど……何となく行っちゃうのよ。時々は優しいから実は良い人なんじゃないかって」
 その言葉からハルカの純粋さが伺える。
 これはハルカにとって長所だ。純粋で人疑う事をあまりしないこと。だが、それは時として仇になる。
 シュウはそれを心配している様子。
「良い人がキミをそうやってだます筈がない。現に君を使って僕の弱みを知ろうとしている」
「それは私が黙っていればいいことでしょう? 私は単にシュウを知りたいと思っただけ!」
「僕のこと?」
「そう。先生がシュウの苦手なことは知ってても、弱みをアンタは知らないでしょうって言われたの。なんかその事実を知っちゃったら、どうしても知りたくなって。私、シュウの傍にいるのにそれくらいのことも知らないのって笑われたような感じがしたから……」
「なるほどね……」
 少し俯いてしゅんとするハルカ。
 確かに悪気はないらしい。
「私……シュウのこと知らないのかなって不安になった。一番傍にいるはずなのに。でも、シュウの気持ち考えてなかったかも……。ごめんなさい」
「いや、理由は分かったから良いよ。それに悪いのはハーリー先生だ。傍にいて弱みを知らないのかだなんていうのは酷い。弱みは見せたくないか物だからね。キミが知っていなくて当然だよ」
 そういってシュウは笑う。まるで、弱みを知らなくても大丈夫だといわんばかりに。
「……そうだよね。弱みってかっこ悪いことだから、見せたくない。完璧といわれるシュウなら尚更かも。少し考えてみたら、私が知らなくて当たり前なことか」
「でも……」
「うん?」
 問題が解決して笑うハルカにシュウは少し不敵な笑みを浮かべてこう呟いた。
「僕の弱みはけっこう傍にあるかもしれないよ」
「え? どういうこと?」
「さぁね。ほら、次の授業が始まるよ」
 彼はどういう意味で言ったのだろうか?





「ハーリー君、ハルカさんとシュウ君にまた何か吹き込んだ?」
「え? どうしたの? サオリン?」
 携帯電話を片手に少し呆れ顔のサオリ。それを見て、三時のオヤツの準備をしていたハーリーの手が止まる。
「ハルカさんが自分の弱みを探すようにハーリー君が唆したってシュウ君からメールが来てるんだけど? しかもそれを止めさせてくださいって」
「あらやだ。もうばれちゃったのね。面白くない」
 ぶーと頬を膨らませて、テーブルの上に淹れたての紅茶を置くハーリー。
 ふわふわと湯気と共に広がるほのかな香りが場を何とかなごませようと努力しているようにも感じられた。
「二人をからかうと楽しいとは分かるけど、ほどほどのにしないと」
「楽しいことには歯止めが利かないのが世の中よ。でも見たかったわ。シュウ君の弱みの根源が弱みを必死に探して、それに苦悩するシュウ君が」
「まぁ、私もそれは見てみたかったけどね」



 そう、弱みが本人にあるとは限らない。
 時には物だったり、時には状況だったり。
 だから弱みが自分ではなく、ライバルだったりする可能性も否定は出来ない。
 ライバルが泣いたり、ライバルが落ち込んだり、ライバルにドキッとすること言われたり。
 それを全部ひっくるめると、多分彼の弱みになるのだろう。







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 作者より…
 今回のタイトルの「コアクマ」は一応ハルカなんですが、
 悪魔は誰でもないハーリーさんです。
 そのハーリーさんの悪魔の微笑みすらかなわないのが、
 純粋なコアクマハルカです。
 私は恋をすると、その人が弱みになると思ってます。
 例えば、その人の名前に以上に反応したりする行動。
 これって、あんまり人に知られたくないものだと思うのです。
 昔の経験上、けっこう私はからかわれました(笑)
 だからばれないようにするのが必死で、
 気づいたら、その人の名前が弱みになっていた気がします。
 だから、シュウの弱みはハルカだと嬉しいなと思っております。
 そんな形で出来たお話です。
 こんな弱みが出来る恋を皆さんにも是非して欲しいです!

 2009.9 竹中歩