『信号機』







そのメールが携帯に届いたのは午後を少し過ぎた頃…
件名は『どうしたの?』と言う不可思議なもの。
送り主はクラスの友人でもあり、同じ部活をしている少女からだった。




件名:どうしたの?
本文:さっき、絵南の駅前でしょんぼりしてる
   ハルカ見たけど、何かあったの?




「一体何が…?」
珍しいとは思った。滅多に自分にはメールをしてこない友人だったから…だけど、どうも気にかかるこの文章。シュウはメールを返すより直接聞いた方が早いと思い、その少女へと電話をかける。
「もしもし?」
『もしもし?シュウ?』
「うん…さっきのメールって?」
『いや、さっきも何も…久々に絵南に来たんだけどさ、ハルカが駅前のベンチでボーとしててね。何があったんだろうって声掛けようとしたんだけど、私道挟んで反対にいてさ、横断歩道渡ったときにはもういなくて…携帯にメールしたり、電話したりするだけど、電源切ってるみたいで通じないのよ。だからシュウなら知ってるかなって思って。』
少女の説明で漸く理解に至る。ハルカの様子がおかしかったが連絡が取れない。となるとハルカと一番親しいシュウなら何か知っているかもしれないと言う推測でシュウにメールをしたのだと。
「残念ながら、僕は知らないよ…」
『そっか…何があったんだろ?ほら、ハルカっていつも馬鹿みたいに明るいじゃない?そのハルカが心ここにあらず?みたいな状態だったからさ。明日学校で聞けばいいんだろうけど…なんか引っかかってね…。ハルカに会ったら私にメールくれるように言ってくれる?心配してたって。』
「わかった。」
そう返答をしてシュウは通話を終える。そして、家から外に踏み出すとハルカがいたとされる絵南の駅へと足を運ばせた…。














「雨が降ってたんだ…気が付かなかった。」
外に出て気づいた状況。通り雨でもあったのだろう。道のところどころに水溜りが出来ている。ほんの30分前まではこんな水溜りなどなかった。しかし、雨の気配は今はしておらず、空は晴天。きっとどこかには虹でも出ているだろう。日の光が木の葉についた雨粒をきらきらと光らせている。それはまさに自然の宝石。美しいものを好むシュウ。いつもならきっと反応していたこの風景。だが、今はそれどころではない。
「駅前でいなくなった…なら駅か…。」
少女がハルカを見たといっていた現場。休日と言うこともあり少しごった返している。見つけられるだろうか?
「駅の中のカフェと…あと彼女がいそうな場所?」
駅の中に入って最初に探そうと思った場所は駅の中にあるカフェテリア。食べることを好むハルカなら行きそうな場所。しかし、その姿は店内にはない。
「駅の中って結構やるやる事少ないから…もう違う場所に行ったかな…」
ここまでほぼ全力疾走に等しい状態で走ってきたので少し駅の中が暑く感じる。
「全く…僕は何をやってるんだか。」
ハルカのいそうな場所を駆け足で探す自分に問い掛けるシュウ。




本当は同だって良いこと。だって、自分はハルカと恋人でもない。
単なる友人。友人と言うより親友に等しいが。
でも…親友以上に気になることは確か…だってそれ以上の存在だと思ってるから…




自問自答で心の中の自分に言い聞かせていたとき、駅の片隅で何かを見つけた。
壁に背を預け、膝を抱えるようなポーズでうずくまっている彼女を…
「いた…」
安心の気持ちが言葉となって現れる。すぐさまハルカに駆け寄ると、屈んで声をかける。
「こんな所でかくれんぼかい?」
「……シュウ。」
シュウを見上げるハルカの表情にはやはり元気がなく。例えるならば生気がない。
「珍しいね…カフェにも行かず君がこんな場所にいるなんて。」
「…シュウこそ…何でこんな場所にいるのよ?」
「君の捜索隊だよ」
「捜索隊?」
「君の友人からメールが入ってね。元気がなさそうだったから何かあったんじゃないかって。電話もつながらないからって何処のいるのかわからないと。彼女…心配していたよ。」
「あ…電源切ったまま持って来ちゃったんだ…」
何とか笑みを作るハルカ。だが、元気はどうやっても受けてとれない。シュウは少し考えて…
「今、時間ある?」
「…うん、あるけど?」
「なら、ちょっと歩こう。」
シュウの言葉で立ち上がったハルカはシュウに言われるまま駅から足を踏み出す。
「今の時期なら、多分綺麗だよ。」
「?」





















「薔薇園?」
「そう…」
シュウがつれてきたのは駅から少し離れたところにある薔薇園。個人が経営しているのだろう。看板などが手作りでアットホーム感を漂わせている。
「シュウ君。久々ね。今年も来ると思ってたわ。」
「一年ぶりですね。今日は連れもいるんですが…席ありますか?」
「あるわよ。なーに?恋人?」
「ご想像にお任せします。」
「はいはい。さ、あっちの席へどうぞ。」
シュウの会話を交わす20代後半と思しき女性。かなり仲がいいのだろう。冗談のような会話も交えている。席に通された二人は静かに向かい合う椅子に座る。
「……こんな場所がったなんて知らなかったかも。」
「知らない人のほうが多いんだよ。駅から少ししか離れてないけど、少し田舎じみてると言うイメージで人の通りが少ないんだ。この一ヶ月だけオープンされるからね。薔薇が最も美しく咲くこの一ヶ月だけ…」
「へぇ……」
景色を見るハルカ…いつもなら、ハルカとシュウの嫌味がここから始めるが、今日はその気配すらない。それだけハルカにやる気と言うものが見られないと言う証拠。暫くの無言…











「……聞かないの?」
「何を?」
運ばれたコーヒーを口元へと運ぶシュウにハルカは目をあわさず何か違うものを見ながら話し掛ける。
「どうして私がこうなったかって。」
「君に言う気がないように見られたから…聞かない方がいいと思ってね…。」
「…嫌な奴。」
「どうして?」
「聞いて欲しいから…こうやってるんじゃない。」
「なら、態度に出さないとわからないよ。」
「態度に出すだけのやる気すらないってことよ。」
「そんなの無茶苦茶だよ。」
漸く紅茶に手を伸ばすハルカ。だが、その温かい紅茶とは違ってシュウに返ってくる言葉は少し冷めていた。
「それじゃ…聞こうか。」
「………シュウは、私が鳳炎に来る前どういう学校にいたかあらかた知ってるわよね?」
「公立の中学…生徒はそんなに多くなくて色々な小学校から人が集まってたと言うやつなら聞いたことあるよ。」
「そう。だから、エスカレーター式の学校て知らないことばかりで、私の常識って通じなかったのよ。」
「最初の方そんなこといってたね。高校の先輩が同じ部室にいるなんてありえないとか…」
「うん。だけど今となってはもうなれた。でもね …今度は逆バージョンが起きたのよ。」
「逆バージョン?」
シュウは半分ほど減ったコーヒーのカップをソーサーに置く。
「前の学校の友達とさ…会話が合わなくなってきたのよ。」
「…嫌われてるとかじゃなくて?」
「そんなのじゃない。単に私一人がそう思ってるんだけど…この頃話のネタとかがさ、受験勉強ばっかりなんだよね。」
「公立ゆえの会話…か…」
「私、転校しても友達は前の学校とかであんまり区別したくないの。友達は友達でしょう?だけど…前の学校の友達から確実に浮いてるんだもん。そしたら…孤独感に襲われちゃってさ…一人ってことを味わいたくないから、駅に行ってみたけど…結局知らない人ばっかりであそこに佇んでたのよ。」
紅茶のカップに手を伸ばしたものの全く量が減っていない。その紅茶にハルカの寂しそうな表情が写る。
「そういうわけか…。」
「情けないし馬鹿みたいでしょ?こんなことで悩んじゃってさ。向こうの友達信用してないってことだよね。」
「…僕は転校もしたことないし、友達と離れたこともないからそう言うことは全然わからない。だけど…」
「それって当然のことじゃないかしら?」
「!いつからいたんですか?」
ハルカが驚いても無理はない。何時の間にかここに付いたときシュウと会話していた女性がテーブルの脇に立っていた。
「ごめんなさいね。紅茶のおかわりをと思ったんだけど、たまたま耳にはいちゃって。」
「いえ、いいんです。こんな所で会話してる私が悪いんですから。」
「そういってくれると助かるわ。それで…孤独感を感じたって話。それはみんなそうだと思うの。私自身そうだったから…」
「?」
「私ね、ここの薔薇園がオープンしている間だけこの街にいるの。1ヶ月くらいかしら?毎年こうやってるけど、最初の年だけはすごく不安だった。たかが一ヶ月なのに、地元のみんなのとはなれて…みんなは私を覚えてくれてるんだろうかって。それで、1ヶ月だって帰ったら案の定、話が合わないのよ。」
「私と同じだ…。」
「それで…どうなったんですか?」
「話は合わなかった…だけどね、それは話が合わないじゃなくて、お互いで新しい世界を教えあってるんじゃないかって思うのよ。」
「新しい世界?」
「貴女は…前の学校のお友達に今の学校のこと話してる?」
「…ええ。一応。」
「なら、まだこっちの話が足りないんじゃないのかしら?」
「私の話が…ですか?」
「そう。もしね、本当に忘れられてたりしたら、話してなんかくれないし、メールすら送ってきてはくれないわ。だけどそうやって今の現状を教えてくれてるってことは、こっちからも現状を教えてあげなくちゃ。」
「貰った分だけ返す…と言うことですね?」
「シュウ君の言うとおり。そう思えば、孤独感なんて飛んでいっちゃうし…それに、こうやって心配してくれる人もいるんだから一人じゃないでしょ?」
女性に言われて我に戻るハルカ。そうだ…こっちの友人がいたのに何で忘れてたんだろう?
「ありがとうございます…なんか、一歩踏み出せそうです。」
「なら良かったわ。紅茶とコーヒー、温かいのと交換してあげるわね。」
シュウとハルカのカップを思って女性は奥へと入っていった…
「シュウ…」
「ん…?」
「ありがとう…」
「今回僕は何もしてないさ。アドバイスをくれたのはあの人だし。」
「でも、シュウがここに連れてきてくれなければ、あの人に会うこともなかった。だから、言って当然でしょ?」
「…なら、ありがたく気持ちは貰っておくよ。」
そう返事を返した先のハルカは…いつもの笑顔に戻っていた…
「はい、コーヒーと紅茶。それと薔薇のケーキね。」
「うわぁ!…花弁入ってる。」
「女の子はね、悩みが解決したら食べなくちゃ。甘いものは必須アイテムよ。」
「じゃ、遠慮なく。いただきまーす。」


















少女の部屋にメールの着信音が響く
「あ、ハルカからだ!」




件名:カナタへ
本文:返事遅れてごめんね!そっち受験勉強頑張ってる?
   ちょっと私は落ち込むことがあって、悩んでたんだけど、
   もう吹っ切れたよ。今は全然元気に食べたいもの食べてるし!
   でもね、食べるのはいいんだけど、シュウって奴が
   何かって言うと文句つけてくるのよ!
   超ムカツクかも!…でもね、このシュウに今回は
   悩み解決してもらったから良いかななんて。


   受験勉強すごい大変だと思うけどカナタなら出来るって
   信じてるから。頑張ってね。私で出来ることがあれば
   協力するからね!
   じゃ、またメールするわね!




「毎回…こんな感じなのよねハルカって。本当…信号機みたいにコロコロ感情が変わるんだから。でも、漸くハルカから友達の名前聞けた…良かった。でも?ただの友達なのかしら?」









少女の読みはかなり鋭いところを付いていた…
これから先まだまだハルカから届くメールに一番多く名前が載ることであろう
少年の存在に…











                           END



作者より…
5月と言うことで薔薇で書いてみました。
このネタは私のすむ地域にある本当のカフェが元です。
1ヶ月しか薔薇園してないんですよ。カフェはやってるんですけどね。
その一ヶ月の間だけ薔薇がすごく綺麗に咲くらしくって、
その間紅茶とケーキが薔薇を使ったものが出ます。
それを上手く話しに使いたくてこんな感じになりました。
あとは、私の好きな歌の歌詞っぽく仕上げてみたり…
某ゲームのOPなんですけど、タイトルもそこからきてます。
雨降りの街で女の子が俯いてると言うシーンがそれです。
わかる方にはわかります。

今回はシュウハル?という感じですね。シュウ目立ってないし。
こう、転校した人の気持ちってどうなのかなっと思って書きました。
私は転校したことないので、あくまで私のイメージです。
転校した方『こんなことなかったよ?』という突っ込みは
伏せてください。架空ですから!

さらに、今回よりカナタ追加!カナタはハルカの前の学校の
親友です(現在進行形)キミマロとカナタとハルカは
幼稚園から一緒です(私の設定です)。


5月は薔薇が一番綺麗な季節です。
桜が終わると薔薇というくらいに。
街角で薔薇を良く見かける季節が来たら、
五月病に気をつけてください(笑)

                      2005.5 竹中歩