2人に…また…
この季節がやってきた…








『変化到来』








「つ、疲れたかも〜!!」
人気のなくなった体育館の玄関付近でハルカは崩れこむ。
それを見て、言う目でもなくシュウは呆れる。
「他の生徒が見たら、その姿は驚くよ…」
「大丈夫よ流石にもう2時だもん。残ってる生徒なんて本当にごく一部よ。」
あっけらかんと笑うハルカはシュウの手から炭酸飲料を受け取る。
「冷た〜い!やっぱり重労働のあとは炭酸よね!」
プシュッという音をたて、封を開けると一気にそれを喉へと流し込む。
「生き返ったかも〜。」
「君はオーバーなんだよ。」
「そう?でも、やっぱり鳳炎の入学式って人は多いし、煌びやかね。」
4月初旬の今日…ハルカ達の通う『鳳炎学園中等部』は入学式。
人徳もあり責任感もあるシュウは…案の定、入学式の助っ人として頼まれた。
ちなみにハルカは巻き添えである。
「君が中学のときの入学式はどうだったんだい?」
シュウは幼稚園からずっとこの鳳炎に所属している。その為、一般の入学式や
イベントなどはテレビでしか見たことがない。
「至って普通よ。着慣れない制服着てパイプ椅子に座って淡々と入学式が
 終わるのを待ってた。そのあとのクラス分けにドキドキしたのを今でも覚えてるわ。
 でも、鳳炎は違うわね。なんて言うか…上品?気品が漂ってるんだもん。」
「これが毎年の風景だからね。しかも小学部からの持ち上がりだからほとんど顔見知り。
 ドキドキとかあまりないんだよ。この学校は。」
「そこからまず違うのね…。だけど…その入学式のときはまさか鳳炎に来るなんて
 思いもよらなかったかも。普通に前の学校で3年過ごすと思ってた。私がこの
 学校にきてあと少しで1年…か…。」
「何の問題もなく3年にもなれてよかったね。」
「悪ぅございましたね!」
新しい年だというのに相変わらず2人はこんな調子。
「でも、シュウが生徒会長にならなかったのは意外かも。」
「そうかい?」
「そうよ!だって、シュウって人気もあるし、頭もいいし、責任感もあるし…生徒会長
 絶対になると思ったわよ。推薦すら辞退したんでしょ?」
鳳炎学園は3学期の終わりに次の3年生から生徒会長を選出する。
「僕には弓道の方があるから…」
「満場一致でキャプテンだもんね。でも、どうして途中から入った私が副キャプテン?
 しかもこれも満場一致なのよね…」
ハルカ本人は知らない…弓道部全員が2人を近づけさせる為に取った行動だということを。
もちろんシュウはこの事態を知っている。知らないほうが幸せなの…だろうか?
「あと…驚いたのは…シュウへのアプローチの多さ。卒業する先輩方からの告白はわかると
 しても…なんで?」
「今年は少なかった方だよ?」
「あの人数で?!」
人数が少なかったのは『ハルカ』と言うシュウにとって特別な存在が出来たからだろう。
因みにハルカがどうしてシュウへの告白回数を知っているのか…
それは鳳炎にとって毎年の恒例行事のようなもので、何処からか噂が流れてくるらしい。
その性でハルカが知っていると言うわけだ。シュウもこれは知っていること。
そんな二人のどうでもいい話の中…







「あのいいですか?……」







誰もいないと思っていた体育館近辺。だが、一人の少女が残っていた…
「ん?」
お互いその女子には見覚えがあった。確か同じ学年の女子で…今回一緒に入学の準備を
していた。
「どうしたの?忘れ物?」
「えっと…なんて言うか…その…」
話を切り出そうとしない女子。その目は何かハルカに訴えかけているようで…
「(ああ…なるほどね…)」
ハルカはその何かを感じ取ると軽く頷きシュウの肩をたたく。
「私、今日用事あるから…一本速い電車で先に帰るわ。じゃ!」
「あ……」
カバンと飲み干したジュースの缶を手にその場を立ち去る…。その時小さく
「すまない…」
「いいわよ…」
こんな会話が繰り広げられていたとは誰も知らない…



























「モテる男は辛いね…」
体育館を後にしてシュウと2人でよく立ち寄る学校内の喫茶店で紅茶を飲んでいた。
先ほど炭酸飲料を飲んだのであまり飲みたくはないが、何も頼まずにお店にいるのは
流石に失礼極まりない。ケーキなどをとっても良かったが、なぜかそんな気分ではなかった。
「(ああいう時って絶対告白関係なのよね…)」
春の性なのか…それともシュウが3年になったのがいけないのか…ここの所シュウへの告白や
ラブレターが多い気がする。
「毎朝あいつも大変よね…下駄箱にラブレターだなんて。いつの時代でも、モテるやつは
 そんなに貰うのかな?」
シュウと一緒にいるとその環境は余計に目の当たりにする。
一緒に学校から帰っているときなどに女子がシュウに『話がある』と言えば、大抵告白。
そんなことが多く発生したため、鈍感なハルカさえ状況が見ただけでわかるように
なってしまい、自ずと席を外すことが身についてしまった。
「一回『何であんたがいるのよ?!』てなくらいすごい剣幕で睨まれたこともあったっけ。」
シュウのファンのからの告白のときは一層早めに席をはずさねば怖い思いをするのは
目に見えている。
「それだけすごい奴がライバルで友人って結構誇りなんだけど…でも…」















なんか寂しいかも…















転入当時からシュウの人気は知っていた。しかし、他の女子に会うあいつを見ると
無性に寂しさがこみ上げる。友人や同級生なんかは気にならないが、
あいつに告白する女子たちを見るときだけ。
「あいつ…後輩には優しいもんね…ていうか、親しい女子には厳しいって言うのかな?
 いや…私だけ態度が違うような……」
見たこともない表情や言葉で話すシュウは自分の知らないもう一人のシュウ…
悔しいがその時の態度は…本当に優しそうで…自分がしてもらっている態度とは全く違う。
「ま…こんなこと思ってもしょうがないけどね、後輩と…友人ではポジションは違うもん。
 態度も違って当然かも。…でも…それってやっぱり…悔しいような寂しいような…」
独り言を淡々と喋りつつカップの中の紅茶を混ぜる。














解かってるわよ…あの笑顔は私にはなんら関係ないって…
私の中で笑うシュウはいつも嫌味ばっかりの人を見下した笑い
それに慣れてるから…普通の笑顔が珍しく見える。















だから…この思いはそんなのじゃない…















「で?話の途中に出てきたあいつって?」
学校では正装のため着ていたブレザー…春の暑さのせいかシュウはそれを脱いでいた。
「あいつはあいつよ。そうやって、また人の独り言に入ってくる…」
「独り言にしては声が大きかったよ?」
「いいじゃない。店員すらお茶取ってるがら空きのこの状況なら。」
「また…君は直ぐ自分の方向へ話を持っていく…」
「うるさいわね。それで?用事は済んだの?」
少しさめかけた紅茶を渇いた喉へと流し込む。
「ああ。」
「そ。」
真正面に座ったシュウに短く返事を返す。そしてしばらく流れる沈黙…
「聞かないのかい?」
「何を?」
「さっきの事。」
「告白のこと?あまりにも回数が多すぎて聞くのに飽きちゃったって言うのかな。」
「飽きるほど…か…。でもさっきの女子は知らない子じゃなかったから断るのが
 大変だったよ。」
「そう…。でも、よくここがわかったわね。」
「あの時の先に帰るといったけど、今度の電車まで時間もあるし…だったらどこかで
 時間をつぶしてると思ったんだ。…君のことだから、お茶してるんじゃないかなって。」
「相変わらず読みが鋭いわね…。」
















こうやって何でも話し合える仲よ…
このままでも良いじゃない。
進歩なんかなくなって…
私はこいつの…友人以上と呼べる位置にいるんだから…
これ以上進歩なんて…



















「…君…ハルカ君?」
「え?!はい?」
「紅茶…冷めてるのに砂糖入れる気なのかい?」
「あ…」
考え事をするといつも変な行動に出る。
「さて…そろそろでないと…電車の時間だ。」
「もうそんな時間?」
「そうだよ。」
二人は席を立つ。しかし不意に、ハルカが床に携帯を落とした。
「あーあ…もう何やってんだろう。」
ストラップが音を立てる。
「(絶対…また何か嫌味言われる…今日は抜けてるもんね)」

























「とりあえず行くよ…ハルカ。」



























今…なんて言った?

















「シュウ…今…」
「え?」
「名前…呼び捨てになってたんだけど…」
「ああ…それか。前々から思ってたんだよ。」
「前々から?」
「君は自分の名前だから考えたことあまりないかもしれないけど、
 君の『ハルカ』と言う呼び名は男子にもいるんだよ。しかも僕は君に君付けをしているから
 聞いた人が男子と思ってしまう例が多くて…だから変えようとは思っていたんだ」
「…そういうわけね…他に意味があるのかと思った。」
空笑で誤魔化すしかない。少しでも何かに期待してしまった自分への恥ずかしさを
紛らわすには
「他に意味?」
「あ…呼び捨てってさ、近くなった証拠だと思ってたから…初めて会った友達は最初は皆
 『さん付け』でしょ?でもそこから仲良くなって呼び捨てになるから…そんな感じなのかと
 思ったのよ…だから私の勘違い。気にしなくて良いよ。」
「…進歩したのは確かだけどね」
「え?…」








まだ…私は進歩できるの?









「そんなに驚くことだったのかい?」
「驚いたって言うか…嬉しい…」
「これだけのことで?」
「シュウにとってはこれだけのことでも私にとってはかなりの価値はある。
 友人以上のポジションて言うのはわかってたけど…漸く親友ポジションに
 なれたって感じが伝わったのよ。」
「親友…ね…」
「違うの?」
「まぁ、そう受け取ってくれてもかまわないさ。」









君は…

僕が初めて呼び捨てにしてもいいと思った異性だから…
この意味…君はいつ気が付くかな…
まぁ、それは後の楽しみと言うことしておくよ…











学校の遅咲きの桜が咲く頃…
また何か変化が訪れる…







                             END



作者より…
卒業式ネタがかけなかったんでせめて入学式はと思って。
あとは、ハルカの呼び名が変わったことをどうからませるかなと。
パラレルでも変えてあげようと思ったんです。
そろそろ一年経つから…いい頃合だと。
進歩したんですよ…お互い。
ハルカはそろそろ焼餅を焼くような時期に来て
シュウは…そろそろ本気を出してきたと言うころでしょうか?
呼び捨てには色々意味があると思いますが、やはり、
親密になったのが一番の理由でしょう。
進歩とは別に波乱が待ち受けていそうです(笑)

               2005.4 竹中歩