『54個目の代物』




 お正月終えて…暫く時を置き、国中を騒がせるイベントの到来となるこの時期。
 そのイベントは元々あった『節分』よりもあとに普及したにも拘らず、
 国民…主に女性への浸透率は高い。

 イベント名…それはバレンタイン

 恋人達が愛を語らう日や男性が女性に贈り物をする日といわれているが、
 この国では女性が男性にチョコレートを送る日。菓子業界の陰謀に踊らされる日とも言う。
 それはこの鳳炎学園も一緒の事で学校中の女子生徒の大半が学園内にチョコレートを
 持ち込んでいる。しかし数年前から少しバレンタインの傾向が変わった。
 昔はクラスメイトの男子に配られていた義理チョコの数が減少し、
 女子の間で交換するチョコレートが普及している。
 確か業界では『友達チョコ』と呼ばれていた。
 他には義理にはお金を使わず、本命にお金をかけるという『高級志向チョコ』など。
 義理しかもらえない男子にとっては余計に寂しいことだ。
 だが、そんな事を諸共しない男子は必ず大きな学園には少なからず存在する。
 つまり…本命を貰う確率の高い男子。
 その男子は誰でもないハルカの親友もしくは『ライバル』とも呼ぶべき存在シュウ。
 彼の今年のバレンタインを追ってみよう…









 「あんたって本当に渡しがいがないかも。」
 「なにが?」
 それは昼休みがあと5分で終るという少しの間の出来事。いつものようにハルカとシュウは
 隣の席同士でどうでも良い雑談を繰り広げている。
 「バレンタインよ。私のパパも結構義理チョコとか貰うけど、遥にそれを上回ってるわよ。
  その量は。普通は義理一つでも男子は喜ぶけど、シュウの場合はそれは無いでしょ?
  チョコに不自由してるようには見えないもん。だからよ。」
 ハルカが指さしたのはシュウの机の横にかけている紙袋。大きさは図画工作で使う
 ゴッホ紙程。その中にははみ出るほどの綺麗にラッピングされた箱が入っている。
 中身の殆どはきっとチョコレート。
 「しょうがないさ。渡されるものは渡されてしまうし…少し席をはずした隙にかってに
  紙袋に入れられたものや靴箱に入っているものさえあるから…」
 「今のとこ何個くらい?」
 「大体…40?」
 「うわ…考えただけで口の中が甘くなったかも…」
 嗚咽が出そうになった自分の口を抑えるハルカ。ハルカ自信も甘い物は好きだが、そんなに
 チョコレートばかり食べるとなれば確実に胸焼けを引き起こすだろう。
 「紙袋は持参したの?」
 「そうだね…毎年こう言う感じだから…」
 「それ他の男子が聞いたら確実に厭味よ。」
 「だろうね。聞かれなくても既に今日ばかりは友人も僕を敵とみなしているみたいだし。」
 「義理すらもらえなかった集団大量発生してるもんね。今は義理すら配られないから…
  女の子達は交換会みたいになってるし。私も…この通りよ。」
 ハルカは自分の鞄から5つほど菓子部類を出した。それはシュウの物とは異なって、
 手作りというのがあからさまにわかるマフィンやブラウニー。女子は既製品を
 交換するのではなく、作りあって交換するようだ。
 「バレンタイン…ある意味そこら辺の男子より貰った数が多いかも。」
 「で…それが手元にあるって事は君も何かを作って交換したのかい?」
 「…私がそんな危ない事すると思う?」
 「君ならしかねないと思ってね。」
 「失礼ね。私、一応自分の料理音痴は把握してるわよ。ママが作ったパウンドケーキ
  少し分けてもらったの。それを交換しただけ。」
 少し機嫌を損ねたらしく、ハルカはそっぽを向いてしまう。
 「…話の初頭に戻るけど、渡しがいがないってどういう意味かな?僕にくれる
  予定だったとか?」
 ハルカはこう言うシュウの確信犯的微笑が嫌いである。まるで自分の心を見透かされたようで…。
 「あげないわよ!シュウにチョコなんて。だって、シュウ甘い物苦手じゃない。
  わかっててあげる方が逆に酷いでしょ?」
 珍しくハルカに正論を言われ唖然としてしまう。ハルカの言うとおり嫌いな物をあげる事は
 酷い事だ。
 「その通りだね。こうやってバレンタインにチョコをくれる子達は僕の外側しか知らないから
  こう言うことが出来るんだ。知ってたら君みたいに出来ないよ。」
 本当にその人のことが好きならその人が嫌がる事は出来ない。つまりチョコをシュウに
 チョコを渡す時点でその女子たちはシュウの事を把握していないという事になる。
 「な、なんかその言い方照れるかも。私だけがシュウの内面知ってるような言い方だから…」
 「案外そうかもしれないよ…。」
 そして再びシュウは確信犯のような笑みを浮かべる。こうなってはシュウの思う壺。
 ハルカは授業が始まるのを良いことに教科書をたて、シュウの視界をさえぎった…。













 放課後…今日は部活もない。この寒い時期は早く帰って家で暖をとるに限る。
 そう思ったシュウはハルカを誘って帰ろうとした。きっと彼女も同じ気持ちだと思って。
 しかし、教室を見回せど、ハルカの姿は既に無く、代わりに帰りの靴箱にまたもや、
 チョコレートが大量に入っていた。これで…帰りまでに貰ったチョコレートは53個となる。
 「記録更新だよ…。」
 そう呟いたのは電車のベンチシートの上。紙袋は一つでは足らず、結局100円ショップで
 もう一つ買う嵌めとなった。良い日なのか厄日なのか…まぁ、甘い物が苦手なシュウにとっては
 厄日だろう…それに理由はもう一つ。



 「貰いたい相手からは貰えなかった…か…」



 少しは期待していた。お祭好きな彼女の事だ。忘れるという事は無いだろう。
 でも、自分の好き嫌いを考慮してくれなかった。ある意味それは自分を気遣っていてくれる証拠。
 だが、やはり寂しいものは寂しい…。
 電車が漸く出発し始めた時、社内アナウンスが流れる
 『駆け込み乗車は危険です。お辞めください。』
 またどこかの男子学生がやらかしたのだろうか?迷惑極まりない事だ。
 「駆け込むなんて…時間にルーズな証拠だね。」
 「悪かったわね。ルーズで。」
 答えの帰ってくるはずの問いに返答があったことに驚き目を見開く。
 「ハルカ君?」
 「どうせ私はルーズよ。」
 「君だったのか?駆け込み乗車したのは?」
 「…悪いって言ってるじゃない!何度も言わせないでよ。」
 「とりあえず、早く座った方が良い。一目を気にするなら。」
 そう言うわれて無言でシュウの隣の席についたハルカは嫌がらせのようにシュウの膝の上に
 スーパーの袋を置く。多分、そのスーパーで一番大きい袋だろう。
 「…どけてくれないか?」
 「…あげる。」
 「は?」
 「いらないの?バレンタイン?」
 バレンタインの代物?この不恰好で大きな袋の中身が?半信半疑で袋の中を探って
 出てきたのは…
 「煎餅…?」
 しかも一種類だけでは無い。醤油から塩やゴマ、海苔…かなりの種類と形のものと様々。
 「どうしてこれがバレンタインになるのか簡潔に説明してもらえるとありがたい。」
 「…だって、シュウとは交換してないんだもん。友達なのにさ。」
 昼間話していた交換会のこと。あれは友達同士でする物。シュウの事を親友と思っている
 ハルカなら、そう思うのは当然だ。
 「男子とか女子とか関係ないと思うの。ようは友達かってこと。」
 「…なら君のお母さんが作ったケーキでも良かったんじゃ…」
 「あれ、甘いのよ。甘いのが苦手な人間にあげてどうするのよ。」
 「だからって…煎餅って君…」
 「何よ?文句あるの?私だけかもしれないけど甘い物を食べ過ぎると塩辛い物が欲しくなるから
  それで煎餅。それだけあれば、貰った数とつりあい取れるでしょ?」




 だから彼女は…こんなに大量に?




 「…フ……」
 「鼻で笑うなー!!」
 「ハハ…いや、ここまで個性の激しいバレンタインは初めてだから…おかしくなるさ。」
 「もう…お返しはホワイトデーでいいわよ。どうせ、シュウには交換なんて言葉、頭に
  無かっただろうから!」
 「でも…それじゃただの…」
 ここでシュウは言葉を止める。
 「ただの?」
 「いや、なんでもない。」





 僕の頭に少し過ぎったんだ。
 『それじゃただのバレンタインじゃないのかな?』って
 だけど、これ以上言ったら君の気持ちを踏みにじりそうだったから…
 今日はこの辺で止めておくよ。
 バレンタインも中々捨てたもんじゃないね。





 シュウが今日で一番嬉しかったバレンタインそれは
 『54個目の代物』




                          END






 作者より…
 別タイトル『煎餅DEバレンタイン』
 シュウが甘い物嫌いと言うのは私の勝手な解釈です。
 これはシリーズ通して設定した事なんで。
 別にバレンタインだからといってチョコじゃなくても
 良いんじゃないかなと思って書きました。
 他国では男性が女性に物を送る日とか言われてますね。
 日本だけの風習にとらわれるんだったら、
 代物も日本独特で良いじゃないか!!
 というわけで、煎餅です。
 甘い物と丁度つりあいが取れるんじゃないかと。
 でも凄いカロリーですよね…煎餅とチョコって…。

 今回も私の実話込みです。
 友達同士で交換は私の学校の出来事で、
 チョコの個数54個これは知り合いの貰った数です。
 いるんですね…ほんとに貰うやつって…段ボール箱に
 入ってましたよ。1ヶ月以上掛かるそうです。
 処理に…。大変ですね。
 私自身も甘い物があまり得意では無いので、
 バレンタインにいっぱい貰う人は大変だと思います。
 みなさんもチョコという固定観念を捨てて他の物を
 あげるのも良いかもしれません。
 それでは、良いバレンタインを!

                  2005.2 竹中歩